村村

雑文置き場

村映画7選

 「私も自然由来の成分を摂取してハッピーになりたい」

 「アットホームな村人たちと踊り狂ってストレス発散したい」

 そんな衝動に駆られることってよくありますよね。とはいえ、自然豊かな村が出身の友達が都合よくいるわけもないと思います。そういう時は、せめて映画で疑似体験をしようというわけで、独断と偏見による村映画7選をここに公開します。

 

 村映画とはいったい何なのか? 

 その疑問に答えるすべを私は持ちませんが、村映画に特有の要素をいくつかご紹介しましょう。


◆〈脱出不能の恐怖〉村は他の世界から完全ではないにしても隔離されており、

 主人公は村から逃げ出すことには大変な困難を伴います。

◆〈異常な村人、あるいは監視の恐怖〉村人は異常な習慣や常識にとらわれており、

 異物である主人公を監視しています。

◆〈超自然的な存在の介入〉村には独自の宗教や伝説があり、超自然的な存在が

 影響力を持っています。

◆〈理性と道徳の敗北〉村では理性と道徳は役に立ちません。

◆〈暴力の勝利〉村において暴力はあらゆる手段に優先します。

◆〈錯綜した親族関係〉狭いコミューンでは親族関係が大きな意味を持ちます。

 そして、時に近親相姦も行われます。

◆〈悲劇的な破壊〉村は最終的によく燃えます。

 

 


1.『ウィンターズ・ボーン』(2011年)デブラ・グラニック監督


 人間が生活するのに向いてなさそうな山奥の寒村、それはヒルビリーと呼ばれるスコットランドアメリカ人のコミューンで、独自の「おきて」がアメリカの法よりも重視されている世界です。

 主人公は、その村でぎりぎりの生活を強いられている17歳の少女リーです。父親は覚せい剤の密造で逮捕され、母親は精神を病んで介護が必要な状態に陥っています。親が保護者の役割を果たすことができないのならば、残された子供たちが助け合って生きていくことになりますが、弟妹はまだまだ幼く、実質的にリーが一人で生活を支えることになります。

 そして、さらに悪いことには保釈中の父親が失踪したせいで住む家さえも没収されそうになるのです。不幸の連続にもめげず、リーは自分たちの家を守るために父親の行方を捜すことにするのですが。

 

 そもそもこの村というのが農耕と狩りだけでは食っていけないので、覚せい剤の製造が地域の産業になっているらしく、治安も最悪、貧しすぎるがゆえに氏族制度が根強く残っているという救いのない状況が背景としてあります。

 日本人にはあまり馴染みのないアメリカの暗部が描かれた映画と言えるでしょう。

 

 というわけで、かなりハードな映画なのですが、驚くべきことに当時のマーケティングでは「少女の成長と希望の物語」なんて言われていたようです。本編にはこれといった成長も希望もありませんので、これからみる人はご注意ください。

 大人たちから謂れのない責任を負わされ、国からは何の助けも得られず、保護すべき弟と妹がいるせいで問題を投げ出すこともできないし、村の「おきて」に縛られて行動も起こせない、そんな状況でも最後まであがき続ける少女、この映画にはそうした絶望的状況しかありません。

 しかし、村映画にそれ以上のものは必要ないのです。村映画から「成長」とかいうメッセージを受け取ろうとするのはやめましょう。

 


2.『ウィッカーマン』(1973年)ロビン・ハーディ監督


 スコットランド警察の中年巡査部長ハウイーは、ヘブリディーズ諸島の孤島で行方不明になった少女ローワン・モリソンを探してほしいと依頼を受けます。

 厳格なキリスト教徒であるハウイーは、この島がキリスト教ではなくケルトペイガニズムに支配されていることを早々に見抜きます。

 そして、行方不明の少女は「五月祭」の生贄にされてしまうのではないかと考えたハウイーは単身で奇祭の中に潜入するのですが……。

 『ミッドサマー』の元ネタの一つになります。元ネタと言っても、そのままそっくりではなくて、むしろ逆様の構図に仕立ててあるところが多いです。見比べてみると面白いと思います。

 村映画、カルト映画、ペイガニズム映画の傑作として様々な作品にリスペクトされている本作ですが、独自の魅力としては捜査パートの面白さあげられると思います。

 捜査といっても刑事のアクションや推理があるわけではなく、わりと行き当たりばったりで村民から聞き取りをしているだけなのに面白いのです。つまり、変な村人の話を聞いているだけで面白いという村映画のプリミティブな魅力を伝えている映画と言えるでしょう。

 


3.『呪われたジェシカ』(1971年)ジョン・ハンコック監督


 精神病を患っていたジェシカは療養のため、田舎町へ夫とその友人の三人で引っ越すことにします。到着早々、屋敷の中に見知らぬ少女エミリーが無断で住みついていたというトラブルがありましたが、ジェシカたちは追い出さずに四人で奇妙な共同生活をはじめます。

 夫と友人は農業をはじめて田舎町での生活を軌道に乗せようとしますが、一方で彼女は様々な怪現象や村人たちの奇妙な行動に苦しめられるようになっていきます。

 ニューロティック村ホラー映画。

 幽霊も怪物も出てこないし血もほとんど流れないので一見すると地味ですが、村にただよう不気味な空気感の演出にはみるべきものがあります。正気と狂気のはざまを揺れ動く主人公の内面に迫った映像は、村という舞台が恐怖を増大させる巨大な装置であると私たちに改めて気付かせてくれます。

 


4.『柔らかい殻』(1992年)フィリップ・リドリー監督


 1950年代、アイダホの農村で暮らす少年セス。

 ある日、彼は同じ村に住む未亡人ドルフィンの家を訪れます。いつも黒づくめで生気を欠いた彼女のことを少年は不信に思い、何気ない冗談をきっかけとして彼女が吸血鬼であると思い込むようになります。

 一方で、子供が犠牲者になった連続殺人が起こるようになり、村人や保安官は小児性愛者として前科のある主人公の父親に疑惑の目を向けるようになります。

 この村の大人たちはどこか傷ついて過去に囚われた人間ばかりです。主人公セスは無垢であるが故にそれを理解できません。理解できないことに対して、彼は「吸血鬼」や「天使」という概念によって自分が理解できる世界観を作っていきます。

 本作は非常に暗示的な村映画です。

 原題は「THE REFLECTING SKIN」ですが、冒頭で主人公のセスがカエルの尻に空気を送り込んで膨らませるところがまさにタイトル通りです。このカエルのゴム毬のような反発する肌がまさに「THE REFLECTING SKIN」なのであり、このカエルが最後には爆発してしまうところが映画全体の展開を暗示しています。

 実際、セスはカエルを爆発させたように、自分を包み守っていた「村」という「柔らかい殻」を爆発してしまいます。少年が大人になるためには殻を割るしかありませんが、村が壊れた時、彼はどうなってしまうのでしょうか。そこがまさに本作の見所です。

 


5.『私はゾンビと歩いた!』(1943年)ジャック・ターナー監督


 看護師のベッツィは西インド諸島セント・セバスチャン島の農園に派遣されます。

 彼女の仕事は雇い主のポール・ホランドの病に臥せっている妻ジェシカの看病であり、ジェシカは熱病の後遺症で意志のない夢遊病者のようになっていたのです。

 ベッツィは、なんとかジェシカの治療をしたいと考え、現地人から聞いた病気を治すブードゥの司祭を訪ねることにしたのですが、寺院では異様な風貌のゾンビが番人をしていました。

 ゾンビ村映画。

 色ものにしか見えないタイトルですが、黒沢清監督も認めるホラー描写、複雑に入り組んだプロット、全編にわたって妙な緊張感と高揚感に溢れた作品です。

 一言で説明するのが難しい本作ですが、当時のアメリカでは大ヒットしたそうなので、アメリカという国はやっぱり変な国だと思わずにいられません。

 また、本作は村映画という評価軸においても独特な位置を占めています。それは舞台が農園であるということに起因します。

 つまり、一つの村のように見えて、農園の経営者である白人の村と奴隷である黒人の村、二つの全く違う仕組みによって動いている村が重なりあった世界なのです。そして、その二つの村をゾンビという存在がつないでしまったところにドラマが起きます。何を言っているのかわからないかもしれませんが、本当にそういう映画なんです。

 


6.『トールマン』(2012年)パスカル・ロジェ監督


 ある寂れた炭鉱町コールド・ロックでは幼児失踪事件が頻発しており、事件の背後にはトールマンと呼ばれる怪人の存在が噂されていました。

 そんな状況の中で看護婦として働きながら子供を育てるジェニーは、ある晩、何者かによって子供を連れ去られてしまいます。傷だらけになりながらも子供を取り返そうと誘拐犯を追跡するジェニーでしたが、町の住人たちの様子には不審な点があり、彼女の疑惑は深まっていくことになります。

 本作の見所は、世界から見捨てられたような炭鉱の村で起こった都市伝説的怪事件が、あるどんでん返しを境にして、世界中を揺るがしかねない大きな構図に発展していくところにあります。そして、その飛躍の根本にあるのが、一人の女性が持つ狂信ともいうべき信仰なのです。

 つまり、これはセカイ系村映画なのかもしれません。ある女性の信仰と村という小さな関係性が、中間に具体的な過程を挟むことなく、世界的な大問題に接続してしまうのです。どうしたらそんなことが可能になるのかは自分の目で確かめましょう。

 


7.『わらの犬』(1971年)サム・ペキンパー監督


 数学者デイヴィット・サムナーは、妻のエイミーを連れて都会の喧騒を逃れ、妻の地元であるイギリスの田舎に引っ越します。

 ここから長閑な田舎生活を再スタートと思っていたのもつかの間、村の若者たちはデイヴィットのことを完全に舐めきっていて馬鹿にするようになります。さらに、子供っぽくて無防備なところのある妻を性的な意味で狙っているのです。それからは嘲笑を浴び、陰湿な嫌がらせを受ける地獄の毎日、当然夫婦仲もぎくしゃくしはじめます。

 そんなある日、精神薄弱者のヘンリーを車でひいてしまったために家でかくまうことになります。一方で村の若者たちは徒党を組んでデイヴィットの家に乗り込んでヘンリーを連れ出す算段をしていたのです。

 最胸糞村映画。都会の暴力から逃げてきた若い夫婦を襲う嘲笑と暴力。

 具体的なことはネタバレになるので避けますが、陰湿で人を馬鹿にしきっている村人による荒々しい暴力をみることができます。
 村映画で最も恐ろしい瞬間とはなんでしょうか。

 怒り狂った村人に追い立てられて私刑にされることでしょうか。それとも、村の怪しげな宗教的儀式に担ぎあげられることですか。村にはびこるゾンビや吸血鬼、悪霊、連続殺人犯に命を狙われることでしょうか。いいえ、どれも違います。

 野蛮なことには関わらずに生きてきた私やあなたが暴力によって変わってしまう瞬間こそが本当の恐怖です。本作はまさにその瞬間をしっかりと私たちに見せてくれます。村映画にはそれくらいの魔力があるものなのです。

 


+α おしくも選外になったものたち


『ヴィレッジ』(2004年)M・ナイト・シャマラン監督
貴重な本格ミステリ村映画。しかし、致命的につまらない。

 

『哭声/コクソン』(2017年)ナ・ホンジン監督
仲間を集めて山狩りに行くのは村映画らしかったけど。

 

地獄の門』(1980年)ルチオ・フルチ監督
ゴア描写は凄いけど村である必然性が薄い。

 

ドッグヴィル』(2004年)ラース・フォン・トリアー監督
アリ・アスター監督もカタルシスへの持っていき方で参考にしたそうですね。
鑑賞に体力を使うので今回は見送り。

 

 

 

 

 

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