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雑文置き場

群盲八尺様を評す――鬼遍かっつぇ(サークル名:Mauve)『おはちさんのなつやすみ』について

 

八尺様は、2008年、インターネット掲示板2ちゃんねる」のスレッド「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」にて投稿された怪談に登場する怪異である。その姿は、背丈が八尺(約242cm)ほどもある、白いワンピースと帽子を身に着けた女性であるとされる。「ぽぽぽ」という独特な声を発し、魅入られた目撃者は数日のうちに取り殺されてしまうと言い伝えられている。

 

上記の説明は、盲人が象を撫でるようなもので、八尺様の全体像を捉えたものとは言えないだろう。八尺様のイメージは、日本のあらゆるメディアの中に姿かたちを変えながら溶け込んでいる。長身で頭に何かをかぶっているという共通点こそあれ、見る者によって姿かたちを変えると言い伝える、原作の怪異譚そのままに、その在り様は変幻自在である。

 

今回は、2024年09月21日、「DLsiteがるまに」*1から発売されている、鬼遍かっつぇ(サークル名:Mauve)の『おはちさんのなつやすみ』について語ることで、私も象を撫でる盲人の一列に加わりたく思う。

 

『おはちさんのなつやすみ』は、まったく新しい解釈で八尺様を描いた作品である。しかし、何がそんなに画期的だったのかを理解するためには、八尺様受容の歴史を知る必要がある。

前述の通り、八尺様の発祥は、2008年の「2ちゃんねる」の書き込みにあるが、2010年にはすでに八尺様を美少女化したイラストがネット上にあげられるようになった。*2他のネット出身の怪異と比べても、原作からして明確なビジュアルイメージが定められていたためにイラスト化しやすかったのだろう。イラスト化されれば、漫画化されるのも時間の問題であった。

特に、アダルト分野で八尺様のイメージは重宝された。何と言っても、2014年に発表された叙火の「八尺様」が決定的な作品となった。本作は、のちに『八尺八話快樂巡り~異形怪奇譚』の一話として単行本にまとめられ、OVAアニメが作られるまでのヒット作になった。しかも、ただヒットしたというだけでなく、後発作品に対して支配的と言ってもいい影響を残すことになる。

叙火が描いた八尺様は、おおよそ二つの性癖を満たすものとして設計されていた。つまり、「巨女」と「おねショタ」である。原作の物語から描かれている八尺様の性質、「異常な高身長であること」と「一度目を付けた少年に執着すること」をキャラクターが持つ性的な魅力であると捉えなおしたのだ。これにより、男性向け作品における八尺様のイメージは、ショタに執着する高身長のエロいお姉さんに固定されてしまった。それから何年間も、このイメージに大きな変化は見られなかった。偉大なるマンネリ状態に陥っていたわけだ。しかし、女性向け作品の文脈の中で、八尺様は再発見されることになる。「八尺様♂」という形で。

 

「八尺様♂」とは、その名から想像される通り、八尺様を男性化したキャラクターであり、2020年頃から主に女性向けのアダルト作品に登場するようになった。ただし、そのコンセプトだけ見れば、単純に既存の八尺様の性別を反転したものに過ぎなかった。男が巨女に魅力を感じるのと同じように、女も高身長の男が好きだということでしかなかった。

 

ところが、『おはちさんのなつやすみ』は違う。それはこんな話だ。

夏休みの終わり、田舎の祖父母の家に帰省した少女・ちづる。しかし、閉鎖的な田舎の村では不穏な事態が起こっていた。村の地蔵が壊れたり、奇妙な笑い声が聞こえたり、不思議な人影が見えたり、そしてなによりも、ちづるにとって幼少期の憧れのお兄ちゃんだった鷹田滉生が行方不明になっていたのだった。村のあちこちを巡って、お兄ちゃんの痕跡を探していたちづるであったが、突然、異常な高身長の男性の怪異「おはちさん」に襲われてしまう。ちづるは、「おはちさん」が怪異に取り込まれてしまったお兄ちゃんであること、お兄ちゃんが秘かに自分のことを想っており、その心を怪異に付け込まれてしまったことを知るのであった。そして、すべてを受け入れたちづるは、自身をも「おはちさん」に生まれ変わり、大好きなお兄ちゃんと二人きりの幸せを得るのだった。

 

ここでは、原点の八尺様を大きく飛躍させている。つまり、八尺様に魅入られた男が八尺様♂になり、八尺様♂に魅入られた女が八尺様になり、八尺様に魅入られた男が……という無限ループ構造をもった怪談へと書き換えているのだ。しかも、自身が怪異「八尺様」となることによって、怪異になってしまった最愛のお兄ちゃんと添い遂げるというメリーバッドエンドの切れ味もすさまじい。

これは八尺様に♂️♀️がそろわないとたどり着けない発想である。八尺様がこんなに滋味あふれる悲劇に生まれ変わるなんて、誰も予想していなかったことだろう。人間の想像力の可能性を思い知らされる作品である。

 

以上で『おはちさんのなつやすみ』の紹介は終わりである。

しかし、もしまた「八尺様」のイメージを刷新するような作品が生まれたら、その時はここに戻って来るつもりだ。

 

 

 

八尺様を萌えキャラの座から遠ざけて、ホラーマンガの世界に取り戻そうとした、偉大なる挑戦を讃えよ。

 

だから、八尺様は萌えキャラじゃねぇ。

 

姦姦蛇螺まで……。

 

*1:レディースコミックでも、ティーンズラブでも、ボーイズラブでもない。新たな女性向けアダルトメディアとして注目されている。

*2:pixivの「八尺様」タグによると、そのあたりまで遡れる。