・2023年(1~12月)に刊行された漫画が対象です。
・ざっくり分類分けしています。
・分類中の並びは、上に掲載されているものの方がオススメ度が高いです。
1巻が刊行された漫画
平井大橋『ダイヤモンドの功罪』
「オレは野球だったんだ!」 運動の才に恵まれた綾瀬川次郎は何をしても孤高の存在。自分のせいで負ける人がいる、自分のせいで夢をあきらめる人がいる。その孤独に悩む中、“楽しい”がモットーの弱小・少年野球チーム「バンビーズ」を見つける。みんなで楽しく、野球を謳歌する綾瀬川だったが…。
圧倒的な才能を持っているがゆえに、周りの人間を無意識のうちに傷つけてしまう、そんな少年が主人公の話だ。チームスポーツを題材にした漫画で一人の天才が現れ、周りの人間を巻き込みすべてを変えてしまうというのは一つの物語類型である。しかし、この作品は全く平凡ではなく、常に新しい驚きを与えてくれる。
特に興味深いのが、主人公の綾瀬川次郎は野球の天才ではあっても、性格や感性は全く普通の少年だということだ。彼におごったところはなく、他者を見下しているわけではない。ただただ純粋にチームスポーツを楽しみたいと思っている。しかし、それゆえに周りから理解されずに孤立していくのだ。綾瀬川が、真っ当な感性を持った少年ではなくて狂った天才だったら、この物語はもっとハッピーなものになっていただろう。
ちなみに、平井大橋は連載をはじめる前に、成長した綾瀬川たちが登場する読み切り作品を描いている。因果関係は逆であるが、今読むと『ダイヤモンドの功罪』の後日譚のように見えて面白い。「サインミス」なんかは完全なラブコメ作品で、綾瀬川たちが幸せそうに青春をしている貴重な姿が拝める。
また、同じ学生野球を扱いながら真逆のアプローチで攻めている(主人公たちは天才ゆえに狂っている)、大沼隆揮 , ツルシマ『シキュウジ-高校球児に明日はない-』も要注目だ。
tonarinoyj.jp
華沢寛治『這い寄るな金星』
期待の新星が描く、禁断の姉妹激重感情!大学生の寺田芹果は今、インカレで知り合った男を“あざとく”籠絡しようとしていた。何が彼女を駆り立てるのか?そこには「ある女」に対する積年の復讐心が...!?寝取られたら寝取り返す!? 新星・華沢寛治が描く禁断の姉妹バトル、開幕!
第80回ちばてつや賞ヤング部門での優秀新人賞受賞作家の連載デビュー作である。
主人公は血のつながっていない姉妹で、彼女たちはお互いに巨大感情をこじらせにこじらせまくっている。その結果、妹に彼氏ができそうになると、どこからともなく姉がやってきて彼氏を寝取っていくという事態が繰り返されるのだ。NTRを中心に話が展開されるものの、そこに主題はなく、男の存在は姉妹が争うための道具にされている。実質的に、本作は姉妹百合作品と言っていいだろう。特に、姉の存在感は”異様”の一言である。どろどろの執着を描いた百合作品は今年も多く出版されたが、その中でも読んでいて恐怖を感じたのは本作ぐらいだ。
異常な百合作品ということでは、父親とのセクサロイドとの関係に依存していく少女を描いた梶川岳『パパのセクシードール』もおすすめである。
小野寺こころ『スクールバック』
こんな大人、身近にいてほしい――伏見(ふしみ)さんは、とある高校の用務員さん。背は高め。仕事熱心。缶コーヒーが好き。そして、丁度いい距離感で私たちと話をしてくれる。今、“自分は大人だ”と思い込んでいる人に苦しめられている。今、自分がどんな大人になったらいいのか迷っている。ちょっとでもそう思っていたら、ぜひ伏見さんに会いに来てください。ホッとしたり、気づきがあるかもしれませんよ。
家庭と学校にしか居場所がない思春期特有の閉塞感が良く描けている作品である。
学生生活の悩みを聞くカウンセリング系漫画作品は世に数多い。しかし、その中でも本作の特徴は、学生の相談に乗る大人が担任や保健室の先生ではなくて用務員という点にある。高校の用務員である伏見さんは、学校の中にいる大人ではあっても教員ではないため、学生を指導して”答え”を指し示すことはしない。あくまで、話を聞いてそばに居るだけなのだ。だからこそ、伏見さんは素晴らしい。悩む学生が求めているのは”答え”ではないのだから。
連載デビュー前の短編「レンコンになりたい」にも同様のテーマはすでに見られるし、こちらは爽やかなシスターフッドものになっている。
www.sunday-webry.com
福本伸行『二階堂地獄ゴルフ』
二階堂進35歳。彼は、ゴルフ倶楽部の支援を受けながら10年間プロテストに挑戦し続けるも、ことごとく不合格となってしまっていた。最初は期待された選手のはずだった。それが、いつの間にか彼はゴルフ倶楽部の鼻つまみ者に。自分よりも有望な若手も次々と現れて、進むも地獄‥戻るも地獄‥悶絶のゴルフ道。
ゴルフ界の下層、プロにもなれないワナビの中年を描いた漫画である。つまるところ、『最強伝説 黒沢』につらなる、どうしようもないおっさんの足掻きをひたすら見せられる作品だ。
はっきり言って、私は、自分自身で決めた縛りによって身動きが取れなくなった人間の話が大好きだ。
本作の主人公・二階堂は、決して無能として描かれているわけではない。ゴルフの腕は運さえ良ければプロテストに合格できる程度のものとして描かれているし、真面目で努力家な性格なのでゴルフの道を諦めたとしても別のどこかでは重宝されそうな人間ではある。しかし、現実の彼は、運もめぐり合わせも悪いのでプロテストには絶対合格できないし、捧げた時間が長すぎるせいでゴルフの道を諦めることもできない。外野から見ていれば、二階堂のやっていることはずいぶん”滑稽”だ。自分の失敗したことに縛られて身動きが取れなくなっているだけだ。でも、そんな”滑稽さ”こそが人生の本質だとも思う。諦めた方がいいとわかっていても諦められない、そんなことの連続が人生のリアルだろう。だから、私はこの漫画を断固支持する。
古部亮『スカベンジャーズアナザースカイ』
怪しい研究施設“停留所(バスストップ)”を拠点に活動する武装少女“収集隊(スカベンジャー)”… 彼女たちが派遣されるのはお宝が眠る異界“BP(ブラックパレード)” そこに潜んでいたのは異形の幽霊…!? 探索! 撃破!! 収集!!! 100万ドルを集めて自由の身となるため少女たちは命懸けのゴミ拾いを遂行する!! 「第一種猟銃免許」所持のリアルガンナー漫画家『狩猟のユメカ』の古部亮が描く、少女異界ガンアクション!!
銃器で武装した少女たちが、生き残りのために異形の幽霊と戦うアクション漫画である。
お宝が眠る異界“BP(ブラックパレード)”、そこに出没し襲い掛かってくる”異形の幽霊”、幽霊を倒すことで手に入る超常の力を持った武器”アーティファクト”などなど……設定だけ聞けば、ずいぶんとゲーム的だ。(実際に、『Escape from Tarkov』や『S.T.A.L.K.E.R.』などのFPSゲームのプレイヤーから評価が高いようだ。)
では、そのようなゲーム作品に馴染みのない人間には楽しめないかと言えば、そんなことはない。むしろ、現実ではあり得ないゲーム的なアクションが、作者の豊富なミリタリー知識に裏打ちされた作画によって、圧倒的な説得力を与えられているところに本作の価値はあると思う。荒唐無稽なガンアクションが、作者のミリタリー知識によって、妙な説得力を与える漫画体験としては、うすね正俊『砂ぼうず』なんかを連想させられた。
また、2023年に発売された少女が異形と戦うアクション漫画と言えば、向浦宏和『CHILDEATH』も要注目だ。令和の大友克洋『AKIRA』になれるかもしれないポテンシャルを感じる作品だ。
一年間のブランクを経て同じクラスで再会した志木葵を意識する同級生・橘さんの視点で描く「14歳の恋」からスピンアウトした葵ちゃんと灰島先生の「その後」の物語。「気になる」は恋の始まり? な第1巻。
本作はスピンアウトゆえに、恐ろしく残酷な百合作品となっている。なぜなら、葵と灰島先生というすでに成立している物語からすれば、脇役に過ぎない同級生の橘さんを主役しているからだ。橘さんは直球の百合感情を葵に向けているが、その感情は一向に葵へ届かない。葵は脇役である橘さんのことなんか見ていないのだ。こんなに歯がゆい関係性はなかなか見られない。すでにできあがった物語に、橘さんがどうやって入り込んでいくのか注目したい。
また、今年の水谷フーカはもう一つの「14歳の恋」スピンアウト作品『ハーモニー』を発表している。こちらは男女の年の差恋愛を描いた作品で、こちらは明るい作風でおすすめである。
少女たちは送る。永遠のようで一瞬の、煌めいた鈍色の日々を――。『あそびあそばせ』の涼川りん、最新作!オカしくて可笑しい女子高生たちのヒューマンドラマ!!
前作『あそびあそばせ』に登場した新聞部と美術部のメンバーを主役にしたスピンオフ漫画である。
本作がどのような作品であるか、まずは作者自身の言を引用しよう。
タイトルの通り、彼女たちの楽園はどこにあるのか…そもそもそんなものは存在するのか…もし存在するとしたらそこに辿り着くことはできるのか…が一つのテーマとなっている*1
そう、本作は女子高生が、彼女たちだけの楽園を目指す百合漫画なのだ。しかし、本作は、その表層しか見ていなければ、「うんち」で笑いをとるたぐいの下劣なギャグ漫画にしか見えないのだ。よく目を凝らさなければ、百合は見えてこない。
百合漫画とは、”余白”に宿る。百合漫画は、描かれていることを見るだけではいけない。描かれていないことを想像することからしかはじまらない。
大武政夫『女子高生除霊師アカネ!』
東雲茜はちょっぴり金に汚いものの、どこにでもいる普通の女子高生。のはずが、愛人と蒸発した父親に預金を持ち逃げされたことをきっかけに、生活費を稼ぐため父親の跡を継ぎ、除霊師として活動することに! 父親直伝の怪しいテクで、今日も霊を祓いまくる! 当然 霊なんて見えない
大武政夫の漫画はどうして面白いのだろう。状況設定の巧みさ、シュールな会話、笑いの間……理由は様々あるのだろうが、個人的には登場人物が総じて”生き汚い”ことかもしれない。大武政夫漫画の主人公はたいてい奇妙奇天烈な状況に巻き込まれていくことになるのだが、彼ら(彼女ら)はその状況の中で生きていくことに全力な人物が多いように思う。主人公が必死だから笑えるし、生き汚いからこそ元気をもらえる。『女子高生除霊師アカネ!』もそんな作品だ。
また、短編作家としての大武政夫を楽しみたければ『異世界発 東京行き』、同じインチキ霊感・占い商法を扱った漫画であれば岬ミミコ『占い師星子』をおすすめする。
背川昇『どく・どく・もり・もり』
深い深い森の中。キノコの妖精たちが暮らす村がありました。そこはとても楽しく平和な場所です。ところが、ある日ひとりの毒キノコがやってきて村人を皆殺しにしてしまいました。ただひとり生き残った幼いキノコは復讐を胸に誓い、広大な樹海を巡る旅に出たのでした。そこに過酷な運命が待ち受けていることも知らずに。
キノコ・ダークダークファンタジー作品である。
背川昇は、前作『海辺のキュー』でも”キュートなキャラクター”と”ダークな世界観”のギャップで魅せてくれたが、本作ではさらにパワーアップしていると言っていいだろう。主人公たちはキノコを擬人化したメルヘンなキャラクターでありながら、彼女たちが生きている世界は血と暴力が支配する残酷な世界だ。
また、胡乱な言説が許されるのであれば、本作はキノコ版『ベルセルク』と例えることもできるかもしれない。これは血と暴力に彩られたダーク・ファンタジーという点が共通しているというだけの話ではない。”孤児”あるいは”捨て子”の目線から見た漫画だということが重要だ。『ベルセルク』のガッツは死した母親から産み落とされた”孤児”であり、本作の主人公・べにてんも両親を殺された”孤児”である。考えてみれば、戦後日本の漫画の歴史は”孤児”あるいは”捨て子”の主人公からはじまっている。『鉄腕アトム』は生みの親である天馬博士にサーカスへ売られ、『鉄人28号』の正太郎は鉄人の開発者である父親を殺される。なぜ戦後漫画の主人公は、”孤児”でなければならなかったのか。それは、親に捨てられた”子供”にできることは、この残酷な世界の在り様を直視することしかないからだ。
田島列島 『みちかとまり』
“竹やぶに生えてた子供を神様にするか 人間にするか決めるのは最初に見つけた人間なんだよ”8歳の夏、まりが竹やぶで出会った不思議な少女みちか。他の人とは違うルールで生きるように見えるみちかは、まりの同級生でいじめっ子の石崎からとても大事なものを奪ってしまう。責任を感じるまりはみちかに誘われ言葉で理解できる世界の外側へ足を踏み入れる──。
過去の田島列島作品と違って、民俗学的な世界観で描かれるガールミーツガールである。どこかシニカルな視点に基づいた人間ドラマがよく世界観になじんでいる。ジュブナイルホラーとしての堂々たる仕上がりに、田島列島の新たな一面を見た作品だ。
”子供”の視点に対する拘りという点では、『どく・どく・もり・もり』とも共通点があるかもしれない。
堤葎子『生まれ変わるなら犬がいい』
美青年を【犬】として飼う話。犬として愛されることが、こんなにも幸せだなんて…無職で女癖の悪いクズ青年。山で遭難していたところを女の子に助けられて彼女が独りで暮らす山中の屋敷に連れていかれる。女の子はシルクという犬をこの世界の何よりも愛していて…しかしその愛犬は二年前に失踪してしまっていた。以来死んだように生きてきた彼女はなぜか青年をシルクと思い込み【犬】として飼い始めるのだ…
タイトルとあらすじを読んだだけでは、官能的で変態的な漫画ではないかと勘違いしそうだが、詩情に溢れた綺麗な物語なのでご安心を。
複数の女たちのヒモとして暮らしている男が、山中のお屋敷に迷い込んでしまうところから物語はじまる。山中のお屋敷にたった一人で暮らしているのは、最新ペットの犬を失った純粋なお嬢さん。でも、そのお嬢さんは静かに狂っている。狂った深窓の令嬢と自堕落なヒモ男、二人の不思議なラブストーリーに浸りたい。
魚豊『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』
あの人に、好きな人はいるのかなーー
あの時話していた言葉の意味ってーー
抱いた恋心が溢れるとき、世界を動かす謎に迫っていくーー!
『チ。』『ひゃくえむ。』の魚豊が描く、圧倒的新機軸、前代未聞のラブコメストーリー!!
本作の主人公・渡辺は、非正規雇用で余裕のない生活を送り、論理的思考が得意であると自負するもマルチ商法に引っかかる。いわゆる”負け組”の青年である。そんな彼が、現実に存在する陰謀論の世界に巻き込まれていくのだ。
そう考えてみると、作者の前作『チ。』も”陰謀論”の話だった。天動説が正しい世界の中で、地動説という”陰謀論”を唱える人たちの話だ。魚豊よ、こう来るか、と思った。『チ。』というヒット作の後に、こんなに自己批評的な作品をぶつけてくるものなのか、と……。
つのさめ『一二三四キョンシーちゃん』
キョンシー・山田とおさなの、やみつきフシギホラー!!おさなの11歳の誕生日に、香港にいるパパから届いたサプライズプレゼント。それは上海蟹と一緒にクール便で送られてきたキョンシーだったのです…。ハイテク安全!キョンシー・山田とおさなの、やみつきフシギホラー!!
本作は、ストーリー漫画というよりも、アイデアと絵を楽しむ漫画作品だ。
作者のつのさめには、コミティア出身作家という意味で、panpanyaあたりとの遠い親戚関係を感じる。つまり、細密画的な”背景”の中に、シンプルな描線で描かれた”キャラクター”を置くという手法を引き継いだ漫画家の系統樹に属している。(系統樹の幹は、つげ義春→逆柱いみり→panpanyaで、そこに様々な枝葉がつくイメージである。)
その点で、本作のキャラクターの省略の仕方は絶妙である。表紙の女の子を見てほしい。ツインテールの髪型を極度に抽象化したキャラクター、これが最高なのだ。ただ、panpanyaと明確に違うところは、街並みや建築物への描き込みは控えめで、逆にキャラクター以外の生き物に対する描き込みに力点が置かれていることだろうか。
ちなみに、「つげ義春→逆柱いみり→panpanyaの系統樹」の中で、「逆柱いみり」のところから枝分かれしたのがネルノダイスキ『ひょんなこと』だと思っている。
我妻ひかり『パコちゃん』
三十路間近のフリーター・パコちゃん。サービス精神旺盛でセックスが大好き。だけど、実は繊細で寂しがり屋。その上、ちょっと不健康。そんな月並みメンヘラ女子が、愛を求めて右往左往。前途多難のセキララ恋愛事情――。
モーニングの新人賞《第9回THE GATE》編集部賞を受賞した、我妻ひかりが描くメンヘラ女子の恋愛漫画である。
主人公はメンヘラというよりもセックス依存症で、性への奔放さゆえに周りの人間にトラブルを巻き起こすことになる。自分の周りにいると迷惑な人としか言いようがない主人公像なのだが、不思議と嫌いになれないのだ。作者が主人公のメンヘラ女子の中に入り込んで、その内側から物語を描いているから、読者も主人公の気持ちにぐいぐいと引き込まれながら読むことができるのだ。
我妻ひかりの卓越した心理描写に興味がある方は、まず新人賞受賞作「あおとゾンビ」を読んでみるといい。こちらも、セックス依存症の女性が主人公で非常に読ませる作品だ。
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スタニング沢村『佐々田は友達』
フェンスの向こうのきみへ。茶畑高校に通う高橋優希。人生はパーティーチャンスの連続で、楽しむことが大好き。同じく茶畑高校に通う佐々田絵美。カナヘビとカマキリが大好きで、自分自身の形がまだはっきりしない16歳。クラスの一番遠くにいた二人が、ある日の放課後、偶然出会って?
『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』などの漫画家・ぺス山ポピーが、スタニング沢村とペンネームを改めた初の長編ストーリー漫画。
自身の性的自認という表現しづらいテーマを取り扱い、コミックエッセイという場で活躍していたぺス山ポピーが長篇ストーリー漫画に挑戦している。第1巻を読んで驚くのは、完全にエッセイマンガのフォーマットから脱却し、ストーリー漫画の描き方に適応していることだろう。背景、コマ割り、セリフまで、すべてがストーリー漫画向けにチューニングされている。それでいて、作品の根底にあるテーマはエッセイマンガ時代と変わらない奥深さがある。新たな表現方法を身に着けたスタニング沢村の活躍に注目したい。
にゃんにゃんファクトリー『ヤニねこ』
Twitterでなんか結構バズッてる、ヤニ吸うねこのマンガ。マナーやモラルなんて関係ねえ!クズねこの送るヤニまみれでお下品な日常をご覧ください。一応、妹とか普通にかわいいキャラもでてくるから!単行本でしか見れない貴重な喫煙シーンとかたぶん描くんで、予約してくれたらありがてーにゃ(笑)
――「ヤニねこ」ってさあ、なんか上品なんだよ。
世迷言ぬかすな。ヤニ吸ってクソ漏らしたり、ゲロ吐いたり、ケモナーの大家さんが獣人型ダッチワイフでオナニーしているような最下層お下品漫画じゃねぇか。
――それはそうなんだけど、絵は上品だよね。絵が上品だと、実際に行っていることがどれだけ下品でも、相対的に上品寄りになるんだということに気づけたよ。
そうか、しあわせにな……。
全1巻長編漫画
コドモペーパー『十次と亞一』
売れない漫画家・小林十次は、ひょんなことから売れっ子の幻想小説家・大江亞一と出会う。しかしこの男、浮世離れしていて手が掛かる。それにときたま、向けられる視線に妙な気迫があるような……。大正期の架空の下宿「緑館」を舞台に、複数の文学作品を下敷きにして描く、奇妙な縁が絡み合った二人の男の物語。描き下ろしの後日譚も収録。
シンプルでどこかほのぼのとした描線によって描かれる、大正期の架空の下宿「緑館」で偶然出会った二人の男の物語である。
幻想小説家・大江亞一の描き方がとにかく素晴らしい。モダンな色男でありながら、どこか発達に異常を抱えているような危うさがあるキャラクターとして描かれている。しかも、彼が書いている幻想小説もいい。これは漫画だから、亞一が書いた幻想文学がそのまま読めるわけじゃない。それでも、彼には、佐藤春夫、室生犀星や豊島与志雄のような幻想文学者の雰囲気が自然と付きまとっている。彼が書いたものを読まなくても、それがわかってしまうのだ。
舞台は高度経済成長期に建てられた団地。現在そこにはひとり身の老人たちがいつか訪れる孤独死、「ぼっち死」を待ちながら猫たちと暮らしている。そんな彼女らが明日迎える現実は、どんな物語なのかーーー
40歳でデビューして現在77歳にして漫画の最先端を走り続ける、漫画家・齋藤なずなの最新作である。
漫画批評家の呉智英は、デビューした頃の齋藤なずなを「物語の構成も、人物の設定も、絵も、間の取り方も、不幸なまでに巧すぎる。」*2と評したわけだが、この言葉の意味が今になって少しわかってきたような気がする。齋藤なずなは「不幸なまでに巧すぎる」せいで語る言葉が見つからない作家なのだ。この作品を「感動する」とか「心に沁みる」とか感想を言うことは簡単だが、「なぜ感動する」のか「なぜ心に沁みる」のか言語化するのは難しい。漫画が巧みすぎて、読者がその技術を十分に理解することができないのだ。
最新読み切り「遡る石」を読めば、その状況はより深刻だ。この漫画家は77歳にして、現在進行形で漫画が巧くなり続けている。
bigcomics.jp
母親の束縛に耐えられず家出をした高校1年生のウカ。義父から虐待を受け、自分は“泥まみれ”だと苦しむナギサ。身寄りがなく売春をしながら生きる元子役モデルのアゲハ。貧しい家庭でネグレクトされホームレスになっていたヨウ。シェルターの「神の家」に集まった4人の家出少女たちは、孤独のなかで、しだいに心を通わせていく。やがて、「神の家」を管理する“おじさん”の秘密と、ウカの前に現れる“天使さん”のメッセージが明らかになる――。
今日マチ子の新作は、「神待ち」とも呼ばれる家出少女をテーマにした群像劇だ。
少女たちの悲痛な青春を描いた漫画なのかな、と決めてかかって読むのは止めた方がいい。大怪我をすることになるだろう。家出少女たちが巻き込まれる事件は思春期の苦悩という枠を超えて、完全にサイコホラーの領域に踏み込んでいる。下巻の胸糞衝撃展開を読んでいる時は、黒沢清監督『クリーピー 偽りの隣人』を視聴しているような気分だった。
本作を通して今日マチ子の心情表現は、一段階上のレベルに進化していることが見て取れる。トラウマ少女の内面世界を泥のつまった水風船で表現したコマは必見。
また、今日マチ子は間を置かずに新連載をはじめている。毒親や性自認などの様々な問題に切り込んだ『すずめの学校』にも要注目だ。
heisoku 『春あかね高校定時制夜間部』
高校の定時制夜間部に通う、個性的な生徒たちの日常物語!ごくフツーの高校生はなお、ヘンT集めが趣味なゆめ、元ホストのちたる、40歳のよしえ…春あかね高校定時制夜間部に通う生徒たちが巻き起こす、サイケでファジーな日常がクセになる!?「ご飯は私を裏切らない」の奇才・heisokuが贈る、ミョーに解像度が高い定時制夜間部青春物語!
定時制夜間部の高校、世間様の言う”普通”のレールに乗れなかった人間が通う場所、そのような”絶望”が本作には通底している。しかし、本作には”絶望”に打ちのめされない力強さがある。何と言っても、この作品の美点は、定時制夜間部の高校という舞台を魅力的に描き切ったことだろう。年齢も経歴も感性もバラバラな人たちが一つの学校に通っているというのは、それ自体が特別で美しいことなのだと気付かせてくれる。
民間軍事会社で働かされる流民の少女を描いた、同作者の読み切り『兎とソルジャー』も本作と近い精神性を感じる作品である。
shonenjumpplus.com
崇山祟『Gペンマジック のぞみとかなえ』
ガールズ・ビー・少女まんが家!! 漫画に魅入られたふたりの少女・のぞみとかなえは、漫画研究部に入部して少女漫画界の頂点を目指す。熱血教師・五十嵐先生、非行を重ねる不良少女・蘭子、山奥で漫画修行を積んだ少女・たまえ等、多様なキャラクターを巻き込みながら展開する崇山祟版『まんが道』。
「恐怖の口が目女」で漫画界に衝撃を与えた崇山祟の遺作である。
ただただ、漫画愛の熱量に圧倒される。本作は、崇山祟から少女漫画に宛てて書いたラブレターのようなものだ。
ほそやゆきの『夏・ユートピアノ』
ピアノの調律の家業を継ぐため実家に戻った新。彼女はそこで他人との交わりを拒否するかのような生き方をしている饗子と出会う。響子は国際的なピアニストの娘だった。未熟な二人がピアノを通して少しずつ交流を深めていく。近づいては離れ、一瞬の理解と寄り添いに喜びを感じつつ、二人は自分の人生を生きていく。
”映像詩”とも言われた伝説のテレビドラマ『四季・ユートピアノ』に範をとり、”漫画詩”とでも言うべき表現に取り組んだ作品。ピアノの調律師を目指す新(あらた)と、弱視のピアニスト響子(きょうこ)の関係性は、言葉を交わさずとも、作者が描く線によって表現される。この独特な漫画詩の先にある作品を読んでみたい。
短編集漫画
木村恭子『うちらのはなし 木村恭子デジタル短編集』
中学二年生の川瀬天は、家族旅行で交通事故に巻き込まれて自分だけが生き残り、天涯孤独の身の上になってしまう。引き取り先が決まるまでの間、川瀬は一時保護所に入所することになるのだが、大人たちによって徹底的に管理され自由のない生活に違和感を感じる。そんな辛い生活の中でも同室の高野ひかりとは絆を深めることができたのだが、彼女も彼女で心に深い傷を抱えているようで……。他1編収録。
一時保護所での管理社会的な生活を、主人公の中学生の目線で追った作品である。大人たちによって徹底的に管理され、プライバシーのない生活を強いられる子供たちの姿が、あまりにも悲痛で切実に描かれている。しかし、本作はただ心苦しいだけの読書体験を与えるわけではない。主人公が同室になった少女と育むシスターフッド的な関係はほほえましく、絶望以上の希望をそなえている。
なぎと『なぎと短編集 隣の家の女装男子』
主人公・翔真の家の隣に引っ越してきたのは、常日頃から女装している同い年の少年・伊央だった。しかし、女装は本人の意志ではなくて、母親から強制的にさせられていることであり、伊央は女装しているせいで周りの同年代から奇異の目で見られることに苦しんでいた。翔真は伊央を助けたいと考えるが、何もできずに日々は流れていき……。表題作他四編収録の短編集。
本作は、ジャック・ケッチャムの傑作小説『隣の家の少女』をもじったタイトルとなっている。隣の家に引っ越してきた少女(女装男子)が虐待を受けていることを知っていても助けることができない、というプロットの面でも同じ筋を辿っている。当のジャック・ケッチャムも遠く離れた日本で自分の作品がこんな風にオマージュされているとは想像もしないだろう。しかし、作者の過去作品にまで目を向けると、こんな歪んだ作品が生まれた理由も何となく察せられる。
作者のなぎとは、いわゆる「TSF(性転換もの)」に特化した創作を行っている漫画家である。「TSF(性転換もの)」作家としての彼が特異な点は、性転換した元男性が同じ男性から性的興味を向けられることの生理的嫌悪感、この感情に対する異常なほどの執着にある。彼の代表作『美少女化したおじさんだけど、ガチ恋されて困ってます』などは、「中年男性がある日突然女性になってしまって、その日を境にこれまで仲良くしていた男性から性的に見られることに嫌悪感を抱くようになる」という全く同一の展開の短編ばかりが収録されたオムニバス漫画なのだ。つまるところ、「性的興味を向けられる嫌悪感」を追求し続けた作家が、最後に行くところまで行ってしまってホラーの域にまで達したのが「隣の家の女装男子」なのである。
その他の漫画(ネット読み切り・同人誌・復刊など)
【ネット読み切り】あぶらめちかた『こどもたつ』
父と子が過ごす焚き火の時間は、だいたい静穏、ときおり緊張。『みなさんもぜひお越しください』
忌引き明け、祖母を亡くした友達はいつも通りのあほに見えた。『忌引きの友達』
寒空の下、海釣りをする親子。人と自然の気ままなひと時。『冬の海は黒い』
地上110㎝のまなこに映る、世界の姿。子どもを主軸に描かれる短編3作。
第4回トーチ漫画賞【準大賞】作品。
今年最も「こんなに漫画の巧い人が、いきなりぽっとでてくるあんの!?」と驚かされた作品である。もちろん、作者にとってはいきなりぽっとでてきたわけもなく、積み重ねてきた経験と努力があるのだろうが、新人賞で拝める画力と完成度ではない。すでに漫画界では名のある大物作家の変名じゃないかと思うほど、単純に漫画がめちゃくちゃ巧いのだ。
セリフを極限まで排して絵で見せるシャープな描写が、濃厚な”死”の香りを引き立たせる。トーチは今後最優先でこの作者の単行本を出してほしい。
to-ti.in
【ネット読み切り】初期の名前『認識上の処女懐胎』
漫画家・初期の名前を他人に説明するのは難しい。
活動の場がWEB中心なので過去の活動が追いづらいし、そもそも「初期の名前」というペンネームの検索性が悪すぎて、他人のレビューを探すことにも苦労する。「この人の作品面白い!」と思って作者名で検索しても関係のないWEBページばかりが引っかかる。他人の感想を読むことが好きな私としては非常にやきもきさせられるのだ。この機会に、世間に少しでもその名を広めたいと思う。
初期の名前は、2018年頃にTwitter上でWEB漫画の投稿をはじめ、「完全な球体」シリーズなど、ぶっ飛んだ設定のWEB漫画の描き手として名を挙げた作家である。2020年頃から、コミティアなどの同人イベントへの出店や合同誌への参加などを増やし、近年ではますます活動の場を広げている。そんなWEB漫画中心に活動している作家が、2023年に一般の漫画賞レースにはじめて名前を見せた。2023/2MGP 奨励賞受賞作『異形の確信』である。ある種のニューロティックホラーとして非常によくできている。『異形の確信』がTwitterでバズったからだろうか、週刊少年マガジン編集部の覚えもめでたかったようだ。初期名前(うぶきなまえ)に改名し、本誌で不定期に3コマ漫画『先輩後輩必ず死ぬ!!』が掲載されるようになった。
この調子で一般にも知名度が広がり、初期の名前と言ったら漫画家のペンネームであることがすぐに通じる世の中が来てほしいものだ。
ちなみに、今年発表された短編の中では『認識上の処女懐胎』が最も面白かった。精神上の双子とも言うべきドッペルゲンガー譚で、内宇宙の冒険から想像もつかないオチへなだれ込む傑作である。
manga-no.com
pocket.shonenmagazine.com
manga-no.com
【ネット読み切り】岡田索雲『アンチマン』
少女が遊びで人間を壊す残酷劇『メイコの遊び場』、妖怪をテーマにした風刺とユーモアの『ようきなやつら』など、怪作を発表し続ける岡田索雲の読み切り作品。
主人公・溝口は、父親を介護しながら食品会社に勤務している中年男性だ。彼は職場でも尊重されず、家に帰ったら介護という生活に疲れはてており、ネット上の議論や路上でのぶつかり行為でストレスを発散していたのであったが……。
過去の岡田索雲作品では、暴力を振るわれ虐げられる社会的弱者やそれにまつわる社会問題をテーマにしたものが多かった。そうした説教臭くなりかねないテーマを、有名作のパスティーシュといった趣向を凝らすことによって、誰にでも呑み込みやすい作品に落とし込むのが従来の作風だったのだ。しかし、本作では、誰にでもわかる明らかなパスティーシュは見られない。これは作風の変化というよりも、作者自身の意識の変化を感じさせられた。パスティーシュのようなもので社会問題を呑み込みやすくしない、呑み込みにくいものは呑み込みにくいまま、読者の前に出そうという覚悟のようなものが見て取れる作品であった。
comic-action.com
【同人誌】今井新『フラッシュ・ポイント』
今井新とは、東京藝術大学大学院メディア映像専攻を修了し、その後は自分が暮らす都市の出来事を取材し、漫画によって再構成して発表する活動をされている作家である。同人誌『フラッシュ・ポイント』は、そんな彼がコロナ禍の日本を題材にした作品である。
舞台は2022年夏。主人公のイマイは激務に嫌気がさして仕事を辞めた。毎日ゲームなどをしてダラダラ過ごしていたところに、妻の妹であるマシロがたびたび遊びに来るようになった。マシロは高校生だったが、学校に行かずに遊びに来ているようだった。妻にバレないように昼間だけ遊びに来るマシロだったが、ある時なんとなくマシロが撮影した動画がインスタで大バズリしてしまう。図らずも有名人になってしまったマシロだったが、世の中ではもっと大変な事態が進行していて……。
主人公の名前がイマイであることからも明らかなように、作者自身の体験をある程度投影しており、コロナ禍にあった日本の空気感を孕んだ作品となっている。この作品は、そうした実録的な生活を描いている一方で、マシロがインスタに投稿した動画をきっかけに日本中を巻き込むような事件に巻き込まれていく、フィクションが現実に浸食してくるような危うさを味わうことができる。時には、実在の芸能人や政治家を作中に登場させつつ、まさに”2023年”でないと通じないような物語が展開される。
おそらく、この作品の賞味期限は短い。2022年の日本の記憶が生々しく記憶されている人間しか、この物語を十分に楽しむことはできない。そういった消費物としての漫画も時に良いものだと思う。
また、同じ東京藝術大学大学院メディア映像専攻出身の作家であるから、短編集『ムラサキのおクスリ』が刊行された。こちらは、メタフィクショナルな漫画表現を様々な形で追及した作品集になっており、びっくり箱的な面白さが楽しめる。
booth.pm
【復刊情報】川島のりかず作品一挙電子書籍化
これは個別作品じゃなくて、漫画界に起きた一種の事件として紹介したい。
ホラー漫画界で最後に残ったカルト作家・川島のりかずの諸作品が一挙に電子書籍化されたことについてだ。とはいっても、川島のりかずって誰?という方が大半だろうから説明しておく。
川島のりかずとは、1980年代に「ひばり書房」というホラー漫画に特化した漫画レーベルで作品を発表していた漫画家であり、当時はそれほど評価されているわけではなかったが、近年(特に2010年代に入ってから)ホラー漫画マニアの間で大きく再評価が進んだ作家である。
個人的にも、鶴岡法斎・編『呪われたマンガファン』*3でその存在を知り、追いかけ続けていた作家だった。貸本時代のホラー漫画のテイストを残しつつ、当時のSFやモダンホラー的なプロットを組み込んだ作風が独自の作家だった。いつか全作品を読んでみたいとは思っていたが、とにかく古書価格の高騰がハンパじゃなくて、なかなか手を出しづらい作家だったのだ。最近では、1冊1万円ぐらいは当たり前で、ものによっては何十万円の価格で取引されており、全作品を収集するのは一生を費やす必要があるだろうと覚悟していた。*4
とまあ、そのような有様だったわけだが、この度、関係者の尽力のおかげで一挙電子書籍化されたのだ。いやあ、めでたい。2023年のニュースの中では一番めでたい。
過去のすごかった漫画
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では、今年もよろしく