村 村

雑文置き場

昨年(2022年)のすごかった漫画を振り返る

あけましておめでとうございます!

「【2022年度版】すごかった漫画」で取り上げた作品を振り返ります。

作品の掲載順は面白かった順に並べています。つまり、一番最初に載っている作品が一番面白かったというわけです。ですので、一年前と比べて掲載順が色々変わっております。

 

msknmr.hatenablog.com

 

ちなみに、「【2023年度版】すごかった漫画」も鋭意作成中です。

少々お待ちを。

 

 

山口貴由 『劇光仮面』

衛府の七忍』『シグルイ』では時代劇だったり、『覚悟のススメ』『エクゾスカル零』ではポストアポカリプスだったり、特殊な舞台背景があるからこそ山口貴由キャラは成立していたはずなのだが、本作では当たり前に特撮オタクとして現代日本を闊歩している。異常な信念と覚悟を持った人間が現代日本を何食わぬ顔で歩いている。怖い。「でも、特撮ヒーローってそういうものだよね」と言われてみれば、その通りなんだよなぁ。もしかしたら特撮の核心に迫っている作品なのかもしれない。

 

 

 

雷句誠 『金色のガッシュ!! 2 』

もうずっと面白い!すごい!!脳みそが溶ける!!

過去の有名作の続編なので、ほとんどの読者にとってお馴染みのキャラが成長した姿で再登場する。昔とは全く違う姿になっていて驚かされることはあっても、違和感を感じさせられることはないのが何気にすごい。それだけ雷句先生の中に確固たるキャラクターが生きているということなのだろう。

 

 

 

まどめクレテック『生活保護特区を出よ。』

第三巻では、「生活保護特区」独自のお祭り「日の出祭り」の様子が中心に描かれる。現代日本からみると全く異質な独自の習俗を描き切った作者の力量はすごい。世の中には本当にこんなお祭りがあるのではないかと思わせる。今一番、なにかとんでもない作品が描かれつつあるのではないだろうかという高揚感を感じる漫画作品である。

 

 

 

【完結】文野 紋 『ミューズの真髄』

三巻という少ない巻数ながら堂々完結。「美大に入ってアートで成功しようとする美術漫画」にも「人生をリセットして新しい恋に向かう新生活漫画」にもなりそうでならない、「何も成し遂げられない」をなそうとするのが本作である。非常に独特な語り口の漫画だった。

別の言い方をしてみれば、主人公が新しい生活への挑戦を通して”何を得るのか”ではなくて”何を捨てられないのか”を描いた作品と言えるかもしれない。”何を得るのか”ばかり語りたがる世の中に辟易したところがったので、個人的には胸のすくような思いがあった。

文野紋先生は、ホラー漫画の作画もはじめたようなので今後の活躍にさらなる注目したい。

 

 

 

雁 須磨子『ややこしい蜜柑たち』

「これはラブストーリーというより、もはやホラーなのではないか」と思うほどに、読んでいると背筋がゾクゾクしてくる。静かに狂っているとしか思えない主人公は、ホラー映画に登場する化け物を見ているような気さえしてくる。

新キャラの不知火明も面白い。彼はいわゆる恋愛強者というか、気になった女性を攻略していくことに喜びを感じるタイプの人間である。そんな彼が、主人公に振り回されていく姿を読んでいると、「これはラブストーリーというよりギャグなのではないか」とも思えてくる。

 

 

 

【完結】額縁あいこ『リトルホーン~異世界勇者と村娘~』

今年最も連載終了が哀しかったで賞受賞。

悪逆な勇者一行に反旗を翻し立ち向かう魔族と村娘。異世界転生チートで世界を救うような既存のなろう作品に対する、強烈な皮肉と露悪で作られた物語である。しかも、その皮肉や露悪はただそのまま導入されただけではなくて、しっかりとキャラの背景を豊かにすることに貢献しているところにうならされる。

これを打ち切ったのは人類の損失だったけど、すぐに作者の新連載がはじまったので、気持ちを切り替えてそちらを応援しよう。二度とこのような悲劇を起こさせないために。

 

 

 

なか 憲人『とくにある日々』

最初はただの日常コメディ漫画だったのだが、巻数を重ねるごとに少しずつ百合文脈が出てきたところに注目したい。これは個人的な妄想ではなくて、新キャラとして別の百合カップルも出してきたりして、明らかに作者もその辺りを意識して描いている気がする。特に、第三巻収録の35話で描かれた巨大感情がまぶしいほどで、急激に本作は連載中百合漫画のトップに躍り出たと言っていいだろう。

 

 

 

トマトスープ 『天幕のジャードゥーガル』

第一巻を読んだ時点では、歴史の中で女傑が自分の復讐を果たしていく物語なのかと思っていたが、その道からは早々に外されてしまって、最新刊では何に復讐すればいいのかもわからなくなっている。わかりやすい復讐譚ではなく、歴史の圧倒的なうねりの中で翻弄される一人の女性の物語ということなのだろう。主人公・ファーティマの物語という以上に、後宮内で渦巻く様々な女たちの権謀術数が見どころになってきており、予断を許さない作品となっている。

 

 

 

とよ田みのる『これ描いて死ね』

引き続き、まっすぐに面白い作品である。特に、漫研顧問・手島先生の過去話である「ロストワールド」がほろ苦い味もありつつ、そこはかとなくエモい。手島先生の過去話はたいがい掘りつくしてしまった感じがするので、現役世代のさらなる飛躍を見届けたい。

 

 

 

【完結】安堂ミキオ『おつれあい』

高いクオリティーのまま駆け抜けて完結したオムニバス漫画。最終巻では、特に主人公・もなかとのぼるにフォーカスした話が綴られていく。外見からはひょうひょうとしているように見える主人公が、内面に抱えている思いを最後の最後で口にするシーンではホロリとさせられた。本当の気持ちを言葉にして言うことがいかに難しいことか、そんな当たり前に気づかされる。

 

 

 

【完結】冬虫カイコ『みなそこにて』

今最も、孤独と寂しさに寄り添った漫画の描き手が、冬虫カイコ先生だと思う。三巻できっちりまとめきって連載終了を迎えた。ただ、手堅いながらも小さくまとまってしまった感じはある。次回作の連載もはじまっているようなので期待したい。

 

 

 

たか たけし『住みにごり』

連載当初は、不気味さや生理的嫌悪感に特化したホラー漫画なのかと思っていたが、最新刊になると主人公一家の陰につきまとう悪意の正体が見えてくる。いわゆる「ヒトコワ」系のホラーとして伸びてきた。最終回まで突っ走れ。

 

 

 

きづきあきら+サトウナンキ『恋愛無罪―愛を誓ったはずだよね?―』

常に一定以上の面白さは担保されているが、オムニバスなので話ごとの出来不出来が激しい。第二巻の「公平と桃子」の話は傑作だと思う。

 

 

 

井上まい『大丈夫倶楽部』

電子書籍で第5巻まで出ているのだけれど、びっくりするぐらい何も変わらない。キャラが多少増えたりはしているが、主人公が日々の細かな”大丈夫”を見つけていくだけで話は進む。ここまでブレずに変わらない作品は今どき珍しいが、今の世の中にはそういう作品こそ貴重な気がする。

 

 

 

【完結】Sal Jiang 『白と黒~Black & White~』

バリキャリ女の社内紛争百合も完結。唯一無二な作風の百合漫画だったので終わったのは悲しい。特に、まさに”犯す”という感じの激しい百合セックスシーンは独特すぎて印象に残る作品だった。ただ、最終話はこれで終わりなのかという、すっきりしない感じになってしまった。それも味だったとは言えるのだが……。

 

 

 

【完結】成瀬 乙彦『桃太郎殺し太郎』

鬼子vs.桃太郎の全面闘争決着…?最終巻。あまりに唐突で、欲求不満が溜まるような終わり方をしてしまった。ただ、バトルシーンには独特な色気があり、この作者が持っている稀有な才能を感じさせた。次回作に期待。

 

 

 

日々曜 『スカライティ』

ひとりぼっちディストピア紀行、かと思ったら、第二巻にて首切り役人の娘が同行者として加入した。キャラが増えたことで、旅の様子も豊かなものになって、どんどん面白くなっている。『少女終末旅行』以後、雨後の筍のように発生した「週末世界旅行もの」の中でも、キラリと光るものがある。

 

 

 

坂本 眞一『#DRCL midnight children』

怪奇ホラー文学の傑作『吸血鬼ドラキュラ』からの換骨奪胎が相変わらず上手い。好き勝手にアレンジを加えているように見えて、大枠は原作に従っているあたり制御が利いている。ここからは今まで以上にオリジナル展開が追加されそうなので期待する。一番大きな変更である主人公たちを大人から子供に変更したことは、後々どう生かされていくのか、作者の企みに期待する。美麗な絵だけじゃなくてストーリー面にも要注目な作品である。

 

 

 

つばな『誰何Suika

つばな先生が描いているんだから、ただの部活アイドルもので終わるはずもなく。取り返しのつかない出来事が起こってしまう最新刊。取り返しのつかないことが起こってからがつばな先生の本領なので、加速度的に面白さは増している。

 

 

 

武田綾乃, むっしゅ『花は咲く、修羅の如く』

安定した面白さを継続している。部活もののお約束である”大会編”に突入し、登場人物が増えて、群像劇として盛り上がってくる予感がある。

ただし、最新刊の第六巻には思うところもある。部活の先輩である瀬太郎がメインの話となり、引っ込み思案な性格になった原因や、良子と親しくなった経緯が描かれていたわけだが、テンプレの陰キャ描写に見えてしまって、瀬太郎が生きたキャラクターに見えなかった。他のキャラにはしっかりした内面を感じるのに、瀬太郎のバックストーリーはいかにも薄っぺらく感じてしまった。だって、瀬太郎で目隠れ長身のイケメンなのに、自分に自信がなくて美人の幼馴染や部活の後輩女性から慕われてて、それでもうじうじしてたけど周りから励まされて……こんな恵まれたキャラに感情移入することは僕には無理だった。まあ、ノットフォーミーなだけだったと思うので、次巻に期待する。

 

 

 

【完結】筒井 いつき『夜嵐にわらう』

事件の背景がすべて明らかになる最終巻。サスペンスの方面で本作を評価してしまうと、「凡庸」という評価に落ち着かざるを得ないのだが、百合漫画としてみれば妙に湿っぽい雰囲気には独特の味がある。夜嵐の圧倒的存在感を含め、文化祭で謎の神輿を登場させたり、最終局面で教室に鯨幕をかけたり、面白く奇抜な絵面を作ろうという気概を感じた作品でもあった。

 

 

 

モクモク れん『光が死んだ夏』

今いる「ヒカル」が何者なのかを探る展開が続く第四巻。事態を解決しようと暗躍する怪しい霊能力者の存在や、図書館で自分たちのルーツを調べる主人公たちなど、サスペンスホラーとしては真っ当な手順を踏んでいる。ただし、本作にエロティックホラーの可能性を見た私からすると、真っ当であるがゆえに想像を超える展開はなくなって、普通のサスペンスホラー漫画になってしまったなと思うところもある。さらなる飛躍を期待したい。

 

 

 

【完結】井上 まち『東京ふたり暮らし』

最後までゆるゆるした雰囲気を保ったまま、第二巻で完結。こうした日常ギャグ漫画を連載するときは、登場キャラを増やすか、完全な新展開を導入するか、色々な策を打ちたくなると思うのだが、本作はカップルが東京で二人暮らしすることだけに絞って脇目も振らずに完結させたのは潔く格好いい。

読み切り版を読むと、カップルが普通にセックスしてそうな雰囲気を醸し出していることにビックリした。連載版ではあえて性的な匂わせをなくしたんだろうが、この枷を外した漫画の方が正直読んでみたい。

 

 

 

tunral 『シロとくじら』

無職ニートのシロと甥っ子のくじらの、一緒に過ごす淡々とした時間が描かれる。新キャラも増え、今後の展開に期待ではなるが、第二巻を読んでも物語の進む先が見えてこない。次巻が、ただのショタフェチ漫画で終わるかどうかの瀬戸際になりそう。

 

 

 

浄土るる 『ヘブンの天秤』

今のところ、連載作品として終わらせることに注力しすぎていて、作者のいいところが削がれているように思う。話の構造が破綻してもいいから、作者には暴走してほしい。

 

 

 

とある アラ子『ブスなんて言わないで』

正直に言って、最新第三巻の展開に疑問符がついた。本作の勘所は、同じ反・ルッキズムの信念を持っているのに、「ブス」の知子と「美人」の梨花が対立しなければいけないという悲劇的な構造にあるのだと思う。つまり、いくら「美人」に反・ルッキズムを訴えられても、それは結局「ブス」の視点から見れば、「ブス」が「美人」にいいように利用されているようにしか見えないところに葛藤があるはずだ。

ところが、最新刊では知子に対して好意を向けてくる男性が現れて、それにどう対処するかという方向に話が進んでしまっており、個人的には、本作の本筋とあまり関係ないエピソードに思えた。今後の展開しだいでは、本作を見直すかもしれないし、失望がより深まるかもしれない。

 

 

 

Dormicum『少女戎機』

第二巻が出たけれど、話がほとんど進展していない。なぜ話が進まないのか考えたけれど、これは手術台漫画なんだろうなと思うようになった。もうとにかく話が進行することよりも、少女が手術台の上で、腹を掻っ捌かれて手足をもがれた描写だけが続く。作者が話を進めることよりも、そうした絵を描くことの欲望に逆らえていない。良くも悪くもイメージだけが先行しているのだ。でも、そういう漫画は嫌いじゃないです。

 

 

 

【番外】松本次郎『beautiful place』

【番外】高橋聖一 『われわれは地球人だ!』

WEB連載は続いているようだが、単行本化待ちの状況である。

『われわれは地球人だ!』は最終回を迎えたようなので第二巻が最終なのかな。

 

 

 

【11月漫画ベスト】泰三子『だんドーン』、柚原瑞香『なないろ革命』、齋藤なずな『遡る石』他、9作品

11月に読んだ漫画の中で面白かったものを紹介していきます。

 

 

 

新刊のコーナー

泰三子『だんドーン(1)』

龍馬が薩長同盟を仲介し、新撰組が御用改め、薩摩が英国に喧嘩を売った時代、幕末。その激動の歴史のド真ん中にひっそりと隠れて、しっかりと「仕事」をした男がいた。彼は「愛国者」か「裏切り者」か。『ハコヅメ』の作者が「日本警察の父」を描く、超本格幕末史コメディ!

お恥ずかしながら『ハコヅメ』をちゃんと読まずに過ごしてきて、作者の泰三子先生のこともどうせゆるいお仕事ものコメディを描く人なんだろうなぁと侮っていた。

ところが、『だんドーン』を読んでみたら全くそんなことはなく、ゆるいどころか尖りまくった作風の人であった。主人公からして「日本警察の父」というイメージから想像するような単純な正義漢ではなく、目的のためなら汚い工作もするような清濁あわせ飲んだキャラに仕上がっている。そしてなによりも、狂った敵役の描写が抜群にうまい。薩摩と対立する井伊直弼の女スパイである”村山たか”が、強烈な悪役として登場するのだ。今後も、”村山たか”のような怖い女に暴れまわってほしい。

 

 

 

まえだたかひろ『ハルスケル(1)』 

生徒の春を守る透明人間教師、勃ち上がる。

高校教師・根本春男は、退屈で寡黙な学校の嫌われ者。
しかしその心は、誰よりも生徒を想い、彼らの青春が輝くことを願う正義漢である。
そんな彼には、ある秘密の能力があったーーー。
それは彼の“漢”が屹立すると、透明人間になること。
期せずして得たその力を駆使して、生徒の春を守るために、彼は今日も勃ち上がる!

未だかつてない学園性春ロマン活劇、開幕!

勃起している間だけ透明人間になれるという特殊能力を持った教師の主人公が、学園の平和を守るために陰ながら活躍するコメディ漫画である。

根本的にどうしようもない下ネタ漫画なのだが、不思議とあまり汚く感じない。もう少し下品になりすぎると読むのが辛くなるところをギリギリで踏みとどまっている。いつまでこの調子を続けられるのか見守りたい。

 

 

 

星期一回收日 (著), 陳 巧蓉(原作)『ネコと海の彼方』

「永遠」の意味を、 君が教えてくれた――。「いいもの見せてあげる。誰にも言っちゃだめだよ」少し照れながら彼女が見せてくれたのは『海の声』という描き途中の漫画だった。今となっては誰もその結末は知りえない。なぜならーーー。

内気でクラスになじめない筱榕(シャオロン)は、前の席に座る可蔚(カーウェイ)の綺麗な髪に触れたのをきっかけに、彼女と「ともだち」になる。慣れない関係にとまどう筱榕だが、一緒に漫画を描いたり、猫語で話したりして仲を深めていく。可蔚のおかげで見違えるように明るい学校生活を送る筱榕。しかしある出来事をきっかけにそんな日々が崩壊し、筱榕に影を落とす。その出来事とは……!?

台湾発のガールミーツガール。劇作家をしている主人公が、実家で『海の声』という描きかけの漫画を発見するところから物語ははじまる。淡々と過ぎていく日常と、美しい思い出たち。過去の記憶の中にしか存在しない”彼女”に対する憧れと郷愁。最高だろ!

 

 

 

島本和彦アオイホノオ(29)』

描かれる黒歴史あだち充(本物)登場!!時は1980年代初頭――近い将来、ひとかどの漫画家になってやろうともくろむ一人の若者がいた。男の名は焔燃。初単行本が発売し、順調な漫画家生活を続けるホノオ!!少年サンデーのご褒美企画で憧れの女優とまさかの対談!?さらに漫画家・あだち充と初対面!『タッチ』執筆中のあだち充にホノオが前代未聞のやらかしを炸裂させる!?ホノオの担当編集・三上が!その場にいた全小学館社員が肝を冷やした、衝撃の事態とは!?熱血新人漫画家の七転八倒青春エレジー五体投地の29巻!

アオイホノオ』のことを今までは半ドキュメンタリー作品だと思って読んでいたが、その認識は間違っていたのかもしれない。島本和彦先生は、可愛い女の子キャラを描きたいだけだ。新ヒロインのマウント武士が魅力的すぎる。もうそっちが気になりすぎて、主人公の焔燃のことがどうでもよくなってきた。

 

 

 

齋藤 勁吾『異世界サムライ 1』 

戦国時代最強の剣豪、異世界転移。

戦国時代末期、最強の剣豪・ギンコは常に、自分より強いものとの死闘に飢えていた。切って切って切りまくり、ついにこの世に自分以上の強者がいないと絶望した矢先、異世界へ転移! 目の前には――ドラゴン!?

最近流行りの異世界に、サムライが、それも美少女のサムライが転生すれば面白いに決まっているよな、というチャラチャラした作品かと思って読み始めるとさにあらず。

主人公のギンコは、最強の剣豪を目指す求道者として完成度の高いキャラになっているので、異世界に行って無双していても鼻につくところがない。特に、ギンコのトレードマークにもなっている顔についた大きな刀傷、その傷がついた理由が明かされるエピソードが非常に秀逸だった。

 

 

 

 

旧刊のコーナー

柚原瑞香『なないろ革命 1 』

奈菜はいつも、小学校からの友達・ゆゆのお願いを断ることができない。本当はイヤなことでも言いなりになって、髪型も持ち物もおそろいにしたり…。そんな自分をなんとか変えたくて、ある行動に出たけれど──!? 共感だらけのリアル友情ストーリー!

小学生から高校卒業まで続く、壮大な百合大河ドラマ

この作品で白眉なのが、幼馴染・ゆゆの存在である。ゆゆはあの手この手を使って主人公の奈菜を振り回すのだが、その手法はいわゆる”ガスライティング”と呼ばれるものである。この用語は『ガス燈』という映画に由来するもので、他人の現実認識能力を狂わせようとする試みを指す。ゆゆは自分の手を下して攻撃してくるのではなく、主人公を孤立させて周りの人間を操作していがみ合わさせる。その過程で主人公を心理的に摩耗させるのが、彼女の狙いなのである。しかも、なんでそんなことをするのかと言えば、ひとえに主人公に対する異常な執着と愛情のためなのである。これほどねちっこくてスリリングな百合作品は初めて読んだ。傑作である。

 

 

 

ささや ななえこ『生霊―ささやななえこ恐怖世界』

良二に恋い焦がれる浅茅優子の怨霊が“生霊”となって、ライバルの真理子と明美を襲う「生霊」等、他四編を収録。少女たちの繊維な心理を描いたオカルト・サスペンスの傑作!

「恋と嫉妬に狂った女って怖い!」系ホラー漫画の傑作短編集。いかにも古びてしまいそうな題材のホラー漫画なのだが、今読んでも新鮮に怖くて面白い。もう古典といっていい作品群なのかもしれない。

 

 

 

山上 たつひこ『山上たつひこ初期傑作選 回転』

ギャグマンガの巨匠・山上たつひこが「がきデカ」以前に発表したSF作品を中心にまとめた異色アンソロジー。第3集となる本書には表題作のほか「幽霊放送」「十一階」「瘤」「第七病棟異常なし」「しょうじょうじ」「遺稿」「良寛さま」「きざまれた疑惑」「焼却炉の男」「あな恐ろしや」「うちのママは世界一」「光彩のある殺意」「明日はお嫁に」を収録。センス・オブ・ワンダーの中に乾いた笑いを秘めた傑作ばかりをセレクトしました

ホラー漫画家としての山上たつひこの凄味というものを強烈に感じた。特に、「うちのママは世界一」なんかは漫画でしか描けないホラー表現に切り込んだ傑作であった。

 

 

 

大越 孝太郎 『不思議庭園の魔物』 

20世紀が生んだ最後の鬼才・大越孝太郎が新時代に向けて放つ超絶作品集。『九龍』Vol.1に掲載され絶賛された『転生術綺譚』をはじめ、猟奇と幻想に満ちた傑作の数々を収録!!

大越孝太郎って今はどうしているだろうかと思う今日この頃。

掌編を詰め込んだ作品集だけど、これをそのまま長編化してくれと思うようなアイデアが満載。

 

 

 

 

WEB漫画のコーナー

齋藤なずな『遡る石』

誰の中にもある、なぜか心の中から消えぬ言葉。

ペットのインコと二人きりで暮らしている、孤独な高齢男性の何気ない日常を切り取った作品。

主人公の日常生活を切り取っただけで大事件が起こるわけではないのだが、いつの間にかぐいぐい引きこまれて最後はちょっと泣ける。まあ、とにかく読者に感情移入させる、齋藤なずなの描きっぷりがすさまじくうまくて感心する。

 

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白井もも吉『百合動画配信者のふたり』

いわゆる百合営業的な動画で稼いでいる配信者を描いた掌編。偽物の百合が、本物の百合に変わる瞬間……。いいですね。やっぱり白井もも吉先生は百合の勘所がわかっている。

 

 

 

冨手優夢『チョウチンアンコウ男』

チョウチンアンコウのように、女に寄生することで”本当の愛”を叶えようとする男の話。安直な一発ネタのホラー漫画かと思いきや、最後にひとひねりある感じが好ましい。

同じ作者の『くるくるくるりん』も一筋縄でいかない面白さで注目すべき新人。

 

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「実は死んでいた」系映画のすすめ

 

「実は死んでいた」系映画とは何か。

それは、主人公がある時点で死んでしまっているのに、自身が死んでいることに気づかずに生活を続けているというプロットを持った映画のことである。

様々な作品で使い古されており、今更何の新鮮味もないはずなのだが、私はどうにもこのタイプの話が好みなようだ。

というのも、今話題の『ゴジラ-1.0』を鑑賞している最中にもそのことばかり考えてしまっていたのだ。『ゴジラ-1.0』が「実は死んでいた」系映画だったわけではないのだが、むしろそうなってくれた方が面白いのになぁと思いながら鑑賞していた。

ゴジラ-1.0』はCG演出こそ素晴らしいが、人間ドラマの部分はかなり雑なところもあり、正直に言ってツッコミどころを探せばいくらでも見つかる作品である。それにもかかわらず、本作がこれだけヒットしているのは、ゴジラの魅力は言うに及ばないにしても、死んだように生きている主人公・敷島の人物造形に共感する人が多い時代だということだろう。

そこに共感できるなら「実は死んでいた」系映画をもっと観ようぜ、というのが本記事の趣旨である。しかし、そうは言っても、「実は死んでいた」系映画の紹介をするという行為自体が重大なネタバレになるので、別にかまわないという人だけが読み進むようお願いしたい。

 

 

 

ここより先、ネタバレ領域

 

 

 

チャールズ・ヴィダー監督『The Bridge』1929年

そもそも「実は死んでいた」系映画の元ネタとは何だろうか。

それは、おそらくビアス「アウルクリーク橋の出来事」だと思われる。作家カート・ヴォネガットをして、アメリカ文学の短編小説の中で最も優れたものの一つと評させた傑作であるが、1929年にチャールズ・ヴィダー監督の手で『The Bridge』というタイトルで映画化されている。パブリック・ドメインになっているのでユーチューブで手軽に見ることができてありがたい。

 

あらすじはこうだ。アラバマ州北部の橋の上で、ペイトン・ファーカーは後ろ手に縛られ、首にはロープが巻き付けられていた。彼は南軍の支持者であり、北軍の兵士たちによってまさに絞首刑にされようとしていた。足元の板が外された瞬間、彼は首にかかってたロープが切れて川に落ちた。彼は必死になって敵の銃弾をかいくぐり逃亡しようとするが……。ペイトン・ファーカーは、北軍の兵士によって処刑される瞬間に、運良く助かった自分を想像していただけだった。現実の彼は、橋の上でロープに吊られて静かに揺られていたのだった。

 

この映画で描かれていることのほとんどは、主人公がこうなってほしいと妄想していることにすぎないのだ。それゆえに、この映画は主人公にとって都合よく話が進むことになる。主人公が今にも処刑されようとする瞬間、”運よく”首のロープが切れて、追手のが放った銃の弾は主人公を避けるように外れていく。

こうしたご都合主義的な展開は通常であれば興ざめだが、「実は死んでいた」系映画である本作にとっては、酷薄なラストの衝撃を高める効果を発揮しているのだ。

 

youtu.be

 

 

 

ハーク・ハーヴェイ監督『恐怖の足跡』 1962年

「実は死んでいた」系映画の元ネタは「アウルクリーク橋の出来事」かもしれないが、現在にまで直接的な影響を与えている映画作品の決定版と言えば、ハーク・ハーヴェイ監督『恐怖の足跡』である。

 

あらすじはこうだ。カンザスの田舎町。2台の車がものすごいスピードで小道を駆け抜けていく。若い男女が乗った車が、お互いにスピード比べをしているのだ。橋に差し掛かったところで、主人公・メリーが乗った車が川へと転落してしまう。警官たち捜索も空しく、川に沈んだ車は見つからず、ただ一人、メリーだけが事故から生還したのであった。事故の陰惨な記憶を忘れるために、彼女は別の町に移り住むことにした。新天地でオルガン奏者としての職にもありついたが、彼女の周りには不気味な男の影が常に付きまとっていた。さらには謎の廃墟の遊園地を夢見るようになり、様々な怪奇現象にも悩まされることになる。ついには、町を出る決意をした彼女だったが……。

 

本作は、「実は死んでいた」系映画の古典的名作であることに留まらず、ホラー映画としても非常に見ごたえがある作品になっている。これに影響されてジョージ・A・ロメロ監督が『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』('68)を作ったとも言われるが、それもむべなるかな、今見ても抜群に恐ろしい映画である。

何よりも恐ろしいのは、主人公・メリーのを追い詰める不気味な男の存在である。彼は、メリーのゆく先々で姿を現し、彼女を怯えさせ、いつの間にか姿を消している。彼の正体はラストになって、本当はすでに死んでいるメリーを黄泉の国に引き戻そうとする死者であったことが明かされる。その正体はいささか拍子抜けかもしれないが、こちらを怖がらせるだけ怖がらせて、なかなか手を出してこない焦らしっぷりには感心するほかない。

 

 

 

エイドリアン・ライン監督『ジェイコブス・ラダー』1990年 

「実は死んでいた」系映画は、時に人間の死生観をあぶりだす。脚本家のブルース・ジョエル・ルービンは、「死の受容」というテーマに取り組み続けた作家だったが、その決定版とも言えるのがエイドリアン・ライン監督『ジェイコブス・ラダーである。

 

あらすじはこうだ。1971年、兵士としてベトナム戦争に参加していたジェイコブス・シンガーは、仲間たちと休憩していたところを謎の敵兵に奇襲される。部隊の仲間たちが次々と倒れる中で、ジャングルに飛び込んだジェイコブは何者かに腹部を刺されてしまう。次の瞬間、ジェイコブはニューヨークの地下鉄の車内で目を覚ますことになった。負傷により名誉除隊となったジェイコブは、母国に戻っても過去の悪夢にさいなまれていたのだ。子供を失ったことをきっかけに、妻とは別れて新しい恋人のジェシーと同棲するジェイコブだったが、戦争のトラウマは癒されることなく、過去の記憶だけでなく、グロテスクな幻覚まで見るようになってしまった。ある日、ベトナムでの戦友と再会したジェイコブは、部隊の生き残りが皆、自分と同じ症状に苦しんでいることを知らされる。自分たちは戦地で何か特殊な薬を摂取させられたのではないか。政府の陰謀を疑い始めるジェイコブであったが……。

 

結局のところ、主人公のジェイコブが抱く政府の陰謀論はまやかしで、この映画はベトナムの戦地で命を落とした男が自分の死を安らかに受け入れるまでの走馬灯に過ぎないのだ。この映画を通して脚本家のルービンは、自分の死を受容できない状態が地獄であり、死を受け入れる心の準備をすることこそが天国への道だと、説いているわけだ。

私が『ゴジラ-1.0』を鑑賞中に、「実は死んでいた」系映画のことを考えてしまったのも、おそらくこの映画のことが頭の中にあったからだろう。ジェイコブが見る悪夢や幻覚は、敷島が対決するゴジラと、戦争体験のトラウマを象徴する存在という一点において同一の役割を持っている。まあしかし、映画の発しているメッセージは真逆と言ってもいいところが興味深いのだが。

 

 

 

ポール・オースター監督『ルル・オン・ザ・ブリッジ』1998年 

「実は死んでいた」系映画の主人公たちは、どうして自分が死んでいることに気がつかないのだろうか。それはたいていの場合、彼(彼女)のそばには魅力的な恋人がついていて、現世に引き留めておこうとするからだ。それこそ『ジェイコブス・ラダー』に登場する恋人・ジェシーは、主人公を地獄に捉えようとする悪魔として描かれていたのだが、主人公を誘惑する恋人が必ずしも邪悪なものとは限らない。ポール・オースター監督『ルル・オン・ザ・ブリッジ』に登場する恋人は、まさに主人公にとっては天使のような女性として描かれている。

 

あらすじはこうだ。ニューヨークのクラブ、サックス奏者のイジーは発砲事件で重傷を負った。奇跡的に一命をとりとめたが、彼は肺を傷つけられてサックス奏者としての生命を失った。絶望の最中、彼は夜の路上で見知らぬ死体と出くわし、そばに落ちていた鞄から電話番号のメモと石を手に入れる。その石は不思議な青い光を放ち、電話に出たのは女優志望のシリアだった。それがきっかけで駆け出しの女優のセリアと知り合い、二人は恋に落ちる。幸せな時を過ごす彼らだったが、セリアが古典的な名画『パンドラの箱』のヒロイン“ルル”役に選ばれ、撮影場所のダブリンヘと旅立ってから、二人の運命はすれ違うことになる。イジーは石の行方を探す謎の一味に襲われて監禁され、ヴァン・ホーン博士という謎の男の尋問を受ける。そして、セリアも石を探す一味から追われることになる。悲観した彼女は、医師と共にダブリンの川に橋から身を投げたのだった。悲しみに暮れるイジーはある決断を下すのであったが……。

 

この映画は簡単に言ってしまうと、ある男が悲運な死を遂げる瞬間に、たまたま写真を見かけた美女と恋人になった妄想をするという内容に過ぎない。しかし、ただそれだけの内容にしては深い余韻を残す作品のようにも思える。それはこの作品がもう一つの解釈を残しているからかもしれない。つまり、イジーが発砲事故から生き延びてセリアと恋に落ちる世界と、イジーは発砲事故で命を落としてセリアとはなんの関係もない世界、その二つの世界はどちらかが夢でどちらかが現実というわけではないのだ。世界はどちらも現実である。何を言っているのかわからないかもしれないが、「実は死んでいた」系映画には常にこの感覚が付きまとっている。

 

 

 

デイヴィッド・リンチ監督『マルホランド・ドライブ』2001年

「実は死んでいた」系映画が魅力的なのは、死に瀕した主人公が見る夢がただの夢ではなくて一種の可能世界だからだと思う。デイヴィッド・リンチ監督『マルホランド・ドライブもそう思ってみると、ただの奇をてらった難解映画ではなくて、恐ろしいほどに残酷で切実な映画だということがわかるだろう。

 

あらすじはこうだ。夜のマルホランド・ドライブで、若者たちが暴走したうえに自動車事故が起こした。事故現場から一人生き延びた黒髪の女性は、命からがらある家にたどり着き、そこでハリウッドにやってきたばかりのベティと鉢合わせることになった。ベティから名前を聞かれた黒髪の女性は、部屋に貼られていた女優リタ・ヘイワースのポスターを見て、反射的に「リタ」と名乗った。そして、リタはベティに自分が事故で記憶喪失になっていると打ち明け……。

 

これは序盤も序盤のあらすじに過ぎない。本作はもともと連続ドラマの構想から発展した映画ということもあって、雑多なエピソードが乱立するような構成をとっているため、全編のあらすじを短くまとめることはできない。特に、前半部分は不気味なイメージと支離滅裂な出来事の連続で、まさに悪夢的と言う他ない映画となっている。その悪夢的なイメージも、ただのホラー演出というだけでなく、ハリウッドの夢破れた若者が自ら命を絶つ前に見た夢であるというオチがつくことによって、本作は悲劇的で感傷を誘う物語になっているのだ。

 

 

 

 高橋洋監督『恐怖』2010年

最後の作品として高橋洋監督『恐怖』を紹介しよう。はっきり言ってよっぽどのホラー映画マニアでなければ視聴をおすすめできるような作品ではないのだが、「実は死んでいた」系映画を鑑賞するにあたって重要な示唆に富んだ作品であることは間違いない。

 

あらすじはこうだ。幼い姉妹のミユキとカオリは、ある夜、両親が謎の脳実験を記録したフィルムを映写していることろを目撃してしまった。17年後、ミユキは自殺サイトを通して集まった4人の若者たちとともに集団自殺を試みる。しかし、女医でもある母親の間宮悦子の手によって、彼女たち自殺志願者は拉致されてしまうのだった。悦子は、病院に運ばれてきた自殺志願者の一人が、長いこと会っていなかった娘のミユキであることに気づいたが、容赦なく開頭手術を施すことにする。悦子によれば、その手術はシルビウス裂と呼ばれる脳の部分に電気を通すための金属片を埋め込むというのだった。さらに、この手術を受けた人間は、常人には見えないものが見えるようになり、霊的進化を遂げるというのだ。一方で、妹のカオリはミユキの行方を捜索していた。彼女は、ミユキの恋人本島や刑事平沢の協力を得て、失踪した姉を探し求めるのだが……。

 

はてさて、ここまで「実は死んでいた」系映画を紹介してきたわけだが、こう思っている人もいるのではないだろうか。「結局のところ、すべて夢落ちじゃねーか」と。そういう人のために、本作のDVD特典としてついている高橋洋監督インタビューを引用しておこう。

夢落ちではないんですね。(中略)胡蝶の夢というと、どっちが夢でどっちが現実かわからないってことでしょ。違うんですよ。どっちも現実って感覚なんですよ。複数の現実が共存しているのだっていう。(中略)アウシュビッツから生還して、今イスラエルで生きている人たちは、イスラエルの生活が現実だとは思えなくて、今でもアウシュビッツにいて、今こうやって平和に生活していると思っているのは必至で助かりたいと思っている人間の狂った妄想なんだっていう感覚がどうしても抜けないそうで。

 

 

 

他にも、シャマラン監督の某映画や、ニコール・キッドマン主演の某映画とか、「実は死んでいた」系映画の傑作はまだまだあるのだが、今回はこの辺で手を引きたいと思う。

 

それでは、エンディング代わりにこちらをどうぞ。またいつの日にか。


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【10月漫画ベスト】速水螺旋人『スターリングラードの凶賊 1 』、向浦宏和『CHILDEATH 1』、後藤天泉『み♡あみ~ご』他、7作品+特集1本

10月に読んだ漫画の中で面白かったものを紹介していきます。

 

 

 

新刊のコーナー

向浦宏和『CHILDEATH 1』

幼い少年少女が血と肉を飛ばし魔女を殺す、残酷ファンタジー!!「地球」が人間を見放し、人間を殺す為の生物「魔女」を産み出すようになった未来。「時の魔女」によって全ての人間が【大人になると死ぬ呪い】をかけられ、地球上で生き残っているのは子供たちだけになってしまった。その子供たちも色々な魔女から命を狙われ、日々死んでいく中、魔女への逆襲を諦めない少女がいて…?

子供だけが生き残り、魔女が支配するポストアポカリプスな世界。そこで繰り広げられるジャンプ的な能力バトル。この二つの要素をうまくミックスした作品になっている。似たような先行作品はいくらでもあるのだが、モンスターのビジュアルも新鮮でインパクトのあるものになっているし、何よりも子供たちしかいないという世界観の設計が意外にちゃんとしていて、充分にオリジナルな味わいを引き出せている。

 

 

速水螺旋人スターリングラードの凶賊 1 』

舞台は1942年。独ソ戦真っただ中のスターリングラード。美少年・美女・ならず者に食わせ者が敵味方入り乱れる中、「市民の疎開が禁じられた街」を舞台に展開する東部戦線ウエスタンアクション第1巻!

女と見紛うロシア美少年・ルスランカと、胡散臭いが切れ者らしい東洋人・トーシャ、このバディーが東部戦線を駆け抜ける。

ルスランカに「なんで命を張っているのか」と尋ねられ、「高慢ちきな美少年がジタバタしたり挫折するのが見たいんですよ。特等席でね」と答えるトーシャ、この二人の温度感が最高にいい。

 

 

堤葎子『生まれ変わるなら犬がいい(1)』

美青年を【犬】として飼う話。犬として愛されることが、こんなにも幸せだなんて…無職で女癖の悪いクズ青年。山で遭難していたところを女の子に助けられて彼女が独りで暮らす山中の屋敷に連れていかれる。女の子はシルクという犬をこの世界の何よりも愛していて…しかしその愛犬は二年前に失踪してしまっていた。以来死んだように生きてきた彼女はなぜか青年をシルクと思い込み【犬】として飼い始めるのだ…

タイトルとあらすじを読んだだけでは、官能的で変態的な漫画のように勘違いしそうですが、さもあらず。

複数の女たちのヒモとして暮らしている主人公の男が、山中のお屋敷で暮らしている純粋で静かに狂っているお嬢さんに出会って、本当の恋を知っていく話である。狂女とのラブストーリーはいくらあってもいいもの。

 

金田一蓮十郎『ぼくらはみんな*んでいる 1巻』 

10数年前、死後まれにゾンビ化してしまう未知のウイルスが突如世界に蔓延した――。死んだけど普通に動いている。ゾンビといっても、ただそれだけ。そんな世界で、人々はそのウイルスと共存しながら今日も生活をしている――。女子高生の杏野春実、ブラック企業に勤める砥山紘一、冷めきった夫婦生活を過ごす合川夫妻……そんなゾンビになった人達の“生きる”を描くオムニバスドラマ開幕!

ゾンビが一般化して、社会的に認められた世界で綴られるオムニバスドラマ。

死んでしまっても、それが深刻に受け止められず普通に続いていく世界が、重い問題を抱えた登場人物だらけでも深刻にならずギャクとしていく作者自身の作風と、パラレル構造になっていているようでもある。シリアスなことをシリアスに受け止めないことでにじみ出てくるグロテスクさが面白い。

 

 

後藤天泉『み♡あみ~ご』

パパ活」で決して交わることのなかった二人は出逢い、運命が交差する一夜が始まる。

第78回 ちばてつや賞 ヤング部門を受賞した後藤天泉が帰ってきた。

まともな仕事に就くことができず、社会不適合者として「パパ活」で暮らしている女性が、3Pの現場で出会った同い年のギャルと奇妙な一夜を過ごすお話である。最悪な出会いが、いつの間にか最高の出会いに変わっている。後藤天泉先生のマジックを存分に味わうことができる。

 

magazine.yanmaga.jp

 

 

旧刊のコーナー

岡田 あ~みん『新装版 ルナティック雑技団 1』

学園のアイドル・天湖森夜の家に下宿する事になって、ウキウキの星野夢見。けれど天湖の母は2人が親密になる事が心配なあまり、奇妙な行動を。そして夢見に想いをよせる愛咲ルイと、天湖に片想いの成金薫子は――。

『りぼん』で破天荒なギャグ漫画を載せていた「岡田 あ~みん」という伝説的作家がいるという噂は聞いていたので、どんなものかと読んでみたのだが、確かにこれはとんでもない作家だなと思い知らされた。

ハイテンションなギャク漫画でありながら、同時に王道の少女漫画でもあるという離れ業。狂ったキャラたちが入り乱れる様は、タイトルの通りのルナテックな雑技団を見せられているようだ。

 

 

 

WEB漫画のコーナー

さとかつ『エウロパの魚』

木星第二衛星「エウロパ」に住む少女イオは、地球から「光る魚」もといオニビウオを獲りに来たという学者モロコと出会う。捕獲に協力することになったイオだが、オニビウオに対しトラウマを抱えていて…

百合魚釣りSF。百合も魚も好きだから、この作品も好き、以上。

 

kuragebunch.com

 

 

特集:MMA漫画は、格闘漫画の主流になれるのか?

格闘漫画と言えば何を思い浮かべるだろうか? 

『ケンガンアシュラ』、『バトゥーキ』、『グラップラー刃牙』、『喧嘩商売』、『エアマスター』、『はじめの一歩』、『あしたのジョー』など、色々とあるわけだが、今までの格闘漫画のヒット作は「バーリトゥード(何でもあり)」か「スポーツ(ボクシングや空手、柔道)」を題材にしたものが多かった。

しかし、近年はそのどちらもない「MMA総合格闘技)」を題材にした新しい格闘漫画が流行りつつあるようだ。私がそのように感じるのは、漫画界のトップランナーであるべき少年漫画誌において、MMAを題材にした面白い作品が連続して登場しているからだ。具体的には、サンデーで連載中の波切敦先生レッドブルー』と、ジャンプで連載中の川田先生『アスミカケル 』である。

それぞれの作品がどう優れているのかという話はいったん置いておいて、このような作品たちが同時多発的に出てきたことには、以下の二つの要素があるように思う。

①日本においてMMA総合格闘技)が再びブームになりつつあるということ。

MMA漫画というジャンルが「バーリトゥード」と「スポーツ」の良いとこ取りをした、優れた形式であるということ。

以前の日本は、MMA総合格闘技)先進国だった。2000年代初頭においては日本の「PRIDE」こそ が世界最高峰の格闘技イベントだったのだが、様々な理由によってブームが去り、テレビの地上波放送がなくなり、世間の注目度は下がっていった。それが近年になって、ユーチューバーとなって人気を得る選手が出てきたり、コロナ禍でネット配信の視聴者が増えたり、色んな要素が嚙み合って、再び格闘技に対する注目度が盛り返しているのだ。そのような日本の情勢が、MMA漫画の活況にいい影響を与えているのは間違いないところだろう。

そして、MMA漫画はただの流行りというだけではなく、格闘漫画の形式としても優れているようにも感じる。つまり、昔から続く格闘技漫画の伝統、「バーリトゥード」と「スポーツ」の良いとこ取りである。MMAであれば、様々な格闘技のバックボーンを持った選手が争いあうという「バーリトゥード」のスリリングさを味わうこともできるし、決められたルールの中で競い合って大会を勝ち上がっていくという「スポーツ」の盛り上がりも演出できるのだ。「バーリトゥード」の格闘技漫画でも、トーナメント形式をとることによって似たような効果を演出できたのだが、徐々にそのやり方に限界が生じてきている(刃牙シリーズの迷走っぷりを見よ)状況において、これは福音ではないだろうか。

色々書いてきたわけだが、とにかく良質なMMA漫画の供給が長く続くことを願っている。

 

波切敦レッドブルー(1)』

根暗少年×総合格闘技MMA)、第1巻!

根暗で病弱な少年・鈴木青葉は“神童”赤沢拳心の一言が許せず、「一発殴る」ことを心に誓う・・・!!史上最も暗い(?)主人公が、最強の格闘技“MMA”の世界へ飛び込む!!『switch』の波切敦が描く、新時代のスポーツ漫画 開幕!!

学校でいじめられていた根暗主人公・鈴木青葉が、自分とは真逆なMMAのスター選手・赤沢拳心に助けられたことから物語ははじまる。このはじまり方からすれば、主人公は拳心に憧れて格闘技をはじめそうなものだが、この作品はそこが一味違う。異色の主人公像が非常に興味深い作品である。

 

 

川田『アスミカケル 1 』

総合格闘技MMA)――それは打・投・極「何でもあり」の格闘技。 祖父の介護を手伝いながら冴えない日常を過ごす高校生・二兎は、ひょんなことから格闘技ジムに足を踏み入れる。そこで女子プロ格闘家を目指す先輩・奈央の導きにより、二兎の秘めた才能が発覚し――!? 肉体と魂が激突する、総合格闘技ストーリー!! 試合開始(スタート)!!

古流武術の達人である祖父の相手をしているうちに、いつの間にか強くなっていた高校生・二兎が、ひょんなことから総合格闘技に出会う物語である。ロマンのある設定と、筋骨隆々な男たちがぶつかりあう迫力ある画面が魅力的である。

 

 

LOCKER ROOM/BAEL (制作), 朝倉 未来 (原案) 『路上伝説 朝倉未来列伝 1』

朝倉未来が降臨する、もうひとつの世界線――。

主人公・朝倉未来は、よくほかの不良たちに目をつけられ、日々喧嘩に明け暮れていた。そして、いつしか喧嘩にスリルを求めるようになっていた未来の前に、次々と立ちはだかる者たちがいた。未来の強さ、信念、初めての友達……。伝説が今、幕を開ける――。

ここ数年の日本格闘技界において、良い意味でも悪い意味でも中心人物であった朝倉未来の自伝的漫画である。

注意しておくが、漫画としては全く面白くない。しかし、実在の選手の自伝的漫画とは信じられないほど、荒唐無稽な内容がかえって面白い。

 

 

ちなみに、僕の一番好きなMMA漫画は太田モアレ先生の鉄風である。

よく考えると、レッドブルー』と主人公像が妙に似ているなあ。

 

 

 

今月のお見送り

灰田 高鴻『夢てふものは頼みそめてき Daydream Believers(4)』

運命の出会いを果たした浮世絵師・池田輝方と女学生・榊原百合子。絵画展落選に落ち込む百合子は、半ば投げやりに輝方へ求婚するが…?すれ違い、ぶつかり合い、夢と現の境目も時代すらも飛び越えて、それでも人は愛することをやめられない。描くことにも愛することにもまっすぐに突き進んだ二人の恋路の果てにあるものとは…。
時を超えて紡がれる芸術と愛を描いた、タイムレス・ラブストーリー、堂々フィナーレ!

スラップスティックなラブコメから、お話は一気に進展して浮世絵師・池田輝方と女学生・榊原百合子は結婚することになる。

普通のラブコメであれば、結婚すればめでたしめでたしと相成るわけだが、そう簡単にはいかないのが灰田先生の味であろう。むしろ、婚約してからこそ、自分の幸せを信じることができない榊原百合子の倒錯的な性格が前面に出てきてスリリングだった。万人にすすめられる作品ではないが、こっそりと偏愛したい作品である。

 

 

冬虫カイコ『みなそこにて : 3』

“人喰い人魚”の古い民話が残る田舎町で、永遠の孤独を生きる存在“千年さん”。町が未曾有の大雨に襲われるなか、ついに露わになる人魚伝説の真相。そして初めて彼女と触れあった人間・令子と、その孫娘・一花による、種族と時を超えた交流の行く末は…。同じ世界では生きられない【孤独な人魚×少女たち】のミステリアス異類譚、ここに完結――。

人魚伝説の真相が明らかになり、大団円を迎えた最終巻。期待していたホラー要素は後退し、話をまとめることに終始した感じは否めない。しかし、事態が解決しても、母娘の確執が解消されるわけではないという、ビターな味わいの結末にはどこか深い感動があった。

 

 

ムネヘロ『ムシ・コミュニケーター 3』 

ひとりぼっちの あなたに。

遠藤のために立ち去ることにした百佳だが言葉にできない思いが渦巻き――。

人と虫。人と人。
距離の取り方がほんの少しだけわかるかもしれない、やさしい物語。

作者の描きたかったものが、やっと少しわかったような気がする最終巻だった。

本作では、主人公の助けた虫がすぐに死んでしまう姿を何度も繰り返し描いている。虫の声を聴き、虫を助けるという行為は、何にも結び付かない。虫の声は、しょせん聞く価値のない声なのだ。しかし、聞く価値のない声に耳を傾けることこそが尊い行為なのだと、本作は伝えている。他人となじむことができず、友達の一人も作れなかった主人公の声こそ、聞く価値のない声だからだ。虫の声に耳を傾けることは、まさに過去の独りぼっちだった主人公自身を救うことなのだ。

 

 

【8・9月漫画ベスト】今日マチ子『かみまち 上下』、米代恭『往生際の意味を知れ!(8)』他、21作品

8・9月に読んだ漫画の中で面白かったものを紹介していきます。

 

新刊のコーナー

今日マチ子『かみまち 上下』

母親の束縛に耐えられず家出をした高校1年生のウカ。義父から虐待を受け、自分は“泥まみれ”だと苦しむナギサ。身寄りがなく売春をしながら生きる元子役モデルのアゲハ。貧しい家庭でネグレクトされホームレスになっていたヨウ。シェルターの「神の家」に集まった4人の家出少女たちは、孤独のなかで、しだいに心を通わせていく。やがて、「神の家」を管理する“おじさん”の秘密と、ウカの前に現れる“天使さん”のメッセージが明らかになる――。

今度の今日マチ子は、サイコホラーだ!

cocoon』『ぱらいそ』など、戦争に翻弄される少女たちを描いた一連の作品群で有名な今日マチ子の新作は、「神待ち」とも呼ばれる家出少女をテーマにした群像劇だ。上巻では、四人の少女たちがなぜ家出することになったのかという経緯が明らかにされ、下巻では、家出少女たちを受け入れる「神の家」で起こる事件が描かれる。

少女たちの悲痛な青春を描いた漫画なのかな、と決めてかかって読むのは止めた方がいい。大怪我をすることになるだろう。家出少女たちが巻き込まれる事件は思春期の苦悩という枠を超えて、完全にホラーの領域に踏み込んでいる。

今日マチ子の新境地。今年呼んだ中で最も恐ろしく感動的な漫画だった。

 

町田洋『砂の都』

「すぐに忘れてしまうことと、どうしても忘れられないことの違いってなんだろう」。これは不思議な砂漠の孤島に生きる人々の「記憶」と「建物」を巡る物語。漫画界大注目の俊英・町田洋(『惑星9の休日』、『夜とコンクリート』)が贈る、ロマンティック・デザート・ストーリー!

そこで住む人の「記憶」によって姿を変える「建物」でできた「砂の都」、それが本作の舞台である。

特に印象的なのは、小説家志望の少女の存在だ。彼女は、小説家の姉に憧れて自分も小説を書いている。しかし、久しぶりにあった姉の様子は何処か以前とは違って、小説を書いていたことを「いつか消えてしまうものを売り物にしてしまった」と言うのであった。

彼女のエピソートは象徴的だ。人間の気持ちは、時間が経てば、変わってしまうかもしれないし、跡形もなくなってしまうかもしれない。じゃあ、いつかは消えてしまう気持ちなんかを後生大事に持つことに何か意味はあるのだろうか。たぶん、意味はある……その疑問の答えは漫画を読んでください。

 

heisoku 『春あかね高校定時制夜間部』 

高校の定時制夜間部に通う、個性的な生徒たちの日常物語!

ごくフツーの高校生はなお、ヘンT集めが趣味なゆめ、元ホストのちたる、40歳のよしえ…春あかね高校定時制夜間部に通う生徒たちが巻き起こす、サイケでファジーな日常がクセになる!?「ご飯は私を裏切らない」の奇才・heisokuが贈る、ミョーに解像度が高い定時制夜間部青春物語!

定時制夜間部の高校、世間様の言う「普通」からはみ出してしまった人たちが通う学校の様子を、主人公・はなおの目線を通して見ていく漫画である。主人公の考え方は達観しており、「徐々に詰んでいく人生しか見たことがないんだけど」というセリフがふいに出てくるほどだ。しかし、この主人公は絶望していない。現実を直視しながら、心までは冷え切っていない。むしろ、その眼差しには温かみすら感じるのだ。

この作品の美点は、定時制夜間部の高校という舞台を魅力的に描き切ったことだろう。年齢も経歴も感性もバラバラな人たちが一つの学校に通っているというのは、それ自体が特別で美しいことなのだと気付かせてくれる。

 

大沼隆揮 (著), ツルシマ (著) 『シキュウジ-高校球児に明日はない-(1)』

全国高校野球選手権大会決勝。のちに伝説として語られる一戦で相対すのは、“神の子”天城雄大と“怪物”佐藤さとる。野球史に残るエース同士の戦いは、正気の沙汰では終わらない――!!己が人生全てを懸けて、互いの野球を”殺す”ために戦う。血よりも深い因縁が、死よりも激しい宿命が絡み合う。勝つのは努力か、才能か!!ヤングマガジンの新鋭が放つ異常激情野球大河、ここに開幕!!

作品の感想を書く際、安易に他作品を引き合いに出すことは避けるべきだが、あえて言おう、この作品は高校野球版『シグルイ』だ!

本作の第一話目は、まさに御前試合よろしく、二人の男が甲子園球場で向き合う場面からはじまる。怪物・佐藤さとるは血の泡を吹きながら折れた奥歯を吐き出し、神の子・天城雄大は血反吐を吐き目もろくに見えなくなっている。野球をするどころか、立っているのもやっとという様子の二人。彼らはなぜ立ち会うことになったのか、時は六年前にさかのぼる……といった調子である。血生臭い残酷野球絵巻のはじまりはじまり。

 

 

くわばら たもつ『ぜんぶ壊して地獄で愛して: 1』

吉沢来未は生徒会長も務める優等生だが、母の束縛などのストレスで破滅的な願望を募らせていた。ある日、教師の頼みで不登校気味なクラスメイト・直井と話をするが、上辺だけの言葉で話す吉沢を直井は蔑み、更には「ある動画」で脅してきた。その動画には、万引きをしようとする吉沢が映っていて…。逃げ場のない毎日でもがく少女たちの、バイオレンス青春ストーリー。

優等生の生徒会長が、不登校気味の不良に目を付けられ、弱みを握られて脅されていく、「優等生×不良」の百合漫画である。こういう作品でよくあるのは、不良がとにかく人間的にヤバいやつで、そのヤバいやつの追及を優等生側がどう逃れていくのかというサスペンスで引っ張る展開だろう。しかし、この作品で本当にヤバいやつなのは優等生の方なのだ。表面的には優等生の生徒会長でも、裏では過度のストレスを溜め込んでいて完全に壊れているのだ。そんな彼女がどんなことをやらかすのか、それをワクワクしながら続きを楽しみたい作品である。

 

 

梶川 岳『パパのセクシードール 1』 

父に抱かれたロボットに、娘は心を乱されて――。

裕福な家庭に生まれながらも幼くして母親を失い、
男手ひとつで育てられた少女・里緒奈。
通っている女子校には多くの友達と、ひとりの特別な相手もいるが、
多忙な父親が家を空けてばかりなことを少し寂しく思いつつ暮らしている。

そんなある日、父親が「家事をするメイド」だと言って購入したロボット
"フォルティ"と行為に及んでいる様子を目撃してしまい……!?

簡潔に言えば、少女が父親が使っているセクサロイドと百合的な関係になっていく漫画である。セクサロイドとの仲を深めていくにしたがって、学校の同級生たちから浮いていってしまう主人公の痛々しさがなんとも言えない。

どうしたらこんな漫画を思いつくんだ、というのが正直な感想である。今最も倒錯している百合漫画と言ってもいいのではないだろうか。

 

 

古部亮『スカベンジャーズアナザースカイ 1 』

怪しい研究施設“停留所(バスストップ)”を拠点に活動する武装少女“収集隊(スカベンジャー)”… 彼女たちが派遣されるのはお宝が眠る異界“BP(ブラックパレード)” そこに潜んでいたのは異形の幽霊…!? 探索! 撃破!! 収集!!! 100万ドルを集めて自由の身となるため少女たちは命懸けのゴミ拾いを遂行する!! 「第一種猟銃免許」所持のリアルガンナー漫画家『狩猟のユメカ』の古部亮が描く、少女異界ガンアクション!!

「銃で武装した美少女と、異形の化物を戦わせてぇ」、いったいどれだけの漫画家がそんな願望を作品にぶつけてきただろう。私たちは、もう何百とそんな漫画を読ませられてきた。だから、もうちょっとやそっとじゃ面白いと思えないわけだが、本作は間違いなく面白い。迫力のあるガンアクション、魅力的な登場人物、攻略しがいのある異形たち、そのすべてでレベルの高い合格点をオールウェイズ出してくれる。

 

 

うっちゃー『すぐ泣く先輩(1)』 

泣き笑う凸凹コンビ、誕生。
図書部の部員として(主に受付とかで)活動する有川は、とにもかくにもすぐ泣いちゃう女の子。そして隣に座る仏頂面の後輩・木無は、泣き顔を見ると笑けてしょうがない子なのでした。見なきゃ損損、無類のJKコメディです♪

コメディ漫画の褒め方ってよくわからない。とりあえず、一話だけでも読んでみて。

 

すぐ泣いちゃう先輩がかわいいはもちろんなのだが、後輩の木無がいいキャラしてんだ、これがまた。

 

 

駕籠真太郎『乱歩アムネシア 21番目の人格 1』

【内容紹介】
江戸川乱歩が描いた幻想と猟奇の世界に、奇想漫画家・駕籠真太郎がシュールさとダークな笑いを加えて異常かつ倒錯的なミステリーを再構築(リミックス)! 
乱歩の小ネタが至るところに散りばめられていて、乱歩ファンも納得の内容!?

■あらすじ■
巧妙な技で盗難を繰り返す怪人二十面相には一人娘・マユミがいた。しかし怪人二十面相であるその父は二十重人格障害を発症してしまい、ついには失踪。5年も行方をくらまし、痺れを切らしたマユミは、父親を捜す旅に出かけたのであったーー

公式の内容紹介以上に書くべきことは特にないのだけれど、江戸川乱歩×駕籠真太郎」ってことは「変態×変態」なわけで、もうとんでもない作品である。

 

 

月森 吉音『ナイトメア・オブ・ドッグス 上下』

悪夢(ニンゲン)からの、逃避行――。

虐待された犬は、救いを求め、死後の世界を旅する。孤独に世界を旅する犬・カニス。旅先で出会う犬たちは皆、「悪夢」に苦しんでいた。 ●●に虐げられる夢に。
カニスもまた、そんな犬の一匹――。

犬たちは、生まれ変わった世界でも「前世の悪夢」を見る。自分を痛めつけた人間たちの悪夢を。

フィクションの中で人間が酷い目にあうのは別にいいけれど、犬が酷い目にあうのは耐えられない、という意見をよくネットでは目にする。そんな人たちにとっては、悪夢のような漫画が本作だ。何しろ、酷い目にあっている犬しか登場しないのだ。読んでいると心が痛む。しかし、本当の救いというのは現実の残酷さを直視した先にしかないようだ。

 

 

岬ミミコ『占い師星子(1)』 

占い大好き大学生の天野星子が就職活動で苦戦の末に採用されたのは、
「すごく当たる」憧れの占い師・神ノ山伸一のアシスタント。
だが、張り切る星子が直面したのは、占いを商売やテクニックと割り切る神ノ山の真の姿で!?

いわゆるお仕事系の漫画である。占いの仕事に憧れている主人公が、就活で有名占い師のオフィスを訪れるところから物語ははじまる。そこから、業界の汚い部分も含めて、占いの現場の裏側を見せていくのが本作の見どころだ。しかし、安易にインチキ占い師と対決する構図に持っていくのではなく、サービス業としての占いに注目して、いかにして占い師は客を満足させているのか、という問いに答えていく切り口が新しい。

 

 

水谷フーカ『ハーモニー 1』

14歳の恋」で最も人気の高かった永井君&日野原先生の年の差コンビがカップルになるまでを描く連載第1巻。揺れる二人の気持ち(主に日野原先生)がまばゆく愛しいエピソード満載です。

水谷フーカ先生は、年の差恋愛好きすぎるだろ! いい加減にしろ!

 

 

WEB漫画のコーナー

【読み切り】初期の名前『ケツからフライガイ』

フライガイとは、マクドナルドのマスコットキャラクターである。そんなフライガイのフィギュアが、ある日突然、尻から排泄されるようになった主人公の話である。

とんちきな話ではあるが、なぜか読後は切ない気持ちになる。

manga-no.com

 

 

【読み切り】初期の名前『認識上の処女懐胎

真里亞は、物忘れが酷い子供だった。時々、自分の記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ。彼女は親のすすめで日記をつけはじめた。しかし、日記には自分では書いた覚えのない記述が紛れ込んでいた。そこには、ただ「亞里亞」と署名があった。

二重人格、あるいはドッペルゲンガーものの系譜にあるホラー漫画であるが、本作は一つの到達点だと思う。

本作が掲載された同人アンソロジーも外れがなくておススメ。メロンブックスで委託販売してる。

www.pixiv.net

manga-no.com

 

 

【読み切り】島袋光年『ヤバイ』

祝「トリコ」生誕15周年!島袋光年先生、衝撃の最新作!!お前ら、全員、ヤバイ…!?聴こえるか、魂の叫びが――。ヤバすぎる超ロック読切53P!!

きっと漫画の見開きには、どんなに荒唐無稽な光景であったとしても一瞬で読者を納得させてしまうパワーがある。そんな漫画が持つ不思議な効能を知り尽くしているのが、島袋光年先生なんだろう。

shonenjumpplus.com

 

 

【読み切り】両棲類『河童大一番・改』

河童の女の子に告白する男の子の話だ。

河童の皿に溜まった水の音で、心情変化を表現するのが新しい。

 

 

【読み切り】もましま『無題』

サクッと読める。この気の抜けたオチがちょうどよい。

 

 

【連載】原作:くるむあくむ、作画:にことがめ『N』

ぼくの視界も、心も、すべて
Nに埋め尽くされていく。

原作者は、X(旧Twitter)などで活動している怪談作家のようだ。最近のホラー界隈は、ネット怪談からのプロ進出がものすごい勢いで起こっているが、この作品もレベルの高いオカルトホラーに仕上がっている。考察要素もありそうなので、最後まで読んでみたい。

comic-walker.com

 

 

【連載】原作:いつまちゃん、作画:文野紋『感受点』

『来世ではちゃんとします』いつまちゃん&『ミューズの真髄』文野紋が贈る、至極のオムニバスホラー。 日常が狂い始める「感覚」を、どうぞあなたも。

文野紋先生のこと、ホラー漫画も描けそうだなと目をつけていたので、この連載がはじまった時は飛び上がって喜んだ。今年最注目のホラー漫画。

cycomi.com

 

 

今月のお見送り

米代恭『往生際の意味を知れ!(8)』

堂々完結!“やり直し”ラブストーリー

「今度は、私が口説く番だ」『星の三姉妹』に関わる主要人物が山形に集結。日下部由起の様々な疑惑の真相、過去が明かされるも、捨てたはずの過去から現れた刺客が迫る……!東京に戻り妊娠中の日和と同棲生活を開始する市松。いずれ生まれてくる我が子を育む愛の巣作りと、映画完成に向けた作業で充実した日々を送る。すべての嘘や問題は消え去り、すべてが丸く収まる………わけもなく!?ついに語られる日和の心の深層……!

予測不能、二転三転!! 刮目して市松の、日和の、往生際の意味を知れ!!!
“やりなおしラブストーリー”堂々完結、第8集!!!

日下部由起との決着と、主人公二人の恋愛の行く末が描かれた最終巻。

日下部由起は、近年の漫画作品の中でも最も印象的な悪役であった。しかも、悪役にも哀しき過去ありと見せかけて、最後の最後まで往生際の悪い最低の母親として退場していってくれてのは感慨深い。

また、この物語は市松の片思いではじまったるが、最後は日和の片思いで物語が閉じていくところに、構成の美しさがあった。「片思い」の話が、いつの間にか「両想い」にスライドしていく。これが米代恭先生マジックなのだろうか。

正直に言って、まだ考えがまとめられていない。色んな視点からの読み解き方がある作品だと思うのだが、ゲンロンカフェで「原一男×米代恭」をやるらしいので、それを見れば何かがわかるかもしれない。

 

 

 

阿部共実『潮が舞い子が舞い 10』

海辺の田舎町で高校2年生の男女が織りなす、あかんたれで愛しい日常。「このマンガがすごい!2015」オンナ編1位の「ちーちゃんはちょっと足りない」を始め、「空が灰色だから」「月曜日の友達」など、唯一無二の世界観を紡ぎ出す、阿部共実の最新作。

言葉も消えて、背景も消えていく。語り得ない何ごとかに手を伸ばすかのような漫画表現、ただただ圧倒される。

 

イトイ圭 『おとなのずかん改訂版(3)』

忘れ形見の子供をめぐる家族の物語、大団円

三人の共同生活も少しずつ落ち着きを見せ始める中、何かを隠し続けるクドー。布紗子の「言えよ!」に答えるため、クドーが話し始めたのは衝撃的なキキとの出会いだった。“できそこない”と言われ捨てられたキキの境遇、そして本当の母の存在を知った時、二人が取った行動とは…?

LOVEとLIKEの違いがわからないまま大人になってしまった人へーーー新たな大人のあり方を問う、“家族”の物語。

打ち切ったことを逆手に取ったような、最終話で時間が飛ぶ演出が面白い。

イトイ圭先生には、ゆっくり休憩して戻ってきてほしい。

 

 

ヤマシタトモコ『違国日記(11)』

「姉さん、わたしが姉さんの大切なあの子を大切に思ってもいい?」

槙生が朝と暮らして2年半。
他人との関係に縛られずに根無し草のように過ごしてきた槙生にとって、気づけば朝はだいぶ近しい存在になっていた。
朝の人生にどこまで立ち入っていいか悩み、朝を置いて死んだ姉に思いを馳せる。
保護者として、大人として、槙生は朝の未来に何を思うのか──。

わたしたちの“これから”はどんな海へ?
終幕の向こうへ漕ぎ出す最終巻!

タイトルにそぐわず、最後まで違国同士であり続けた朝と槙生。十一巻分の時間を重ねても、お互いに自分の気持ちを言葉にして伝えることさえできない。そういうもんですよね、人生なんて。

 

『声百合アンソロジー まだ火のつかぬ言葉のように』に寄稿しました

ストレンジ・フィクションズの〈百合アンソロジー〉第二弾、

『声百合アンソロジー まだ火のつかぬ言葉のように』に寄稿しました。

「声」をテーマにした百合小説を載せたアンソロジーです。

拙作の良し悪しはよくわからんですが、他の収録作は非常に面白かったので感想を残しておこうと思います。興味を持った方がおられましたら、お買い上げのほどよろしくお願いします。

 

booth.pm

……とにもかくにも、文尾文先生の表紙絵が素晴らしい。

 

紙月真魚「貝と耳鳴り」 

「私をずっと想って生きて」。疎遠になっていたかつての恋人・児玉鳴が自殺した。彼女の葬式に参加した私は、遠い親戚だという老女から話しかけられる。そこで語られる、児玉鳴が持っていたという奇妙な能力〈ほらふき〉とは、果たして……。

エッチな小説を読ませてもらいま賞大賞の紙月真魚さん(ワライフクロウ)の作品です。

〈ほらふき〉という奇妙な能力を持った女性から、執着される女の話です。〈ほらふき〉とは〈洞吹き〉と書いて、つまり洞穴に声を吹き込んで記録できる能力です。例えば、巻貝に声を吹き込んだら、耳に巻貝を当てたら何年たっても昔に吹き込んだ声が聞こえるということになります。

この特殊能力の使い方が抜群にうまい作品です。「この能力を使ってこんなことをするのか」という驚きと、「こんな能力があればこうなるよね」という納得感が、同時に達成されています。しかも、ちゃんとエロい百合としても成立してます。

 

 

笹幡みなみ「今日の声は聞いてないから」

「このスペースではトランスクリプション(文字起こし)が有効です」。怪異専門ウェブメディアあやじんの公開編集会議スペースでは、桐谷きょうが〈女の声の怪異〉について取材を行っていた。身の毛もよだつ恐怖が待っているとも知らず……。

『Rikka Zine vol.1』や「文芸同人ねじれ双角錐群」に参加されてる笹幡みなみさん(笹帽子)の作品です。

文字起こし機能を使ったweb音声会議の議事録という体裁をとった小説になります。〈自動文字起こし〉という発展途上の技術をいち早く小説の中に取り込むバイタリティにまず感心させられるわけですが、しっかりとその状況でないと成立しない物語を作り上げているのも流石の一言です。

形式上、会話文の応酬で話が転がっていくわけですが、そのやり取りも生き生きしていて、純粋に読んでいて楽しい小説ですね。

 

 

 孔田多紀「ポストカード」

「こんなことアリスにしか頼めないから」。公募新人賞にBL小説を応募することを考えていたサクラは、事故で腕を骨折してしまった。事故の原因をつくったアリスに対して、彼女は執筆を手伝うように迫るのだったが……。

メフィスト評論賞円堂賞の孔田多紀さんの作品です。

BL小説を書くことが趣味の友人・サクラを骨折させてしまい、口述筆記での執筆を手伝うことになった女子高生・アリスの話です。二人は協力してBL小説を書き進めるわけですが、そこで行われる何気ない会話によって、二人の関係性をくっきりと浮かび上がらせていく構成がうまいです。

また、主人公を取り巻く家族や学生仲間についてもしっかり描写されているのですが、そこもしっかり作りこまれていて群像劇のような魅力もあります。なにか奥行きの深い作品だと感じました。

 

 

茎ひとみ「壊死した時間」 

拙作ですね。多分百合。きっと百合。読んだら感想書いてくれ。

内田百閒『柳検校の小閑』を参考にして、盲者の一人称の語りをテーマに取り組んでみました。うまくいってるかどうかは……。

 

 

織戸久貴「ミメーシスの花嫁たち」

「やっぱり死人よりも死んでいるみたい」。あの太平洋戦争のさなか、心中した二人の少女。そして現代、彼女たちの名前を拝借して作成されたアニメ『こえのきず』とラジオノベル『こえのきずあと』。彼女たちの声が響きあう先には……。

第9回創元SF短編賞大森望賞の織戸久貴さんの作品です。

太平洋戦争のさなか、ラジオで愛国詩を朗読する少女たちの心中。彼女たちに触発され、現代において作成されたアニメとラジオドラマ、朗読AI。様々な少女たちの声(ヴォイス)がコラージュ的に配置され、それらが共鳴しあいことで物語が浮かび上がってくる結構が見事です。

収録作の中では、最も〈言葉のひびき〉に向き合っている作品かもしれませんね。よきかな。

 

 

千葉集「声豚」

「小出さんは、豚じゃなかったとおもいますけど」。切毛は、ある日突然、雌豚を連れて登校してきた。彼女は、その豚のことを〈小出さん〉と呼んだ。一方、人間の小出さんは豚を育てている。カルト宗教にはまっている母親から譲り受けた豚を……。

第10回創元SF短編賞宮内悠介賞の千葉集さんの作品です。

女と女の間に豚が挟まっている百合です。それなら豚百合じゃねぇか、というお怒りの声があろうとは思いますがご安心ください。ちゃんと声百合です。豚は、霊長類の次に人間に近い哺乳類であり、遺伝子編集技術を使えば、人間のあらゆる臓器や器官を補う代用品になり得るわけです。しかし、唯一、豚では人間の代わりにならないものが存在します。それが〈声〉なんですね。

豚というものを介することによって、豚では再現できない〈声〉が前面に出てくるというひねくれ方が面白い一品です。このオフビートなノリは完全に作者の味ですね。

 

まったく関係ないですが、豚百合の傑作マンガを貼っておきます。

www.comic-medu.com

 

 

谷林守「溶けて、燃える」

「知り合いがいない場所がほしいの?」。夜の繁華街で連日何かを探して張り込みを続ける先輩と後輩。雨に濡れた地面。赤いネオン。黒い傘。

第10回創元SF短編賞日下三蔵賞の谷林守さんのショートストーリーです。

雨が降り注ぐ夜の街で、雨の音がうるさくて隣にいる彼女の声しか聞こえない、そんなシチュエーションだけで高まっていきます。

一番短くて一番エモい作品です。ずるいですね。

 

 

 

 

「発刊してから一か月経ってるんですけど、何やってたんですか? どうしていまさら感想を?」

「えっと、すぐ書くつもりだったんですけど、寝てたら一か月経ってました……」

「はあ?」

「……」

――ストレンジ・フィクションズの〈百合アンソロジー〉第三弾へ続く

『アリスとテレスのまぼろし工場』は、『花咲くいろは』のやり直しなんじゃないかという話

 

『アリスとテレスのまぼろし工場』を鑑賞して、自分の中で岡田麿里の評価が爆上がりしている今日この頃です。

岡田麿里という作家に何か思いれのある人は絶対に見るべき作品だと思いますし、90年代を生きていたオタクにはできれば見てほしい作品です。

 

そして今回は、その感想ではなくて、『アリスとテレスのまぼろし工場』という作品は、実質的に『花咲くいろは』のやり直しなんじゃないかという話を書きます。

花咲くいろは』とは、2011年に放送されたオリジナルテレビアニメで、同時期に放送された『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』と共に、脚本家としての岡田麿里の名声を決定づけた作品であります。岡田麿里にとって、キャリア初期のオリジナルアニメであり、作家としての根っこの部分が見えた作品でもあると思います。

 

この話題を語るうえで、『アリスとテレスのまぼろし工場』と『花咲くいろは』のネタバレをしまくります。

それでもいいよ、興味があるよ、という方は読み進めてください。

 

まずは、『花咲くいろは』とはどんな話だったのか。

東京に住む女子高校生・松前緒花が、自由奔放な母親が夜逃げしてしまったことをきっかけに、祖母が経営する石川県の旅館・喜翆荘(きっすいそう)で働くことになり、様々な経験を通して成長していく話である。

 

以下は読み飛ばしてもいいが、より詳しいあらすじである。

東京で暮らす女子高校生・松前緒花は、ある日突然、母の皐月から借金を作った恋人と夜逃げすると告げられる。一緒に暮らせなくなった皐月から、石川県の湯乃鷺温泉街にある旅館の喜翆荘(きっすいそう)を頼るように言われた緒花。この喜翆荘は、緒花の祖母に当たる四十万スイが経営している旅館だったのだ。スイは、祖母としてではなく女将として孫の緒花に旅館で働くよう言いつける。緒花は住み込みのアルバイトの仲居見習いとして働きながら学校に通うことになるのであった。

緒花は、個性的な従業員たちをはじめとするさまざまな人々の間で経験を積み重ね、成長を遂げていくのであったが、女将のスイが突然、喜翆荘を閉めると宣言する。緒花を含む従業員たちは喜翆荘継続のため無理して客を迎えるが、その結果いつものもてなしができなくなり、従業員同士もトラブルが起きる。スイが臨時の仲居となり地元の祭りの日を乗り切った一同は、喜翆荘を閉めることを受け入れるが、いつか再興することも誓い合うのだった。喜翆荘は閉館となり、緒花は母のいる東京に戻り、従業員たちもそれぞれの道を進む。

 

www.hanasakuiroha.jp

 

続いて、『アリスとテレスのまぼろし工場』とはどんな話だったのか。

外界から切り離され、時間の止まった町で暮らす中学生・菊入正宗が、退屈な日常を過ごしていたのだが、野生のオオカミのように育てられた少女との出会いをきっかけに、自分の恋心や世界の謎に気づかされていく話である。

 

以下は読み飛ばしてもいいが、より詳しいあらすじである。

中学生・菊入正宗は、ある日突然、町の製鉄所が爆発事故を起こすところに遭遇し、そこで働いていた父親の昭宗も町から姿を消してしまう。さらに、爆発事故を経た町は、外界から隔絶され、時の流れが止まってしまうのであった。町の住人は、いつか元に戻ることを信じて、自分たちを変えることなく暮らしていくことにする。死んだ人間のように変わることのない退屈な日々を過ごす正宗だったが、同級生の佐上睦実の導きによって、廃工場で野生のオオカミのように育てられた少女と出会うのであった。

謎のオオカミ少女は、五実と名付けられる。五実との交流を通して、正宗は時が止まった世界に疑問を持ち、睦実に対する自分の恋心にも気づかされていく。そこで明かされた真実とは、この町は爆発事故がきっかけで生まれたまぼろしの世界であり、自分たちの世界の別に、正常に時が進んでいる現実世界があるということであった。さらに、五実は現実世界の正宗と睦実の子供であり、列車に乗ってまぼろしの世界に迷い込んだことが明らかになった。正宗と睦実は協力して、五実を現実世界に送り返すことに成功する。様々な経験を通して、成長した正宗たちは、死んでいるような以前とは違い、自分たちが生きていることを実感していた。

 

maboroshi.movie

 

全然違う話じゃないか、どこが『花咲くいろは』のやり直しなんだよと思った方。

もう少し話に付き合ってほしい。

 

舞台について

まずは物語舞台の類似性について指摘しておこう。

『アリスとテレスのまぼろし工場』の舞台は見伏という製鉄が主要産業の町であり、『花咲くいろは』の舞台は石川県の湯乃鷺温泉街の旅館・喜翆荘である。

この二つの舞台はどちらも、いずれは滅びゆく、むしろすでに滅んでいることに気がついていない場所として描かれている。

見伏は山を削って製鉄業で発展した町であるが、すでに限界を迎えており、1991年のバブル崩壊以降は衰退の一途を辿る場所であることが作中で語られている。時が止まったまぼろし世界が生まれた理由も、町の衰退を見越した山の神様が、最も良かった時代を残しておきたいと願ったからだと説明される。

一方で、喜翆荘は四十万スイ今は亡き夫と作り上げた温泉旅館であり、過去の栄光は陰り、経営難に陥っている旅館として作中では描かれる。喜翆荘が最終話まで経営を続けた理由は、スイが今は亡き夫と夢見た旅館の姿を諦めきれずに追い求めた結果であった。

 

喜翆荘(きっすいそう)が好き、そこにいた誰もが同じ気持ちだった。同じ気持ちなのに、ここまですれ違ってしまった。喜翆荘、それはすでに、そう、幻影の城

――『花咲くいろは』第25話「私の好きな喜翆荘」より

喜翆荘は、まぼろし工場ってこと!?

 

まとめよう。両作品は、その舞台を支配する存在(山の神様、四十万スイ)がすでに滅びゆく運命の場所(見伏、喜翆荘)に執着して同じ時間を続けようとするが、その夢の先を主人公(正宗、緒花)が見ることによって永遠の時間が終わるという物語構造を共通して持っている。

 

 

エネルゲイア(現実態)とデュナミス(可能態)

続いて、両作品の主人公の共通した性質についても考えていこう。

ここで両作品の主人公に補助線を引くキーワードは、エネルゲイアとデュナミスだ。

『アリスとテレスのまぼろし工場』という作品は、タイトルに反してアリストテレスは全く登場しない。しかし、作中にはアリストテレスが提唱したエネルゲイアという概念がほんの少しだけ登場する。このエネルゲイアという概念の対となるのがデュナミスである。

エネルゲイア(現実態)とは、事物が持つ性質が実際に現実化された状態にあることを意味し、デュナミス(可能態)とは、事物が持つ性質がいまだ発揮されていない可能的な状態にあることを意味する。つまり、「卵」や「種子」がデュナミスであるとすれば、「鳥」や「草花」はエネルゲイアとして位置づけられるのである。

これは、永遠の14歳を生きるまぼろし世界の正宗や睦実がデュナミスであるとすれば、時と共に成長して子供を産んでいる現実世界の正宗や睦実がエネルゲイアであることを表しているのは明らかだろう。

これと同様に、『花咲くいろは』の主人公・松前緒花はデュナミスとしての性質を持ち、エネルゲイアを夢見ている。夢を持たない今どきの無気力な若者だった緒花は、最終話においてはじめて夢を抱くのだが、その夢とは四十万スイのような女性に成長して、喜翆荘を再興することである。『花咲くいろは』は以下のようなモノローグによって締めくくられる。

 

今はまだ、きっと蕾。

だけど、だからこそ、高く高い太陽を見上げる、喉を鳴らして水を飲む、あたしはこれから咲こうとしているんだ。

――『花咲くいろは』最終話「花咲くいつか」より

 

 

親子三代の物語

では、そのように共通した舞台と主人公を据えて、岡田麿里は何を描いたのだろうか。

それは、両作品が親子三代の話になっていることからわかる。子は親を見て、親は子を見て、成長していく、そして、いつかは親離れ子離れの時期が来るという、当たり前のことを描いている。その当たり前の営みが、いかに人の心を動かすものかということを描いているのだ。

『アリスとテレスのまぼろし工場』で最も感動したのは、止まった時間の中でも変化していく正宗を見て、自分の生の実感を取り戻す父親・昭宗を描いた場面だし、

花咲くいろは』で最も感動したのは、緒花が喜翆荘で古い日誌を見つけたことで、破天荒な大人だと思っていた母親・皐月が、かつては自分と同じように悩みもがいていた子供であったことを知る一連のシークエンスだ。

そして、岡田麿里の優れた作家性は、親子の美しい思い出に執着しないことだ。その先にある最も大切なものを描いている。親子はいつまでも同じ時間を過ごすことはできない。親が子供を手放すとき、未来に走り出す子供の背中をそっと押してあげる。その瞬間を、今最も美しく描ける作家が岡田麿里であると、私は思う。

 

知人が『アリスとテレスのまぼろし工場』を見た感想として、「親が子供に対して与えられる最大のプレゼントは、いつか突き放してあげること、それまでに自分の人生を費やして育ててきた子供の人生を手放してあげることだと思う」と言っていた。

その言葉に、妙に感動してこのブログを書き始めたことを、最後に付け足しておく。

 

 

列車の向かう先

『アリスとテレスのまぼろし工場』と『花咲くいろは』は、同じような景色を見せながら、その舞台を閉じる。主人公たちは列車に乗って町を去る。未来に向かって動き出す――

 

(c)花いろ旅館組合 第2期オープニングより