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雑文置き場

【11月漫画ベスト】泰三子『だんドーン』、柚原瑞香『なないろ革命』、齋藤なずな『遡る石』他、9作品

11月に読んだ漫画の中で面白かったものを紹介していきます。

 

 

 

新刊のコーナー

泰三子『だんドーン(1)』

龍馬が薩長同盟を仲介し、新撰組が御用改め、薩摩が英国に喧嘩を売った時代、幕末。その激動の歴史のド真ん中にひっそりと隠れて、しっかりと「仕事」をした男がいた。彼は「愛国者」か「裏切り者」か。『ハコヅメ』の作者が「日本警察の父」を描く、超本格幕末史コメディ!

お恥ずかしながら『ハコヅメ』をちゃんと読まずに過ごしてきて、作者の泰三子先生のこともどうせゆるいお仕事ものコメディを描く人なんだろうなぁと侮っていた。

ところが、『だんドーン』を読んでみたら全くそんなことはなく、ゆるいどころか尖りまくった作風の人であった。主人公からして「日本警察の父」というイメージから想像するような単純な正義漢ではなく、目的のためなら汚い工作もするような清濁あわせ飲んだキャラに仕上がっている。そしてなによりも、狂った敵役の描写が抜群にうまい。薩摩と対立する井伊直弼の女スパイである”村山たか”が、強烈な悪役として登場するのだ。今後も、”村山たか”のような怖い女に暴れまわってほしい。

 

 

 

まえだたかひろ『ハルスケル(1)』 

生徒の春を守る透明人間教師、勃ち上がる。

高校教師・根本春男は、退屈で寡黙な学校の嫌われ者。
しかしその心は、誰よりも生徒を想い、彼らの青春が輝くことを願う正義漢である。
そんな彼には、ある秘密の能力があったーーー。
それは彼の“漢”が屹立すると、透明人間になること。
期せずして得たその力を駆使して、生徒の春を守るために、彼は今日も勃ち上がる!

未だかつてない学園性春ロマン活劇、開幕!

勃起している間だけ透明人間になれるという特殊能力を持った教師の主人公が、学園の平和を守るために陰ながら活躍するコメディ漫画である。

根本的にどうしようもない下ネタ漫画なのだが、不思議とあまり汚く感じない。もう少し下品になりすぎると読むのが辛くなるところをギリギリで踏みとどまっている。いつまでこの調子を続けられるのか見守りたい。

 

 

 

星期一回收日 (著), 陳 巧蓉(原作)『ネコと海の彼方』

「永遠」の意味を、 君が教えてくれた――。「いいもの見せてあげる。誰にも言っちゃだめだよ」少し照れながら彼女が見せてくれたのは『海の声』という描き途中の漫画だった。今となっては誰もその結末は知りえない。なぜならーーー。

内気でクラスになじめない筱榕(シャオロン)は、前の席に座る可蔚(カーウェイ)の綺麗な髪に触れたのをきっかけに、彼女と「ともだち」になる。慣れない関係にとまどう筱榕だが、一緒に漫画を描いたり、猫語で話したりして仲を深めていく。可蔚のおかげで見違えるように明るい学校生活を送る筱榕。しかしある出来事をきっかけにそんな日々が崩壊し、筱榕に影を落とす。その出来事とは……!?

台湾発のガールミーツガール。劇作家をしている主人公が、実家で『海の声』という描きかけの漫画を発見するところから物語ははじまる。淡々と過ぎていく日常と、美しい思い出たち。過去の記憶の中にしか存在しない”彼女”に対する憧れと郷愁。最高だろ!

 

 

 

島本和彦アオイホノオ(29)』

描かれる黒歴史あだち充(本物)登場!!時は1980年代初頭――近い将来、ひとかどの漫画家になってやろうともくろむ一人の若者がいた。男の名は焔燃。初単行本が発売し、順調な漫画家生活を続けるホノオ!!少年サンデーのご褒美企画で憧れの女優とまさかの対談!?さらに漫画家・あだち充と初対面!『タッチ』執筆中のあだち充にホノオが前代未聞のやらかしを炸裂させる!?ホノオの担当編集・三上が!その場にいた全小学館社員が肝を冷やした、衝撃の事態とは!?熱血新人漫画家の七転八倒青春エレジー五体投地の29巻!

アオイホノオ』のことを今までは半ドキュメンタリー作品だと思って読んでいたが、その認識は間違っていたのかもしれない。島本和彦先生は、可愛い女の子キャラを描きたいだけだ。新ヒロインのマウント武士が魅力的すぎる。もうそっちが気になりすぎて、主人公の焔燃のことがどうでもよくなってきた。

 

 

 

齋藤 勁吾『異世界サムライ 1』 

戦国時代最強の剣豪、異世界転移。

戦国時代末期、最強の剣豪・ギンコは常に、自分より強いものとの死闘に飢えていた。切って切って切りまくり、ついにこの世に自分以上の強者がいないと絶望した矢先、異世界へ転移! 目の前には――ドラゴン!?

最近流行りの異世界に、サムライが、それも美少女のサムライが転生すれば面白いに決まっているよな、というチャラチャラした作品かと思って読み始めるとさにあらず。

主人公のギンコは、最強の剣豪を目指す求道者として完成度の高いキャラになっているので、異世界に行って無双していても鼻につくところがない。特に、ギンコのトレードマークにもなっている顔についた大きな刀傷、その傷がついた理由が明かされるエピソードが非常に秀逸だった。

 

 

 

 

旧刊のコーナー

柚原瑞香『なないろ革命 1 』

奈菜はいつも、小学校からの友達・ゆゆのお願いを断ることができない。本当はイヤなことでも言いなりになって、髪型も持ち物もおそろいにしたり…。そんな自分をなんとか変えたくて、ある行動に出たけれど──!? 共感だらけのリアル友情ストーリー!

小学生から高校卒業まで続く、壮大な百合大河ドラマ

この作品で白眉なのが、幼馴染・ゆゆの存在である。ゆゆはあの手この手を使って主人公の奈菜を振り回すのだが、その手法はいわゆる”ガスライティング”と呼ばれるものである。この用語は『ガス燈』という映画に由来するもので、他人の現実認識能力を狂わせようとする試みを指す。ゆゆは自分の手を下して攻撃してくるのではなく、主人公を孤立させて周りの人間を操作していがみ合わさせる。その過程で主人公を心理的に摩耗させるのが、彼女の狙いなのである。しかも、なんでそんなことをするのかと言えば、ひとえに主人公に対する異常な執着と愛情のためなのである。これほどねちっこくてスリリングな百合作品は初めて読んだ。傑作である。

 

 

 

ささや ななえこ『生霊―ささやななえこ恐怖世界』

良二に恋い焦がれる浅茅優子の怨霊が“生霊”となって、ライバルの真理子と明美を襲う「生霊」等、他四編を収録。少女たちの繊維な心理を描いたオカルト・サスペンスの傑作!

「恋と嫉妬に狂った女って怖い!」系ホラー漫画の傑作短編集。いかにも古びてしまいそうな題材のホラー漫画なのだが、今読んでも新鮮に怖くて面白い。もう古典といっていい作品群なのかもしれない。

 

 

 

山上 たつひこ『山上たつひこ初期傑作選 回転』

ギャグマンガの巨匠・山上たつひこが「がきデカ」以前に発表したSF作品を中心にまとめた異色アンソロジー。第3集となる本書には表題作のほか「幽霊放送」「十一階」「瘤」「第七病棟異常なし」「しょうじょうじ」「遺稿」「良寛さま」「きざまれた疑惑」「焼却炉の男」「あな恐ろしや」「うちのママは世界一」「光彩のある殺意」「明日はお嫁に」を収録。センス・オブ・ワンダーの中に乾いた笑いを秘めた傑作ばかりをセレクトしました

ホラー漫画家としての山上たつひこの凄味というものを強烈に感じた。特に、「うちのママは世界一」なんかは漫画でしか描けないホラー表現に切り込んだ傑作であった。

 

 

 

大越 孝太郎 『不思議庭園の魔物』 

20世紀が生んだ最後の鬼才・大越孝太郎が新時代に向けて放つ超絶作品集。『九龍』Vol.1に掲載され絶賛された『転生術綺譚』をはじめ、猟奇と幻想に満ちた傑作の数々を収録!!

大越孝太郎って今はどうしているだろうかと思う今日この頃。

掌編を詰め込んだ作品集だけど、これをそのまま長編化してくれと思うようなアイデアが満載。

 

 

 

 

WEB漫画のコーナー

齋藤なずな『遡る石』

誰の中にもある、なぜか心の中から消えぬ言葉。

ペットのインコと二人きりで暮らしている、孤独な高齢男性の何気ない日常を切り取った作品。

主人公の日常生活を切り取っただけで大事件が起こるわけではないのだが、いつの間にかぐいぐい引きこまれて最後はちょっと泣ける。まあ、とにかく読者に感情移入させる、齋藤なずなの描きっぷりがすさまじくうまくて感心する。

 

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白井もも吉『百合動画配信者のふたり』

いわゆる百合営業的な動画で稼いでいる配信者を描いた掌編。偽物の百合が、本物の百合に変わる瞬間……。いいですね。やっぱり白井もも吉先生は百合の勘所がわかっている。

 

 

 

冨手優夢『チョウチンアンコウ男』

チョウチンアンコウのように、女に寄生することで”本当の愛”を叶えようとする男の話。安直な一発ネタのホラー漫画かと思いきや、最後にひとひねりある感じが好ましい。

同じ作者の『くるくるくるりん』も一筋縄でいかない面白さで注目すべき新人。

 

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