村 村

雑文置き場

1月に読んで面白かった漫画

新作か旧作かにかかわらず、その月に読んだものの中から面白かった漫画を紹介していこうと思います。

 

 

龍村景一『ムラサキのおクスリ 龍村景一短篇集』

従軍経験からトラウマを抱えている野良猫のキャラクター(明らかに、のらくろをモデルにしている)を精神病院から救い出そうとする「おクスリの時間です」

80年代ヤンキー漫画のような主人公が、近未来の狂った超知性AIの拷問に晒されながら、最愛の女性との愛を貫き通す「ツッパリヤンキー地獄録」

異世界に転生したが入管(明らかに、現在日本の人権を軽視した入管制度を元にしている)に収容されてしまった超人ヒーローの苦悩と破滅を描いた「異世界入管-転生したら人間だった件-」

生きる屍と化した少女が目撃した、暴力と幻覚と真実の愛の物語「ゾンビだって恋が屍体!」

奔放な奇想が楽しい短編集。しかし、どの短編にも日本社会をチクリと刺すような毒が含まれている。漫画的なキャラクターを通して日本社会を糾弾するような内容は、前年の ようきなやつら (webアクションコミックス) に近いものを感じる。

 

 

 

岬かいり『笑顔の世界』

ホラー漫画に今最も力を入れている漫画雑誌「ちゃお」にて定期的に発表されていた作者のホラー漫画をまとめた短編集。ちゃおホラーコミックスではなくて、裏少年サンデーコミックスから出版された理由は不明だが、少女漫画的なかわいい絵柄に後味の悪いオチのコンビネーションが面白い作家なので一般受けすると判断されたのかもしれない。表題作は『トワイライト・ゾーン』にでもありそうなSFホラーの良作。

 

 

 

いしいひさいち『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』

地方の海辺の街に住む女子高生の吉川ロカは、ポルトガルの民謡ファドの歌手になることを目指す……

自費出版ながら一部で熱狂的に迎えられた作品。いしいひさいち一流のユーモアで軽妙に読ませて最後にホロリと泣けるような作品に仕上がっている。特に、主人公・吉川ロカとその親友である柴島美乃とのつかず離れず、しかし常に相手を想いあっている関係性に美しさがある。

 

www.ishii-shoten.com

 

 

岩崎真『3年前の窓から(前編/後編)』

配送倉庫で働く女と男。女は逮捕歴があり、男は漫画家を目指していた。「私のことを描いてもいいよ。ネタになると思う」女は男に提案するが……

今までも一部では尖った才能として話題だった新人コミック大賞受賞作家の新作である。過去に色々とあったらしい女性の半生を、漫画家志望の男が聞き取っていく形式で進められる。一見すると普通に暮らしている人間が抱えている虚無感と孤独、それがふと漏れ出してきた瞬間を捉えるのがうまい。ゾッとさせられる。

 

山下かぼ『完全少女』

”なぎ”は、文化祭でアイドルのように踊ることを夢見ている女子高生だ。彼女の幼馴染である”久喜”は、イケてるグループの女子から仲間に入れてやる代わりに”なぎ”の舞台練習に付き合うよう命令されていた。それは、練習風景を撮影させて笑いものにするためのものだった。嫌々ながら”なぎ”の練習に付き合う”久喜”だったが……

スピリッツ賞入選作家の新作。思春期の檻の中で傷つけあう少女たちが、ダサくても気持ち悪くてもカッコよく生きていこうとする姿を描いている。そこで描かれていることはすれ違いの繰り返しで、切なくてやるせない気持ちになる青春漫画の良作である。

 

 

 

山下かぼ『楽園、それから』

スピリッツ賞入選作。主人公の少女は、母親から虐待を受け、いとこの兄からは性的に搾取されている。そんな地獄から行け出すため家出をした彼女だったが……

主人公少女の痛々しさが伝わってくる。現在には地獄のような苦しみしか残っていないのに、過去の美しい記憶が迫ってくるラストは素晴らしい。

 

 

 

川島のりかず『墓場から戻った少女』

瀬木真理絵は墓場で目を覚ました。しかも驚いたことに、小学生だったはずの自分がセーラー服を着た中学生の姿に成長していて、持っていた生徒手帳には別人の名前が書いてあった。なんとか記憶をたどって自宅に行ってみると、驚いた様子の両親に迎えられた。母親が言うところでは、小学四年生の時に行方不明になった自分をずっと探していたということだった。記憶のない四年間、私は何をしていたのだろうか……

自分が記憶喪失になっていた間に、どうも別人として暮らしていたらしいという謎を追いかけるニューロティック・スリラー。序盤から謎に次ぐ謎で、読者をグイグイ引き込む。終盤はどんでん返しに次ぐどんでん返しで、やりすぎ感はあるが満足感のある佳作だ。

 

 

 

石井 隆『魔楽』

東京で妻と娘と暮らし、会社では課長を務める平凡な男。彼の趣味は、休みの日に二時間ほど車を走らせた山奥へ行くこと。その山奥で偶然見つけた廃屋に、街でひっかけた女性を連れ込んで拷問のうえ殺害することだった。

映画監督としても有名な石井 隆によるトーチャー・ポルノ漫画。表向きは家庭を大切にする普通の会社員が、裏では数えきれない女性を山奥に連れ込んで拷問している殺人鬼だったというあらすじ。それだけを聞けば普通のシリアルキラーものなのだけれど、この作品が抱えた毒は凄まじい。作者自身が「この話をいつ書いたのか、僕は憶えていない。思いだせないでいる」と嘯くほどに、つまりは作者が漫画の存在を抹消したくなるほどに、この漫画は邪悪で禍々しいのだ。

 

魔楽

魔楽

Amazon

 

 

谷口菜津子『今夜すきやきじゃないけど』

広告代理店に勤める姉・たつきと、自分探し中の大学生の弟・とらお。片付けられないたつきの家にとらおが転がり込んだことから始まった血が繋がらない2人の同居生活は、毎日もやもやストレスばかり。頑張ってもなかなか上手くいかずに焦るたつきと、就活に疑問を持つとらおが自分の幸せを探していく……。

安定して面白い谷口菜津子作品。『今夜すきやきだよ』は女二人が共同生活を通して恋愛観を見つめ直す内容だったが、今回は姉弟が共同生活を通して仕事観を見つめ直す話になっている。序盤はギャグ的に描かれている汚部屋描写が、人生を見つめ直すきっかけとしてシリアスな問題に変わっていく展開が意表を突かれて面白い。

 

 

 

スマ見『散歩する女の子(1)』 

散歩好きで妄想好きな”穂ツ木”と、彼女の良き理解者である”唯野”、そんな二人がゆるく二人の時間を楽しみながら散歩するお話。

”穂ツ木”が自由に妄想しながら散歩することで、ただの平凡な風景をちょっと変な風景に変えてしまう様子が楽しい。また、その妄想を受け止めてくれる”唯野”がいてこその関係性が描かれている。散歩百合という新しいジャンルかもしれない。

一方で作者のデビュー作「地獄」は、『散歩する女の子』とある意味で裏表のような作品になっていてあわせて読むと面白い。

 

omocoro.jp

 

 

程野力丸『宇宙の卵 上』 

フィリピンの首都・マニラ。ゴミを拾い集めて生活する少年・ルイは周囲からの迫害にも耐え、極限の貧困の中でも祖父からの言い付けを守っていた。しかし――あまりにも残忍な“事象”が発生。絶望の淵に沈んだ時、とある卵が割れる瞬間を目撃する!! 秩序は崩壊し、荒廃した世界で生きる新時代SFドラマ!!

絵もストーリーも粗削りだが、差別や貧困など、この世の醜いものをすべて描き切ってやろうという作者のパワーを感じる。

読み切り「毒で探して三千里」も、表情を描かないことによって逆にキャラクターの感情を読者に想像させるアイデアが面白い。

 

shonenjumpplus.com

 

 

山本 ルンルン『涙子さまの言う通り(1)』

昭和初期。都内某所で少女の水死体が発見された。捜査担当の沢渡巡査は、ある新興宗教の教祖・犬養涙子に目をつけるが……。長い黒髪を靡かせ微笑む少女は、果たして聖女か、それとも殺人鬼か?

悪女・涙子が、その蠱惑的な魅力で人々を惑わし堕落させていく、昭和レトロなサイコホラーサスペンス。猟奇漫画の遺伝子を現代に受け継いだ最良の作家、それが山本ルンルンだ。

 

 

 

白井もも吉『偽物協会(3)』

メルヘンチック偽物コメディー、堂々完結!! 偽物として生まれてしまったものたちの哀しさを癒すような優しい物語である。三巻での終了となってしまったが、連載としてはやりきることをやりきった綺麗な終わり方だった。ライナスの毛布から離れられない子供というのは類型的なテーマだけれど、これはライナスの毛布そのものが主人公の話なのだと最後の最後でわかった。

 

 

 

原百合子『繭、纏う(6)』 

異常にフェティッシュな髪の描きこみで一世を風靡した学園姉妹制百合漫画が完結。髪にまつわる学園の風習はどこか歪で呪いのように少女たちを縛っている。ホラー漫画ようなじめっとした手触りで読ませるが、ラストはからっとしたハッピーエンドで綺麗に終わらせた。

 

 

 

住吉九『ハイパーインフレーション 5 』

帝国の奴隷狩りによって、両親を失った少年ルーク。今度の奴隷狩りでは最愛の姉がオークションに出品されてしまう!! 絶望のドン底でルークが手に入れたのは、『体からカネを生み出す能力』だった!! オークションに参加するルーク――余裕で姉を落札か!? だが、この力には“致命的な欠陥”があって……!? カネが、生命が、怒りが、暴力が、欲望が、『加速≒インフレ』し――物語はハイパーインフレーションを巻き起こす!!

全話無料になっていたのでまとめ読みした。偽札を使って奴隷を解放しようとする少年ルーク、カネのためならなんでもする怪物商人グレシャム、自分の力で世界を守りたいという欲望から行動する切れ者レジャット、基本的にはこの三人が敵味方を入れ替わりながら知略で争うコンゲームになっている。この漫画がすごいのは、その圧倒的な密度である。一話で何回もどんでん返しがあるのが当たり前で、話の展開スピードがこれほど速い漫画はあまり読んだことがない。ストーリー漫画としてはある意味で破綻しており、傑作というよりは破格と呼びたくなる漫画だ。

 

 

 

朝田 ねむい 『スリーピングデッド』

真面目で爽やかな佐田は、同僚や生徒から人気の高校教諭。ある日、放課後の見回りをしていると、そこには女子生徒に刃物で襲いかかる怪しい人影が。咄嗟に逃げようとするも間に合わず、佐田は命を落としてしまう。しかし、冷たい台の上で佐田は目を覚ましたのであった……。

殺人鬼に殺された主人公が、マッドサイエンティストの手によってゾンビに変えられてしまうところから物語ははじまる。主人公は普通の食事が受け付けなくなっており、人間の死体を喰わなければ生きていることができない。自分が生きるために、マッドサイエンティストの手を借りて犯罪歴のある人間を殺すことにするのだが……と、ここまでのあらすじをみると、ゾンビを題材にした犯罪サスペンスのような感じだが、後半からは濃密なボーイズラブストーリーに変わる。ゾンビ×ラブストーリーというのも今となっては手垢のついた展開だが、この作品はなぜだかとても新しく感じる。

 

 

 

夜光虫『クロウマン(3)』

死闘の末、蜘蛛をぶっ壊した鴉は、相棒の“カス人間”ことヤスだけでなく、「組織の壊滅」を目標に掲げる雀も仲間に加えて、にぎやか三人旅に出発する。しかし鴉の力を狙った“組織”の幹部が現れ、鴉は自分のルーツに向き合うことになる──。衝撃は完結して、物語は日常へ。きわめて常識のない改造少女の奇天烈伝奇アクション、激しく楽しく完結!

改造少女・鴉が、自分を改造した悪の組織と戦うバトルアクション。正直に言って、この最終巻になって話が面白くなりだしたので、個人的にはもっと連載が続いてほしかった(最終巻で急に面白くなりだすのは打ち切り漫画あるあるだが)。特に、鴉と雀のコンビが仮面ライダー1号と2号のような感じでバディとしての魅力が出てきたのがよかった。キャラクターの魅力は高かったので作者の次回作に期待。

 

 

【アキバ冥途戦争】なぜ日本初のメイドは「明治初期」に生まれたのか

『アキバ冥途戦争』とは、Cygames と P.A.WORKSのタッグによるアニメ作品である。キャッチコピーは「萌えと暴力について」

1999年に秋葉原メイド喫茶で働く女性たちを題材にした「お仕事シリーズ*1」の第5弾に位置付けられている。そのプロットは既存の「お仕事シリーズ」に準拠しながら、メイド喫茶がヤクザのように犯罪行為を行う組織となった別世界の日本を舞台にしており、メイド喫茶の抗争を描いた任侠ドラマとしての側面も持っている。簡単に言えば、製作者の頭がどうかしているアニメだ。

ここでは、この作品の奇抜さや楽しさについて語るつもりはない。それはすでに語りつくされている。だから、本作においてなぜ日本初のメイドが「明治初期」に生まれたと設定されたのかという謎について私は書きたい。

 

TVアニメ「アキバ冥途戦争」 OPテーマ「メイド大回転」/EDテーマ「冥途の子守唄」

(万年嵐子のみが目を開いて現実を見ているのに対して、他のメンバーは夢を見ていることが本作の結末を暗示するカバーイラスト)

 

 

 

 

メイドの歴史、やくざの歴史

日本初のメイドであるお萌様は、第9話「秋葉生態系狂騒曲!メイドの萌え登り!!」でその存在がはじめて語られた。作中のナレーションによると、「日本初のメイド”お萌”、まだ身分制度が色濃く残っていた明治初期、全てのご主人様に分け隔てなく接客し、萌えと暴力で秋葉原の民を魅了した」ということである。

©「アキバ冥途戦争」製作委員会
第9話「秋葉生態系狂騒曲!メイドの萌え登り!!」より

ここまで読んだ方の中には、「それのどこが謎なんだ」「製作者がギャグとして適当に作っただけ設定じゃないか」と思われる方がいるかもしれない。しかし、私はこの設定が生まれた必然性をたまたま思いついてしまった。

 

まず、現実の世界でも明治初期にメイド喫茶の元になる業態が生まれたということはあり得るだろうか。それは当然ながらあり得ない。そもそも日本で最初の喫茶店は、明治21年に開店した「可否茶館」とするのが定説であり、洋装の女性が給仕するスタイルの店が現れるのは明治21年以降のはずだ。明治の代であることに違いはないが、「初期」は余計だ。

次に考えられるのが、本作はメイド喫茶をヤクザに置き換えているのだから、そちらの起源が明治初期なのではないかということだ。しかし、こちらも厳しい。ヤクザの起源は博徒や的屋とするのが一般的であり、諸説あるが古ければ室町時代にまでさかのぼる考え方もあるそうだ。現代にも存続している暴力団組織の中には江戸時代から続いているものもあり、明治初期に起源を求めることは無理筋だろう。

 

 

秋葉の原の成立

では、目線を変えてみて、そもそも「秋葉原」という地名が生まれたのはいつ頃だろうか。それは明治2年の出来事がきっかけとされている。当時の明治政府下東京府が、相生町の大火を機会に、9000坪の火除地を現在の秋葉原に設置した。翌明治3年には、遠州から火除けの秋葉大権現を勧請し、鎮火神社としてまつった。そこから秋葉様の神社がある原っぱ、つまり「秋葉の原」と呼ばれるようになったというのだ。

プロローグ 秋葉原(あきはばら)の由来 | 秋葉原電気街振興会

 

謎は解けたようだ。製作スタッフは秋葉原のはじまりにあわせて、メイドのはじまりも「明治初期」に統一したのだ。

しかし、一つ疑問が残る。なぜ製作スタッフは秋葉原のはじまりを明治23年にしなかったのだろうか。明治2年は、秋葉原という地名が生まれるきかっけができた年に過ぎない。上野から鉄道が延長されて「秋葉原駅」が開設された明治23年こそ、地名としての秋葉原が定着した年なのだから、そちらの方がつじつまが合うはずだ。つじつまと言えば、明治2年秋葉原の誕生だと考えるとつじつまの合わない部分がある。明治2年秋葉原は火除地だった。秋葉神社以外に何もない原っぱだから秋葉原と呼ばれたので、アニメ内の描写のようにメイド喫茶がひしめく繁華街になっていれば「秋葉原」と地名がつけられるはずがないのだ。最近は便利で、ウェブで簡単に明治初期の古地図を見ることができるのだが、やはり秋葉原は四角く区切られた空白地帯になっている。ウェブ地図 周りにぽつぽつと建物が見受けられるが、繁華街は影も形も見えない。

あちらを立てればこちらが立たず、と言ったところか。蜘蛛の糸のように細く頼りない歴史的根拠をもって、メイド文化発祥の地としての秋葉原が明治2年に生まれたとするのはいささか危ういようだ。

ここまで調べて感じたことは強烈な違和感である。日本で初めてのカフェ「可否茶館」が開店したのは明治21年、駅ができて「秋葉原」という地名が一般に認められるようになった明治23年、この明治21~23年の間というのがどう考えても日本最初のメイドが生まれるにふさわしい時期なのだ。それがなぜ日本初のメイドは「明治初期」に生まれたのか。

 

 

女子断髪禁止令

明治初期に定められた法令の中にその謎を解く鍵がある。

明治5年に制定された『違式詿違条例』は、本日の軽犯罪法に相当する法律であるが、その第三十九条には、「婦人ニテ謂レナク断髪スル者」が処罰の対象とされたいた。文明開化を謳歌する女たちに危機感を覚えた明治政府は、女子断髪禁止令をもって女性から自由に断髪する権利を奪ったのだ。そうすると、『アキバ冥途戦争』における様々シーンに違う意味が現れてくる。

©「アキバ冥途戦争」製作委員会
第9話「秋葉生態系狂騒曲!メイドの萌え登り!!」より

上記の図では、様々な髪形のメイドが殴り合いの乱闘をしている様子が描かれている。私闘も犯罪であるが、なによりも各々が自分が好きな髪型をしていること自体がこの時代では犯罪である。しかし、メイドたちは全く気にする様子もなく、明治政府の定めた法律を破っている。

日本初のメイド”お萌”の核を為すものは何だったのか。

「日本初のメイド”お萌”、まだ身分制度が色濃く残っていた明治初期、全てのご主人様に分け隔てなく接客し、萌えと暴力で秋葉原の民を魅了した」

彼女が目指したのはおそらく、女性たちを差別的身分制度から自由にすることであり、だからこそ、あえて禁止される時代に断髪をすることで身分制度を破壊しようとした。その闘争の結果が、「萌えと暴力」を生み出したのだ。彼女はまだ身分制度が色濃く残っていた明治初期だからこそ生まれた英雄なのだ。

 

髪アニメの誕生

そうなると、本作がただの怪作・奇作ではなく、髪の演出にこだわった髪アニメであったことにも合点がいく。

過去の視覚芸術作品の中で髪にふれることがどのようなシンボリズムを持つのか、すでに郡司正勝による「髪梳の系譜」という名論文が存在する。江戸時代の芸能に登場する髪梳きの演技はすべて愛情の表現であった。

12話をかけてお互いの髪留めをプレゼントしあう”なごみ”と”嵐子”の表現は、まさに二人の中で芽生えた愛情の表現であったことは間違いない。

©「アキバ冥途戦争」製作委員会
第3話「メイドの拳、膵臓の価値は」より
なごみから貰った髪飾りではじめて自分をかわいいと認めることができた嵐子

 

©「アキバ冥途戦争」製作委員会
第12話「萌えの果て」より
嵐子からもらった髪飾りをつけ続けでメイトとしての支えにしているなごみ

 

ここまでが”萌えの髪表現”だとすれば、もちろんこの作品には”暴力の髪表現”も存在する。以下の画像に見られる「けじめのために髪をつめる」表現だ。

©「アキバ冥途戦争」製作委員会
第1話「ブヒれ!今日からアキバの新人メイド!」より
この髪切りこそがすべての事件のはじまりだった

髪は愛情を紡ぐだけではない、髪を落とされることは憎悪を巻き起こす。”暴力の髪表現”には有名な『東海道四谷怪談』のお岩の例がある。お岩は伊右衛門の裏切りを知って、髪を梳きはじめると髪は抜け落ちてしまう。恐ろしいシーンである。

ここまで読んでいただいた方にはわかっていただけるだろう。

『アキバ冥途戦争』が”萌えの髪表現”と”暴力の髪表現”が渦巻く髪アニメであること、そして日本初のメイドが「明治初期」に生まれた理由も。

読んでいただきありがとうございました。

 

参考図書

かぶき 様式と伝承 (ちくま学芸文庫)

少女浮遊

 

 

まあ、公式設定資料集がでたら全く違うことが書かれているかもしれませんがね!

 

 

*1:P.A.WORKSの働く女性を題材にした作品群

【2022年度版】すごかった漫画(49作品+α36作品)

はじめに

去年もやったので毎年やっていきたいですね。見ていただけたら励みになります。

 

msknmr.hatenablog.com

 

 

・2022年(1~12月)に刊行された漫画が対象です。

・長編or短編、完結or継続など、ざっくり分類分けしています。

・大枠分類の中の並びは、個人的な順位付けになっています。基本的に上に掲載されているものの方がオススメ度が高いです。

 

 

今年1巻が刊行された継続作品

 

冬虫カイコ『みなそこにて』

母親に捨てられた少女が引っ越してきた町には、人魚が棲むという言い伝えがあった。捨てられたと認めたくない少女は、頑なに周囲にも溶け込まずにいたが、そこで不思議な少女“千年さん”と出会う。彼女は善きものなのか、それとも…?ぞっとするほど美しい【人魚】と【少女】の異類譚。

今年NO.1の伝奇ホラー。田舎の町で恐れられ見ないふりをされている”人魚”の存在は、その町で暮らす少女たちの学校や家庭で見ないふりをされている心と共鳴していく。一つの田舎町で生きる様々な時代の少女たちが抱えていた孤独や寂しさが、ずっと過去になっても人魚の形をとってその町にある。こんなに美しくて恐ろしいホラーは他にないでしょう。

過去においてきたはずの憧れや寂しさを蘇らせる作者の鮮やかな手腕は、最新短編集『回顧』においてもいかんなく発揮されているので併せて読みたい。

 

とよ田みのる『これ描いて死ね』

東京の島しょ・伊豆王島に住む安海 相は、漫画が大好きな高校1年生。長年活動休止状態の憧れの漫画家☆野0先生がコミティアに出展することを知り、東京都区内に旅立つことに…そしてコミティア会場での思わぬ出会いが相の人生を変える!

この作品は、「漫画を描くこと」についての漫画であるが、それ以上に「コミティア」についての漫画と言ってしまうこともできるかもしれない。言い換えれば、コミティアというイベントが実在するという現実の強度によって支えられている漫画だと。

”漫画を創作することの楽しさ”を伝える漫画作品はあまた存在する。あまた存在するが、この漫画ではただ独りでもくもくと創作しているだけでは味わえない喜びにあふれている。自分以外にも漫画を描くことに情熱を持っている人々が大勢いることを知った時に感じる異様な高揚感、そういったものが表現されている。

私がはじめてコミティアに一般参加したのはもう10年ほど前になると思うけれど、会場に並んだ机の一つ一つにオリジナル漫画が山と積まれているのを見た時、その感動はとても言葉にできない。そんなに多くの人間がオリジナル漫画を描いて今日この場所に集まったという圧倒的なリアルに、大学生の私は打ちのめされてしまったのだ。私が実際に感じた感動が、この漫画の中ではそのまま再現されている。

 

トマトスープ 『天幕のジャードゥーガル』

後宮では賢さこそが美しさ。13世紀、地上最強の大帝国「モンゴル帝国」の捕虜となり、後宮に仕えることになった女・ファーティマは、当時世界最高レベルの医療技術や科学知識を誇るイランの出身。その知識と知恵を持ち、自分の才能を発揮できる世界を求めていたファーティマは、第2代皇帝・オゴタイの第6夫人でモンゴル帝国に複雑な思いを抱く女・ドレゲネと出会い、そして……!? 

本作では、主人公・ファーティマが奴隷の身分からモンゴル帝国の闘争に巻き込まれ、その時代のうねりの中をサバイブしていく様子が描かれている。現代に生きる私からすると想像もつかない世界ではあるが、歴史に翻弄される少女が抱える絶望と逞しさ、その両方が余すところなく伝わってくる。その表現力には圧倒されるばかりで、まだ一巻しかでていないにも関わらず、これは歴史に残るような傑作になるぞという予感を感じさせる。

また、中央アジアの意匠や風俗をデフォルメに落とし込んだトマトスープの画風も(細密画的な『乙嫁語り』を知っているがゆえに)新鮮である。

 

まどめクレテック『生活保護特区を出よ。』

1945年、大きな戦争により荒廃した日本は福祉と治安維持のため二つの政策を行った。一つは東京を復興し「新都トーキョー」をつくること。もう一つは、能力不振や病気、障害等により自立困難な者に国が衣食住、生活を保障する「生活保護特区」(俗称マントラアーヤ)を制定すること。2018年、トーキョーの中流家庭で育った高校生のフーカは、落ちこぼれながらも平凡な日常を送っていた。ところがある日、彼女の元に「特区通知」が届く。

この作品は色々な読み方ができる。現実社会のメタファーとしてのディストピアものとして、不器用な人々が共同生活を通して人間関係を築いていくヒューマンドラマとして、本作はそのどちらを想定して読んでも十分なクオリティを備えている。しかし、それ以上のものを秘めている予感もする。

正直に言って、まだ私には本作のことがよくわからない。しかし、ただのディストピアものでないことは確かだろう。「出よ」と現状からの脱却を謳うタイトルに比して、漫画の登場人物たちがすっかりこのディストピアに慣れきってしまっている。では、ディストピアでの日常生活こそがこの漫画の主題だろうか、それも間違いではないが不十分だと感じる。「生活保護特区」というフィクションを通して、その地域に根差した文化や歴史にまでこの作品は描こうとしているようだ。作者が何を描きたいのか、今一番興味が持てる漫画である。

 

文野 紋 『ミューズの真髄』

高円寺に住み、美術予備校に通い出した美優。母の呪縛から抜け出し、もう一度絵を描き、龍円への恋心も自覚し、幸せの絶頂にいた美優だったが……。美術の神様に焦がれ、魅せられた歪な一方通行の愛の行方は……?

美大に落ちて社会に出た女性が、もう一度美術予備校に入り直して夢を追いかける話。「仕事を辞めて美大の夢を追いかける」「母親の呪縛から逃れて新しい生活の中で新しい恋をする」、こう言えば前向きで明るい漫画だと思うかもしれない。しかし、実際にそれを期待して読みはじめたら肩透かし食らうことだろう。夢を追いかけて成長の坂道を駆け上がるのではなくて、夢を追いかけたら空振りして泥沼にはまり坂道を転げ落ちる、そんな漫画が読みたい人はぜひ読んで。

 

山口貴由 『劇光仮面』

29歳の青年、実相寺二矢はアルバイトで日々を暮らしていた。彼には、大学時代に特撮サークル「特美研(特撮美術研究会)」に所属し、仲間たちと「理想の特撮」を追求していた。「劇光」とは何か、彼はなぜ「人斬り実相寺」と呼ばれるようになったのか。……特美研の過去と現在について彼らは語る。

山口貴由は過去作品においても常に”ヒーローとは何か”という問いに向き合い続けてきた。今回は「特撮」を題材にとり、「特美服(特撮スーツ)」を纏うものは本当のヒーローになれるのか、あるいはヒーローとはそもそも何なのか、実相寺たちの姿を通して読者に投げかけている。また、偽史の体をとっているが、特撮技術が過去の戦争から生まれている事実からも目をそらしていない。ヒーロー漫画としては、ギョッとするほどストイックな作品だ。そもそもこの漫画を”ヒーロー漫画”と形容することが不敬であると感じるほどに。

 

雁 須磨子『ややこしい蜜柑たち』

美人だけど陰気な清見は、ほがらかでモテる初夏しか友達がいない。そんな初夏に新しくできた彼氏を、清見は紹介されることになったのだが、ふとしたきっかけで一線を越えてしまう。

”恋は人を狂わせる”と言えばクリシェになってしまうが、この作品は”狂った人間が恋をする”お話である。女友達とその彼氏を巻き込んだ三角関係のラブストーリーと聞けば、単純明快なストーリーと思われるかもしれない。しかし、そこで渦巻く男と女の、あるいは女と女の感情の奔流は複雑怪奇である。普通の恋愛漫画が読みたい方にはおすすめできない。ややこしいものを、ややこしいまま楽しめる読者にすすめたい。

 

松本次郎『beautiful place』

女子高生・花沢シモンは学校で行われている「挺身活動」に参加する。そんな彼女の教官役をつとめるのはクセの強すぎる同級生・高阪モモコだったーー!

べっちんとまんだら、フリージア、地獄のアリス、女子攻兵……松本次郎がこれまで脈々と描き続けてきた、頭のねじが一本も二本もぶっ飛んだ少女たちが繰り広げるアクション活劇の集大成。おそらく最高傑作かもしれない。血と脂と硝煙の匂いが紙面から湧き上がってくるような濃密な入魂の一作だと思う。

当然、『いちげき』の系譜に属する歴史戦記もの『烈士満』も読むべき作品だ。

 

雷句誠 『金色のガッシュ!! 2 』

金色のガッシュ!!の続編。100名の魔物の子が戦い合う魔界の王を決める戦いが終わったその後・・・魔界の王が決まり、魔界では平和な日々が訪れていた・・・ハズだった!!現在の魔界について、衝撃の事実が明かされる。その絶望の淵で、3名の魔物の子供は賭けに出る。

言わずもがなのサンデー黄金時代を支えたバトルヒーロー漫画の正統続編である。一話を読んで衝撃を受けた。いきなり魔物の子供たちが汚い大人たちによって踏みにじられボコボコにされるところからはじまるのである。読者たちは誰に言われるでもなく自然と「早くヒーローが現れてくれ。誰かこの子供たちを助けてくれ」と祈るように作られているのだ。そして、その読者の祈りが頂点に達したところで”清麿”が颯爽と登場する。最高のヒーローが誕生するには、ヒーローを心の底から求める絶望も必要なのだと改めて気づかされた。

 

きづきあきら+サトウナンキ『恋愛無罪―愛を誓ったはずだよね?―』

不倫、三角関係、婚活アプリ……新しいパートナー関係を提案する背徳恋愛オムニバス!! 

普通とはちょっと違う様々な恋愛模様を収録したオムニバス漫画。とは言っても、どれだけ変態的な恋愛を描けるかで勝負している作品ではない。むしろ、あらすじだけを描いてしまえば「なんだ、どこかで聞いたことある話だ」となってしまうのだが、一人一人のキャラクターの作りこみ、心情描写の緻密さによって読ませる作品になっている。例えば、似たような形式のオムニバス漫画にもんでんあきこ『エロスの種子』があるが、あちらが女性キャラクターが背負っている人生の歴史を描くことによってドラマ性を持たせているのに対して、本作ではほとんどキャラクターの過去は描かれない。特殊な恋愛に溺れていく女性の心情描写の解像度一本で勝負している硬派な恋愛漫画である。

 

Dormicum『少女戎機』

謎の敵「レギオン」の出現によって滅びかけている人間社会、戦場で人類の切り札になっているのは「聖母」と呼ばれる少女の姿をした兵器であった。「聖母」の一人であるリコリスは、過去のトラウマにより戦闘能力を失っていた。

戦うことを仕向けられた少女の物語は、なぜ再生産され続けるのか。どうして人類はそれ求めてしまうのか。その罪深さのどうやって贖えるのか。……それらの答えは知らんけど、僕たちはなぜかその物語から目をそらすことができないのである。

本作は、戦う少女の物語として『最終兵器彼女』などの先行作にも増して悪夢的なゴシック世界が繰り広げられる。具体的には、少女たちに”病み系”のビジュアルを足したところに独自性がある。兵器に作り替えられた少女たちは、そのすべてが”病んでいる”べきだという邪悪な美意識によって本作は貫かれている。今年最も退廃的な漫画として見守っていきたい。

 

武田綾乃, むっしゅ『花は咲く、修羅の如く』

人口六百人の小さな島に住む少女・花奈は、島の子どもたちに向けて朗読会を行うほど朗読が好きだった。花奈の“読み”に人を惹きつける力を感じた瑞希は、自身が部長を務める放送部への入部を誘う――。朗読の技術を学ぶことはもちろん、普通の学校生活も花奈にとっては未体験なことだらけ。放送部のメンバーたちと様々な“はじめて”を経験し、少しずつだけど前に進んでいく。

部活ものは、題材にしている部活が全く知らないものの方がいい。なぜなら主人公と全く同じ目線で漫画の世界に飛び込んでいけるから、実際に主人公の周りには頼りになる先輩がいたり、ライバル視してくる同級生の女の子がいたり、色々な人間関係があって、朗読に関する技術やルールについても知識不足だもちんぷんかんぷん。そんな状態でも主人公はまっすぐ努力して、持ち前の性格の良さで部活内でも認められていくわけで……ここまで聞いたら平凡な部活青春ストーリーじゃないかと思う方もいるかもしれない。しかし、そんな王道ストーリーでも飽きさせないところに凄味がある。

例えば、注目してほしいのがセリフに使われているフォント、この作品では場面によって朗読のフォントを細やかに使わけている。その時々の登場人物たちの感情や演技の良し悪し、それをすべてフォントを変えることで表現しているのだから並大抵のことではない。王道ストーリーだけなくて、それを成立させるテクニックが詰まった良作である。

 

Sal Jiang 『白と黒~Black & White~』

同期のライバルである野心家のふたりの、プライドを賭けた女の戦いは、表面上は穏やかに、裏では時には力ずくでお互いの心と肉体を傷つけ合う。そんな中、無意識のうちに“特別な何か”が芽生えつつあった――。野心、嫉妬、謀略、そして複雑な感情が絡み合うアンビバレントな社会人バトル百合ストーリー!!

「社会人バトル百合ストーリー」という聞いたこともない煽りから察せられる通り、非常にピーキーな百合漫画である。二人の女が社内での出世をかけて争いあううちに、お互いに特別な感情が芽生えていく様子が描かれている。”特別な感情”といってもロマンチックなシーンは少しもなくて、知略で相手を貶めようとするか、肉体的暴力で黙らせようとするか、みたいな展開ばかりである。女という名の二匹の獣が殺しあっているのを見学している感じ。これを百合と呼んでいいのか、未だに判断はつかない。

 

安堂ミキオ『おつれあい』

もなかとのぼる。二人はごく普通に結婚し、ありふれた夫婦生活を送っていた。のぼるが逮捕され、拘留されるまでは… つれあって生きていくために人は何をわかちあえればいいのか。何を大事にしたら人は幸せになれるのか。夫婦、恋人、親子、家族、様々な人間関係がおりなす一筋縄ではいかないヒューマン・グラフィティ!

主人公夫婦が様々な事情を抱えた”おつれあい(夫婦、恋人、親子)”と出会っていく連作漫画。登場する”おつれあい”は、外野の人間からすると「別れた方がいいのでは」「なんでそんな人が好きなの」と言いたくなるような人たちばかりなのだが、そういう人たちの生活に密着していくことで”人と人がつれあうこと”の割り切れない部分が見えてくる構成になっている。その安易な価値判断を挟まないヒューマンドラマは、この作品唯一無二のものである。

 

景山 五月 (著), 梨 (その他) 『コワい話は≠くだけで。』 

編集部からホラー漫画を描くように求められた漫画家、怖い経験をした人の話を聞き取ってホラー漫画として描くことに決まったのだが、怖い話は聞くだけで巻き込まれたくない……

この作品、各話の怪談話の完成度もさることながら、革新的なのは描かれている漫画が作中作であることにある。つまり、この作品はメタホラー漫画、あるいは最近流行りのモキュメンタリーホラー映像のようなものなのである。小説や映画ではよく見られる手法ではあるけれど、漫画においては新規性のある手法に挑戦している意欲作である。

 

たか たけし『住みにごり』

会社を長期休養して久しぶりに実家へと帰ってきた主人公。しかし、実家には35歳無職の兄がいて、どこか不気味な行動を繰り返しており……

笑えばいいのか気味悪がればいいのかわからなくなるギャグ漫画『契れないひと』を連載していた作者が新作を出したと聞いて本屋に駆け込んだ。一読して期待通り、笑いと気味悪さがミックスされた作風はそのままに気味悪さが五割増しになっていた。本作には、人間の中になる気味の悪いモノを見たいという欲求を実感させてくれる効能があるようだ。

本作は、はじまりからして強烈に悪夢的だ。久しぶりに帰省した主人公は、無職の兄が無差別通り魔殺人を犯す悪夢にうなされてしまう。無職の兄はこの作品が抱えるグロテスクさを一心に背負っているように見えるが、本当にグロテスクなのはこの兄を育てた家族という檻の方なのだということが暗に示される。家族という閉ざされた空間は常にグロテスクへと傾斜するに違いない。

 

筒井 いつき『夜嵐にわらう』

生徒からいじめを受ける教師・荻野の前に突如現れ、「先生を助けに来た」と言う不登校の女子生徒・夜嵐。過激な手段も厭わない夜嵐による“教育”で、荻野の2年C組は少しずつ変わりはじめる。しかし、クラスの中心人物・帆足はそれを良しとしなかった。クラスメイトを利用して荻野を傷つけようとする帆足に、荻野と夜嵐は――? 

「復讐と教育の学園クライムサスペンス」と大仰なキャッチコピーをつけているが、気の弱い教師・荻野と、過激な方法で先生を助ける女子生徒の・夜嵐、この二人がが学級崩壊しているクラスを様々な方法で立て直していくというのがメインプロットである。学級崩壊漫画は先行作もたくさんあるので食傷気味ではあるが、本作が特殊なのはイジメっこ側の魅力がしっかり描けていることである。その魅力というのは主人公の女教師からみたイジメっこ女子学生が持つエネルギーの煌めきのことだ。不謹慎で言いづらいことではあるが、サイコパス的なイジメっこはある一面において強烈な人間的な魅力を備えているのだ。

今年には他にも、普通に学校に通っている優等生の女子生徒が、自分は人殺しに罪悪感を抱くこともないサイコパスであることを自覚して大暴れする作品。中村すすむ『私の胎の中の化け物』なども良作だった。

 

tunral 『シロとくじら』

日々自堕落な生活を送る無職ニートの“シロ”。そんな彼の元に、とある事情で姉の息子の“くじら”がやってくる。最初は、幼稚園に通うまだ幼いくじらにとまどいつつも、二人の間には不思議な心地よさが――。

無職ニートイケメン男”シロ”とめちゃくそかわいいショタ”くじら”が突然共同生活をはじめる漫画。イケメンとショタを絡めておけば漫画として絵になるのは当然だが、この作品の優れているところははっきり言って、ショタに対するフェティッシュオブセッションである。幼稚園でうまく感情を言葉にできない”くじら”が友達に噛みついてしまう描写には何とも言えない味がある。まだ感情に言葉が追い付いていない子供と無職ニート、全く違うけれどどこか似ている二人の交流はただただ尊い

 

なか 憲人『とくにある日々』

意外となんでもできる場所な「学校」で起こる、すごいことや普通なことや不思議なことを描いた学園マンガ。

椎木しいと高島黄緑の仲良し高校生二人組が、落ち葉で神経衰弱、紙パック重量対決、カニを見に行くなど、ちょっと変な遊びで学園生活を彩っていく日常漫画。ジャンルとしてはコメディに属する話なのだけれど、優れたコメディであるがゆえに、日常をちょっとしたことで楽しいものにしていく一瞬のきらめきが描かれており、なぜか変に感動してしまう作品になっている。

 

坂本 眞一『#DRCL midnight children』

産業革命で様々な技術開発と経濟発展に沸く、19世紀末。ロシア船デメテル號はヴァルナ港で不氣味な木箱を積み、イギリスを目指し、出港する。しかし、その船内で凄惨な事件が発生し、船はイギリス・ウィットビーの沿岸で座礁事故を起こしてしまう。ウィットビーのパブリックスクールに通うミナ、ルーク、アーサー、ジョー、キンシーの5人は、座礁現場を目撃し…!?

怪奇ホラー文学の傑作『吸血鬼ドラキュラ』を坂本眞一が翻案した作品。坂本眞一の耽美的な細密画が理解不能なレベルに達しているのはもちろんのこと、原作のテイストをふんわりと香る程度に残しつつ主人公が怪異と戦うためにランカシャーレスリングを使用したり、とにかくハチャメチャですさまじい作品になっている。

 

とある アラ子『ブスなんて言わないで』

「ブス」と言われ、学生時代にいじめられていた知子。大人になった彼女は、自分をいじめていた“美人”の同級生・梨花が美容家として成功していることを知り、怒りに震える。知子は、梨花への復讐を決意する――。

ルッキズムという言葉が世の中に浸透する前から、ずっと少女漫画はそれをテーマにしてきたわけだけれど、そういう過去の名作があるがゆえに見逃されてきたブスの苦悩というものもあったと思う。一度、世の中の文脈とかすべてを無視して、ゼロからルッキズムについて向き合っている漫画だと感じた。

 

浄土るる 『ヘブンの天秤』

ここは天使達が住む世界・ヘブン。今日も天使達が、神と人間を繋ぐため奔放している。そんな中、主人公・メロは天使鑑定で堕天使という結果が出てしまう。しかし、メロの額には「神に仕える者の証」である刻印が記されたまま。そこでメロは天使長の命により、人間を20人救うことに。20人救えば、きっと天使に戻れるはず・・・

いじめのはびこる地獄のような現世や、死んでもいい命を作り出し弄ぶディストピア社会を描き、問題作を世に発表し続けてきた作者が、ついに現世を飛び出して天国から俯瞰してこの世の本当の歪みに迫る。本当に迫れるかはわからないが、浄土るるがやらねば誰がやる。頑張ってほしい。

 

つばな『誰何Suika

失恋したり、自身を失ったり、消えてしまいたいと考えるようになると本当に体が《消失》してしまう奇妙な現象がみられる世界。主人公で高校生の姫あやかは、消失した人たちを取り戻すためアイドル部を作ることになる。アイドル活動は成功するのか、消失した人々は戻ってくるのか? 謎が謎を呼ぶ。

作者はこれまでも、少し不思議な世界の中で様々な困難に立ち向かう少女たちを描いてきた。今回は人間の消失現象という謎があるものの、基本となるのはアイドル部活ものでかわいらしいお話が続く。しかし、アイドル部の活動に反対する保護者会が出てきたところで雲行きが怪しくなってくる。世界の亀裂から隠れていたグロテスクな世界が少し見えたようなところで一巻が終了する。今はほのぼの漫画の皮をかぶっているが、いつシリアス漫画に加速しはじめるのか、見届けたいと思う。

 

額縁あいこ『リトルホーン~異世界勇者と村娘~』

「狭き大陸」を恐怖に陥れた『魔王』が、異世界から来た勇者のチート技によって倒された。勇者に憧れる村娘のルカとリトルは、魔物に襲われたところを勇者ご一行に助けてもらう。村人が勇者を称え歓迎する中、勇者の取った行動がルカとリトルの未来を激変させ、異世界冒険バトルの扉が開くーー!

勇者たちによって村人を皆殺しにされた村人と魔王が組んで、勇者たちへの復讐を決意する話。異世界に転生して超能力を与えられた勇者たちが、その能力のせいで人間性を失っていくところに新規性と魅力がある。今最も熱い異世界転生漫画かもしれん。

 

井上 まち『東京ふたり暮らし』

ユウとサチは就職のため徳島から上京したばかりのカップル。初めての東京、初めての同棲。ふたりで暮らしたら毎日はこんなに楽しい!

モーニングショート漫画大賞で大賞&あらゐけいいち賞をW受賞した作者の連載作である。一言で言えば、カップルの掛け合いが軽妙で面白い漫画、それ以上でもそれ以下でもない。このように言うと貶しているように聞こえるだろうか。しかし、もちろん私にそのような意図はない。掛け合いが軽妙で面白いというだけで一つの作品として成立しているのが驚異的なことなのだ。過剰だったり奇妙だったりはしない、ただ軽妙で面白い漫画。なにか名人芸を見ているかのようだ。

あらゐけいいち賞ということで、あらゐけいいち『雨宮さん』も良作だった。”フェティシズムモンスター”を自認する雨宮さんが、奇妙な島での生活の中で自分のフェティッシュな”好き”を発見していく様子がコミカルに描かれている。

 

成瀬 乙彦『桃太郎殺し太郎』

無敵の桃太郎を殺したのは人間の童だった。戦の主導権を巡って争う人間たち。"桃太郎殺し"を仲間として受け入れるか意見が割れる鬼たち。様々な思惑が入り乱れる中、人間と鬼の決戦が迫る…。

鬼を殺す宿命を背負った”桃太郎一族”と、桃太郎を殺すために鬼とともに戦う”桃太郎殺し太郎”、この二勢力が入り混じって殺しあうバトル漫画である。山田風太郎のような異能バトルものを考えてもらえればいい。この漫画が最高なのは、両陣営にもまともな人間はおらず戦狂いのヤバいやつしか登場しないことだ。まともな人間は一番最初に死ぬ徹底ぶりである。「武士道は死狂ひなり」という精神を受け継いでいる漫画である。

 

モクモク れん『光が死んだ夏』

田舎で暮らす幼馴染の、よしきと光。しかし、光はその中身が得体のしれない化け物に入れ替わっていた。それでも、一緒にいたいと願う少年たちはどこに向かうのか。

濃厚な夏の気配と、人間の理解の及ばない怪異の存在。こってりとしたエロティック・ホラーの秀作である。今エロティックと言ったが、身体的な恐怖を伴う感情は常にどこかエロティックなものであるし、ホラー映画通らしい作者がホラー表現の中に肉体的な接触の不快さを盛り込んでくるのは全く持って正しい。もしかすると、本作がJホラーの正統進化系なのかもしれない。

 

井上まい『大丈夫倶楽部』

日々「大丈夫の研鑽(けんさん)」に励む花田もねは、ある晩、芦川(あしかわ)という謎の生物と出会う。その姿は「大丈夫ではない」ようで――。心癒されるハートフルストーリー!

”日々「大丈夫の研鑽(けんさん)」に励む”というあらすじからも察せられるが、これは恒常的に大丈夫じゃなくなる人たちの話である。大丈夫じゃないけど、なんとか大丈夫になるよう工夫して生きていくのは人間の本質なので、人間の本質を漫画にされたらランキングには入れざるを得ない。

 

高橋聖一 『われわれは地球人だ!』

忙しくて帰ってこない両親に反抗する火乃子、言葉に棘があり学校では孤独な弓、友達は多いが両親の関係が冷め切っている未々美。女子高生3人を乗せたまま突如轟音と共に巨大ショッピングモールが前触れもなく宇宙へと飛び立った。

いわゆるSF(すこし・ふしぎ)。そこに青春冒険もののワクワク感が加わって最強の物語になっている。一話から丁寧に登場人物の精神的背景が描かれており、読者は突飛な展開にも振り落とされることなく、しっかりと感情移入しながら読むことができる。

 

日々曜 『スカライティ』

人類文明が滅びてしまった世界で、ひとり旅を続けるロボット・アルス。彼の目的は死すことのできなかった人間たちを“殺す”こと。

公式の紹介文ではディストピアと書かれているが、一巻を読む限りではポスト・アポカリプスものでありディストピア要素は薄いように感じる。

少女終末旅行』以降、終末を舞台にした漫画は増えているが、それらの中でも作者独自の味が出ている作品である。終末後に不老不死になってしまった人間を殺すことを使命にしたロボットが主人公となっている。終末期の人類を看取るロボットというのはSFにおいて古典的なテーマではあるが、不老不死の人間を殺す方法が本人を満足させて未練をなくすこととなっているのが本作の工夫である。この設定のおかげで、人間たちは自身の人生の仕事に打ち込んで満足して死んでいくことができる。読後が爽やかな、人間が持つ情熱や執着についてのドラマになっている。

 

 

今年完結した作品

 

平方イコルスンスペシャル』

ヘルメットを被った怪力女子高生と一風変わったクラスメイトたちの、普通じゃないけど普通のスクールライフ。だったはずなのに… 喜劇の“外側”に巧妙に隠蔽されてきた黙示録的世界は、誰も気付かぬほどゆるやかに日々を侵食していく。

本作は”究極の日常漫画”である。日常には、ミステリ小説のように回収される伏線はないし、ゲームのように選択肢も示されない。そこには少女たちが生きた日常のみが描かれている。謎解きがなされないからこそ、どんなに残虐な事件が起こっても、それは日常の一部にすぎないのだ。現実の日常の捉えどころのなさをそのまま漫画にしたと言ってもいいだろう。

最後に、タイトルの《スペシャル》とは何を意味するのか考えてみたい。それは日常の中に紛れ込んだ怪力女子高生のことを指しているように最初は見える。しかし、最終巻の表紙を見れば違う答えも浮かんでくるのではないだろうか。平穏な日常を生きることが叶わない怪力女子高生にとって、何が《スペシャル》だったのか雄弁に語っている。

 

熊倉献『ブランクスペース』

女子高生の狛江ショーコは、同級生の片桐スイが不思議な力を持っていることを知る。暴走するスイの『空白』を巡って、ショーコは奔走する。

少女の抱える孤独と暴力性を”空白”という言葉を使って描かないことで表現した手腕はお見事。リー・ワネル監督が映画『透明人間』において何も映さないことで新しい恐怖を描いたことが記憶に新しいが、本作は絵と言葉によってそれを達成したと言えるだろう。想像力で傷つけられた人間は、結局想像力によってしか癒されないことを示したラストも感動的で力強い。

 

宮崎夏次系『あなたはブンちゃんの恋』

ブンちゃんは、ずっと前から、三舟さんに恋をしている。でも三舟さんはシモジのことばかり見ている。一方、シモジは中学の時に事故死して以来、幽霊となり、ずっとブンちゃんのそばにいて彼女を見守り続けている。女×女×幽霊のラブストーリー。

作者は、常に何かに執着する人間、捨てられない人間を描いてきた。特に初期作品では、家族というものを通してその枠組みの中で壊れていく人間を繰り返し描いた。今回は家族よりもある意味で厄介な”恋”について、それも片思いの三角関係(女×女×幽霊)についての漫画である。この三角関係は、当たり前のようにお互いを傷つけ壊していくことになる。しかし、ブンちゃんはこの恋でどれだけ傷ついても、それを捨てることはできないのだ。何かを捨てられずに壊れていく人間は恐ろしくて美しい。しかし、ただただ人間が壊れていくだけの漫画ではない。恋を捨てなかったことに対するご褒美も、この漫画では描かれている。

 

魚豊『チ。―地球の運動について―』

「地動説」出版を目前に、審問官達に追い詰められつつも仲間の犠牲により包囲網を抜け出せたドゥラカとシュミット。しかしノヴァクが迫りくる!!一縷の望みを懸け、ドゥラカ達が向かう先とは。「真理」に命を懸けた者達の、そして「地動説」の結末は!?動かせ。歴史を、心を、運命を、――星を。

歴史漫画のふりをした何か。結局のところ、この漫画は”歴史”を描いたものでも、”地動説”を描いたものでもなかった。ただ何かを探究したいという人間の強烈な意志、そして意志がなす強靭な営為、それ以外のことはこの漫画では表現されていなかったのだ。魚豊は『ひゃくえむ。』の頃から何も描きたいことが変わっていない。それはたぶん素晴らしいことだと思う。

 

タイザン5『タコピーの原罪』

地球にハッピーを広めるため降り立ったハッピー星人・タコピー。助けてくれた少女・しずかの笑顔を取り戻すため奔走するが、少女を取り巻く環境は壮絶。無垢なタコピーには想像がつかないものだった。ただ笑って欲しかったタコピーが犯す罪とは…!?

ドラえもん的救済の失敗を描いた問題作。特に目を引いたのは、毎週先が読めない超展開の数々と、物語の裏テーマとでも言うべき毒親問題だった。しかし、毒親から距離をおいてシスターフッドで支えあうことが解決になっているだろうか。少なくとも、元の世界よりはベターな世界になったことは間違いないが、しかし……と考えてしまう。

タイザン5の新連載『一ノ瀬家の大罪』は本作で描かれたテーマをより深めるものとなるかもしれない。主人公の少年が毒親も含めた家族の闇を救い。真の家族の再生を行う漫画になることを期待する。

 

 

全1巻長編漫画

 

秋60『同じ所で眠るまで待って』

幼い頃、複雑な家庭環境にいたリアは、公園で出会った祥子の一言に救われ、それ以来ずっと彼女を忘れられずにいた。数年後、編入した学校で祥子と再会を果たすが、祥子はリアのことを覚えておらず、その瞳からは光が消えていた。突き放されながらも優しさを感じたリアはめげずに祥子を追いかけるが、次第に彼女が抱える闇に触れ……? 

心に深い傷を負った二人の少女が出会い、お互いの傷を癒しながらかけがえのない存在になっていく話。感想を描こうとするとどうしても凡庸な表現になってしまうのだけれど、生々しい感情が描かれた少女小説のような漫画だった。漫画としてはまだまだ荒い印象を受けるが、刺さる人にはとことん刺さる内容だと思う。

 

小日向まるこ『あかり』

妻と死別し、生きる意味を見失った老ステンドグラス作家篝のもとに、生き別れた孫のあかりが訪ねてくる。ふたりはステンドグラスの制作を通じて心を通わせていくがーー。

ちょっとした勘違いから生まれた出会いによって救われていく人間模様を描いた作品。安易な奇跡に頼ることのない、現実を受け入れた先にある心の救い。表紙からも見て取れるように、雪の降り積もった町と温かいステンドグラスのあかりが象徴的に機能していて、情景と心情がクロスする漫画表現が巧みである。

 

ダム穴『うついくん、』

刺青の彫師になりたいという夢を持つ、男子高校生の宇津井静。たまたまその秘密を知ってしまった、クラスメイトの女子校生、福永幸。二人は卒業後も遠距離恋愛を続けるが、彫師として働きはじめた静がどんどん有名になっていくにしたがって、二人の歯車は狂っていく。

この作品の最大の特徴は、元が「がるまに(女性向け同人エロ漫画の販売サイト)」で刊行されたものを再編集した作品であるということである。「がるまに」とは何かについて語りだすと2万字ぐらい必要なので、今まであった既存の女性向け漫画(少女漫画、TL、BLなど)とは全く別の文脈からここ数年で拡大急成長を遂げているジャンルだということだけ認識してほしい。漫画表現などにいつか突然変異をもたらすかもしれない新しいジャンルなので取り上げた。

 

 

短編集

 

玉置勉強玉置勉強短編集 ザ・ドラッグス・ドント・ワーク』

バンドを辞め、入院する父親と愛猫の面倒を見ながら工場で働く真吾。生活を変えようと考えるが、希薄な生きていきたいという感情に熱は入らない。身近な何か、いつも逃し失ってしまうもの。先にあるものはやはり行き止まりなのか。

青春漫画というには、春のようなみずみずしい活力はない。それは当然で、これは世捨て人の青春漫画なのである。夢も希望もない、ただただ痛みを抱えながらグズグズと腐って生きていくような青春が読みたい人におすすめ。

 

高江洲 弥『リボンと棘 高江洲弥作品集』

女子高校生が恋をしたのは、いつもタートルネックを着てる先生でした。話題作『タートルネックと先生と』を収録。美しい描線で描かれる、キュートで、グロテスクな物語。

キュートで、グロテスクという形容は正しくて、江戸川乱歩の変態心理小説を少女漫画の描線で描いたような作品集になっている。この作者が特別なのは、一対一の恋愛にこだわっていないところだ。収録作の多く(「洋裁店の蝶」「タートルネックと先生と」「のぞき穴」など)は二人きりの関係に全く予想されていない第三者からいるからこそ化学反応を起こすように描かれている。特殊な目線で恋愛を描ける稀有な作家である。

 

もぐこん『推しの肌が荒れた~もぐこん作品集~』

地下アイドル「真鈴ちゃん」のファンイラストがSNSでバズったマユ。マユが絵を投稿するたびに真鈴ちゃんの人気は上がっていく。しかし、日に日に悪化する真鈴ちゃんの肌荒れを正確に再現してしまうマユに、だんだんアンチコメントも増えていく。そんななか突如真鈴ちゃんが芸能界引退を発表する――。

自分の一番外側にあって世界や他者との最初の接点でもある”皮膚”を題材にとった「あつい皮膚」「推しの肌が荒れた」、裸体のデッサンを通して生まれた禁断の恋を描いた「裸のマオ」など、作者独特の肉体感覚を通して世界を描くことに成功している。

 

小骨トモ『神様お願い』

「神様、神様、学校を燃やしてください。それが無理なら……」学校と体育が死ぬほど嫌いだったすべてのみんなたちへ贈る小骨トモ初めての単行本。

前の作品が乾いた肌ならば、こちらは湿った肌についての作品だ。この作者も肉体感覚を通して、この世界を切り取ろうとしているのは明らかだ。じんわりと汗で湿った肌や、性欲に振り回される汚れた身体を通して、鬱々としてどこか狂った世界を表現している。

 

岡田 索雲『ようきなやつら』

子供ができないことで悩むかまいたちの夫婦、家族の中で一人だけ容姿が似てない河童の子供、引きこもりになってしまった猫又などなど、個性的な妖怪たちの短編集。

妖怪というものがただの化物ではなく、人間の営みのメタファーとして生まれたキャラクターたちであること(諸説あるが、私はそう思っている)に思い至ってみれば、妖怪たちが人間と同じように悩み苦しむ姿を描くのは正しいことように思える。むしろ、妖怪という姿を通してでなければ描けない生の人間の苦しみをよく描いてくれたと喝采もあげたい。

本作が漫画作品として持つパロディの豊かさについては以下の記事が参考になると思う。

proxia.hateblo.jp

 

谷口菜津子『うちらきっとズッ友 ―谷口菜津子短編集―』

噂の転校生と夢見がちな少女、見栄と性欲に振り回される高校生、子育てを終えた女たち…。「第26回 手塚治虫文化賞」新生賞の谷口菜津子が描く、6つの"友情"をめぐる物語。

タイトル通りに長い月日を越えて続く様々な友情の形を描いた連作短編集。”ズッ友”と言われると能天気で軽薄なノリだと思うかもしれないが、もっと地に足についたリアルな友情に関するドラマを描いている。世代や性別もジェンダーもばらばらな友情をさらりと描けてしまう、作者の手数の多さには驚くしかない。

 

 

その他(ネット読み切り・エッセイ・復刊など)

 

川島のりかず 『フランケンシュタインの男』

都市生活に疲れたサラリーマンが、心療内科で少年時代を思い出す 「フランケンシュタインの怪物」にご執心のお嬢さんと、禁じられた遊びに興じて… フランケン!フランケン!の怒号とともになだれ込むクライマックスは必見!!

ひばり書房のホラー漫画家の中でも再評価めざましい川島のりかず、その傑作がまさかの復刊である。私も川島のりかず作品は数作だけもっているが(作品数が多いうえにどれもプレミアがついているので手が出しづらい)、中でも傑作と評判を聞く本作が本当に傑作であることを自分の目で確かめられてとても嬉しかった。

タイトルからはB級ホラー感が漂うが、ところがどっこい本作は上質なサイコ・スリラーで、怪物が生まれるきっかけを描く過去パートは恐怖と郷愁を誘う素晴らしい出来栄えである。しかも、ラストには妄想が現実を打ち負かすような怒涛の展開が待っていて感動すら覚える。もっと復刊を望む!

 

山野一『大難産』

50歳目前で双子を授かった元・鬼畜漫画家の、超大変&ドラマティックな出産・育児コミック。

どこか飄々とした視点で鬼畜漫画を描いてきた山野一が、50歳になってまた飄々と自身の子供の出産に立ち会うというお話。出産という行為の恐ろしさも面白さも清濁併せのんで、なんてことはないように描けてしまうのは流石と言う他ない。

鬼畜つながりで、鬼畜リョナ漫画家の氏賀Y太『ウツロボロス』でホラー漫画の意外な才能を発揮していたのが印象的だった。

 

林快彦『絵に描いた餅を描いた餅』

ジャンプ読み切りとして前人未到の完成度を持った作品。金未来杯の作品だから連載して面白くなるのかということは問われるだろうけれど、そんなものは関係ないぐらいに、この読み切り一作で歴史に残る大傑作だと思う。僕は想像力が人間を救う話にめっぽう弱いんです。

 

たばよう『しいく委員のおしごと』

”ひとでなし”のお話ですね。ひとでなしには、ひとでなしの漫画が必要なんです。

comic-walker.com

 

 

 

最後に、面白かったけどランクインさせられなかった作品を一言コメントをつけて並べておきます。

 

 

今年1巻が刊行された継続作品

 

リバイアサン 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

シチュエーションスリラーとしてよく練られている。今後の展開しだいでは傑作に化けるかも。

 

おねぇちゃん日和 1 (MFC キューンシリーズ)

仲良し姉妹の日常コメディ。こういうのでいいんだよ、こういうので。

 

城の魚 2 (PASH! コミックス) 

最近増えてきた美術予備校漫画。美術漫画にありがちな奇人変人をだして盛り上げるのではなくて、美術を競技のようにとらえて成長しようとする主人公が新鮮な読み味を出している。

 

超音速の魔女 1 (楽園コミックス)

飛行機技術が確立されていない1900年頃の世界で、飛行機開発に燃える少年と魔女の冒険譚。科学と魔術のあざやかな融合は、あさりよしとおの独壇場である。

 

けむたい姉とずるい妹(3) (Kissコミックス)

歪な姉妹の三角関係恋愛漫画。長い時間の中で澱のように溜まったどうしようもない感情を描かせたら、ばったん先生はどうしてこんなにもウマいのでしょう。

 

神さまがまちガえる(1) (電撃コミックスNEXT)

ビバリウムで朝食を 1 (チャンピオンREDコミックス)

バグった世界と不思議なお姉さん。それがあれば他に何もいらないですよね。

 

僕の彼女は僕のことが好きじゃない 上【イラスト特典付】 (REXコミックス)

寝取られ漫画というか、なんというか。異常な漫画であることは間違いない。下巻に期待。

 

くだんのピストル 参 (角川コミックス・エース)

ケモキャラで幕末をやるだけで優勝です。

 

空っぽの少女と虹のかけら 1巻 (マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ)

世界に絶望している”空っぽの少女”が、異形の跋扈する異世界に飛ばされるダークファンタジー。世界観はすばらしいので今後に期待。

 

インク色の欲を吐く 1 (HARTA COMIX)

ビアズリーを題材にとった伝奇漫画。退廃的な雰囲気は題材に負けていない。

 

黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ(2) (モーニングコミックス)

メアリー・シェリーのミステリアスさを損なわずに、これだけキュートに描けるのは藤田先生しかいないですね。

 

クロウマン(3) (ヤンマガKCスペシャル)

ダークなアクション漫画。性癖には刺さりまくった作品だったが、とりあえず最終巻を見守りたい。

 

モモ艦長の秘密基地 1 (楽園コミックス)

裸女と猫と宇宙……鶴田謙二にそれを描かれたらもうお手上げです。

 

カラフルグレー 1【電子版限定特典付き】 (MeDu COMICS)

極彩色なホラーコメディ。こういう漫画はいくらあっても困りませんからね。

 

君に会いたい 1巻 (バンチコミックス)

売野機子が真正面から本格ファンタジーを描いたという驚き。10巻ぐらい続いてほしい。

 

音盤紀行 1 (青騎士コミックス)

レコードへの愛着のみで語られがちな作品だけど、単純にストーリーテリングも優れている。

 

追放されたチート付与魔術師は気ままなセカンドライフを謳歌する。 ~俺は武器だけじゃなく、あらゆるものに『強化ポイント』を付与できるし、俺の意思でいつでも効果を解除できるけど、残った人たち大丈夫?~(1) (月刊少年マガジンコミックス)

今年連載がはじまった漫画の中で、最も規格外のギャグセンスを示した意外作。

 

クジャクのダンス、誰が見た?(1) (Kissコミックス)

エリザベス・フェラーズ『ひよこはなぜ道を渡る』みたいに、タイトルの問いかけが作中の事件に対する問いかけにもなっているミステリが大好物なんです。

 

カオスゲーム(1) (アフタヌーンコミックス)

令和にもなって、ごりごりに昭和なノリのオカルトサスペンスがはじまってびっくらこいた。断然支持します。

 

夢てふものは頼みそめてき Daydream Believers(1) (モーニングコミックス)

ジャズの次はまさかの浮世絵。一巻を読んだだけで、すでに全キャラに愛着が沸いてしまった。

 

この子知りませんか? 1

一巻の終わりで、ちょっとしたサプライズがあって続きが気になる作品です。

 


今年完結した作品

 

すぐに溶けちゃうヒョータくん(2) (webアクション)

DV彼女目線で氷人間との生活を描いた稀有なラブコメ漫画。

 

あそびあそばせ 15 (ヤングアニマルコミックス)

ハイテンションガールズ・コメディ大団円。お疲れ様でした。最後の方は、先輩世代の激重感情百合が繰り広げられていたのが印象的だった。

 

ワールド イズ ダンシング(6) (モーニングコミックス)

最終回で主人公が踊る舞が前衛的すぎて作中でも賛否両論のまま終わるのは、ある意味でこの漫画らしいのかも。真面目過ぎる。

 

ビターエンドロール(3) (アフタヌーンコミックス)

基本的に毎回似たような話が続くので終わってしまったのは理解できるけど、社会からこぼれ落ちて諦めてしまっている人間を描写する力量はすさまじかった。すごく好きな作品。

 


全1巻長編漫画

 

黄色い耳(((胎教))) (LEED Café comics)

とんでもない奇想ホラー。黄島点心作品のほとんどすべてが、とんでもない奇想ホラーですけど。

 

夜の大人、朝の子ども (幻冬舎単行本)

今日マチ子と一緒に人生のリハビリをするような読み心地。人生の失敗とそこから立ち直っていくことを真摯に描いた作品。

 


短編集

 

山口つばさ短編集 ヌードモデル (アフタヌーンコミックス)

表題作は『ブルーピリオド』の系譜にある話だが、他の話はまた別方向のフェティッシュを爆発させていて面白い。

 

かわいそうなミーナ (ビームコミックス)

古典的なゴシック幽霊物語を漫画で成立させている。新規性はないが、手堅い出来栄え。

 

過去が殺しにやって来る 小池ノクトホラー短編集 (ヤングキングコミックス)

タイトルの通り、過去のちょっとしたことが恐ろしい理不尽になって襲ってくるホラー漫画。不条理ホラーが好きなら面白いかも。

 

模型の町 (楽園コミックス)

今回は”町”をテーマに、相変わらずの傑作。どうしてpanpanyaの手にかかると知らない町にも郷愁を感じるのだろうか。

 

スターイーター 模造クリスタル作品集

メランコリーな少女を描かせたら模造クリスタルは世界NO.1、そんなことは常識です。

 

星をつくる兵器と満天の星 ~中村朝 連作集 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)

生体兵器を利用することが当たり前になった世界を描くSF連作漫画。SF的なアイデアに新規性はないけど、その世界に入り込んで描くことができている。

 

そことかしこ(1) (熱帯COMICS)

セリフのないショートショート漫画集。描線によって深い詩情を表現する確かな技量。

 


その他(ネット読み切り・エッセイ・復刊など)

 

呪詛 封印版 (怪と幽COMICS)

人間の業(カルマ)がギュッとこの一冊に凝縮されている。

 

Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐ すてっぷ③レビュー

【すてっぷ③】DIYって、どうして・いきなり・やってきた?

お恥ずかしい話ですが、今期アニメの『Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐(以下、DIY)』の第3話を見て、私は号泣してしまいました。

しかし、自分の周りの反応は「この話のどこでそんなに感動したんですか?」というものが全てで、自分と同じ感動を分かち合える人間がいなかったのです。

このままではアニメを見て情緒不安定な中年男性として社会からつまはじきにされてしまうという危機感があり、なぜDIYは泣けるのかについて言語化しておくことにしました。少しでも同好の士が増えることを願います。

 

まず皆さんには、DIYがどのようなアニメなのか知ってもらいたいのですが、(公式HP等を見ていただくのが一番良いのですが)あえて私から簡潔に表現するとすれば「DIYを題材にした部活ゆるふわ日常アニメ」ということになります。特に序盤にあたる1~3話の展開は、部活ものの定番イベントである部員集めがテーマになっています。それだけわかっていれば問題ありません。

 

diy-anime.com

 

独り言コーナー①「抜け感のあるアニメ」

今期のアニメは『チェンソーマン』『BLEACH 千年血戦篇』に代表されるリッチでゴージャスなアニメ表現が世の中を席巻していますが、それらとは違う道を進んでいるのが『Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐』だと感じます。リッチやゴージャスを追い求めない、適度に「抜け感」のある画面は、独自のアニメ的快楽があります。

 

ジョブ子登場!

ジョブ子登場
©IMAGO/avex pictures・DIY!!製作委員会
Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐ すてっぷ③より

 

さて、3話は部員集めの続きのなります。今回の部員候補は、アメリカから12歳で飛び級進学してきた天才少女・ジョブ子です。

ジョブ子は、リムジンで登校したり、英語で話しかけてきた学生に「シャラップ!」と叫ぶなど、高飛車で周りを寄せ付けないキャラとして描かれます。

一方で、本作の主人公・せるふがDIY部の活動として釘を打つ練習をしています。相変わらず集中力を欠いた危なっかしい手つきですが、部室の外から誰かの泣き声がするので練習は一旦中止になりました。

泣き声の正体は、噂の天才少女・ジョブ子でした。くれい部長やたくみは声をかけられませんが、せるふは物怖じせずジョブ子に声を掛けます。

くれい部長「すごいな、あの無神経……遠慮なく踏み込む感じ……」

ジョブ子はせるふの積極性で心を開きかけたが、DIYなんて「カビの生えた技術」だと部活内容を馬鹿にしてしまい、くれい部長の怒りを買ってしまうことになります。そして、その後のジョブ子が、自分以外に誰もいない高級マンションの一室で寂しそうに眠りにつく様子が描かれます。

 

独り言コーナー②「ジョブ子の孤独」

ジョブ子が自分の住まいに帰った後の一連のシーンは、恵まれた衣食住を与えられながら、かえって孤独を感じているジョブ子の感情を表現しています。このシーンにセリフは一切なく、背景美術と細かい仕草の演技だけで彼女の孤独を表現する手腕はお見事と言うほかありません。

 

独り言コーナー③「主人公・せるふ」

正直に言うと、1、2話の段階では主人公がせるふであることに違和感がありました。せるふは普通に通学しているだけでも生傷が絶えない不注意な人間として描かれています。ありていに言えば、せるふは一番DYIに向いていない人物です。視聴者もDIYの面白さを感じる前に、せるふが工具を握っていることの危なっかしさでハラハラしてしまいます。これでは、アニメ視聴においてノイズになってしまう。しかし、3話を視聴したことで、このアニメの主人公がせるふでなければならなかった理由も見えてきたような気がします。

 

せるふに「できること」「できないこと」

まっすぐに打てない釘
©IMAGO/avex pictures・DIY!!製作委員会
Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐ すてっぷ③より

昨日と変わらず、釘打ちの練習をするせるふですが、天性の不器用さを発揮して全く進歩が見られません。部長から何度も「まっすぐ」が大事だと説明を受けますが、釘は曲がってしまいます。

そこに、せるふに借りていたハンカチを返すのを口実に、あるいは雨宿りのために、ジョブ子が部室に毎日やってきます。そして、彼女は自分が作った自家製スマホの自慢をはじめてしまいます。彼女の姿勢がDIYを馬鹿にするものに感じた部長は、つい声を荒げます。

くれい部長「DIYを馬鹿にするなら、もうここに来るな!」

ジョブ子はその言葉に傷ついて、雨の中、部室を飛び出して行ってしまいます。せるふはすぐさま後を追いかけます。

そして、部室に残されたくれい部長とたくみは、年齢的には小学生のジョブ子に対してつらく当たったことを反省するのでした。

次の日になって、みんなでジョブ子が部室に現れるのを待っていますが、彼女は一向に現れません。そこで、せるふは提案します。

せるふ「じゃあ、迎えに行こうよ!」

くれい部長「迎えにって、そんな簡単に……いや、簡単でいいんだな。こういうのは」

そして、部員全員でジョブ子のことを迎えに行きます。

 

感動ポイント①「主人公・せるふ」

今回のお話では「まっすぐ」という言葉が繰り返されます。釘はトンカチでまっすぐ叩けば曲がらないからです。

というわけで、せるふはいつまでたっても「まっすぐ」釘を打つことができないのですが、逆にせるふは「まっすぐ」できているのに、他のキャラクターたちは「まっすぐできない」ことがあります。それは、人間に対して「まっすぐ」ぶつかることです。ジョブ子に対して真っ先に声をかけるのはいつもせるふで、他の部員はジョブ子を遠回しに避けて、時には怒りをぶつけてしまいます。

部員たちは、お互いがお互いに欠けているものを埋めあうような助け合いの関係性で成り立っています。

ここで視聴者の私は、功利主義に塗れた自身の醜い心を自覚して泣き崩れました。

「独り言コーナー③」で言った通り、私はせるふのことを「なんで不器用で不注意なのに、わざわざ一番向いていない部活に入るんだ」と思っていたわけです。これって利益のでないものに必死になるのはみっともないという冷笑主義的な感じもして、非常に邪悪な考え方ですよね。

例えば、今回の話はDIYはほとんどせずに、部員間の人間関係を修復する話でした。人付き合いが苦手な人たちが、頑張って人付き合いをしているのをみて「なんでコミュ障がわざわざ他人とコミュニケーションをとろうとしてるんだ」とは思わないはずです。むしろ、応援したくなる気持ちになるはずでしす。

なのに、3話を見るまでの私は、せるふに対して色眼鏡でみていたわけです。これは、私が先入観で凝り固まったつまらない人間ということもありますが、今後は作品全体のテーマにもつながる重要な話にも思えます。

 

人間にはまっすぐぶつかる(物理)
©IMAGO/avex pictures・DIY!!製作委員会
Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐ すてっぷ③より

 

「ものづくり」の楽しみと苦しみ

母との思い出
©IMAGO/avex pictures・DIY!!製作委員会
Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐ すてっぷ③より

閑話休題。場面は変わって、DIY部の部室に連れてこられたジョブ子は、電動ドライバーの使い方を習います。せるふは見本を見せようとしますが、もちろんうまくいきません。逆にジョブ子は手慣れた手つきで工具を扱います。

工具に触ったことでジョブ子は、昔のことを思い出します。母親と家のガレージでDIYをしていたこと、工作がうまくいったら母親に褒めてもらえたこと。それらを思い出してジョブ子は泣き笑いのような複雑な表情を見せます。

そして、ジョブ子は正式に部長から部員として誘われて入部することになるのでした。

めでたし、めでたし。

 

感動ポイント②「ものづくりって苦しい」

私はここで二回目の号泣をしてしまいました。

ジョブ子は自分の経歴や今の自分の気持ちを説明しません。それでも、その気持ちは痛いぐらい伝わってきます。

彼女は最先端のものづくり技術を学ぶために日本にやってきました。だから、DIY部に自作スマホを持ってきたのです。それが彼女にとって最先端の工作だったから、それを見せてあげたかっただけで悪意はないのです。

そして、DIY部の活動を通して、彼女は自身のものづくりの原初にも立ち返ります。それは母親とガレージで行っていたDIYであり、工作がうまくいった時にもらえる母親の「グッジョブ!」なのです。

つまり、彼女にとってDIYとは自分がものづくりへの情熱を持つきっかけを作ったものであり、母親との楽しい思い出であり、ものづくりを勉強するために12歳で親元を離れて暮らすことになった苦しみの原因でもあるのです。

ジョブ子が抱えている喜びも苦しみもすべてがDIYに帰結する、その構造の美しさに私は涙を禁じえませんでした。

 

子供にこんな複雑な表情をさせるなんて
©IMAGO/avex pictures・DIY!!製作委員会
Do It Yourself!! ‐どぅー・いっと・ゆあせるふ‐ すてっぷ③より

最後に、このアニメが末永く続くことを願って。

グッジョブ!!

👍👍

知るかバカうどんについて、私が知っているすべてのこと

 

なぜ知るかバカうどんを紹介するのか?

 

R-18(エロ)をうどんは捨てた!! って言ってる奴おるけどそんな事ないからな

  ――同人誌まとめ「ボコボコりんまとめ2」の作者あとがきより

 

知るかバカうどん(以下、うどん先生)は、漫画『君に愛されて痛かった』の作者であり、エロ漫画家であり、過去には東方Project二次創作者であった。

それらの経歴は少し調べればすぐにわかることだが、あまり人口に膾炙しているとは言えないだろう。それはきっと、うどん先生の過去作品の多くが人前で語ることがはばかられるような内容だからだ。

『君に愛されて痛かった』のファンの中には、作者がエロ漫画家だったことすら知らないという人も多いのではないかと思う。

そのまま何も知らずにいた方が、偏見を持つことなく、良き読者であり続けることができるかもしれない。

しかし、なぜ『君に愛されて痛かった』が傑作になったのかを語るためには、作者の過去作について知ることは意味があると感じる。

結局のところ、作品の意味はやはり作品から読み取っていく必要があるのだ。

 

正直に書く。

最初は知るかバカうどん全作レビューを書こうと思っていたのだが、はてなブログでは「成人向け情報の掲載や成人向け情報への誘導」が禁止されているので、多分そのまま書いたらBANされることに気が付いて、全作レビューは止めることにした。

ただし、「成人向けコンテンツの文化的社会的側面を主眼においた論評や紹介で、コンテンツの紹介に必然性があり、記事内容がわいせつな興味を喚起しないもの」であれば認められているそうなので、うどん先生の成人向けコンテンツについては、それらの作品がどのようにして『君に愛されて痛かった』に生かされているのかということを紹介するにとどめたい。

というわけで、意図せず不完全な形になってしまったが、この記事に付き合ってくれる人がいればうれしい。

 

 

 

 

『君に愛されて痛かった』(連載:2017年~現在)

あらすじ:

高校野球でピッチャーとして活躍している野村寛は、交際していた叶井かなえを刺殺した。

事件から一年ほど前、中学生時代に受けたいじめのトラウマから自分に自信が持てない叶井かなえは、承認欲求を満たすために援助交際を繰り返していた。偶然に知り合った野村寛に援助交際の現場を目撃されるが、自分に優しくしてくれる彼に対して徐々に心を開くようになる。しかし、そのことから同級生でもあり恋敵でもある市川一花に目を付けられ、高校でもいじめを受けるようになってしまうのだが……かなえと寛、二人の恋は周囲の人を巻き込みながら悲劇へと突き進んでいく。

 

この作品にあえてジャンル付けたいと思う。

スクールカースト恋愛漫画」なんてのはどうだろうか。

学校ではいじめを受けて家庭ではネグレクトに近い扱いを受ける主人公の叶井かなえと、将来を約束されている高校野球のエースピッチャーである野村寛の恋愛、そしてその先に行きつく悲劇を主題としている漫画である。

スクールカーストの底辺にいる主人公が、逆にカーストの最上位にいるようなイケメンと恋に落ちる、少女漫画ではよくある展開だし、男女を逆にしてもオタクに優しいギャルなどは人気を博しているジャンルだ。

しかし、本作はそうした飽和状態のジャンルにあっても、オリジナリティーのある人気作になっている。そこで、本作の魅力がどこから生まれているのかについて考えるとともに、その魅力は作者自身がたどってきた創作遍歴と密接につながっていることを示したい。特に、作者が「エロ漫画」あるいは「東方二次創作」という界隈を渡り歩いてきたことの影響について考えたい。

 

●東方二次創作的

まず確認しておきたいのは、うどん先生が人々に知られる最初のきっかけになったのが東方二次創作活動であり、その頃から一種の「問題作」を書く人物として認知されていたということだ。その時に身についた経験や習い性がその後の創作活動にも影響を及ぼしているという考えはそれほど突飛ではないはずだ。

例えば、うどん先生の作品はキャラクターの再利用がべらぼうに多い。『君に愛されて痛かった』に登場しているサブキャラクターのほとんどが、同人誌からの出張キャラと言っていい。

例えば、一巻だけでも「四話でかなえと肩をぶつける二人組の女性」「八話で一花を誘拐して性的暴行を行う集団」は同人作品に登場してきたキャラクターである。

あらかじめ断っておくと、うどん先生の同人キャラを知ってから読んだ方がいいとか、そういう話ではない。

ただ、うどん先生には、よく言えばスターシステム、悪く言えば自分で書いた作品の二次創作を好む傾向が確かにあるのだ。そして、そうした二次創作を好む姿勢こそが、『君に愛されて痛かった』のサブキャラクターを豊かなものにしているのだ。

 

●エロ漫画的――語りの重層性と同時性

本作では、作者がエロ漫画家としての身に着けたテクニックが生かされている印象がある。それがわかりやすく見て取れるのは、主人公が援助交際で性行為に及ぶ一連のシーンだろう。一話のおおよそ半分の分量を使って、エロ漫画並みの本格的なセックスシーンが描かれることは強く印象に残る。

まず、このシーンでは一般的な青年漫画に比べてセックス描写が異常に丁寧なことに驚かされる。援助交際をテーマにした漫画は数多くあるが、具体的なプレイ内容まで描かれることは少ない。あったとしても正常位でなんとなくセックスしてるんだとわかる程度の描写がほとんどだろう。それらに比べると本作では、援助交際の様子が生々しく描かれている。中年男性の主人公に対する丁寧な前戯から入って、フィニッシュでは主人公が中年男性の上に乗って騎乗位で攻める。

単純にエロいシーンではあるが、それに増して目を引くのはセックスシーンを読むだけで主人公の性格や心情が読者に伝わってくる表現力だ。

ただのエロいシーンというだけではなく、主人公と中年男性が慣れた様子でお互いに愛撫するところは、お互いに援助交際という場が初めてのことではなく常習だということを、主人公が性行為中にしつこいぐらい愛の言葉を催促するところは、そのシーンを見ただけで主人公が承認欲求に餓えているということを、自然と読者に伝えている。

性行為を描きながら、同時に登場人物の内面描写にもなっている。何かをしながら、別のことをやっている、あるいは考えている。この「同時性」がうどん先生の漫画の特徴である。

これは、もちろん援助交際のシーンだけにとどまらない。主人公のかなえが誰かと対話する時、彼女は必ずと言っていいほど相手の話を聞くのと同時に、自身の内面と対話している。

例えば、最新五巻のクライマックスである主人公かなえと彼氏の寛くんが言い争うシーンは秀逸で、言い争いになっているにも関わらず、かなえは相手の話を聞きながら、同時にその内面には複数の声が渦巻いている。かなえは、寛くんの主張を聞きながら、そこにリアルタイムで自分の内面で上書きしていく。誰かがしゃべっている時、そこにかなえの内面が上書きされる。これは本作で多用される表現である。ここでは、この特徴を語りの「重層性」とでも名付けよう。

その「重層性」を成立させているのはフキダシの使い分けである。うどん先生は、フキダシの使い分けが繊細である。フキダシの使い分けによって、人間の内面に存在する様々なレイヤーを表現している。

通常、文学において内面の意識を書く手法には「内的独白」と「自由間接話法」の二つがあると言われているが、うどん先生の漫画でも内面を表現するときにも同じような使い分けが存在するように見える。

フキダシがなく背景に直接書き込まれるセリフはまさに「内的独白」に近い。そのキャラがその場で思ったことがそのまま書かれている。

逆に四角いフキダシで囲まれたセリフは「自由間接話法」に近い。「自由間接話法」は人物の発言や思念をシームレスに地の文に紛れ込ませる。この漫画において四角いフキダシが使われている場合は、ただの内面をそのまま書いたものではない。そこには状況説明の地の文や過去回想が紛れ込ませられている。

うどん先生のフキダシでもう一つ多用されるものがある。「黒いフキダシ」である。これはかなえの内面の声であることは間違いないが、誰かに言われたことがかなえにはそう聞こえているという表現で使われる。誰かがしゃべっている普通のフキダシに、「黒いフキダシ」が覆いかぶさることで演出される。これは、他の漫画ではあまり多用されていない表現で、うどん先生の一種の発明と言ってもいいかもしれない。

 

うどん先生が表現する登場人物の内面の語りには「同時性」と「重層性」あることは了解していただけただろうか。

そのうえで、これらの表現はうどん先生が「エロ漫画」を描く中で磨かれたテクニックと感性だと考えている。エロ漫画はその性質上、作品のほとんどの部分をセックスシーンで埋めなければならない。エロ漫画には実用性が求められており、ドラマ部分に何ページも使っていたら読者は萎えてしまう。作者は読者が飽きてしまうことを恐れて、前置きもなしにセックスシーンを描かなければならない。しかし、ドラマ部分も書いた方が登場人物への感情移入がしやすくなり、物語の厚みが増すことは明らかだ。

つまり、エロ漫画というのは、セックスとドラマを同時進行させざるを得ない表現形式であり、うどん先生はセックスとドラマを同時に重層的に表現するために内面の表現方法を発達させていったと考えられる。

 

次の章からは、『君に愛されていたかった』以外の創作物について語っていきたい。

まず、うどん先生がどのようなエロ漫画家だったか。それを僕たちは知らなければならない。

 

 

 

成人向け漫画(活動時期:2015~2020年)

エロ漫画は集合知じゃないですか

   ――夜話ZIP『C100、エロ同人これを買え!』chin先生の発言より

 

成人向け漫画には、成人向け漫画における文脈がある。文脈を無視して作家論を語ることはできない。

成人向け漫画家という文脈において、うどん先生がどのような評価を受けているのかを知る資料は少ないが、新野安・氷上絢一 編著『エロマンガベスト100+』に見られる以下の記述は参考になるだろう。

 

二〇一〇年代ネット上を騒がせたエロマンガ家としては、確かにこの二人*1が両巨頭だろう。「騒がせた」というものをもう少し具体化すれば、⑴エロいかどうかとは別の軸から、⑵「危険な」マンガとして話題になり、⑶批評的な支持も受けた。

 

新野氏のこうした評価に、私もおおよそ賛同する。

しかし、この記述からでは、うどん先生がどのように「危険な」漫画を描いていたのかは伝わらない。そこを掘り下げてみようと思う。

 

まずは、前提知識として触れておきたいのが、うどん先生の作品が掲載されていた成人向けコミック雑誌「コミックMate L」は、そうとうに特殊な雑誌であるということだ。

例えば、『神様お願い』の小骨トモ、『やったねたえちゃん!』のカワディMAXなども同じ雑誌で連載している。成人向け漫画という枠を超えて、漫画界に少なからず影響を与えている雑誌だと言えよう。

これは、クジラックス先生の存在が、《ロリ漫画の灯を消すな》という考えから創刊された「COMICエルオー」からデビューした事実と切り離して考えることができないように、うどん先生も「コミックMate L」*2で商業デビューしたことを切り離して考えることは難しい。

「コミックMate L」は2015年に創刊されたのだが、そもそもずっと以前から「コミックMate」という雑誌が存在していた。

つまり、「コミックMate L」はテコ入れによって新創刊された雑誌である。そのテコ入れの実態とは、いわゆる鬼畜系と言われるような過激な成人向け漫画を売りにしていた「コミックMate」が、以前の鬼畜系を継承しつつロリ系の要素も取り込んだというものだった。

その「鬼畜系」と「ロリ系」という二つの要素を満たした作家として、鳴り物入りで迎えられたのがうどん先生だったのだ。あるいは、「鬼畜系」と「ロリ系」を併せ持った表現の場でなければ、表現できないテーマを抱えていたのがうどん先生だったと言えるかもしれない。

 

では、実際にうどん先生はどのような創作のテーマに取り組んでいたのかについて見ていこう。はてなブログの規約上、具体的な作品タイトルをあげられないのでご容赦いただきたい。

うどん先生の成人向け漫画に多く見られるプロットとしては、以下の二つがある。

 

(A)劣悪な環境で育った少女がそこから抜け出すために一生懸命に足掻くが、その過程で酷い暴力にさらされる。

 

(B)社会的な弱者(ホームレス、ひきこもり、障がい者など)が、自分たちを馬鹿にした、あるいはいないものとした少女たちに復讐する。

 

(A)の場合、例えば、薬物中毒で売春によって生計を立てている母親に育てられた少女が主人公の話がある。彼女はそうした環境に絶望しきっていたが、友達ができて一緒の高校に行こうと誘われたことから目標に向かって努力するようになる。しかし、進学のための学費は当然自分で稼ぐ必要があり、母親の客である男からAV撮影を持ちかけられるのだが……という調子である。

これをただ女の子がかわいそうな話として消費することは容易であるが、そう簡単に割り切ることのできない作品である。地獄のような環境で育った少女が、一人の少女と出会うことで必死によりよく生きようともがく姿は、ある意味では「かわいそう」などという言葉で消費させない尊さや力強さがある。

 

(B)の場合、社会的に軽視されている存在が、社会を舐めている少女に対して復讐するという内容のものである。こういった作品は、描こうと思えば被害者の自業自得の物語として後味の良いものにしあげることもできる。(実際、成人向け漫画はそういった形式のものが多い。)

しかし、うどん先生は決してそのようには描かない。その場で行われている暴力の凄惨さを冷徹に描写することに徹している。

 

ここにおいて、うどん先生は成人向け漫画における加害者と被害者に取扱いに対して、非常に誠実な視線を投げかけているように思う。

(A)においては被害者は本当にただの〈被害者〉というラベルで見ることが正しいのかと問いかけているし、(B)においては加害者と被害者の関係性自体を不安定なものにすることで、読者の価値観自体を揺るがそうとしている。

 

うどん先生の成人向け作品は、少女が非常に理不尽な暴力にさらされる内容が多くを占めているため「危険な」作品とみなされた。

しかし、それだけではないだろう。社会から見捨てられた人たち、見て見ぬふりをされている人たちを成人向け漫画の世界に連れ出して、加害者と被害者を演じさせること自体が危険だと考えられたような印象を受ける。

 

さて、次章においてはうどん先生の同人作品を語りたい。商業作品の枷から解き放たれた先生は、さらにこれらのテーマを深めていくことになる。

 

エロマンガベスト100+

 

nlab.itmedia.co.jp

 

 

オリジナル同人(2014~2018年)

うどん先生は、成人向けコミック雑誌で連絡する前から精力的にオリジナル同人誌を発行していた。商業作品ではないので、より自由度が高くストーリー性の高いものが多く描かれている。

成人向け漫画とおおよそは似たような内容であるが、違うところももちろんある。

例えば、成人受け漫画では(特に鬼畜系を標榜するのであればなおのこと)、加害者と被害者の関係、ありていに言えば犯す者と犯される者の関係に縛られてしまうのだ。

うどん先生同人誌(特に後期作品)では、そういった決まりごとを破壊して善悪の境を超えた物語に踏み込んでいっている。

特に近年の二作は異色作である。簡単にあらすじを紹介しよう

 

●田舎の寿司屋の手伝いをしている少女は、店に客として来たある男に興味を持つようになる。その男は憧れの東京からダムを造りに来た作業員で、三年後には帰ってしまうことがわかってはいるものの、男と少女は肉体関係を持つようになってしまう。少女は「与えたものは必ず返ってくる」の信念に従って、男に対して絶え間ない愛を注ぎ続けるのだが、無情にも男はダムが完成したために町を去り、妻と子供の下に帰ることにする。それを知った少女は男を拘束し性的誘惑で「自分のことが好きだ」と言わせようとするのだが……。

 

●顔はイケメンではないが頼りがいがあってモテる康夫。彼は美人な彼女と気の抜けない友人を持ち、幸せに暮らしていたのだが、彼女をかばって車と衝突事故を起こしてしまう。事故の後遺症で彼女の顔もわからないほどの障害が残ってしまった康夫は、彼女や友達にも見捨てられてしまうのであった。そんな様子を見ていた地味な女子高生である心は、事故前の康夫と親交があったと嘘をついて、毎日見舞いに行くようになった。そうして康夫と関係を深めるうちに、心は恋愛感情を持つようになり、康夫に対して性的に迫るようになるのであった。

 

これらの作品をもって、登場人物たちを被害者や加害者という区分に押し込めることは意味を持たない。これらの物語で出てくる人間関係は、物語の最初から「終わっている」のだ。あるとしたら、あきらめのような共依存関係のみである。

これらの作品でなぜか印象に残るのは、ただ必死に生きようと、愛を求めんとする少女の姿である。不思議だが、うどん先生の同人誌からは、やけくその希望のようなものを感じるのだ。

 

最後の章ではうどん先生の最初期の仕事について紹介し、この駄文を終わりとしよう。

 

 

東方同人(2011~2013年)

原始の知るかバカうどんは、何者だったのか。それは闇に包まれている。

最初に確認できるのは、ニコニコ動画やスカトロ系東方二次創作掲示板で活動している投稿者としてである。

特に、静画の投稿*3やボイスドラマの制作*4が注目を集め、様々な場面で反響を呼んだ。

しかし、本人が最も力を入れていたのは東方Projectの二次創作である。

特にうどん先生が、熱を上げていたキャラは「姫海棠はたて」「東風谷早苗」などである。彼女たちが「不幸で」「かわいそうな」キャラだから好きであるということを、うどん先生は隠さなかった。なぜなら、彼女たちはすでに人気だった東方キャラの「2Pカラー」のような存在として生れ落ちている。

ここには、うどん先生の心の奥で澱のようにたまっている創作意欲の源泉があるかもしれない。

タイトルで検索すれば、今でも読めるので興味があれば読んでほしい。

 

『JKはたたん』

あらすじ:

姫海堂はたては、同じ新聞屋として働く射命丸文と友達になることで幸せな学校生活を送っていた。しかし、転校生の東風谷早苗が現れてから、文を彼女に盗られてしまったと考えるようになっていた。そんな中、早苗が陰で下級生たちに暴力をふるっている現場をはたては目撃してしまう。その日から、はたては早苗からいじめの標的にされてしまうのであった。

 

学園いじめものとして、スタンダードな出来の作品。ピアスを引きちぎるシーンなどはフェティッシュでよい。

 

『ニコ生はたたん』

あらすじ:

リアルでの生活に傷を負った姫海堂はたては、ニコ生で中傷コメントをみてリスカするような最底辺配信者になっていた。そんなところに、射命丸文から連絡があり、仲直りするチャンスとファミレスを訪れたが、そこには文だけでなく犬走椛も同席していた。何とか仲良くしようと努力するはたてであったが、文から頼まれた仕事もうまくいかず、椛からは執拗ないじめを受けるようになる。そんなはたてが最後に頼ったのは、薬物だった。

 

レクイエム・フォー・ドリームみたいな話。ネタ漫画として当時は消費されていたが、過酷な状況で躁鬱になる主人公が薬に頼って壊れていくところの心情描写には迫真のものがある。

 

『儚き信仰は儚き人間のために』

あらすじ:

中学生の東風谷早苗は、母親がハマっている新興宗教の勧誘にいつも連れ出されていた。学校で友達になってくれそうな子はいるけれど、母親の教えで携帯電話すら持つことが許されないのであった。そんな早苗には、八坂神奈子洩矢諏訪子という神様が自身にだけ見えていた。彼女たちは幻想郷という理想郷を説くのであったが、早苗には行く方法が見つからなった。早苗は、学校に手作りクッキーを作っていくなどして友達を増やしていったのだが、ある時、母親が新興宗教の勧誘をしていることが学校で広まってしまう。それからは熾烈ないじめを受けるようになってしまい。神様から死ねば幻想郷に行けると言われるが、早苗には母親を残して死ぬ覚悟はなかった。エスカレートするいじめの中で、早苗は疲弊していき、信仰が救ってくれるのを待つようになっていた。

 

いじめ問題の中に「神の沈黙」のテーマを盛り込んだ意欲作。スコセッシも『沈黙 -サイレンス-』を撮る前に本作を参考にしたかもしれない。

なぜ人はいじめ、いじめられ、救いはどこにあるのか、神は何も答えてくれない。

 

『The greatest hate springs from the greatest love.』『パキパキはたたん』

この二作品は、成人向けなので紹介でいない。残念だ。

 

 

以上で、私は知るかバカうどん先生について知っていることはすべて書いた。

ここまで本記事を読んでくれた君は、知るかバカうどん先生について多少詳しくなったはずだ。でも、サブカルチャーは人を導きえない。

現実に帰ろう。ツイッターでも見ながら新作があがるのを待とう。

なぜか『君に愛されて痛かった』のkindle版が消されているけど、私には何もわからない。たぶん移籍騒動と何か関係があるのだろう。

私はうどん先生の過去作が世間で忘れられていくのが嫌だっただけなんだ。ただ、それだけだったのに……。

*1:クジラックス知るかバカうどんのこと

*2:キャッチコピーは《鬼畜陵辱系アンリミテッドマガジン》

*3:「艦これ」をおちょくった画像をあげたので「対立煽り」と非難され私怨を受けるようになった。

*4:淫夢やそこから派生したクッキー☆に取り込まれそうになったが、なんやかんやで取り込まれずに済んだ。

『紙魚はまだ死なない』レビュー

紙魚はまだ死なない: リフロー型電子書籍化不可能小説合同誌


 murashitさんの「点対」(ささのは文庫の同人誌『紙魚はまだ死なない』収録)が、伴名練による超大型アンソロジー『新しい世界を生きるための14のSF』に収録されたそうですね。いやあ、めでたい。めでたいついでにレビューしておこうと思いました。

 murashitさんと私は、同じ『文体の舵をとれ』合評会に参加していただけの仲でして、「それってただの他人じゃん」なわけですが、「一緒に文舵をやった仲」ってどれぐらいの親密度なんでしょうか。「同じ釜の飯を食った仲」よりは親しいですか? 「一つ屋根の下で暮らす仲」よりは親しくないですよね?


 本題に入りますが、まず同人誌のコンセプトがかっこいいんですよね。

リフロー型電子書籍にすることが絶対にできないオリジナル小説集。

 つまり、収録されている作品すべてに、リフロー型電子書籍では再現できない、固定されたレイアウトでないと成立しないような企みがある短編集となっているわけで、いったいどのような手練手管が見られるのか楽しみです。




※あらすじは考えるのが苦手なので公式のものを引用しております。


春霞エンタングルメント /cydonianbanana

衛星カリストの採掘オペレーター・トマはその日、二〇五〇年のβ地球へログインし、山奥の旅館で恋人のニナと落ちあう。地球−カリスト間の通信ラグで四〇分間ずれた時間を過ごす二人の前に現れたのは、世界の仕組みに精通する謎めいた湯守の老婆だった——可能世界と宇宙の距離を超えて絡み合う、湯けむりSF恋愛譚!


 ここで採用されている技法は、一頁を三段にわけて各段がそれぞれ別の視点の話になっているというものです。一つの頁に三つの視点の物語が同時にタイムラインのように流れていくわけです。

 この技法を使うことで、同じ時間軸を共有しつつ違う視点で書かれた物語を読者は並行して読むことができます。これ自体は参考文献にもあげられている『紙の民』で使われていた技法の引き写しですが、本作にはそれ以上の工夫があります。全く同じ時間軸で話が展開されるのではなく、各段落の時間軸が少しずれていること、そしてその時間のずれに物語上の必然性を持たせていることです。その時間のずれは、木星の衛星カリストにいるトマと、地球にいる恋人のニナの間に隔たる四十分間の通信ラグとして説明されます。それは例えば「ほしのこえ」のような時間軸もずれてしまうほどの遠距離恋愛を思わせ、非常にロマンチックです。しかし、そのロマンチックの陰には、どこかメランコリーな部分も感じます。男と女の間にある決定的な分かり合えなさを表現しています。しかし、本作の場合はSF的なアイデアを持ち込むことで決定的にすれ違っている男女もいつか出会うことがあるかもしれないという希望のある終りになっているのが読み味をよくしています。



しのはら荘にようこそ!/ソルト佐藤


『しのはら荘』は4つの部屋だけの小さなアパート。でもそこには、巨乳の美人管理人さんがいるのです。そんな管理人さんと住人のゆるふわライフが各部屋で同時進行! おねショタ、ハーレムラブコメ、ダメ人間の成長コメディ、愛憎あふれるミステリーと盛りだくさん。みなさんも『しのはら荘』の生活を覗いてみませんか?


 本作では見開き一頁を四分割して、分割されたコマが「しのはら荘」の部屋割りと一致しており、それぞれの部屋で起こっている話が関係しあったり関係なかったりして物語が進みます。

 この技法を使えば、前の「春霞エンタングルメント」と同じように複数の視点人物の話を同時進行で読ませることができます。しかし、読者に与える効果は多少違うことになります。前作では、段に書かれた文章は巻物のように左へと続いていき、絵巻物のように時間の連続性、意識の流れを保証します。しかし、本作の表現では視点の連続性は薄れていると言えるでしょう。一人の視点の物語は頁をめくるたびに細切れになってしまいます。その副作用かもしれませんが、作者は短い文章の中でフックになるオチを持ってくることを意識して書いています。そこが頁をめくる緊張感を最大限に高める工夫となっています。



中労委令36.10.16三光インテック事件(判レビ1357.82)/皆月蒼葉


パスティーシュSFの奇才待望の新作、その題材は判例雑誌。2050年を舞台にした物語は全てが命令文の中で語られる。虚実入り交じる法解釈、緻密な事実認定、膨大な証拠資料、徐々に明らかになる真実。これは作者からの挑戦状である。置き去りにされたリーダビリティの中で通読を終えたとき、命令文の裏に広がる真の物語を見いだすことができるか。


 判例雑誌のパロディである本作は、おもちゃ箱のような楽しみに満ちた作品です。本作にはパロディでできることはなんでもやってしまおうという気概に満ち溢れていて、「新聞記事」「手紙」「掲示板の抜粋」「文科省ガイドライン」「ビラ」など、合間合間に挟み込まれるパロディのバリエーションは多様です。これらの補助資料を読み込むことだけで読者は充分に楽しめるわけですが、しだいにミステリ的な快楽も感じるようになります。本格ミステリの中で手掛かりを集めるように資料を読み込んで、三光インテック事件の真相を読者は推測しなければなりません。本作では、作者が読者に対して物語の道筋を描いてはくれません。読者が文章から物語を組み上げていかねばならない、挑戦的な物語です。



点対/murashit

コレアンダー氏はパイプの柄で、向かいあわせにおいてあるもう一つの安楽いすをさした。バスチアンは腰をおろした。「さあ、それでは、はなしてくれ。いったいどういうことなんだい?」コレアンダー氏はいった。「だが、たのむから、ゆっくりと、順を追ってはなしてくれ、な。」


 この小説を一言で説明すると、一行ごとに別視点で書かれた、それも双子の兄弟の視点が一行ごとに入れ替わりつつ書かれている小説です。しかし、この単純な説明ではあまりに取りこぼされているものが多く、充分に魅力を伝えることができません。私には異文化で書かれた小説を読んだような感覚に打ちのめされて、あまりに考えが整理できないので作者のブログをだらだらと読んでいたのですが、ちょっとわかったところもあって、

murashit.hateblo.jp

この小説って読者に対して説明してないのかもしれません。実験的な手法を使った小説には、作者が読者に対して「この小説はこのようなコンセプトで書かれた小説ですよ」って説明している部分が多少入ってしまうものだと思うのですが、この小説はそれが極端に少ないのです。作者が「こんなことはあたりまえであり、なんでもないことなんだ」ってスタンスで書いてるんですよ。怖いね。

 


冷たくて乾いた/笹帽子

決して読むことをやめられない『悪魔の書』に囚われた妹と、どこまでも冷たくて乾いている私。万能読書機械に導かれバベルの図書館の無限遠の対角線に沈降する私が、読書以外すべてを拒絶する妹に与えられるものとはなにか。DEATHとMATHに満ちたスペキュレイティブ・フィクション。


 決して読むことをやめられない『悪魔の書』を紙上に再現しようという試みの魔術的な小説です。そこに、ある姉妹と万能読書機械の物語が展開されます。

 この小説集のコンセプトからして、小説を読む、あるいは書くという行為に自覚的にならざるを得ないわけですが、本作は特にその部分に意欲的に真正面から取り組んでいるのが好印象です。「冷たくて乾いた」というタイトルも読み終わってみるとしっくりきまして、これは小説を書くのに適した状態のことだそうですが、では「熱くて湿った」ものは何なのかというお話です。


ボーイミーツミーツ/鴻上怜

 これはあらすじを読まずに読んだ方が面白い気がしたので省略しました。

 はちゃめちゃなセンスで書かれたユーモアが楽しい小説です。読んでる途中で何度も価値観が揺らぐというか、世界が反転する瞬間があるので、これから読む人はそこを楽しんでほしいです。特に意味は分からなくても、世界が反転すること自体が読書の醍醐味であることは間違いないですから。



新しい世界を生きるための14のSF



読書系サークル新入生に薦める、君の脳を破壊するかもしれないホラー10選

 

 四月中には書いて投稿しよう思っていたら、五月も終わろうとしていた……

 あまたの若者が大学の門をくぐり、どのサークルに入ろうかと新歓イベントに参加する時期である。このGWにどのサークルに入るをじっくり考えて決断した人もいるだろう。もしかしたら読書系サークルに入った(入ろうとしている)人もいるかもしれない。そうした新入生が有意義な読書生活を送るために、私が厳選したホラーを10作品をご紹介したい。それも読むだけで脳になんらかのダメージを与えるような本をすすめたい。なぜかと言えば、読書系サークルで生き残るためには脳を鍛える必要があるからだ。骨折した骨は、治る過程でより強くなると聞いたことはないだろうか。脳も同じである。君も脳を積極的に破壊して、最強の読書系サークル新入生になろう。

 

 

【選定基準】

●「怖さ」や「残酷さ」よりも、読むことで脳に強い衝撃を与える作品であるかどうかを基準とする。

●手に入りやすいかどうかは考慮しない。自分が本当に優れていると思うものを選ぶ。

●ホラーの定義にも頓着しない。ただ、バッド・テイストな話であることだけは保証する。

 

 

 

 

つきだしの短編2作

チャック・パラニューク「はらわた--聖ガット・フリー語る」(ミステリマガジン2005/ 6 No.592)

 

息を吸って。

肺にたまるかぎり空気をためるんだ。

この物語はあんたが息を止めていられるだけ続く。

 本作は、私たちに語りかけるようにはじまる。朗読ツアーで読まれると毎回何十人もの失神者を出したということで伝説的な作品だ。そのエピソードがどの程度まで誇張なく真実なのかはわからないが、読者がそう信じたくなる程度にはインパクトのある作品であることは間違いない。重厚な印象さえ受けるタイトルではあるが、その内容はマスターベーションに命をかけた男たちの遍歴を綴った小話であり、下品を究めた聖人伝である。この小説は読者を不快な気持ちにさせるという以外の機能を持たない。最近は何かとチャック・パラニューク作品が復刊されるので、本作も手軽に読めるようになることを期待する。

 

池田得太郎「家畜小屋」 (現代文学大系〈第66〉現代名作集)

 屠殺場で働く五郎は、体の衰えによって失敗が続き、屠殺から家畜の糞掃除に仕事を引き下げられてしまう。職場の同僚や、かつては自分を恐れていたはずの家畜にさえ馬鹿にされるようになった五郎は追い詰められていき。ある日、給料が減ったことで妻と口論になった五郎は、「豚にも劣るくせに!」「口惜しかったら豚になってみろ!」と罵倒するのであったが、それが二人の奇妙な新生活のはじまりであった。

 中央公論新人賞佳作に入選し、特に三島由紀夫から絶賛を受けた怪作である。五郎の視点を通して描かれる血と糞尿に塗れた世界は、圧倒的な生理的嫌悪感をもって読者に迫ってくる。しかし、本作の破壊力はそこだけにとどまらない。人間を辞めた妻が豚と性的関係を持つようになってからの展開がとにかくすさまじい。妻に拒絶される五郎の惨めさや悔しさが、非常にねばっこい文体で綴られており、寝取られこそが最も効率的に脳を破壊するということを真に理解できる小説である。

 

 

 

 

海外作品4作

リチャード・マシスン『地獄の家』 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

 メイン洲の深い森に建つベラスコ・ハウス、かつてここでは淫蕩と残虐のかぎりが尽くされ、今は怨霊がとり憑いた地獄の家になっていた。その館の謎を解くべく、専門家である男女4人が館に踏み込んだ。バレット博士は超心理学者として転換器を使用し、フローレンスは霊媒として降霊会などを行うのだが、館の中に渦巻く邪悪は人間の想像を超えて襲いかかってくるのであった。

 マシスンは、無機物が敵意を持って襲い掛かってくる恐怖を好んで題材にした。スティーヴン・スピルバーグが映画化した『激突!』が代表例になるだろう。トラックそのものに殺意が宿っているような独特の恐怖を描いており、人間ではない無機物までもが自分に対して敵意を抱いているという被害妄想的な精神が、他のホラーにはない恐怖を生み出している。幽霊屋敷という定番のシチュエーションであっても、マシスンのそうした感性を通すと、充分に読者の脳を揺さぶることができるのだ。家という無機物に宿っている悪意に襲われる登場人物たちの姿は凄惨というしかなく、古典的な幽霊屋敷とは一線を画す肉体的な暴力に溢れている。

 

メイ・シンクレア『胸の火は消えず』 (創元推理文庫)

 メイ・シンクレアはヴィクトリア朝に生まれただけあってどこか古風なゴースト・ストリーを書く作家ではあるが、一方で女性の自由や性に対する問題意識を持った非常にモダンな感覚を備えている人物であったとされている。女性解放運動にも参加し、のちに心霊学にも傾倒していく彼女の作品は、複雑な女性心理を扱うことを得意としており、その作品は時に異様な禍々しさを放っている。短編集である本作は、すべての収録作が古風でありながら、どこか風変わりで他では読んだことがないような心霊ホラー小説に仕上がっている。

 収録作の中では、特に「仲介者」という短編が嫌な後味を残す。下宿先に子供の幽霊がでてくるという典型的なゴースト・ストーリーの体裁をとっているが、その幽霊には不可解なところがあり、霊感のある主人公が心霊現象の謎を解き明かしていくことになる。子供の幽霊が現れる真の理由が明らかになった時、今まで見えていた平凡なゴースト・ストーリーがひっくり返ってグロテスクな人間関係が浮かび上がることになる。家族関係の中に地獄を描いた作品である。他の収録作にも共通するが、読むとぐったりするような疲弊感がある。

 

マリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』(河出書房新社

 アルゼンチンのホラーのプリンセスと呼ばれるマリアーナ・エリンケスの作品は、ボルヘスコルタサルが作り上げたアルゼンチン幻想文学の系譜、あるいは彼女自身が評伝を書いたシルビーナ・オカンポからの流れを感じる作家である。しかし、彼女は最も敬愛する作家としてヘンリー・ジェイムズ、シャーリー・ジャクスン、スティーブン・キングの名をあげており、ホラーの血が存分に交じり合っている作家でもある。

 麻薬に溺れる若者たちがアルゼンチンの社会情勢とともに破滅へと向かっていく「酔いしれた歳月」、アルゼンチン社会における女性への暴力を恐怖小説へ転換した表題作「わたしたちが火の中で失くしたもの」など、本書には土地と生活に結び付いた恐怖が描かれている。特に、巻頭を飾る短編「汚い子」は、アルゼンチンという土地そのものに染み付いた腐敗と狂気の中に、一人の女性が巻き込まれて陥穽に落ち込んでいくところが恐ろしい短編である。狂気が恐ろしいのは当たり前であるが、彼女が描く作品には生活に裏打ちされた狂気が描かれており、それが妙な説得力をもって迫ってくるのだ。

 

イアン・バンクス『蜂工場』(河出文庫

 英国本土と橋でつながっているスコトットランドの島に、父とふたりで住む十六歳の少年フランク。母親はフランクを産んですぐに失踪し、島を訪れる者はほとんどいなかった。フランクは呪術的な儀式に没頭し、秘密基地で動物を虐殺する日々を送っていた。そんな中、腹違いの兄エリックが精神病院から脱走したとの報を受け、フランクは大きな衝撃を受けることになる。

 特にこの小説がホラーとして優れているのは、人間の気が狂う瞬間をとらえていることにある。(そもそも正気の人間は一人も登場しない小説ではあるが、、、)主人公の兄エリックが精神病院に入れられるきっかけになった事件に関する描写を読んで衝撃を受けない読者はいないだろう。「こんなことがあれば気が狂っても仕方ない」と万人に納得させる筆力がある。全人類に読んでほしい名作である。

 

 

 

 

国内作品4作

村田 喜代子『望潮』(文藝春秋

四谷怪談」が典型ですけれども、幽霊って、最初は幽霊じゃないんですよ。生きた人間として普通に別の生きた人間と関係を持っていて、ある時、死んじゃう。幽霊になって、そこから生きた人間と幽霊の関係というふうに変質していくんですよね。

黒沢清ダゲレオタイプの女』インタヴュー

 これは映画監督の黒沢清の言葉であって本作とは何の関係もないが、人間が幽霊になっていく過程を描くことに恐怖を見出した視点は示唆に富んでいる。本書はまさに人間が幽霊に変わっていく瞬間を捉えることに成功している作品の宝庫で、玄界灘の小島で腰の曲がった老婆が箱車を押しながら車に体当たりを繰り返す「望潮」、マンションの屋上から墜落死する女の姿を忘れられない人たちを描く「浮かぶ女」、高速バスの事故に巻き込まれ山中に取り残された男女が生き残るためにあがく「水をくれえ」など、知らぬ間に人間が幽霊に変わっていく恐ろしさを堪能できる。

 

吉田知子『お供え』(講談社文芸文庫

いろいろの異常を書き過ぎてはいないだろうか。

 これは第六十三回芥川賞を受賞した「無明長夜」に対する川端康成の選評である。批判的な意味合いで発せられた言葉ではあるが、吉田知子作品の魅力をうまく捉えているようにも思える。とにかく異常なことが起こりすぎるのだが、ディテールの集積によって読者にそうした異常を受け入れさせてしまうところに彼女の力量があるのだろう。

 そうした作品群の一つの到達点として本書がある。蕨を摘んでいるうちに死者たちの祭りに紛れ込んでしまう「迷蕨」、叔母の家に向かう道すがら死者が同行している「海梯」、未亡人が意図せず神様に祭り上げられていく「お供え」など、死者と生者、狂気と正気が入り混じる悪夢的な短編が七つ収められている。特に、最後に収められている「艮」はディテールの集積と一人称の語りによる表現が圧倒的で、時間や空間を超えて交じり合う無限循環的な世界は、短編でありながら『ドグラマグラ』に匹敵する狂気を伝えている。

 

小林泰三『人獣細工 』(角川ホラー文庫

 日本ホラー小説大賞の精神的中心は小林泰三である。(※ただの個人的偏見。)

 小林泰三は「玩具修理者」で鮮烈なデビューを果たし、単行本に併録された「酔歩する男」ではホラーだけでなくSF的センスの高さを証明してみせた。その後もホラー、SF、ミステリとジャンル横断的な活躍を見せるわけだが、あまりに多芸すぎるゆえにかえって純粋なホラー作家としての資質に目を向けられることは少なかったかもしれない。では、彼のホラー的センスが最も強く示された作品は何だったのかと言えば、それは「人獣細工」だと思う。幼い頃から繰り返し彘(ぶた)からの臓器移植手術を受けていた少女の内面を一人称の語りでみせた作品である。自分が人なのか彘なのか悩む主人公は、アイデンティティーの危機というホラーにおいて普遍的なテーマを扱っているわけだが、そこに生理的な恐怖を持ち込んでいるところに作者の特色がある。「わたしは四六時中、彘の唾を飲み続けている」という一文のさりげない気持ち悪さは、今読んでも強烈だ。

 

矢部嵩保健室登校』 (角川ホラー文庫)

 日本ホラー小説大賞には、小林泰三から矢部嵩に流れる黒い水脈がある。しかし、いくら精神性につながりがあっても、この二人は創作姿勢は正反対だ。つまり、小林泰三はSFを書くためにホラーという形を借りた作家で、矢部嵩はホラーを書くためにSFの形を借りた作家であるということだ。これは私の勝手な実感だが、その見方が正しいと仮定して二人の作品にどのような違いがあるのかを考えてみたい。小林泰三のホラーは謎解きのようでもある。まずはじめにホラーとしての異常な状況(謎)が提示されて、その謎にSF的に理屈の通った解釈を加えるということだ。先に紹介した「人獣細工」はその典型だろう。なぜ父親は彘(ぶた)と少女の身体を入れ替えることに執着したのかというホラー的謎に対して、臓器移植や遺伝子組み換えの技術的な面を突き詰めていくことでSF的論理から導かれた答えが読者に与えられる。ホラー的状況を描くことよりも、その状況にSF的な理屈をつける方に興味が寄っているのだ。対して、矢部嵩はどうか。代表作『〔少女庭国〕』では明らかにSF的論理よりもホラー的状況の方が先にある。石造りの無限に続く回廊に暮らす人たちの生活を描くということに、この小説の主眼はある。まず悪夢的な状況を設定して、その状況を成立させるためにSF的論理を流用していると言える。あくまで、理屈をつけることよりも異常な状況を描くことに淫している。

 ここまで二人の違いについて書いてきたが共通している部分もある。それは、ホラー的状況を押し通すためにある種の「論理」が利用されることである。しかし、小林泰三が使う論理が非常に筋の通ったものであることに対して、矢部嵩のそれはたいてい歪に曲がっている。そうした曲がった論理の最高峰として『保健室登校』をあげたい。本書に収録されている短編はどれも最終的には手足がもげたり首がとんだりスプラッター的な悲劇に帰着するのだが、その結末に至る論理の飛躍と屈折こそ見所である。特に、表面的には生徒に対してストーカー的に付きまとっていた先生が破滅する「期末試験」を、異常な論理を扱ったホラーの傑作として推したい。