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雑文置き場

【8・9月漫画ベスト】今日マチ子『かみまち 上下』、米代恭『往生際の意味を知れ!(8)』他、21作品

8・9月に読んだ漫画の中で面白かったものを紹介していきます。

 

新刊のコーナー

今日マチ子『かみまち 上下』

母親の束縛に耐えられず家出をした高校1年生のウカ。義父から虐待を受け、自分は“泥まみれ”だと苦しむナギサ。身寄りがなく売春をしながら生きる元子役モデルのアゲハ。貧しい家庭でネグレクトされホームレスになっていたヨウ。シェルターの「神の家」に集まった4人の家出少女たちは、孤独のなかで、しだいに心を通わせていく。やがて、「神の家」を管理する“おじさん”の秘密と、ウカの前に現れる“天使さん”のメッセージが明らかになる――。

今度の今日マチ子は、サイコホラーだ!

cocoon』『ぱらいそ』など、戦争に翻弄される少女たちを描いた一連の作品群で有名な今日マチ子の新作は、「神待ち」とも呼ばれる家出少女をテーマにした群像劇だ。上巻では、四人の少女たちがなぜ家出することになったのかという経緯が明らかにされ、下巻では、家出少女たちを受け入れる「神の家」で起こる事件が描かれる。

少女たちの悲痛な青春を描いた漫画なのかな、と決めてかかって読むのは止めた方がいい。大怪我をすることになるだろう。家出少女たちが巻き込まれる事件は思春期の苦悩という枠を超えて、完全にホラーの領域に踏み込んでいる。

今日マチ子の新境地。今年呼んだ中で最も恐ろしく感動的な漫画だった。

 

町田洋『砂の都』

「すぐに忘れてしまうことと、どうしても忘れられないことの違いってなんだろう」。これは不思議な砂漠の孤島に生きる人々の「記憶」と「建物」を巡る物語。漫画界大注目の俊英・町田洋(『惑星9の休日』、『夜とコンクリート』)が贈る、ロマンティック・デザート・ストーリー!

そこで住む人の「記憶」によって姿を変える「建物」でできた「砂の都」、それが本作の舞台である。

特に印象的なのは、小説家志望の少女の存在だ。彼女は、小説家の姉に憧れて自分も小説を書いている。しかし、久しぶりにあった姉の様子は何処か以前とは違って、小説を書いていたことを「いつか消えてしまうものを売り物にしてしまった」と言うのであった。

彼女のエピソートは象徴的だ。人間の気持ちは、時間が経てば、変わってしまうかもしれないし、跡形もなくなってしまうかもしれない。じゃあ、いつかは消えてしまう気持ちなんかを後生大事に持つことに何か意味はあるのだろうか。たぶん、意味はある……その疑問の答えは漫画を読んでください。

 

heisoku 『春あかね高校定時制夜間部』 

高校の定時制夜間部に通う、個性的な生徒たちの日常物語!

ごくフツーの高校生はなお、ヘンT集めが趣味なゆめ、元ホストのちたる、40歳のよしえ…春あかね高校定時制夜間部に通う生徒たちが巻き起こす、サイケでファジーな日常がクセになる!?「ご飯は私を裏切らない」の奇才・heisokuが贈る、ミョーに解像度が高い定時制夜間部青春物語!

定時制夜間部の高校、世間様の言う「普通」からはみ出してしまった人たちが通う学校の様子を、主人公・はなおの目線を通して見ていく漫画である。主人公の考え方は達観しており、「徐々に詰んでいく人生しか見たことがないんだけど」というセリフがふいに出てくるほどだ。しかし、この主人公は絶望していない。現実を直視しながら、心までは冷え切っていない。むしろ、その眼差しには温かみすら感じるのだ。

この作品の美点は、定時制夜間部の高校という舞台を魅力的に描き切ったことだろう。年齢も経歴も感性もバラバラな人たちが一つの学校に通っているというのは、それ自体が特別で美しいことなのだと気付かせてくれる。

 

大沼隆揮 (著), ツルシマ (著) 『シキュウジ-高校球児に明日はない-(1)』

全国高校野球選手権大会決勝。のちに伝説として語られる一戦で相対すのは、“神の子”天城雄大と“怪物”佐藤さとる。野球史に残るエース同士の戦いは、正気の沙汰では終わらない――!!己が人生全てを懸けて、互いの野球を”殺す”ために戦う。血よりも深い因縁が、死よりも激しい宿命が絡み合う。勝つのは努力か、才能か!!ヤングマガジンの新鋭が放つ異常激情野球大河、ここに開幕!!

作品の感想を書く際、安易に他作品を引き合いに出すことは避けるべきだが、あえて言おう、この作品は高校野球版『シグルイ』だ!

本作の第一話目は、まさに御前試合よろしく、二人の男が甲子園球場で向き合う場面からはじまる。怪物・佐藤さとるは血の泡を吹きながら折れた奥歯を吐き出し、神の子・天城雄大は血反吐を吐き目もろくに見えなくなっている。野球をするどころか、立っているのもやっとという様子の二人。彼らはなぜ立ち会うことになったのか、時は六年前にさかのぼる……といった調子である。血生臭い残酷野球絵巻のはじまりはじまり。

 

 

くわばら たもつ『ぜんぶ壊して地獄で愛して: 1』

吉沢来未は生徒会長も務める優等生だが、母の束縛などのストレスで破滅的な願望を募らせていた。ある日、教師の頼みで不登校気味なクラスメイト・直井と話をするが、上辺だけの言葉で話す吉沢を直井は蔑み、更には「ある動画」で脅してきた。その動画には、万引きをしようとする吉沢が映っていて…。逃げ場のない毎日でもがく少女たちの、バイオレンス青春ストーリー。

優等生の生徒会長が、不登校気味の不良に目を付けられ、弱みを握られて脅されていく、「優等生×不良」の百合漫画である。こういう作品でよくあるのは、不良がとにかく人間的にヤバいやつで、そのヤバいやつの追及を優等生側がどう逃れていくのかというサスペンスで引っ張る展開だろう。しかし、この作品で本当にヤバいやつなのは優等生の方なのだ。表面的には優等生の生徒会長でも、裏では過度のストレスを溜め込んでいて完全に壊れているのだ。そんな彼女がどんなことをやらかすのか、それをワクワクしながら続きを楽しみたい作品である。

 

 

梶川 岳『パパのセクシードール 1』 

父に抱かれたロボットに、娘は心を乱されて――。

裕福な家庭に生まれながらも幼くして母親を失い、
男手ひとつで育てられた少女・里緒奈。
通っている女子校には多くの友達と、ひとりの特別な相手もいるが、
多忙な父親が家を空けてばかりなことを少し寂しく思いつつ暮らしている。

そんなある日、父親が「家事をするメイド」だと言って購入したロボット
"フォルティ"と行為に及んでいる様子を目撃してしまい……!?

簡潔に言えば、少女が父親が使っているセクサロイドと百合的な関係になっていく漫画である。セクサロイドとの仲を深めていくにしたがって、学校の同級生たちから浮いていってしまう主人公の痛々しさがなんとも言えない。

どうしたらこんな漫画を思いつくんだ、というのが正直な感想である。今最も倒錯している百合漫画と言ってもいいのではないだろうか。

 

 

古部亮『スカベンジャーズアナザースカイ 1 』

怪しい研究施設“停留所(バスストップ)”を拠点に活動する武装少女“収集隊(スカベンジャー)”… 彼女たちが派遣されるのはお宝が眠る異界“BP(ブラックパレード)” そこに潜んでいたのは異形の幽霊…!? 探索! 撃破!! 収集!!! 100万ドルを集めて自由の身となるため少女たちは命懸けのゴミ拾いを遂行する!! 「第一種猟銃免許」所持のリアルガンナー漫画家『狩猟のユメカ』の古部亮が描く、少女異界ガンアクション!!

「銃で武装した美少女と、異形の化物を戦わせてぇ」、いったいどれだけの漫画家がそんな願望を作品にぶつけてきただろう。私たちは、もう何百とそんな漫画を読ませられてきた。だから、もうちょっとやそっとじゃ面白いと思えないわけだが、本作は間違いなく面白い。迫力のあるガンアクション、魅力的な登場人物、攻略しがいのある異形たち、そのすべてでレベルの高い合格点をオールウェイズ出してくれる。

 

 

うっちゃー『すぐ泣く先輩(1)』 

泣き笑う凸凹コンビ、誕生。
図書部の部員として(主に受付とかで)活動する有川は、とにもかくにもすぐ泣いちゃう女の子。そして隣に座る仏頂面の後輩・木無は、泣き顔を見ると笑けてしょうがない子なのでした。見なきゃ損損、無類のJKコメディです♪

コメディ漫画の褒め方ってよくわからない。とりあえず、一話だけでも読んでみて。

 

すぐ泣いちゃう先輩がかわいいはもちろんなのだが、後輩の木無がいいキャラしてんだ、これがまた。

 

 

駕籠真太郎『乱歩アムネシア 21番目の人格 1』

【内容紹介】
江戸川乱歩が描いた幻想と猟奇の世界に、奇想漫画家・駕籠真太郎がシュールさとダークな笑いを加えて異常かつ倒錯的なミステリーを再構築(リミックス)! 
乱歩の小ネタが至るところに散りばめられていて、乱歩ファンも納得の内容!?

■あらすじ■
巧妙な技で盗難を繰り返す怪人二十面相には一人娘・マユミがいた。しかし怪人二十面相であるその父は二十重人格障害を発症してしまい、ついには失踪。5年も行方をくらまし、痺れを切らしたマユミは、父親を捜す旅に出かけたのであったーー

公式の内容紹介以上に書くべきことは特にないのだけれど、江戸川乱歩×駕籠真太郎」ってことは「変態×変態」なわけで、もうとんでもない作品である。

 

 

月森 吉音『ナイトメア・オブ・ドッグス 上下』

悪夢(ニンゲン)からの、逃避行――。

虐待された犬は、救いを求め、死後の世界を旅する。孤独に世界を旅する犬・カニス。旅先で出会う犬たちは皆、「悪夢」に苦しんでいた。 ●●に虐げられる夢に。
カニスもまた、そんな犬の一匹――。

犬たちは、生まれ変わった世界でも「前世の悪夢」を見る。自分を痛めつけた人間たちの悪夢を。

フィクションの中で人間が酷い目にあうのは別にいいけれど、犬が酷い目にあうのは耐えられない、という意見をよくネットでは目にする。そんな人たちにとっては、悪夢のような漫画が本作だ。何しろ、酷い目にあっている犬しか登場しないのだ。読んでいると心が痛む。しかし、本当の救いというのは現実の残酷さを直視した先にしかないようだ。

 

 

岬ミミコ『占い師星子(1)』 

占い大好き大学生の天野星子が就職活動で苦戦の末に採用されたのは、
「すごく当たる」憧れの占い師・神ノ山伸一のアシスタント。
だが、張り切る星子が直面したのは、占いを商売やテクニックと割り切る神ノ山の真の姿で!?

いわゆるお仕事系の漫画である。占いの仕事に憧れている主人公が、就活で有名占い師のオフィスを訪れるところから物語ははじまる。そこから、業界の汚い部分も含めて、占いの現場の裏側を見せていくのが本作の見どころだ。しかし、安易にインチキ占い師と対決する構図に持っていくのではなく、サービス業としての占いに注目して、いかにして占い師は客を満足させているのか、という問いに答えていく切り口が新しい。

 

 

水谷フーカ『ハーモニー 1』

14歳の恋」で最も人気の高かった永井君&日野原先生の年の差コンビがカップルになるまでを描く連載第1巻。揺れる二人の気持ち(主に日野原先生)がまばゆく愛しいエピソード満載です。

水谷フーカ先生は、年の差恋愛好きすぎるだろ! いい加減にしろ!

 

 

WEB漫画のコーナー

【読み切り】初期の名前『ケツからフライガイ』

フライガイとは、マクドナルドのマスコットキャラクターである。そんなフライガイのフィギュアが、ある日突然、尻から排泄されるようになった主人公の話である。

とんちきな話ではあるが、なぜか読後は切ない気持ちになる。

manga-no.com

 

 

【読み切り】初期の名前『認識上の処女懐胎

真里亞は、物忘れが酷い子供だった。時々、自分の記憶がすっぽりと抜け落ちているのだ。彼女は親のすすめで日記をつけはじめた。しかし、日記には自分では書いた覚えのない記述が紛れ込んでいた。そこには、ただ「亞里亞」と署名があった。

二重人格、あるいはドッペルゲンガーものの系譜にあるホラー漫画であるが、本作は一つの到達点だと思う。

本作が掲載された同人アンソロジーも外れがなくておススメ。メロンブックスで委託販売してる。

www.pixiv.net

manga-no.com

 

 

【読み切り】島袋光年『ヤバイ』

祝「トリコ」生誕15周年!島袋光年先生、衝撃の最新作!!お前ら、全員、ヤバイ…!?聴こえるか、魂の叫びが――。ヤバすぎる超ロック読切53P!!

きっと漫画の見開きには、どんなに荒唐無稽な光景であったとしても一瞬で読者を納得させてしまうパワーがある。そんな漫画が持つ不思議な効能を知り尽くしているのが、島袋光年先生なんだろう。

shonenjumpplus.com

 

 

【読み切り】両棲類『河童大一番・改』

河童の女の子に告白する男の子の話だ。

河童の皿に溜まった水の音で、心情変化を表現するのが新しい。

 

 

【読み切り】もましま『無題』

サクッと読める。この気の抜けたオチがちょうどよい。

 

 

【連載】原作:くるむあくむ、作画:にことがめ『N』

ぼくの視界も、心も、すべて
Nに埋め尽くされていく。

原作者は、X(旧Twitter)などで活動している怪談作家のようだ。最近のホラー界隈は、ネット怪談からのプロ進出がものすごい勢いで起こっているが、この作品もレベルの高いオカルトホラーに仕上がっている。考察要素もありそうなので、最後まで読んでみたい。

comic-walker.com

 

 

【連載】原作:いつまちゃん、作画:文野紋『感受点』

『来世ではちゃんとします』いつまちゃん&『ミューズの真髄』文野紋が贈る、至極のオムニバスホラー。 日常が狂い始める「感覚」を、どうぞあなたも。

文野紋先生のこと、ホラー漫画も描けそうだなと目をつけていたので、この連載がはじまった時は飛び上がって喜んだ。今年最注目のホラー漫画。

cycomi.com

 

 

今月のお見送り

米代恭『往生際の意味を知れ!(8)』

堂々完結!“やり直し”ラブストーリー

「今度は、私が口説く番だ」『星の三姉妹』に関わる主要人物が山形に集結。日下部由起の様々な疑惑の真相、過去が明かされるも、捨てたはずの過去から現れた刺客が迫る……!東京に戻り妊娠中の日和と同棲生活を開始する市松。いずれ生まれてくる我が子を育む愛の巣作りと、映画完成に向けた作業で充実した日々を送る。すべての嘘や問題は消え去り、すべてが丸く収まる………わけもなく!?ついに語られる日和の心の深層……!

予測不能、二転三転!! 刮目して市松の、日和の、往生際の意味を知れ!!!
“やりなおしラブストーリー”堂々完結、第8集!!!

日下部由起との決着と、主人公二人の恋愛の行く末が描かれた最終巻。

日下部由起は、近年の漫画作品の中でも最も印象的な悪役であった。しかも、悪役にも哀しき過去ありと見せかけて、最後の最後まで往生際の悪い最低の母親として退場していってくれてのは感慨深い。

また、この物語は市松の片思いではじまったるが、最後は日和の片思いで物語が閉じていくところに、構成の美しさがあった。「片思い」の話が、いつの間にか「両想い」にスライドしていく。これが米代恭先生マジックなのだろうか。

正直に言って、まだ考えがまとめられていない。色んな視点からの読み解き方がある作品だと思うのだが、ゲンロンカフェで「原一男×米代恭」をやるらしいので、それを見れば何かがわかるかもしれない。

 

 

 

阿部共実『潮が舞い子が舞い 10』

海辺の田舎町で高校2年生の男女が織りなす、あかんたれで愛しい日常。「このマンガがすごい!2015」オンナ編1位の「ちーちゃんはちょっと足りない」を始め、「空が灰色だから」「月曜日の友達」など、唯一無二の世界観を紡ぎ出す、阿部共実の最新作。

言葉も消えて、背景も消えていく。語り得ない何ごとかに手を伸ばすかのような漫画表現、ただただ圧倒される。

 

イトイ圭 『おとなのずかん改訂版(3)』

忘れ形見の子供をめぐる家族の物語、大団円

三人の共同生活も少しずつ落ち着きを見せ始める中、何かを隠し続けるクドー。布紗子の「言えよ!」に答えるため、クドーが話し始めたのは衝撃的なキキとの出会いだった。“できそこない”と言われ捨てられたキキの境遇、そして本当の母の存在を知った時、二人が取った行動とは…?

LOVEとLIKEの違いがわからないまま大人になってしまった人へーーー新たな大人のあり方を問う、“家族”の物語。

打ち切ったことを逆手に取ったような、最終話で時間が飛ぶ演出が面白い。

イトイ圭先生には、ゆっくり休憩して戻ってきてほしい。

 

 

ヤマシタトモコ『違国日記(11)』

「姉さん、わたしが姉さんの大切なあの子を大切に思ってもいい?」

槙生が朝と暮らして2年半。
他人との関係に縛られずに根無し草のように過ごしてきた槙生にとって、気づけば朝はだいぶ近しい存在になっていた。
朝の人生にどこまで立ち入っていいか悩み、朝を置いて死んだ姉に思いを馳せる。
保護者として、大人として、槙生は朝の未来に何を思うのか──。

わたしたちの“これから”はどんな海へ?
終幕の向こうへ漕ぎ出す最終巻!

タイトルにそぐわず、最後まで違国同士であり続けた朝と槙生。十一巻分の時間を重ねても、お互いに自分の気持ちを言葉にして伝えることさえできない。そういうもんですよね、人生なんて。