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雑文置き場

1月に読んで面白かった漫画

新作か旧作かにかかわらず、その月に読んだものの中から面白かった漫画を紹介していこうと思います。

 

 

龍村景一『ムラサキのおクスリ 龍村景一短篇集』

従軍経験からトラウマを抱えている野良猫のキャラクター(明らかに、のらくろをモデルにしている)を精神病院から救い出そうとする「おクスリの時間です」

80年代ヤンキー漫画のような主人公が、近未来の狂った超知性AIの拷問に晒されながら、最愛の女性との愛を貫き通す「ツッパリヤンキー地獄録」

異世界に転生したが入管(明らかに、現在日本の人権を軽視した入管制度を元にしている)に収容されてしまった超人ヒーローの苦悩と破滅を描いた「異世界入管-転生したら人間だった件-」

生きる屍と化した少女が目撃した、暴力と幻覚と真実の愛の物語「ゾンビだって恋が屍体!」

奔放な奇想が楽しい短編集。しかし、どの短編にも日本社会をチクリと刺すような毒が含まれている。漫画的なキャラクターを通して日本社会を糾弾するような内容は、前年の ようきなやつら (webアクションコミックス) に近いものを感じる。

 

 

 

岬かいり『笑顔の世界』

ホラー漫画に今最も力を入れている漫画雑誌「ちゃお」にて定期的に発表されていた作者のホラー漫画をまとめた短編集。ちゃおホラーコミックスではなくて、裏少年サンデーコミックスから出版された理由は不明だが、少女漫画的なかわいい絵柄に後味の悪いオチのコンビネーションが面白い作家なので一般受けすると判断されたのかもしれない。表題作は『トワイライト・ゾーン』にでもありそうなSFホラーの良作。

 

 

 

いしいひさいち『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』

地方の海辺の街に住む女子高生の吉川ロカは、ポルトガルの民謡ファドの歌手になることを目指す……

自費出版ながら一部で熱狂的に迎えられた作品。いしいひさいち一流のユーモアで軽妙に読ませて最後にホロリと泣けるような作品に仕上がっている。特に、主人公・吉川ロカとその親友である柴島美乃とのつかず離れず、しかし常に相手を想いあっている関係性に美しさがある。

 

www.ishii-shoten.com

 

 

岩崎真『3年前の窓から(前編/後編)』

配送倉庫で働く女と男。女は逮捕歴があり、男は漫画家を目指していた。「私のことを描いてもいいよ。ネタになると思う」女は男に提案するが……

今までも一部では尖った才能として話題だった新人コミック大賞受賞作家の新作である。過去に色々とあったらしい女性の半生を、漫画家志望の男が聞き取っていく形式で進められる。一見すると普通に暮らしている人間が抱えている虚無感と孤独、それがふと漏れ出してきた瞬間を捉えるのがうまい。ゾッとさせられる。

 

山下かぼ『完全少女』

”なぎ”は、文化祭でアイドルのように踊ることを夢見ている女子高生だ。彼女の幼馴染である”久喜”は、イケてるグループの女子から仲間に入れてやる代わりに”なぎ”の舞台練習に付き合うよう命令されていた。それは、練習風景を撮影させて笑いものにするためのものだった。嫌々ながら”なぎ”の練習に付き合う”久喜”だったが……

スピリッツ賞入選作家の新作。思春期の檻の中で傷つけあう少女たちが、ダサくても気持ち悪くてもカッコよく生きていこうとする姿を描いている。そこで描かれていることはすれ違いの繰り返しで、切なくてやるせない気持ちになる青春漫画の良作である。

 

 

 

山下かぼ『楽園、それから』

スピリッツ賞入選作。主人公の少女は、母親から虐待を受け、いとこの兄からは性的に搾取されている。そんな地獄から行け出すため家出をした彼女だったが……

主人公少女の痛々しさが伝わってくる。現在には地獄のような苦しみしか残っていないのに、過去の美しい記憶が迫ってくるラストは素晴らしい。

 

 

 

川島のりかず『墓場から戻った少女』

瀬木真理絵は墓場で目を覚ました。しかも驚いたことに、小学生だったはずの自分がセーラー服を着た中学生の姿に成長していて、持っていた生徒手帳には別人の名前が書いてあった。なんとか記憶をたどって自宅に行ってみると、驚いた様子の両親に迎えられた。母親が言うところでは、小学四年生の時に行方不明になった自分をずっと探していたということだった。記憶のない四年間、私は何をしていたのだろうか……

自分が記憶喪失になっていた間に、どうも別人として暮らしていたらしいという謎を追いかけるニューロティック・スリラー。序盤から謎に次ぐ謎で、読者をグイグイ引き込む。終盤はどんでん返しに次ぐどんでん返しで、やりすぎ感はあるが満足感のある佳作だ。

 

 

 

石井 隆『魔楽』

東京で妻と娘と暮らし、会社では課長を務める平凡な男。彼の趣味は、休みの日に二時間ほど車を走らせた山奥へ行くこと。その山奥で偶然見つけた廃屋に、街でひっかけた女性を連れ込んで拷問のうえ殺害することだった。

映画監督としても有名な石井 隆によるトーチャー・ポルノ漫画。表向きは家庭を大切にする普通の会社員が、裏では数えきれない女性を山奥に連れ込んで拷問している殺人鬼だったというあらすじ。それだけを聞けば普通のシリアルキラーものなのだけれど、この作品が抱えた毒は凄まじい。作者自身が「この話をいつ書いたのか、僕は憶えていない。思いだせないでいる」と嘯くほどに、つまりは作者が漫画の存在を抹消したくなるほどに、この漫画は邪悪で禍々しいのだ。

 

魔楽

魔楽

Amazon

 

 

谷口菜津子『今夜すきやきじゃないけど』

広告代理店に勤める姉・たつきと、自分探し中の大学生の弟・とらお。片付けられないたつきの家にとらおが転がり込んだことから始まった血が繋がらない2人の同居生活は、毎日もやもやストレスばかり。頑張ってもなかなか上手くいかずに焦るたつきと、就活に疑問を持つとらおが自分の幸せを探していく……。

安定して面白い谷口菜津子作品。『今夜すきやきだよ』は女二人が共同生活を通して恋愛観を見つめ直す内容だったが、今回は姉弟が共同生活を通して仕事観を見つめ直す話になっている。序盤はギャグ的に描かれている汚部屋描写が、人生を見つめ直すきっかけとしてシリアスな問題に変わっていく展開が意表を突かれて面白い。

 

 

 

スマ見『散歩する女の子(1)』 

散歩好きで妄想好きな”穂ツ木”と、彼女の良き理解者である”唯野”、そんな二人がゆるく二人の時間を楽しみながら散歩するお話。

”穂ツ木”が自由に妄想しながら散歩することで、ただの平凡な風景をちょっと変な風景に変えてしまう様子が楽しい。また、その妄想を受け止めてくれる”唯野”がいてこその関係性が描かれている。散歩百合という新しいジャンルかもしれない。

一方で作者のデビュー作「地獄」は、『散歩する女の子』とある意味で裏表のような作品になっていてあわせて読むと面白い。

 

omocoro.jp

 

 

程野力丸『宇宙の卵 上』 

フィリピンの首都・マニラ。ゴミを拾い集めて生活する少年・ルイは周囲からの迫害にも耐え、極限の貧困の中でも祖父からの言い付けを守っていた。しかし――あまりにも残忍な“事象”が発生。絶望の淵に沈んだ時、とある卵が割れる瞬間を目撃する!! 秩序は崩壊し、荒廃した世界で生きる新時代SFドラマ!!

絵もストーリーも粗削りだが、差別や貧困など、この世の醜いものをすべて描き切ってやろうという作者のパワーを感じる。

読み切り「毒で探して三千里」も、表情を描かないことによって逆にキャラクターの感情を読者に想像させるアイデアが面白い。

 

shonenjumpplus.com

 

 

山本 ルンルン『涙子さまの言う通り(1)』

昭和初期。都内某所で少女の水死体が発見された。捜査担当の沢渡巡査は、ある新興宗教の教祖・犬養涙子に目をつけるが……。長い黒髪を靡かせ微笑む少女は、果たして聖女か、それとも殺人鬼か?

悪女・涙子が、その蠱惑的な魅力で人々を惑わし堕落させていく、昭和レトロなサイコホラーサスペンス。猟奇漫画の遺伝子を現代に受け継いだ最良の作家、それが山本ルンルンだ。

 

 

 

白井もも吉『偽物協会(3)』

メルヘンチック偽物コメディー、堂々完結!! 偽物として生まれてしまったものたちの哀しさを癒すような優しい物語である。三巻での終了となってしまったが、連載としてはやりきることをやりきった綺麗な終わり方だった。ライナスの毛布から離れられない子供というのは類型的なテーマだけれど、これはライナスの毛布そのものが主人公の話なのだと最後の最後でわかった。

 

 

 

原百合子『繭、纏う(6)』 

異常にフェティッシュな髪の描きこみで一世を風靡した学園姉妹制百合漫画が完結。髪にまつわる学園の風習はどこか歪で呪いのように少女たちを縛っている。ホラー漫画ようなじめっとした手触りで読ませるが、ラストはからっとしたハッピーエンドで綺麗に終わらせた。

 

 

 

住吉九『ハイパーインフレーション 5 』

帝国の奴隷狩りによって、両親を失った少年ルーク。今度の奴隷狩りでは最愛の姉がオークションに出品されてしまう!! 絶望のドン底でルークが手に入れたのは、『体からカネを生み出す能力』だった!! オークションに参加するルーク――余裕で姉を落札か!? だが、この力には“致命的な欠陥”があって……!? カネが、生命が、怒りが、暴力が、欲望が、『加速≒インフレ』し――物語はハイパーインフレーションを巻き起こす!!

全話無料になっていたのでまとめ読みした。偽札を使って奴隷を解放しようとする少年ルーク、カネのためならなんでもする怪物商人グレシャム、自分の力で世界を守りたいという欲望から行動する切れ者レジャット、基本的にはこの三人が敵味方を入れ替わりながら知略で争うコンゲームになっている。この漫画がすごいのは、その圧倒的な密度である。一話で何回もどんでん返しがあるのが当たり前で、話の展開スピードがこれほど速い漫画はあまり読んだことがない。ストーリー漫画としてはある意味で破綻しており、傑作というよりは破格と呼びたくなる漫画だ。

 

 

 

朝田 ねむい 『スリーピングデッド』

真面目で爽やかな佐田は、同僚や生徒から人気の高校教諭。ある日、放課後の見回りをしていると、そこには女子生徒に刃物で襲いかかる怪しい人影が。咄嗟に逃げようとするも間に合わず、佐田は命を落としてしまう。しかし、冷たい台の上で佐田は目を覚ましたのであった……。

殺人鬼に殺された主人公が、マッドサイエンティストの手によってゾンビに変えられてしまうところから物語ははじまる。主人公は普通の食事が受け付けなくなっており、人間の死体を喰わなければ生きていることができない。自分が生きるために、マッドサイエンティストの手を借りて犯罪歴のある人間を殺すことにするのだが……と、ここまでのあらすじをみると、ゾンビを題材にした犯罪サスペンスのような感じだが、後半からは濃密なボーイズラブストーリーに変わる。ゾンビ×ラブストーリーというのも今となっては手垢のついた展開だが、この作品はなぜだかとても新しく感じる。

 

 

 

夜光虫『クロウマン(3)』

死闘の末、蜘蛛をぶっ壊した鴉は、相棒の“カス人間”ことヤスだけでなく、「組織の壊滅」を目標に掲げる雀も仲間に加えて、にぎやか三人旅に出発する。しかし鴉の力を狙った“組織”の幹部が現れ、鴉は自分のルーツに向き合うことになる──。衝撃は完結して、物語は日常へ。きわめて常識のない改造少女の奇天烈伝奇アクション、激しく楽しく完結!

改造少女・鴉が、自分を改造した悪の組織と戦うバトルアクション。正直に言って、この最終巻になって話が面白くなりだしたので、個人的にはもっと連載が続いてほしかった(最終巻で急に面白くなりだすのは打ち切り漫画あるあるだが)。特に、鴉と雀のコンビが仮面ライダー1号と2号のような感じでバディとしての魅力が出てきたのがよかった。キャラクターの魅力は高かったので作者の次回作に期待。