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雑文置き場

『アリスとテレスのまぼろし工場』は、『花咲くいろは』のやり直しなんじゃないかという話

 

『アリスとテレスのまぼろし工場』を鑑賞して、自分の中で岡田麿里の評価が爆上がりしている今日この頃です。

岡田麿里という作家に何か思いれのある人は絶対に見るべき作品だと思いますし、90年代を生きていたオタクにはできれば見てほしい作品です。

 

そして今回は、その感想ではなくて、『アリスとテレスのまぼろし工場』という作品は、実質的に『花咲くいろは』のやり直しなんじゃないかという話を書きます。

花咲くいろは』とは、2011年に放送されたオリジナルテレビアニメで、同時期に放送された『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』と共に、脚本家としての岡田麿里の名声を決定づけた作品であります。岡田麿里にとって、キャリア初期のオリジナルアニメであり、作家としての根っこの部分が見えた作品でもあると思います。

 

この話題を語るうえで、『アリスとテレスのまぼろし工場』と『花咲くいろは』のネタバレをしまくります。

それでもいいよ、興味があるよ、という方は読み進めてください。

 

まずは、『花咲くいろは』とはどんな話だったのか。

東京に住む女子高校生・松前緒花が、自由奔放な母親が夜逃げしてしまったことをきっかけに、祖母が経営する石川県の旅館・喜翆荘(きっすいそう)で働くことになり、様々な経験を通して成長していく話である。

 

以下は読み飛ばしてもいいが、より詳しいあらすじである。

東京で暮らす女子高校生・松前緒花は、ある日突然、母の皐月から借金を作った恋人と夜逃げすると告げられる。一緒に暮らせなくなった皐月から、石川県の湯乃鷺温泉街にある旅館の喜翆荘(きっすいそう)を頼るように言われた緒花。この喜翆荘は、緒花の祖母に当たる四十万スイが経営している旅館だったのだ。スイは、祖母としてではなく女将として孫の緒花に旅館で働くよう言いつける。緒花は住み込みのアルバイトの仲居見習いとして働きながら学校に通うことになるのであった。

緒花は、個性的な従業員たちをはじめとするさまざまな人々の間で経験を積み重ね、成長を遂げていくのであったが、女将のスイが突然、喜翆荘を閉めると宣言する。緒花を含む従業員たちは喜翆荘継続のため無理して客を迎えるが、その結果いつものもてなしができなくなり、従業員同士もトラブルが起きる。スイが臨時の仲居となり地元の祭りの日を乗り切った一同は、喜翆荘を閉めることを受け入れるが、いつか再興することも誓い合うのだった。喜翆荘は閉館となり、緒花は母のいる東京に戻り、従業員たちもそれぞれの道を進む。

 

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続いて、『アリスとテレスのまぼろし工場』とはどんな話だったのか。

外界から切り離され、時間の止まった町で暮らす中学生・菊入正宗が、退屈な日常を過ごしていたのだが、野生のオオカミのように育てられた少女との出会いをきっかけに、自分の恋心や世界の謎に気づかされていく話である。

 

以下は読み飛ばしてもいいが、より詳しいあらすじである。

中学生・菊入正宗は、ある日突然、町の製鉄所が爆発事故を起こすところに遭遇し、そこで働いていた父親の昭宗も町から姿を消してしまう。さらに、爆発事故を経た町は、外界から隔絶され、時の流れが止まってしまうのであった。町の住人は、いつか元に戻ることを信じて、自分たちを変えることなく暮らしていくことにする。死んだ人間のように変わることのない退屈な日々を過ごす正宗だったが、同級生の佐上睦実の導きによって、廃工場で野生のオオカミのように育てられた少女と出会うのであった。

謎のオオカミ少女は、五実と名付けられる。五実との交流を通して、正宗は時が止まった世界に疑問を持ち、睦実に対する自分の恋心にも気づかされていく。そこで明かされた真実とは、この町は爆発事故がきっかけで生まれたまぼろしの世界であり、自分たちの世界の別に、正常に時が進んでいる現実世界があるということであった。さらに、五実は現実世界の正宗と睦実の子供であり、列車に乗ってまぼろしの世界に迷い込んだことが明らかになった。正宗と睦実は協力して、五実を現実世界に送り返すことに成功する。様々な経験を通して、成長した正宗たちは、死んでいるような以前とは違い、自分たちが生きていることを実感していた。

 

maboroshi.movie

 

全然違う話じゃないか、どこが『花咲くいろは』のやり直しなんだよと思った方。

もう少し話に付き合ってほしい。

 

舞台について

まずは物語舞台の類似性について指摘しておこう。

『アリスとテレスのまぼろし工場』の舞台は見伏という製鉄が主要産業の町であり、『花咲くいろは』の舞台は石川県の湯乃鷺温泉街の旅館・喜翆荘である。

この二つの舞台はどちらも、いずれは滅びゆく、むしろすでに滅んでいることに気がついていない場所として描かれている。

見伏は山を削って製鉄業で発展した町であるが、すでに限界を迎えており、1991年のバブル崩壊以降は衰退の一途を辿る場所であることが作中で語られている。時が止まったまぼろし世界が生まれた理由も、町の衰退を見越した山の神様が、最も良かった時代を残しておきたいと願ったからだと説明される。

一方で、喜翆荘は四十万スイ今は亡き夫と作り上げた温泉旅館であり、過去の栄光は陰り、経営難に陥っている旅館として作中では描かれる。喜翆荘が最終話まで経営を続けた理由は、スイが今は亡き夫と夢見た旅館の姿を諦めきれずに追い求めた結果であった。

 

喜翆荘(きっすいそう)が好き、そこにいた誰もが同じ気持ちだった。同じ気持ちなのに、ここまですれ違ってしまった。喜翆荘、それはすでに、そう、幻影の城

――『花咲くいろは』第25話「私の好きな喜翆荘」より

喜翆荘は、まぼろし工場ってこと!?

 

まとめよう。両作品は、その舞台を支配する存在(山の神様、四十万スイ)がすでに滅びゆく運命の場所(見伏、喜翆荘)に執着して同じ時間を続けようとするが、その夢の先を主人公(正宗、緒花)が見ることによって永遠の時間が終わるという物語構造を共通して持っている。

 

 

エネルゲイア(現実態)とデュナミス(可能態)

続いて、両作品の主人公の共通した性質についても考えていこう。

ここで両作品の主人公に補助線を引くキーワードは、エネルゲイアとデュナミスだ。

『アリスとテレスのまぼろし工場』という作品は、タイトルに反してアリストテレスは全く登場しない。しかし、作中にはアリストテレスが提唱したエネルゲイアという概念がほんの少しだけ登場する。このエネルゲイアという概念の対となるのがデュナミスである。

エネルゲイア(現実態)とは、事物が持つ性質が実際に現実化された状態にあることを意味し、デュナミス(可能態)とは、事物が持つ性質がいまだ発揮されていない可能的な状態にあることを意味する。つまり、「卵」や「種子」がデュナミスであるとすれば、「鳥」や「草花」はエネルゲイアとして位置づけられるのである。

これは、永遠の14歳を生きるまぼろし世界の正宗や睦実がデュナミスであるとすれば、時と共に成長して子供を産んでいる現実世界の正宗や睦実がエネルゲイアであることを表しているのは明らかだろう。

これと同様に、『花咲くいろは』の主人公・松前緒花はデュナミスとしての性質を持ち、エネルゲイアを夢見ている。夢を持たない今どきの無気力な若者だった緒花は、最終話においてはじめて夢を抱くのだが、その夢とは四十万スイのような女性に成長して、喜翆荘を再興することである。『花咲くいろは』は以下のようなモノローグによって締めくくられる。

 

今はまだ、きっと蕾。

だけど、だからこそ、高く高い太陽を見上げる、喉を鳴らして水を飲む、あたしはこれから咲こうとしているんだ。

――『花咲くいろは』最終話「花咲くいつか」より

 

 

親子三代の物語

では、そのように共通した舞台と主人公を据えて、岡田麿里は何を描いたのだろうか。

それは、両作品が親子三代の話になっていることからわかる。子は親を見て、親は子を見て、成長していく、そして、いつかは親離れ子離れの時期が来るという、当たり前のことを描いている。その当たり前の営みが、いかに人の心を動かすものかということを描いているのだ。

『アリスとテレスのまぼろし工場』で最も感動したのは、止まった時間の中でも変化していく正宗を見て、自分の生の実感を取り戻す父親・昭宗を描いた場面だし、

花咲くいろは』で最も感動したのは、緒花が喜翆荘で古い日誌を見つけたことで、破天荒な大人だと思っていた母親・皐月が、かつては自分と同じように悩みもがいていた子供であったことを知る一連のシークエンスだ。

そして、岡田麿里の優れた作家性は、親子の美しい思い出に執着しないことだ。その先にある最も大切なものを描いている。親子はいつまでも同じ時間を過ごすことはできない。親が子供を手放すとき、未来に走り出す子供の背中をそっと押してあげる。その瞬間を、今最も美しく描ける作家が岡田麿里であると、私は思う。

 

知人が『アリスとテレスのまぼろし工場』を見た感想として、「親が子供に対して与えられる最大のプレゼントは、いつか突き放してあげること、それまでに自分の人生を費やして育ててきた子供の人生を手放してあげることだと思う」と言っていた。

その言葉に、妙に感動してこのブログを書き始めたことを、最後に付け足しておく。

 

 

列車の向かう先

『アリスとテレスのまぼろし工場』と『花咲くいろは』は、同じような景色を見せながら、その舞台を閉じる。主人公たちは列車に乗って町を去る。未来に向かって動き出す――

 

(c)花いろ旅館組合 第2期オープニングより