今は亡しわが村

雑文置き場

【2025年ベストマンガ】このマンガもすごかった!

このマンガがすごい!」には隙がある!

世の中にはすでに宝島社「このマンガがすごい!」が存在するのに、お前はどうして毎年懲りずにマンガランキングを作っているのかと問われたら、理由のひとつは「このマンガがすごい!」は隙だらけだからだと答えます。

まずは、あまり意識することのない「このマンガがすごい!」のレギュレーションを確認してみましょう。

・10月1日から9月30日の期間に、単行本が発売された作品を対象とする。

・同作品に対して、オトコ編とオンナ編の選者からそれぞれ得票があった場合は、選出人数の多い方へ合算。

つまり、9・10・11月頃に発売された作品は不利になりやすいということです。9月は締切ギリギリすぎて読まれないですし、10・11月頃の作品は次のランキング投票時期には記憶から滑り落ちてるケースが多いです。

そして、オトコ編とオンナ編の得票が合算されているということは、男女両方から支持されている作品が上位になりやすく、逆に男のみ女のみから支持の厚い作品は不利ということを意味します。例えば、今年のオトコ編1位『本なら売るほど』は、オトコ編の93点とオンナ編の88点が合算されています。オトコ編2位の『壇蜜』は、オンナ編からの点はなく、オトコ編の点だけでランクインしているので、この合算システムがなければ1位が入れ替わっていた可能性もあります。

現在の「このマンガがすごい!」のシステムが悪いものだとは思いませんが、このレギュレーションのもとで選定されたランキングには様々な偏りが生まれていることは知っておいてほしいものです。

ゆえに、世のマンガ読みは積極的に個人ランキングを発表することで、この隙を埋めることには大変な意義があると考えます。みなさんも個人ランキングを作りましょう!

では、アジテーションが終わったので今年のランキングにいってみましょう。

2025年(1~12月)に刊行されており、発表媒体やジャンルにこだわらず面白いマンガ作品はすべて対象です。

 

 

今年1巻が刊行されたマンガ

【1位】温泉 中也『現象X 超常現象捜査録』

原因不明の自然発火による連続焼死、住宅街のミイラ、冬に咲くヒマワリ。報告される超常現象の裏に潜む謎を、ネコ耳刑事とはぐれ者捜査官が追うことになります。

作者も影響を公言している通り、1993年から2002年にかけてアメリカで製作され世界中で大ヒットしたテレビドラマ『X-ファイル』のように、超常現象をテーマにした犯罪を追うストーリーと、気鋭のアニメーターとしての腕を生かした映画的な画面構成が光る作品です。あまりの完成度に、本家『X-ファイル』に迫る魅力が感じられます。

人の死の謎を追いかける物語として、死を予言する犬・エヌエヌに導かれながら様々な事件に巻き込まれていく主人公・里那を描いた横山旬『No murder No life』もおススメです。

 

 

 

【2位】鄭大河『描季師』 

血を墨として描いた絵を世に顕現させる“描季師”。その描季師の養成所で少年キキは、力が強すぎるとして“禁制の間”に封じられてしまった妹カヤを助けんと修行を重ねています。そんなある日、カヤを縛り付けている封印が弱まっていることがわかるのですが、それは残酷な運命のはじまりでした。

超絶作画によるバトルが圧巻の作品です。掲載されているのは青年誌ですが、勢いに乗っている少年マンガ的バトルマンガを読んでいる時の高揚があります。今年のダークホース、ぜひ読んでみてください。

 

 

 

【3位】清野とおる『「壇蜜」』

青野くんに触りたいから死にたい』の椎名うみが、インタビューで「話を作るときはまず最初に主人公が取り返しのつかない行動をとるところからはじめる」というようなことを言っていたのが印象に残っています。

壇蜜と結婚するというのは、最上級に「取り返しのつかない行動」ではないでしょうか。そりゃ面白いですよね。

取り返しがつかないと言えば、会社内の性暴力を題材にした社会風刺マンガかと思いきや「取り返しのつかない行動」を五月雨式に実行していく主人公がスリリングな冬野梅子『復讐が足りない』にも要注目です。

 

 

 

【4位】宮崎夏次系『カッパのカーティと祟りどもの愛』

笑った顔が不気味だと人から避けられ、唯一の家族である祖父も失った口酒 祝。そんな彼女が出会ったのは、関西弁を話す幼いカッパでした。仕事や寝床を求めて、放浪する祝とカッパの周りには、神様や化け物、ヨーカイに悪霊など、「ふしぎ」が集まってくるのでした。
孤独と呪いに囚われた人々の淋しさを描かせると、宮崎夏次系の右に出るマンガ家はいないでしょう。今回はそこにいっぱいのオカルトと「ふしぎ」を添えて、会心の宮崎夏次系最新作です。

 

 

 

【5位】田川とまた『CHANGE THE WORLD』

「演劇で世界を獲る」親友にそう誓った浜野陽太は、全国中学校総合文化祭で村岡茉莉の演技に圧倒されます。二人は高校で再び出会うことになるのですが……。

タイトルが示す通り、演劇によって世界を変えようとする高校生たちの物語です。非常に熱い言葉が飛び交う話ですが、その言葉を読者にも投げかけてくるように登場人物たちは頻繁に真正面を向いて、まっすぐにこちらを見つめてきます。本作を読んでいると、その視線に吸い寄せられるように没入してしまうのです。

 

 

 

【6位】大森かなた (作画), 殺野高菜 (原作) 『ウリッコ』

歌舞伎町のネカフェで暮らし自分の身体を売って生計を立てるキズミは、人生に夢も希望も抱けずに惰性で生きていました。しかし「漫画家が良い暮らしをしている」という話を聞き、日々出会う男たちのピロートークとネカフェのマンガたちを糧にして、マンガ家を目指すようになるのでした。

奇をてらった設定に見えて、今最も熱い令和のマンガ道。創作の苦しみと面白さのぐちゃぐちゃが余すことなく表現されています。

惰性で生きている女子高生がカメラでシャッターを切る楽しさに目覚めていくワタヌキヒロヤ『SUNNYシックスティーン』もおススメです。

 

 

 

【7位】大山 海『力石持つ』

昔々ある村に、力持ちの兄と非力で頼りない弟がおりました。その頃、重い力石を持ち上げることができる者が村で一番偉い時代でした。ところが、村で一番の力石持ちであったその兄は突如、村から姿を消してしまい、代官の命で弟が兄を追うことになりました。

転がる力石と非力な青年のロードムービー。暴力と狂気にまみれた新たな神話。傑作です。

 

 

 

【8位】光用千春『次の整理』

高校生の時、一瞬だけ隣の席になった黒川といじめられっ子の天野は、ひょんなきっかけで10年振りに再会することになります。売れっ子小説家になっていた天野に対して、清掃員の仕事につきながら小説家を目指す黒川は戸惑います。

創作に関する「天才」の物語ですが、天才を描くことは非常に困難なことです。そこで苦し紛れとして作者は天才を極度の奇人として描いたりするわけですが、本作の力点はそこにあるわけではありません。「凡人」を描くことによって「天才」を描こうとしているのが本作です。天才じゃない人物を描いていくことで逆説的に天才を描く、非常に冴えたやり方です。

 

 

 

【9位】藤見よいこ『半分姉弟

今年は『生活保護特区を出よ。』のまどめクレテックのトークイベントに言ってきたのですが、そこで登場人物を描くときに「みじめでもなく、かわいそうでもなく、たくましくもないように描きたい」というようなことを言っており、ちょっと感動しました。「たくましくもない」というところがミソで、人間というものはたくましく見えたとしても見えているだけで基本的に弱いものです。しかし、弱いからと言ってみじめでもかわいそうなわけでもない、そういうことが大切なのだと思います。

『半分姉弟』はきっと同じテーゼからつくられた作品だと思います。

 

 

 

【10位】あむ『澱の中』

五味次郎、29歳童貞、弱者男性。彼にとってセックスとは画面の中の出来事でしかありませんでした。しかし職場に黒髪ロング眼鏡巨乳の新入社員・夢空黒子がやってきてから、次郎の生活は一変してしまうのでした。

「圧倒的な拒絶と共感。読む者を分断するヤンマガ最大級の問題作」というキャッチコピーもおおげさではありません。ヤンマガにありがちなエッチで下品なマンガかと思いきや、拒絶したくなるような過激な題材と様々な驚きの展開で読者を引き込むリーダビリティを備えた作品です。女性のセックス中の心情を表現した作品はたまにありますが、男性側の心情をこれだけ精緻に描いたマンガはちょっと思いつかないです。

 

 

 

【11位】住吉九『サンキューピッチ』

『サンキューピッチ』が面白いことは有名なので、ここでは少し趣向を変えた話をひとつ。

私はマンガの表現は、発表媒体によって変わっていくと考えています。つまり、マンガ雑誌で連載する場合は、その雑誌における読者層や編集部の方針によって表現が最適化されていくと。それに比べると、「少年ジャンプ+」のようなマンガ配信サイトは、サイト毎の特徴というのも捉えづらいところがありますが、ひとつ確実に言えるのは、雑誌と違って配信サイトではどの作品がどれだけ読まれているのかが残酷なほどはっきり可視化されてしまうということです。

ゆえに、雑誌よりも1話毎にどれだけネットで話題になって広く読まれるかということが重要になります。雑誌連載の場合は、ある程度の固定客がついてしまえば、じっくりと話の展開を進めても問題ありませんし、クリフハンガーで読者の気を引くことも有効です。しかし、配信サイト連載では起承転結をできるだけ早く回して1話毎の満足感を高めることの方が重要です。後々話を盛り上げる仕込みとしての溜めやクリフハンガーを乱発することはやりづらいはずです。だからこそ、『サンキューピッチ』のように1話の中で起承転結を回していく展開の早い独特なストーリー展開が生まれたのではないでしょうか。

『野球・文明・エイリアン』もそういう意味ではすごいです。主人公たちが子供をつくった話の次にはもう孫世代の話になっています。数十年が1話で処理されていく、スピード感が異常なマンガです。

 

 

 

【12位】ぐみさわ『ぷらぷらチッケッタ』 

職場では孤立して便所飯をしている狸穴。ふと、出かけた公園で職場の谷戸先輩と出会う。この出会いがメイドの埴谷さんも巻き込んで、狸穴の生活を変えていくことになります。

社会生活に疲れたOLたちが、童心にかえって街中をぷらぷらするマンガです。それだけですが最高です。

仕事に疲れた女性が北海道に移住してゆらゆらするながらりょうこ『北国ゆらゆら紀行』もおススメです。

 

 

 

【13位】与左衛門『ヤン女は竜の夢をみる』

超バズ人気の「たまごキャラ漫画」を投稿する女子高生ユメコの夢は、ステゴロ最強にして暴ヤン魂バリバリの超絶ヤンキー漫画を描くこと。しかしそんな折、ダブリのパイセン・宮元竜次と関わった事から、クソ熱きヤンキー漫画街道をキュートにホットに驀進することになるのでした。

このマンガのジャンルはよくわかりません。よくわからないなりに勢いがあって面白いんです。よくわからないですが、個人的にはラブコメだと思っています。

王道ラブコメ路線では、山本崇一朗『マネマネにちにち』をおススメします。

 

 

 

【14位】三本阪奈『マイペースと歩く』

超絶マイペース男子と悩める思春期女子の高校生活を描いた作品です。

何かに引き寄せて話すならば、『スキップとローファー』なんかに近いとは言えます。しかしそれでは何も言い表せていなくて、不思議な魅力があると言うしかない作品です。

不思議な魅力と言えば、御座井マス『嶋田と和泉』にもなぜか惹かれます。

 

 

 

【15位】千葉ミドリ『緑の予感たち』

夢の中のカッパの理髪店に翻弄されるかつての恋人たち。海辺の旅館を訪れる謎の未来人と女中の共闘。不思議な犬と暗渠に迷い込む雨の夜の冒険。都市伝説の巨大な猿に盗まれた靴と記憶……。

圧倒的な画力で描かれる悪夢的奇想の世界。

悪夢的奇想と言えば、熱焼江うお『んば!』もお忘れなく。

 

 

 

【16位】三浦靖冬 (漫画), 北村薫 (原作)『ベッキーさんと私』

ミステリー作家・北村薫の代表作のひとつである「ベッキーさん」シリーズを、三浦靖冬による作画でコミカライズした作品です。三浦靖冬は、どこか儚げな少女と緻密に描き込まれた背景を特徴とする画風で評価されているマンガ家です。

ミステリー小説は、根本的に情景描写と会話劇が中心となるのでマンガに向いていないと私は考えています。ゆえに、多くのミステリーマンガでは色々な工夫がされているのですが(金田一少年であればホラーサスペンス要素を足したり、コナンだったらスパイアクションを足したりですね)、本作は三浦靖冬というマンガ家の特徴である、「どこか儚げな少女と緻密に描き込まれた背景」によってそうした問題点を乗り越え、読者を飽きさせないことに成功しています。

 

 

 

【17位】カメントツ『こわいやさん』 

ここは『どうぶつ村』。かわいらしい『どうぶつ』たちが様々なお店を開いています。うさぎさんが出すお店は『こわい』を売る『こわいやさん』。

どうぶつの森」のような世界で怖い話を売る店を描いたホラー作品です。ファンタジックな世界観に幻惑されますが、その設定の裏には作者の企みがありました。

2024年に真島 文吉『右園死児報告』というホラー小説が刊行されました。あれはここ10年のホラー小説の中でも最も画期的だったもののひとつだと思います。(具体的には、「SPC」的なものを物語として編集しなおして成立させたことが画期的でした。)本作はおそらくその影響のもとにつくられたはじめてのマンガではないでしょうか。

 

 

 

【18位】意志強ナツ子『マオニ』

リーダーの真央を中心とするギャル7人組、通称「マオセブン」は輝かしい青春を謳歌していました。しかし突如到来したゾンビ禍により真央が行方不明になり、残された6人の結束は大きく揺らぐことになります。

意志強ナツ子はこれまでも信仰の問題を主に取り扱ってきましたが、今回はゾンビ禍という極限状況の中で7人組の女子高生がギャルという信仰を試される話になっています。いつものことですが、切り口が奇妙で、意志強ナツ子味というほかありません。病みつきになる味です。

あと、無事完結した『るなしい』も要チェックです。

 

 

 

【19位】森野 昼『ルナナイト』

地上げ屋の極道に営んでいた花屋を焼かれてしまった女子高生・雨野瑠奈は、本能のまま極道・西場組の事務所を襲撃、壊滅させてしまいます。簡単に人殺しができてしまう自分に戸惑いながら、瑠奈は行方不明の姉を探し東京へ向かうのですが……。
女子高生がガンアクションをするという食傷気味の題材ですが、マーシャルアーツとガンアクションを組み合わせたような戦闘シーンの作画がすごいので、まったく飽きることなく読むことができます。はじめてガン=カタを見た時のような感動があります。

 

 

 

 

 

全1巻・短編集

※上下巻は全1巻と同じ扱いにします。

 

【1位】灰田 高鴻『灰かぶりの天使』 

どこか暗くて世紀末の退廃が迫る90年代のある高校のお話です。さえない青春を送る荻原由紀は、不良少女・鮫島彩子に恋をしていました。彩子を理想化し、淫靡な自慰行為で抑えこんでいた恋は、「彩子の援助交際の噂」を聞いたことで動き始めます。

灰田 高鴻は、何かに夢中になっている人間の愚かさと輝きをあけすけに描いてきたマンガ家です。彩子を追い求める荻原の真っすぐすぎる感情は、滑稽でありながらどこまでも純粋です。ぜひ中島みゆき「やまねこ」を聴きながら読んでほしい、90’sデカダン派百合の傑作です。

 

youtu.be

 

 

【2位】桜井 画門『THE POOL』

亜人』の桜井画門による、未知のモンスターがはびこる惑星で不審なSOS信号をキャッチしたある部隊の活躍を描いたSFアクション大作です。

桜井画門先生がマンガがうまいことは充分に知っていたつもりですが、ここまでうまいのかと度肝を抜かれました。部隊の隊員全員のキャラが立っていて、全員に見せ場があるという当たり前の面白さを当たり前にやってくれます。いいキャラというのは初登場で読者に「こいつは何かやってくれるぞ」と期待させて、期待以上のことをやってしまうものです。

 

 

 

【3位】緒川みのる『ガレキ街のルウとメエ子』

星間都市と地上に二分化されたディストピア。星間都市への移住を目指すルウは、楽天的で誰からも好かれる同居人・メエ子を煩わしく思っていました。しかし、メエ子の〝推し活〟を通して2人の関係は変わっていきます。

女子中学生が読むようにチューニングされた銃夢みたいなマンガ。

言葉はいらない、すごいから読んでみて。

 

 

 

【4位】花園照輝『悲しいことなんかじゃない』

 

乳首にピアスを開けているのに処女のアサヒは、フツウの恋を探しているけれど交際が長続きしないことに悩んでいます。一方、親友のサナはヒモ彼氏とただれた同棲を続けています。そんな中、アサヒはあるきっかけから同じアパートに住む大学生・前田と出会うことになります。

80年代後半から90年代にかけて、松本充代岡崎京子といった反少女マンガの黒い水脈があるとすれば、その令和に生まれた結晶が花園照輝なんじゃないかしら。素晴らしすぎます!

 

 

 

【5位】高木 りゅうぞう『高木りゅうぞう作品集 ツイステッド』

90年代前半、2年にも満たない活動で多大な影響を遺した天才マンガ家・高木りゅうぞう」の全作品を単行本化したものになります。

華倫変よしもとよしともが影響を公言していた作家で、実際に読んでみると、絵や構図は完全に華倫変、内側から爆発しそうな若者の心情を静謐に描く画面構成は完全によしもとよしともです。つまり、傑作ってこと。

 

 

 

【6位】いましろたかし『つりまん』

コロナ禍が終結した近未来の日本、大の釣り好きの中年コンビが日本全国の渓流を探し訪ねるがそこで出会うのは言葉を話す不思議な動物たちだった。

人間のしょうもなさを笑いに落とし込むと、さすがに熟練の域です。

 

 

 

【7位】カラスヤサトシ『完本 いんへるの』 

2018年~2021年にWeb連載され、諸般の事情により単行本化されていなかった膨大な数のエピソードを含む全話を収録した完全版です。

現代で最も優れた怪談師のひとりがカラスヤサトシだと思います。人々の営みの中にふと現れる地獄を描き出すのが抜群にうまいのです。

 

第一話「手足尻髪」より

 

 

【8位】コトヤマコトヤマ短編集 ファンフィクション』

マンガには見開きの魔力というものがあります。ページをめくったら見開きであっと言わされるそんな瞬間を求めて中毒になっているのがマンガ読みです。そんな中毒患者のための作品です。

 

「ミナソコ」より

 

 

【9位】トキワセイイチ『三角兄弟』

宇宙から来たかわいい3つの三角形の物体が、地球に観光にくる宇宙人のサポートをしている主人公と共同生活をはじめます。いわゆるファーストコンタクトですが、話が進むにつれて、世界の残酷さと人間のあたたかさが胸に来る物語です。

 

 

 

【10位】さとかつ『琉球蟹探訪』

カニ、ミミズハゼなど、奇妙な海洋生物を扱ったちょっと不思議な冒険譚の数々に圧倒される短編集です。作者自身も生き物のフィールドワークを行っていて、深海魚ミズウオの胃内容物を調べた写真集なんかも出してます。好きこそ物の上手なれとは言いますが、好きなことと描きたいことが一致しているマンガ家は強いです。

 

satokatu031.booth.pm

 

 

【11位】山口晃『趣都』

大和絵のようなタッチで、非常に緻密に建築物などの風景を描き込んだ作品で知られる画家・山口晃のマンガ作品です。「電柱」の華道や階段だらけの屋敷など、奇想と愛に溢れた建築物マンガです。

 

 

 

【12位】伊藤九『ランチユーインザスカイ』 

ちょっと松本大洋を思わせますが、独特な絵を描きすでに自分の世界観を持っているマンガ家です。才能しか感じないので、期待値も込めてランクイン。

 

 

 

【13位】中村明日美子『佐条利人の父とその部下』

息子が男と結婚したことを受け止め切れていない中年男性のもとに、ゲイの部下ができて……という話です。息子との距離を測るように、その部下と親密になっていく過程が丁寧に描かれています。

部下からゲイであることをカミングアウトされたあとに、セックスはできない代わりにということで部下に手淫をはじめる主人公に衝撃を受けたのでランクインです。

 

 

 

【14位】ヤマシタトモコ『SUGAR GIRL』

高野文子が『棒がいっぽん』を発表したあたりで「あの頃はどんなものでも描けると思ってた」みたいなことを言っていた気がするのだが(記憶があやふや)、今のヤマシタトモコにもそういった全能感があるじゃないかと思うぐらい自由に描いてる短編集です。「CLING ONCE, BLINK TWICE.」があまりに身も蓋もない話を詩情で押し切っていて個人的お気に入りです。

 

 

 

 

読み切りマンガ(雑誌・ネット掲載)

【1位】下川林『雨鎮』

下川林さんは中国からの留学生で「中国志怪小説に基づくホラーマンガ」を描いているマンガ家です。今年は四季賞受賞作「囍(ダブルジョイ)」や「ゴッドマザー」といった読み切り作品も発表し、精力的に活動しています。緻密な背景描写がホラーな雰囲気を盛り上げていて、どれも素晴らしい出来です。日本的なマンガ形式でありながら極めて中国的な題材との融合にも成功しており、今年最も注目したいマンガ家の一人です。

 

 

 

【2位】的野アンジ「転光生」

『僕が死ぬだけの百物語』の連載を完結させた的野アンジのショートショート。短いのでありがちな展開の話ですが、不思議と読ませます。連載化希望。

 

www.sunday-webry.com

 

 

【3位】桜壱バーゲン『毎日、病んでます』

いつもは下品なマンガばっかり描いている桜壱バーゲンですが、エッセイになると妙に哀愁漂う感じになって味わい深いです。カフカ『変身』のコミカライズの時から好きです。

 

mangaspa.nikkan-spa.jp

 

 

【4位】河部真道「斬首」

フランスの化学者・アントワーヌ・ラヴォアジエがギロチンで処刑された際に、処刑後の人間にどの程度の時間にわたって意識があるかを検証する実験を行ったとする逸話(実はそんな事実はなく、都市伝説のたぐい)を題材に、場所と時代を日本の江戸後期にして処刑される人物に新たな設定を追加することで端正な人情噺に仕上がっています。それを支える画力もすばらしく出色の出来です。

 

kuragebunch.com

 

【5位】緒木鈴人『せかいはまわる』

悪夢みたいなマンガです。昔だったら『ガロ』に描いてそうな(古屋兎丸とか)、独特のセンスが光ります。ダークで狂気的でありながらシュールでユーモアも感じさせます。

 

 

 

【6位】エ☆ミリー吉元「マンガ原稿のある暮らし」

バロン吉元の娘・エ☆ミリー吉元によるマンガ原稿に関するルポマンガです。毎回、マンガの巨匠たちの子供たちが登場して、マンガ原稿という遺産への向き合い方を語ります。他にない視点で描かれているのが面白く、エ☆ミリー吉元さんも父親に負けない自由な作風で読んでいて楽しいです。

ところで、父親のバロン吉元寺山修司あゝ、荒野のコミカライズを出しましたが、相変わらず男の色気があっていいマンガです。要チェック。

 

www.1101.com

 

 

【7位】木陰ひな田「正しさの行方」

第87回ちばてつや賞一般部門の入選受賞作品です。

男性にトラウマを抱えた女性が主人公で暗くなりがちなテーマですが、意外な展開もあり読ませます。最後は救いが見えるのもいいです。期待の新人ですね。

 

comic-days.com

 

 

【8位】萌ビウス「外匯券」

もともとコミティアの合同誌に寄稿したものをアップしたものです。

ゼロ年代のマンガ読みは個人サイトを巡って変なマンガを探すのが日課でしたが、その時の気持ちが強烈によみがえってきました。自分がマンガを読んでいる理由は、究極的には読んだこともない変なマンガが読みたいからなんです。

 

mikanixonable.net

 

 

【9位】山中美容室 「収容所群島

この人が描くマンガがそこはかとなく好きです。黒田硫黄の系譜にありつつ、そこから脱出するエネルギーを感じます。なぜか古本屋のHPでマンガを描いていますが、短編集を出してほしいです。

 

mizutamakaitori.com

 

 

【番外】認知の歪み 1話

学生カップルの不毛な会話のやり取りを描いた作品で、あまり読んだことがない面白さのある作品だったのですが、消えてしまっているのでここにブクマを貼って偲びます。

 

b.hatena.ne.jp

 

 

 

マンガ関連記事・書籍

【1位】きらら4コマの描き方

まんがタイムきららMAX」にて連載中のマンガ家による「きらら4コマ漫画論」です。表現方法から4コマの可能性を探る論考で、目から鱗が落ちまくり! ヤバすぎ!! 

 

kokamumo.hatenablog.com

 

 

【2位】大場 渉, 森 薫, 入江 亜季『マンガの原理』

「雪割草」とかいうマンガ専門の新出版社を立ち上げるらしいことも話題になっているお三方の共著です。大場 渉という編集者の特殊性には注目せざるを得ません。

 

 

 

【3位】『マンガ・スタディーズ』創刊

国際マンガ研究センターからオンラインジャーナル『マンガ・スタディーズ』が創刊されました。それに合わせてYouTubeチャンネルも開設され、在野の人間でもマンガ研究の最新知見の一部が見れるようになったのは大変意義があると思います。

マンガ史の通史的記述を試みた著作に今となってみると見落としている部分が多いのは、私も普段から問題だと感じているところなので、世界のどこかで同じ問題意識を持った研究者がいることには励まされます。

しかし、『マンガ・スタディーズ』のHPが消失してるので不安ですね。

 

youtu.be

 

 

【4位】林静一(亜蘭トーチカ・川勝徳重)『林静一漫画術』

『赤色エレジー』で有名な林静一の全漫画作品について、作者自身が語ったインタヴュー本です。まさにその創作活動の隅々まで語りつくした内容で、これ以上豪華なインタヴ―本は考えられない出来です。

 

booth.pm

 

 

【5位】漫画編集者たちへ…『彼岸花』の帯がお前たちに見えるか?

トーチの編集者って、マンガ編集がうまいだけじゃなくて文章も書かせたらうまいんです。

 

to-ti.in

 

 

【6位】笠井スイさんと、旅の仲間たち

笠井スイの訃報はショックな出来事でした。

この追悼記事には胸に来るものがりますが、雑誌「Fellows!」に対する内部からの貴重な証言でもあり、一読の価値ありです。

 

geselleestelle.blogspot.com

 

 

【7位】漫喫の漫画ぜんぶ読む

マンガ家が漫喫のマンガを片っ端から読む記事です。マンガを読む解像度が高い人の感想はなんぼあってもいいですからね。

 

note.com

 

 

おわりに

2025年も多くの面白いマンガに巡り合うことができました。

最後に2026年期待の新連載を貼っておきます。

では、本年もよろしくお願いします。

 

yanmaga.jp

comic-days.com

bigcomics.jp

kuragebunch.com

 

たばようと月ノ美兎/記号化された身体の性と死について

『あゎ菜ちゃんは今日もしあわせ』完結記念!

マンガ家・たばようの軌跡を振り返ります。

そして、『あゎ菜ちゃん』最終巻の帯が月ノ美兎だったことの意味についても考えたいと思います。

※注意:たばよう作品をネタバレしまくります。ご了承の上、お読みください。

 

 

少年チャンピオン期待の新人・たばよう

―「TOILETPAPER MAN」「くろすぶりーど」

 

週刊少年チャンピオン」は、鵺のごとく掴みどころのないマンガ雑誌です。

その時代によって、「週刊少年チャンピオン」らしさは大きく変化してきました。

1970年代には「週刊少年ジャンプ」以上の人気雑誌として黄金期を築き、1980年代には退潮しつつも不良マンガなどの男らしさを全面に押し出し、1990年代には『グラップラー刃牙』と『浦安鉄筋家族』という超長期連載の人気作を生み出しながら、2000年に入ると萌えマンガやアニメコミカライズに注力するようになりました。

そして、2005年10月からは沢考史が編集長となり、大幅な誌面改革を実行していくことになります。*1

沢考史は、壁村耐三*2のもとで鍛えられた最後の世代の編集者です。

その体制おいて、少年チャンピオンは面白ければ何でもありの精神で新人マンガ家の発掘に大きな成果をあげることになります。

安部真弘梅田阿比増田英二阿部共実板垣巴留などがその代表となるでしょう。

そして、それら新人の中でも特に異彩を放っていたのがたばようだったのです。

 

別冊少年チャンピオン」2013年2月号より

 

たばようは「週刊少年チャンピオン新人まんが賞」を受賞して商業デビューを果たします。*3

板垣恵介小沢としお佐藤タカヒロ、鈴木大、高橋ヒロシ浜岡賢次渡辺航といった錚々たる面々の激賞を受けての受賞でした。*4

受賞後すぐに少年チャンピオン本誌での短期集中連載を開始させ、たばように続け!と「べっちゃんマンガ賞」が新創設されたことからも、編集部のたばように対する並々ならぬ期待の大きさがうかがい知れます。

たばようのデビュー作である「TOILETPAPER MAN」はこんな話です。

文明が滅び、最後の人類となってしまった少年。彼は人恋しさのあまり「有機物擬人化薬」を発明してします。さっそくペットのゴキブリに薬を使ったのですが、擬人化したゴキブリに彼は襲われてしまいます。地球上すべての有機物は、地球を荒廃させた人類に対して敵意を持っていたのです。しかし、偶然、薬を摂取したトイレットペーパーだけが少年をかばいます。なぜなら、人の尻ぬぐいはトイレットペーパーの役目なのですから……。

奇想天外なストーリー、マンガの技術的には新人らしく粗削りなところがありましたが、読めばすぐ「これはたばよう作品だ」とわかる強烈な個性がすでにそなわっていました。

尖った個性と新しい感性を持つ新人マンガ家の登場に、私を含め一部のマンガ読みたちは当時熱狂していました。そして、短期連載「くろすぶりーど」の登場をもってして、その期待はさらに膨れ上がることになります。

 

競馬をやっている人がよく使う言葉に、”モノがちがう”というものがあります。

例えば、デビュー戦となった2歳新馬で勝利をあげた期待馬が、2戦目の重賞においてハイパフォーマンスで楽々勝利した場合などに、「この馬は”モノがちがう”。将来のダービー馬かもしれないぞ」という会話が競馬好きの間で交わされるわけです。

たばようの連載デビュー作である「くろすぶりーど」を読んだ時に、私は同じような感想を持ちました。これは”モノがちがう”と。

つまり、単純に”ストーリーが面白い”とか”絵がうまい”といった言葉では表現できない魅力を発揮していたのです。

あえて言葉にするならば、たばよう独自の世界観に惚れ込んでしまったのでしょう。

「くろすぶりーど」は、週刊少年チャンピオン2013年8~11号に4週連続で掲載されました。

それは、科学技術の暴走により、人間と動物の境界があいまいになった世界、獣人が当たり前に生活している社会を描いた作品でした。*5

独特な世界観に、魅力的なヒロインたち……それは圧倒的な個性を放っていました。

 

 

「くろすぶりーど」第3話「熊の巻」より

各話の紹介はここではしませんが、とにかく「くろすぶりーど」の登場が一部のマンガ読みたちにとって衝撃だったことは事実です。例えば、今はオモコロで活躍しているARuFaもツイッターで「くろすぶりーど」を絶賛していました。

たばようこそが今後の少年チャンピオンを担っていく大人物なのだと、この時は多くの人が期待していたのです。

 

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プロデビュー大学生・たばよう

―『宇宙怪人みずきちゃん

 

 

たばようがそれほどに期待を集めたのには、単純に作品が面白いということ以外にも要因があると思います。

それは、彼が若干19歳の若さでデビューしたことです。

滋賀県成安造形大学へ通いながら、1年生の夏休みに秋田書店へ持ち込みをして担当が付きます。その後、とんとん拍子に新人賞を受賞し、少年チャンピオン本誌で短期連載でも好評を得ることになります。

新人マンガ家として、これ以上を望むべくもないキャリアのスタートと言っていいでしょう。

そして、その頃はちょうど出版社がこぞってWEBコミックサイトを立ち上げはじめた黎明期でした。秋田書店Webコミックサイト「Champion タップ!」をオープンすることになります。

そこではじまったのが、たばようにとってはじめての長期連載作品である『宇宙怪人みずきちゃんだったのです。

それは、こんな物語です。

少年・水乃まるは、同じアパートに住んでいるみずきちゃんに懐いていました。まるくんはみずきちゃんの正体が宇宙人であり、この町をこわそうとしていることを知ってしまいます。その日から、まるくんは宇宙人たちと防衛隊との戦いに巻き込まれていくことになるのですが……。

 

みずきちゃんたちが暮らす町

成安造形大学キャンパスの近くから眺めた景色

(これは戯言ですが、『みずきちゃん』で描かれていた箱庭的な世界は、滋賀県での大学生活の実感が生かされていたのかもしれません。成安造形大学は山手にあり、ちょうどそこから眺める景色は、ミニチュアのような街並みと偽物の海のような琵琶湖でした。)

 

この作品には、たばようらしさのエッセンスが詰まっていました。

コミカルなギャグ作品でありながら、どこかしら漂う厭世観の心地よさ、

怪獣やフリークス、変態、引きこもり、世の中のあぶれモノたちの愛らしさ、

手塚治虫吾妻ひでおに連なる記号的身体、そのフェティッシュなエロさ、

(たばようが描くキャラクターの記号性については後に触れることになります。)

そのすべてが高濃度に凝縮された奇書が『宇宙怪人みずきちゃん』だったです。

大学生活とマンガ連載を両立させることは並大抵のことではなかったはずで、たばようがその時に持てるすべてを注ぎ込んだ作品であることが伺えます。

しかし、この作品にすべてを注ぎ込んだということは、裏返しに、マンガ家としてやれることをやり切ってしまった作品という側面もあるかもしれません。

「くろすぶりーど」では、社会に対して何らかの馴染めなさを感じている人間を動物とまじりあった人間として象徴的に描いていました。

みずきちゃんも、まさにその延長線上にあるキャラと言っていいでしょう。

「こんな世界、こわれてしまえ」思春期の少年少女が抱きがちな世界への無邪気な敵意、宇宙怪人であるみずきちゃんはそうした感情を象徴的に背負っていました。

そして最終的には、巨大化させた怪獣の背に乗って、みずきちゃんが世界をこわすところで物語は終わります。

怪獣が勝利した世界を、たばようは初長期連載作にして描いてしまったのです。

世界への報復を果たし、怪獣が勝利してしまった先に、たばようは描くべきことを見失ったしまったのかもしれません。

そして、たばようは『みずきちゃん』の連載終了後に大学を卒業することになります。*6

 

 

 

たばようと肉の生々しさ

―「ブタさん大好きぬのねちゃん」「ひとにあうひとびと」

 

2015年に「みずきちゃん」の連載を終了したあと、すぐに新たな連載がはじまるだろうと、当時のたばようファンは期待していましたが、彼はそれからしばらく表舞台に姿を見せませんでした。

時は流れ、2018年、たばようは突然、株式会社ジーオーティーが運営するWebコミックサイト「COMIC MeDu」で矢継ぎ早に作品を発表するようになります。

3年の空白期間に何があったのかはわかりません。

しかし、ただ眠っていたわけではないことは明らかでした。たばようが自身の殻を打ち破ろうとするように、「COMIC MeDu」に掲載された作品群には新たな試みが見られました。

その試みを端的に言えば、たばようは手塚治虫的な記号絵に忠実でありながら、記号に肉体性を、生々しさを持たせようとしました。*7

たばようの特殊性はいろいろとありますが、デフォルメの強いキャラクターたちは目を引きます。彼が描く主人公はたいていの場合、二頭身の子供の姿をしています。その姿は一見すると落書きのようなシンプルさを持っています。

それは、ただの手癖ということにとどまらず、彼の個性と不可分です。

たばようは自身の絵の記号性に自覚的な作家でした。

例えば、『宇宙怪人みずきちゃん』の後半では、”判で押したように”主人公と全く同じ姿をしたキャラクターが大量に登場します。これは、まさにキャラクターが複製可能な記号であることを逆手に取った表現と言えるでしょう。

 

宇宙怪人みずきちゃん』より

「COMIC MeDu」に掲載された作品群からは、自身の記号的なキャラクターたちをどう生かすべきかという試行錯誤が見えるのです。

 

読み切り「ブタさん大好きぬのねちゃん」は、たばよう初の百合作品です。*8

それは、豚の肉や内臓をいつも持ち歩いているぬのねちゃんと、その友人であるののなちゃんとの、ピュアな愛の物語でした。

たばようは、これまでも作品の中で性愛を扱ってきました。

しかし、それは往々にして肉体的な接触を伴うものではありませんでした。

彼の描くキャラクターは、少年か少女かもわからないようなシンプルな記号的肉体しか持たず、肉体から性を感じることができないからです。ゆえに、これまでの作品ではキャラクターどうしの直接的な肉体接触はほとんど描かれなかったわけです。*9

そこで、キャラクターの記号的な身体を保持したまま、記号にはない肉体の生々しさを表現しようとしたのが「ブタさん大好きぬのねちゃん」だったのです。

 

「ブタさん大好きぬのねちゃん」より

ぬねのちゃんの肉体は、非常にシンプルな線描によって描かれています。写実的ではない記号の組み合わせとしての身体です。

しかし、死んだ豚の肉だけは写実的でリアルに描かれています。

これの表現が意味することはなんでしょうか。

人間の肉体の生々しさを直視するのではなく、豚の肉や内臓の生々しさを介することによって、キャラクターの記号的な身体を保持しながら、肉体の交感を表現しているのです。

ぬねのちゃんが、ののなちゃんのパンツに豚の内臓をつっこむのは、ただのとち狂った行動ではありません。

むしろ、リアルでない記号の彼女たちによる理にかなった性愛行動なのです。

 

連作短編「ひとにあうひとびと」では、その記号的な身体からさらに遠く離れようとするアプローチが見られます。

単純にキャラクターの頭身が上がって、写実的な表現に近づいているということもそうですが、チャットで知り合った相手と実際にリアルであってみる話を集めた連載というコンセプト自体が、たばよう作品の中で最も身近なテーマを扱っています。

1話は、まさに身体の記号性についての話です。

チャットで知り合った女性と会うための待ち合わせ場所に、男は生身ではなく、自分が普段使っているプロフィール画像を模したハリボテを身に着けて現れます。

まさに、記号的な身体を捨てられずに現実へと記号を持ち込もうとする人間が面白おかしく描かれていました。

 

「ひとにあうひとびと」1話より

comic-medu.com

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たばようと死のない身体

―『おなかがへったらきみをたべよう』「しいく委員のおしごと」

 

たばようは自身の絵の記号性に自覚的だと言いましたが、それは同時に記号絵に対する違和についても敏感だということを意味しました。

記号の組み合わせに過ぎないキャラクターは、成長するための、傷つくための、あるいは死ぬための身体を持ちえない、ということを彼は知り尽くしていたのです。

だからこそ、死んでも死ねないキャラクターをギャグとして表現もしました。

 

「やさしいおねえちゃん」より

あるいは、前章でみたように、一部写実的な表現を取り込もうとするアプローチもありました。

しかし、結局のところ、たばようは記号的表現を突き詰めることで、写実を基調としない新たなリアリズムを獲得しようとしていきます。

 

2022年、秋田書店での復帰作となる『おなかがへったらきみをたべよう』では、まさに記号的身体が死にゆく様が描かれました。*10

写実性を取り込もうとする試みは鳴りを潜め、むしろキャラクターは記号性はより強まっています。子マンモスは、マンモスなのかどうかもよくわからないほど、シンプルで記号的な姿をしています。

 

極限まで記号化された少年と子マンモス


10万年前の原始時代、親を失った少年は、同じく親とはぐれた子マンモスと荒野を行く物語です。

当然ながら、その旅路は過酷で危険なものであり、常に”死の予感”が付いて回ります。
これは、記号的な(死なない)身体を持つはずのキャラクターが決められた死に向かっていく物語なのです。子供が子マンモスと辿る道行は、読者が”記号の死”を受け入れるために必要な時間です。

 

おぼれて死にかけている少年と子マンモス

また同時期に発表された「しいく委員のおしごと」もキャラクターの死を扱った作品でした。

たばよう作品の中で最も肉体感覚的な死を描いたものでしょう。

学校の飼育委員であるぼくと麻井さんがムグリちゃんという化物をこっそり飼育することになるのですが、手違いからムグリちゃんを殺してしまうという話です。

ここでは、ムグリちゃんが内側から腐るようにして死んでいく様が肉体的感覚を伴って描かれています。

 

「しいく委員のおしごと」より

ここでムグリちゃんの死よりも重要なことは、主人公のぼくは記号的な絵であるのに対して、麻井さんは頭身も高く肉体のラインも服装のディテールもリアルに描かれているという対比です。

この対比は明らかに意図的です。

飼育委員の麻井さんは、傷がついたら血も流れるし、生き物が死んだら悲しむことができるリアルな存在として描かれています。

それに対して、主人公は傷つかないし心も動かない、死をリアルなものとして感じられないことが繰り返し描かれます。

つまり、記号は成長しないし傷つかないということに対する逆転の皮肉です。

成長しないし傷つかない未熟な主人公を記号絵とすることで表現しているのです。

 

 

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「性」を与えられた記号たち

―『せせせせ! 〜目指せ初H! 童貞女子のときめき大作戦』

 

たばようが死を描いた後に扱ったのは、記号的身体に宿った性の問題でした。

『せせせせ! 〜目指せ初H! 童貞女子のときめき大作戦』は、たばようのデビュー誌である「別冊少年チャンピオン」への凱旋を果たした作品です。

主人公・綾乃ながらは5年生の大学生(25歳)、自堕落で人生に絶望しているような男です。そんな男が、ある日目を覚ますと、女子中学生になっていたのです。女子中学生として新たな人生をおくることになった主人公は、長年の夢であったセックスをするために奔走します。

たばようは、性を描くために、今までのように少年の主人公を捨て、女子中学生の着ぐるみを着ることにしたのです。

実際、TS【性転換】することによって(豚の肉や女の子の吐しゃ物を介することなく)肉体同士の触れ合いを描くことができました。しかも、ちゃんと最悪なかたちで。

 

「せせせせ! 〜目指せ初H! 童貞女子のときめき大作戦」2巻より

しかしながら、本作は性を描きながら、逆に性を描くことの不可能性を感じさせます。

綾乃ながらは、女子中学生としての生活を謳歌しつつも、謎の男の影におびえることになります。

その謎の男の正体は、TSする前の自分の姿でした。その姿は記号化された姿ではなく、写実的でリアルな姿によって描かれています。

記号的な身体を捨て去り、女子中学生の肉体に逃げ込むことで、かえってリアルの自分と向き合わざるを得なくなるのは皮肉という他ないですが、この物語は、男性の自分と和解することで終わり、一応のハッピーエンドを迎えることとなります。

マンガの中の記号的身体とリアルな自身の身体、その葛藤こそがたばようの原動力なのです。

 

「せせせせ! 〜目指せ初H! 童貞女子のときめき大作戦」3巻より

 

 

たばようと月ノ美兎

―『あゎ菜ちゃんは今日もしあわせ』

 

2024年、たばようは「となりのヤングジャンプ」にて『あゎ菜ちゃんは今日もしあわせ』の連載を開始することになります。*11

今現在、おそらく『あゎ菜ちゃん』がたばよう先生にとって最も広く読まれた作品になるでしょう。*12

「あゎ菜ちゃんは今日もしあわせ」1巻より

本作は、なんの取り柄もないコンビニバイト店員あゎ菜ちゃんが、しあわせを自家発電する日々を描いた作品です。

あゎ菜ちゃんが仕事や人間関係の失敗からストレス発散のために暴食や破天荒な行動に至るというのが基本的なパターンになります。

この形式は、同時期に連載をはじめた『ドカ食いダイスキ! もちづきさん』ともしばしば比較する声がありました。

しかし、この2作品が目指すベクトルは明確に違います。

『もちづきさん』は、主人公の破天荒な行動(暴食)をギャグ、あるいは恐怖を喚起する表現として利用しています。(作者は伊藤潤二を参考にしているそうです。*13

『あゎ菜ちゃん』にもギャグマンガの要素はありますが、何かちっこい生物がストレス発散のために暴れまわっている姿を読者には”かわいい”ものとして消費させています。

例えば、これは「ちいかわ」などに近いところがあり、あるいは、一部のエッセイコミックにも近いところがあります。(永田カビ作品とか)

ただし、そういった作品と『あゎ菜ちゃん』には決定的に違うところがあります。

あゎ菜ちゃんには将来があるということです。作品内では、あゎ菜ちゃんがこのまま年齢を重ねてどうなるのかという漠然とした不安が常に漂っています。

「ちいかわ」に死はありますが老いはかなりぼやかされていますし、エッセイコミックは過去に起こったことしか描かないので、その問題を回避できます。

しかし、あゎ菜ちゃんは自分が老いた先のことを考えずにいられません。このまま何もできない人間として一生を終えるのかという不安が迫ってきます。

 

「あゎ菜ちゃんは今日もしあわせ」3巻より

これは、非常にたばよう的な問題設定です。たばようは一貫して主人公を記号的でマスコットやぬいぐるみのような存在として描きながら、逆にそうした”かわいい”存在の死や性を描くことで違和を読者に突きつけてきました。

しかしながら、『あゎ菜ちゃん』の最終話は意外な結末を迎えます。

200年後に時代が飛び、そこでも”かわいい”存在として生き続けるあゎ菜ちゃんの姿が描かれたのです。

これは、これまで描かれてきた問題意識を無視した開き直りのようにも見えますが、これはたばようの祈りだと思います。

永劫回帰の無意味な人生を生きるマンガのキャラクターに、自らの確立した意思でもって幸せに生きる姿を演じさせることで、自身が理想とする超越した存在を見出したのではないでしょうか。

 

そこで話は月ノ美兎に向かいます。

たばようは、PixivtやTwitterでの投稿を見る限り、かなり活動初期からの月ノ美兎ファンです。彼が、月ノ美兎というバーチャルYouTuberに惹かれるのには必然性があると思います。

本記事では、たばようがマンガのキャラクターという記号が死や性を演じることの違和について敏感な作家であるということを繰り返し述べてきました。

バーチャルYouTuber月ノ美兎という存在も、記号が死や性を演じることの違和と闘ってきた存在なのです。(本人がそう思ってなくてもそうなのだ!)

バーチャルYouTuberは、その発生初期において記号的だからこそ画期的で良いとされていました。

生のアイドルやタレントと違い、老いることもないし性トラブルとも無縁だと、なんならガワを維持できれば中身を入れ替えながら永遠に続けることができるというのが初期のコンセプトでした。

そういった考えが全くの間違いであることは、すぐに明らかになるのですが、少なくとも発生初期はそう考えている人が多くいたのは事実です。

実際に、最初期のバーチャルYouTuberは自分の人格を出すのではなく、キャラを演じているものが大半でした。

そして、記号に過ぎないはずのバーチャルYouTuberにも内面があることを、はじめて示したの者たちの一人が月ノ美兎でした。

特に、世の人々に衝撃を与えたのが、2018年、一連の「楓と美兎」関連の配信です。*14

「楓と美兎」とは樋口楓と月ノ美兎のコラボ名であり、バーチャルYouTuber事務所である「にじさんじ」の黎明期を支えた一期生の二人の配信のことを指します。

「楓と美兎」では、二人が死生観を語り合ったり、活動への不安を共有しお互いが励ましあう姿、そして二人が親密になっていく過程が非常に生々しく映し出されていました。

これは、バーチャルYouTuberはキャラのロールプレイングであり、記号的存在に過ぎないと思っていた人々に深い衝撃を与えました。*15

二人の関係性を表すネットスラング「てぇてぇ」も、「楓と美兎」から生まれた言葉でした。

良くも悪くも、「楓と美兎」はバーチャルYouTuberの見方を変える事件の一つでした。

月ノ美兎は記号的なキャラを演じている自分たちにも内面があり、死も性もあることを示しながら、それでも永遠に16歳の高校二年生としての月ノ美兎を演じ続けています。

まさに、月ノ美兎はその存在自体がたばよう的命題を生きている人なのです。

200年後も月ノ美兎月ノ美兎であってほしいというたばようの祈り、それがあゎ菜ちゃんだったのです。

 

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なんか書いてるうちに怪文書化が止まらなくなった。
それでは、また次回~

*1:編集長になる前の沢考史の功績として、板垣恵介を引き抜いてきたことがあります。今現在、読者が少年チャンピオン的だと考えるものの多くは沢考史によってつくられたと言っても言い過ぎではないでしょう。

*2:手塚治虫ブラック・ジャック』を立ち上げるなど、70年代の「週刊少年チャンピオン」黄金期を作り上げた伝説の編集長。

*3:2012年下期「週刊少年チャンピオン新人まんが賞」は、『月刊少年チャンピオン』、『別冊少年チャンピオン』と合同で『別冊少年チャンピオン創刊記念新人まんが賞』として開催されました。

*4:新人賞なんて褒められて当たり前と思う向きもあるかもしれませんが、「絵はプロレベル。話はまんがをバカにしているとしか思えません。」と酷評された安部 真弘先生の故事も知っておきましょう。

*5:板垣巴留「ビーストコンプレックス」の連載がはじまったときは、なんか「くろすぶりーど」っぽい作品がはじまったなぁというのが私の感想でした。

*6:卒業設計として「やさしい死んでるおねえちゃん」30Pの連作短編を作ったそうです。おそらく、少年チャンピオンに掲載された読み切り「やさしいおねえちゃん」と何かしらの関連がある作品だと推測されます。

*7:手塚治虫は晩年に、いわゆる「まんが記号説」をインタビューなどで盛んに唱えたことは有名ですが、その概要を説明するのはめんどうなので自分で調べてください。

*8:オールタイムベスト百合マンガのうちの一本なので全人類が読むべきです。

*9:初期作品には登場人物の分泌物(ゲロ、よだれ、しっこ等)が頻出していました。それはただ作者の性癖を反映したものとは言えません。分泌物こそが肉体と肉体をつなぐ媒介として機能していました。

*10:「Champion タップ!」の後継である、秋田書店ウェブコミック配信サイト「マンガクロス」にて連載された。

*11:週刊ヤングジャンプ」系列は、集英社の中では比較的サブカル寄りな作品も載るので、よく考えると相性はいいのですが、連載がはじまった時は予想外過ぎて腰を抜かしました。昔不定期刊行されてた、ヤンジャン増刊「アオハル」はすごかったです。集英社アフタヌーンでした。

*12:完全に余談ですが、『あゎ菜ちゃん』は『宇宙怪人みずきちゃん』と対になっている作品だと思っています。あゎ菜ちゃんとみずきちゃんは普通の人のように暮らしていますが、その内ではある種の凶暴性を秘めている人物として描かれており、それぞれ爬虫類をそばに従えています。やもちーとチンポコドン。ただ、その理性を捨てた凶暴性を、自分を幸せにするために内に向けたのがあゎ菜ちゃんで、外に向けて世界を壊すことにしたのがみずきちゃんだと思います。

*13:

www.animatetimes.com

*14:2018年、『宇宙怪人みずきちゃん』の連載終了から姿を消していたたばようが復帰した年です。奇妙な偶然です。

*15:当時、この配信をみていたら友人から電話がかかってきて何時間も意見交換をした思い出があります。次月の電話料金がめちゃくちゃ高くなって破産しかけました。

panpanyaの漫画表現は発明なのか?

先日オモコロチャンネルにあがった動画をみておりまして、

 

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さすがにオモコロメンバーは漫画を楽しそうに紹介するなぁと、私は関心しきりだったわけです。

しかしながら、

ダ・ヴィンチ・恐山によるpanpanya『グヤバノ・ホリデー』の紹介には異論があったので、この記事を書くことにしました。

誤解なきよう前置きしておきますと、恐山氏によるプレゼンはpanpanya作品の魅力を伝えるという点において瑕疵はないと思います。

では、どこに異論があるのかと言えば、恐山氏の以下のようなpanpanya作品の説明についてです。

 

リアルに鯉が描かれている一方で、キャラクターはめちゃくちゃシンプルな鉛筆書きで描かれているというね。これの対比がまずかなり発明。この人以外にやっている人はいないじゃないかな。

 

この人の中では主と風景というのがあって、鳩は風景側の存在だったから、このリアルな描かれ方をしていたんだけど、握ることによって主人公側と一体化することでルールが書き換えられてめっちゃシンプル顔になる。(中略)このルール全部をこの人が発明しているってことがすごい。誰もこんなルールに従って作品描いてないのに、自分で作ったルールで勝手にやってる。

 

つまり、恐山氏の説によれば、「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」「主(観)と風景(客観)を描き方の違いによって表現するというルール」はpanpnayaによる独自の発明であるということになります。

はたして本当にそうでしょうか。

これを機会に、panpanya以外にもそういった手法やルールを駆使した漫画家たちがいることを紹介したいと思います。

 

 

水木しげるのカメラ

 

ユリイカ 2024年1月号 特集*panpanya』のインタビューにおいて、インタビュアーはpanpanyaとのある作家との関係性に切り込んでいます。

 

写真を起こして背景にするというやりかたは、水木が始めたとされています。その写真を起こす作業には、水木のアシスタントだったつげも少なからず関わっていたわけですよね。(中略)panpanyaさんのマンガのスタイルはその二人にかなり近いものに見えます。

 

ここにおいては、panpanyaが多用する「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」が水木しげるつげ春義からの系譜ではないかということが指摘されています。

ただし、panpanyaは過去作家からの影響を多少なり認めつつも、そういった漫画家を模倣したわけではなく、自身が暮らした川崎という町への愛着によって、こういった表現が要請されたのだと返答しています。

とは言え、「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」の日本漫画における最初の発明者は水木しげると言っても差し支えないでしょう。

 

 

水木しげるゲゲゲの鬼太郎 青春時代』より

 

水木しげるは、膨大な「絵についての資料」の収集家として知られており、特にカメラ雑誌からの引用によって、その背景は作り上げられたものであることが近年の研究によってわかっています。(詳しくは、「ミズキカメラ」で調べてみよう。)

panpanyaもはじめから水木のような写実的な背景にたどり着いていたわけではなく、特に初期作品を見れば創作の中で自分にふさわしい表現法を試行錯誤していたことがわかります。

それぞれの漫画家がそれぞれに表現を追求した結果、似たような形式に落ち着いたというのが正しいところでしょう。

では、なぜ水木とpanpanyaは同じような背景表現にたどり着いたのでしょうか。

その理由についても考えていきましょう。

 

panpanya「地下行脚」より
一つのページの中でめまぐるしく背景の描法を変える試み。

 

 

 

 

 

妖怪を現実にする方法

 

「カッパの三平」は、河童に似た人間の子どもが河童の世界に迷い込んだ事件をきっかけにして、河童の長老の息子が人間世界へ留学することになる物語です。

私たちが暮らす人間世界に妖怪が入り込んでくる、現実の中に虚構が紛れ込んでくる様を表現するにあたって、「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」はおおいに効果を発揮しました。

水木の故郷である田舎町のリアルな風景の中に、デフォルメされたシンプルな妖怪の姿が配置することは、妖怪という非現実を、私たちの現実と地続きのものであるとビジュアルで訴えかけます。

 

水木しげる「『ぼくら』版カッパの三平」より

 

こうして虚構を現実世界の日常に紛れ込ませることは、panpanyaも得意とするテーマであり、水木と同じような背景表現にたどり着いたのは必然だったのかもしれません。

つまり、水木とpanpanyaは表現したい世界観がそもそも似通っていたために、同じような表現に行き着いたというわけです。

さらに言えば、妖怪や妖精のようなものを扱った漫画には、同様の効果を狙ったものが多くみられるのです。

 

小田ひで次ミヨリの森』より

 

背川昇『どく・どく・もり・もり』より

 

逆柱 いみり『ネコカッパ』より
どこかにありそうで、どこにもない風景

 

 

 

 

 

 

 

つげ義春の私マンガ

 

さらには、つげ義春とpanpanyaの関係についても同様のことが言えます。

水木のアシスタントをしていたつげ義春は、「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」の直接的な継承者でありました。

つげは日常の中にぬるりと虚構を持ち込んだ怪奇幻想漫画を多く残しましたが、それ以上に身の回りの小さな事件や個人的な旅行記を扱った、私小説ならぬ私マンガのパイオニアとしても知られています。

panpanya作品にも、作者の身の回りを描こうとする私マンガ的側面があることは言うまでもありません。

 

つげ義春ねじ式」より
リアルでありながらどこか奇妙な世界

 

つげ義春リアリズムの宿」より
私小説的な旅行記漫画


「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」は、私マンガ的表現にとっても都合のよいものだったと言えます。

そもそも「私マンガ」は成立しえない形式なのです。

私小説」の前提には自然主義文学があり、作者というカメラがその身の回りを写生することによって成立しています。しかし、漫画は小説と違って作者自身のカメラでもって身の回りを写生することはできません。常にカメラは作者の外側にあり、「私」を客観的にとらえてしまします。

それゆえに「私マンガ」を無理矢理に成立させてしまう裏技が「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」なのです。

リアルな背景はこれが現実世界の話であると読者に信じ込ませ、作者自身をデフォルメされ記号化された身体として描くことは、その身体が誰のものでもない、誰にでも代入可能な存在であることをアピールします。

あるいは、「セカイ」を客観的に認識しつつ、「私」を主観的に認識している、その状態を表現しているのだと言ってもいいかもしれません。

 

浅野いにおおやすみプンプン』より
シンプルなキャラクターだからこそ、読者はそこに自分を代入できる

 

イトイ 圭『サムデイ・ネバー・カムズ』より
エッセイコミックとも相性がいい表現である

 

 

有賀『ウツパン -消えてしまいたくて、たまらない-』より

 

 

 

 

 

 

ところで、細密な背景を描くという点で水木とpanpanyaは共通していましたが、panpanyaは「街」をよく描き、水木は「自然」をよく描きました。

その違いの理由を、幼少期を神奈川県川崎市で過ごしたpanpnayaと鳥取県境港市で育った水木の生育環境に見出すこともできるでしょう。

あるいは、水木と同じように「自然」への深い愛着から、実写的で細密な自然風景を描く漫画家も存在します。

そうした漫画家たちは、狙った演出というよりも結果的に「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比」を実現することもありました。

 

矢口高雄釣りキチ三平』より

 

ちばてつや「茂助じい」より

 

 

 

主と景のあわい

 

「主(観)と風景(客観)を描き方の違いによって表現するというルール」、このルールに従っているのはpanpanyaだけだと恐山氏は言います。

 

panpanya「比較鳩学入門」より
鳩って怖いけど、近くで見てみると意外とかわいい

 

「比較鳩学入門」において、離れて観察する鳩は実写的に描きながら、手に持った鳩はシンプルで記号的に描いたことがその例とされています。

しかし、そういった表現はpanpnayaの専売特許ではありません。

おそらくは、多くの漫画家が「主(観)と風景(客観)を描き方の違いによって表現するというルール」をうっすらと順守しています。

ただ、それを読者にもはっきりとわかる形で表現していないだけだと思います。

実際に主と景が移り変わる瞬間を描き方によって表現した例をいくつか見てみましょう。

 

 

イトイ 圭『サムデイ・ネバー・カムズ』より
野良猫に餌をやっているときは写実的な猫だが、飼い猫はデフォルメされた猫である

 

押切蓮介「ひかりの森」より
森の動物たちに恐怖心を持っているときは写実的だが、恐怖心が薄れるとデフォルメされた姿に見える

 

つげ義春「夏の思い出」より
妻はデフォルメされた姿で描かれるが、知らない女は写実的である

 

吾妻ひでお「夜の魚」より
手塚的な記号的身体を継承した吾妻ひでおも写実的な女体を描いている

 

高野文子「いこいの宿」より
姉弟だけで暮らしている世界に知らない男が迷い込んだら

 

にくまん子「よよの渦」より
同居女のことをマスコットのようにしか認識していなかった男が、同居女に彼氏ができたことで女として認識していく過程

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終りにかえて

 

特に結論らしいものは何もないのですが、

panpanyaの最新作『つくもごみ』の表題作は、「リアルな背景とシンプルなキャラクターの対比という手法」と「主(観)と風景(客観)を描き方の違いによって表現するというルール」を駆使しなければ表現できなかった激エモ傑作短篇なのでした。

国民全員読みましょう。

 

 

2025年上半期のベスト漫画

2025年上半期の漫画総括会が近々予定されているので、自分用のメモです。

並びはてきとうです。追加していきます。

 

アニメーターらしい絵の力もあるが、それだけでなく変則的な小回りや効果的な見開きの使用など、漫画としての完成度も高い。あなどれない。

90年代、海外ドラマ、トライガンヤングキングアワーズ

 

トリッキーな三角関係で面白かったが、最後は百合漫画になってしまった。若干安易。

キャラが浅い。

独りじゃない一人暮らし

 

ピーキーなストーリー展開はいつもの横山旬だが、線の描き方が少し変わったか? 白と黒のコントラストがはっきりしてソリッドな質感がいい。

予言犬キモい。でも、そこがフェティッシュ。

 

かわいらしく柔らかい絵が魅力的。作品のテイストにもあっている。

少女漫画らしくもあり、ハルタとしても当たり。

 

ゾンビものでありながら信仰を描いている。究極的な状況において人間は何にすがって生きるのか。

 

この作品において、ゾンビ・アポカリプスという状況は人間らしさというものを見つめなおすための役割を持っているわけですが、それにしても服飾という切り口でどこまで行けるのか注目したい。

中年男性には趣味しかない。文明論になってる。

 

悪夢的なイメージをしっかり漫画に落とし込んでいる。もう少しキャッチ―さがあれば傑作になれそう。

月並みながら、登場人物すべてに好感が持てるのがよい。

 

厭な家族漫画かと思わせて、主人公自身が抱える闇に接近していくようなところに意外性があり。

 

ほそやゆきの先生のコマ割りを研究した新書を誰か書いて欲しい。超特殊なコマ割りすぎて理解が追い付かない。マンガ表現の極北を行く作家の一人。

市川春子との比較。「みちかとまり」との比較。

 

育児漫画の金字塔。どうして幼児の感覚を完璧に描けるのだろうか。

 

最近の仕事である「棲くう鬼」とかもそうだけど、トラウマや精神病理に苦しむ人間をすごく真摯にとらえて描こうとしているところに好感が持てる。昔はセックスの問題が前面にでていたけれど、いい意味で成熟した感じ。

 

醜いものを醜いまま愛らしく描けている稀有な才能。「み♡あみ~ご」は傑作。

 

こういうのでいい。

 

漫画表現でしか成立しない剣戟がいいですね。見開きの魔力。

 

青春漫画とは、永続的で循環的な時間が壊れてしまう瞬間を描いたものなんですよ。

もうちょっと続けるべきだった。

 

天才をどう描くかということは、凡人をどう描くかということ。

 

燃えるような初恋を描かせたら若木民喜の右に出るものはいませんね。

 

ちょっとまだ言語化できてない。

 

食事とセックスはよくつなげて語られるものですが、その効果を最も効率的に利用している漫画。過激なことは何も描いていないのに、背徳感を高めていく手腕は見事。

 

こうの史代の奥深さを知るには絶好の一冊。

 

実質ウテナ

 

役立たずの宝物

役立たずの宝物

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執着を描くのがうまい。「ミカちゃんと石」好き。

 

三浦靖冬!復活!! ウェルメイドな原作がついたことで、三浦靖冬の臭みが抜けているのをプラスととるか、マイナスととるか、それが問題だ。

 

淡島百景」の頃から思っていたけど、どうして志村貴子は群像劇にこだわるんだろう。

 

空想的なテーマを扱いながら現実的な手触りがあり。長編化した「怪獣を解剖する」もいいが、「複層住戸」がホラーミステリとして出色の出来。

 

ポストpanpanya的でありながら、そこから完全に脱した稀有な作家。現在進行形で漫画がうまくなっているので末恐ろしい。

 

すげぇ、岡田麿里

 

異形の漫画。

 

たばよう論をいつか書きたい。

 

壇蜜を一種の怪異として捉えなおすということ。

 

 

 

www.mangabox.me

 

manga.nicovideo.jp

カラスヤサトシのホラー漫画、世界が評価しなくても僕だけは評価し続ける。

 

comic-growl.com

どうなんですかね、これ。

 

bigcomics.jp

ノーコメント。

 

ourfeel.jp

 

ourfeel.jp

ヤマシタトモコの鋭さは、短編でこそ生かされているように思う。

 

manga.nicovideo.jp

「カラスのいる荒地」を読んだことない自分に嫌気がさす。

 

comic-medu.com

 

bigcomics.jp

 

comic-ogyaaa.com

 

bigcomics.jp

まだ連載には早いけど、完璧な1話に魅せられたので。

 

to-ti.in

描写と演出だけで語る漫画。しかし、まだ物語がない。

あぶらめちかた先生の大ファンなので、さらなる飛躍に期待。

 

to-ti.in

そこはかとなくよい漫画。

 

comic-days.com

カメラ漫画で、青春をやっていることに感心した。期待。

 

 

 

bigcomics.jp

「語り手を殺せぇ~~っ‼」