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雑文置き場

『声百合アンソロジー まだ火のつかぬ言葉のように』に寄稿しました

ストレンジ・フィクションズの〈百合アンソロジー〉第二弾、

『声百合アンソロジー まだ火のつかぬ言葉のように』に寄稿しました。

「声」をテーマにした百合小説を載せたアンソロジーです。

拙作の良し悪しはよくわからんですが、他の収録作は非常に面白かったので感想を残しておこうと思います。興味を持った方がおられましたら、お買い上げのほどよろしくお願いします。

 

booth.pm

……とにもかくにも、文尾文先生の表紙絵が素晴らしい。

 

紙月真魚「貝と耳鳴り」 

「私をずっと想って生きて」。疎遠になっていたかつての恋人・児玉鳴が自殺した。彼女の葬式に参加した私は、遠い親戚だという老女から話しかけられる。そこで語られる、児玉鳴が持っていたという奇妙な能力〈ほらふき〉とは、果たして……。

エッチな小説を読ませてもらいま賞大賞の紙月真魚さん(ワライフクロウ)の作品です。

〈ほらふき〉という奇妙な能力を持った女性から、執着される女の話です。〈ほらふき〉とは〈洞吹き〉と書いて、つまり洞穴に声を吹き込んで記録できる能力です。例えば、巻貝に声を吹き込んだら、耳に巻貝を当てたら何年たっても昔に吹き込んだ声が聞こえるということになります。

この特殊能力の使い方が抜群にうまい作品です。「この能力を使ってこんなことをするのか」という驚きと、「こんな能力があればこうなるよね」という納得感が、同時に達成されています。しかも、ちゃんとエロい百合としても成立してます。

 

 

笹幡みなみ「今日の声は聞いてないから」

「このスペースではトランスクリプション(文字起こし)が有効です」。怪異専門ウェブメディアあやじんの公開編集会議スペースでは、桐谷きょうが〈女の声の怪異〉について取材を行っていた。身の毛もよだつ恐怖が待っているとも知らず……。

『Rikka Zine vol.1』や「文芸同人ねじれ双角錐群」に参加されてる笹幡みなみさん(笹帽子)の作品です。

文字起こし機能を使ったweb音声会議の議事録という体裁をとった小説になります。〈自動文字起こし〉という発展途上の技術をいち早く小説の中に取り込むバイタリティにまず感心させられるわけですが、しっかりとその状況でないと成立しない物語を作り上げているのも流石の一言です。

形式上、会話文の応酬で話が転がっていくわけですが、そのやり取りも生き生きしていて、純粋に読んでいて楽しい小説ですね。

 

 

 孔田多紀「ポストカード」

「こんなことアリスにしか頼めないから」。公募新人賞にBL小説を応募することを考えていたサクラは、事故で腕を骨折してしまった。事故の原因をつくったアリスに対して、彼女は執筆を手伝うように迫るのだったが……。

メフィスト評論賞円堂賞の孔田多紀さんの作品です。

BL小説を書くことが趣味の友人・サクラを骨折させてしまい、口述筆記での執筆を手伝うことになった女子高生・アリスの話です。二人は協力してBL小説を書き進めるわけですが、そこで行われる何気ない会話によって、二人の関係性をくっきりと浮かび上がらせていく構成がうまいです。

また、主人公を取り巻く家族や学生仲間についてもしっかり描写されているのですが、そこもしっかり作りこまれていて群像劇のような魅力もあります。なにか奥行きの深い作品だと感じました。

 

 

茎ひとみ「壊死した時間」 

拙作ですね。多分百合。きっと百合。読んだら感想書いてくれ。

内田百閒『柳検校の小閑』を参考にして、盲者の一人称の語りをテーマに取り組んでみました。うまくいってるかどうかは……。

 

 

織戸久貴「ミメーシスの花嫁たち」

「やっぱり死人よりも死んでいるみたい」。あの太平洋戦争のさなか、心中した二人の少女。そして現代、彼女たちの名前を拝借して作成されたアニメ『こえのきず』とラジオノベル『こえのきずあと』。彼女たちの声が響きあう先には……。

第9回創元SF短編賞大森望賞の織戸久貴さんの作品です。

太平洋戦争のさなか、ラジオで愛国詩を朗読する少女たちの心中。彼女たちに触発され、現代において作成されたアニメとラジオドラマ、朗読AI。様々な少女たちの声(ヴォイス)がコラージュ的に配置され、それらが共鳴しあいことで物語が浮かび上がってくる結構が見事です。

収録作の中では、最も〈言葉のひびき〉に向き合っている作品かもしれませんね。よきかな。

 

 

千葉集「声豚」

「小出さんは、豚じゃなかったとおもいますけど」。切毛は、ある日突然、雌豚を連れて登校してきた。彼女は、その豚のことを〈小出さん〉と呼んだ。一方、人間の小出さんは豚を育てている。カルト宗教にはまっている母親から譲り受けた豚を……。

第10回創元SF短編賞宮内悠介賞の千葉集さんの作品です。

女と女の間に豚が挟まっている百合です。それなら豚百合じゃねぇか、というお怒りの声があろうとは思いますがご安心ください。ちゃんと声百合です。豚は、霊長類の次に人間に近い哺乳類であり、遺伝子編集技術を使えば、人間のあらゆる臓器や器官を補う代用品になり得るわけです。しかし、唯一、豚では人間の代わりにならないものが存在します。それが〈声〉なんですね。

豚というものを介することによって、豚では再現できない〈声〉が前面に出てくるというひねくれ方が面白い一品です。このオフビートなノリは完全に作者の味ですね。

 

まったく関係ないですが、豚百合の傑作マンガを貼っておきます。

www.comic-medu.com

 

 

谷林守「溶けて、燃える」

「知り合いがいない場所がほしいの?」。夜の繁華街で連日何かを探して張り込みを続ける先輩と後輩。雨に濡れた地面。赤いネオン。黒い傘。

第10回創元SF短編賞日下三蔵賞の谷林守さんのショートストーリーです。

雨が降り注ぐ夜の街で、雨の音がうるさくて隣にいる彼女の声しか聞こえない、そんなシチュエーションだけで高まっていきます。

一番短くて一番エモい作品です。ずるいですね。

 

 

 

 

「発刊してから一か月経ってるんですけど、何やってたんですか? どうしていまさら感想を?」

「えっと、すぐ書くつもりだったんですけど、寝てたら一か月経ってました……」

「はあ?」

「……」

――ストレンジ・フィクションズの〈百合アンソロジー〉第三弾へ続く

『アリスとテレスのまぼろし工場』は、『花咲くいろは』のやり直しなんじゃないかという話

 

『アリスとテレスのまぼろし工場』を鑑賞して、自分の中で岡田麿里の評価が爆上がりしている今日この頃です。

岡田麿里という作家に何か思いれのある人は絶対に見るべき作品だと思いますし、90年代を生きていたオタクにはできれば見てほしい作品です。

 

そして今回は、その感想ではなくて、『アリスとテレスのまぼろし工場』という作品は、実質的に『花咲くいろは』のやり直しなんじゃないかという話を書きます。

花咲くいろは』とは、2011年に放送されたオリジナルテレビアニメで、同時期に放送された『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』と共に、脚本家としての岡田麿里の名声を決定づけた作品であります。岡田麿里にとって、キャリア初期のオリジナルアニメであり、作家としての根っこの部分が見えた作品でもあると思います。

 

この話題を語るうえで、『アリスとテレスのまぼろし工場』と『花咲くいろは』のネタバレをしまくります。

それでもいいよ、興味があるよ、という方は読み進めてください。

 

まずは、『花咲くいろは』とはどんな話だったのか。

東京に住む女子高校生・松前緒花が、自由奔放な母親が夜逃げしてしまったことをきっかけに、祖母が経営する石川県の旅館・喜翆荘(きっすいそう)で働くことになり、様々な経験を通して成長していく話である。

 

以下は読み飛ばしてもいいが、より詳しいあらすじである。

東京で暮らす女子高校生・松前緒花は、ある日突然、母の皐月から借金を作った恋人と夜逃げすると告げられる。一緒に暮らせなくなった皐月から、石川県の湯乃鷺温泉街にある旅館の喜翆荘(きっすいそう)を頼るように言われた緒花。この喜翆荘は、緒花の祖母に当たる四十万スイが経営している旅館だったのだ。スイは、祖母としてではなく女将として孫の緒花に旅館で働くよう言いつける。緒花は住み込みのアルバイトの仲居見習いとして働きながら学校に通うことになるのであった。

緒花は、個性的な従業員たちをはじめとするさまざまな人々の間で経験を積み重ね、成長を遂げていくのであったが、女将のスイが突然、喜翆荘を閉めると宣言する。緒花を含む従業員たちは喜翆荘継続のため無理して客を迎えるが、その結果いつものもてなしができなくなり、従業員同士もトラブルが起きる。スイが臨時の仲居となり地元の祭りの日を乗り切った一同は、喜翆荘を閉めることを受け入れるが、いつか再興することも誓い合うのだった。喜翆荘は閉館となり、緒花は母のいる東京に戻り、従業員たちもそれぞれの道を進む。

 

www.hanasakuiroha.jp

 

続いて、『アリスとテレスのまぼろし工場』とはどんな話だったのか。

外界から切り離され、時間の止まった町で暮らす中学生・菊入正宗が、退屈な日常を過ごしていたのだが、野生のオオカミのように育てられた少女との出会いをきっかけに、自分の恋心や世界の謎に気づかされていく話である。

 

以下は読み飛ばしてもいいが、より詳しいあらすじである。

中学生・菊入正宗は、ある日突然、町の製鉄所が爆発事故を起こすところに遭遇し、そこで働いていた父親の昭宗も町から姿を消してしまう。さらに、爆発事故を経た町は、外界から隔絶され、時の流れが止まってしまうのであった。町の住人は、いつか元に戻ることを信じて、自分たちを変えることなく暮らしていくことにする。死んだ人間のように変わることのない退屈な日々を過ごす正宗だったが、同級生の佐上睦実の導きによって、廃工場で野生のオオカミのように育てられた少女と出会うのであった。

謎のオオカミ少女は、五実と名付けられる。五実との交流を通して、正宗は時が止まった世界に疑問を持ち、睦実に対する自分の恋心にも気づかされていく。そこで明かされた真実とは、この町は爆発事故がきっかけで生まれたまぼろしの世界であり、自分たちの世界の別に、正常に時が進んでいる現実世界があるということであった。さらに、五実は現実世界の正宗と睦実の子供であり、列車に乗ってまぼろしの世界に迷い込んだことが明らかになった。正宗と睦実は協力して、五実を現実世界に送り返すことに成功する。様々な経験を通して、成長した正宗たちは、死んでいるような以前とは違い、自分たちが生きていることを実感していた。

 

maboroshi.movie

 

全然違う話じゃないか、どこが『花咲くいろは』のやり直しなんだよと思った方。

もう少し話に付き合ってほしい。

 

舞台について

まずは物語舞台の類似性について指摘しておこう。

『アリスとテレスのまぼろし工場』の舞台は見伏という製鉄が主要産業の町であり、『花咲くいろは』の舞台は石川県の湯乃鷺温泉街の旅館・喜翆荘である。

この二つの舞台はどちらも、いずれは滅びゆく、むしろすでに滅んでいることに気がついていない場所として描かれている。

見伏は山を削って製鉄業で発展した町であるが、すでに限界を迎えており、1991年のバブル崩壊以降は衰退の一途を辿る場所であることが作中で語られている。時が止まったまぼろし世界が生まれた理由も、町の衰退を見越した山の神様が、最も良かった時代を残しておきたいと願ったからだと説明される。

一方で、喜翆荘は四十万スイ今は亡き夫と作り上げた温泉旅館であり、過去の栄光は陰り、経営難に陥っている旅館として作中では描かれる。喜翆荘が最終話まで経営を続けた理由は、スイが今は亡き夫と夢見た旅館の姿を諦めきれずに追い求めた結果であった。

 

喜翆荘(きっすいそう)が好き、そこにいた誰もが同じ気持ちだった。同じ気持ちなのに、ここまですれ違ってしまった。喜翆荘、それはすでに、そう、幻影の城

――『花咲くいろは』第25話「私の好きな喜翆荘」より

喜翆荘は、まぼろし工場ってこと!?

 

まとめよう。両作品は、その舞台を支配する存在(山の神様、四十万スイ)がすでに滅びゆく運命の場所(見伏、喜翆荘)に執着して同じ時間を続けようとするが、その夢の先を主人公(正宗、緒花)が見ることによって永遠の時間が終わるという物語構造を共通して持っている。

 

 

エネルゲイア(現実態)とデュナミス(可能態)

続いて、両作品の主人公の共通した性質についても考えていこう。

ここで両作品の主人公に補助線を引くキーワードは、エネルゲイアとデュナミスだ。

『アリスとテレスのまぼろし工場』という作品は、タイトルに反してアリストテレスは全く登場しない。しかし、作中にはアリストテレスが提唱したエネルゲイアという概念がほんの少しだけ登場する。このエネルゲイアという概念の対となるのがデュナミスである。

エネルゲイア(現実態)とは、事物が持つ性質が実際に現実化された状態にあることを意味し、デュナミス(可能態)とは、事物が持つ性質がいまだ発揮されていない可能的な状態にあることを意味する。つまり、「卵」や「種子」がデュナミスであるとすれば、「鳥」や「草花」はエネルゲイアとして位置づけられるのである。

これは、永遠の14歳を生きるまぼろし世界の正宗や睦実がデュナミスであるとすれば、時と共に成長して子供を産んでいる現実世界の正宗や睦実がエネルゲイアであることを表しているのは明らかだろう。

これと同様に、『花咲くいろは』の主人公・松前緒花はデュナミスとしての性質を持ち、エネルゲイアを夢見ている。夢を持たない今どきの無気力な若者だった緒花は、最終話においてはじめて夢を抱くのだが、その夢とは四十万スイのような女性に成長して、喜翆荘を再興することである。『花咲くいろは』は以下のようなモノローグによって締めくくられる。

 

今はまだ、きっと蕾。

だけど、だからこそ、高く高い太陽を見上げる、喉を鳴らして水を飲む、あたしはこれから咲こうとしているんだ。

――『花咲くいろは』最終話「花咲くいつか」より

 

 

親子三代の物語

では、そのように共通した舞台と主人公を据えて、岡田麿里は何を描いたのだろうか。

それは、両作品が親子三代の話になっていることからわかる。子は親を見て、親は子を見て、成長していく、そして、いつかは親離れ子離れの時期が来るという、当たり前のことを描いている。その当たり前の営みが、いかに人の心を動かすものかということを描いているのだ。

『アリスとテレスのまぼろし工場』で最も感動したのは、止まった時間の中でも変化していく正宗を見て、自分の生の実感を取り戻す父親・昭宗を描いた場面だし、

花咲くいろは』で最も感動したのは、緒花が喜翆荘で古い日誌を見つけたことで、破天荒な大人だと思っていた母親・皐月が、かつては自分と同じように悩みもがいていた子供であったことを知る一連のシークエンスだ。

そして、岡田麿里の優れた作家性は、親子の美しい思い出に執着しないことだ。その先にある最も大切なものを描いている。親子はいつまでも同じ時間を過ごすことはできない。親が子供を手放すとき、未来に走り出す子供の背中をそっと押してあげる。その瞬間を、今最も美しく描ける作家が岡田麿里であると、私は思う。

 

知人が『アリスとテレスのまぼろし工場』を見た感想として、「親が子供に対して与えられる最大のプレゼントは、いつか突き放してあげること、それまでに自分の人生を費やして育ててきた子供の人生を手放してあげることだと思う」と言っていた。

その言葉に、妙に感動してこのブログを書き始めたことを、最後に付け足しておく。

 

 

列車の向かう先

『アリスとテレスのまぼろし工場』と『花咲くいろは』は、同じような景色を見せながら、その舞台を閉じる。主人公たちは列車に乗って町を去る。未来に向かって動き出す――

 

(c)花いろ旅館組合 第2期オープニングより

 

 

 

 

【7月漫画ベスト】小野寺こころ『スクールバック(1)』、額縁あいこ『リトルホーン~異世界勇者と村娘~(2)』、『【特集】白井もも吉は、何者なのか?』など、10作品+1特集

7月に読んだ漫画の中で面白かったものを紹介していきます。

 

 

 

新刊のコーナー

小野寺こころ『スクールバック(1)』

こんな大人、身近にいてほしい――

伏見(ふしみ)さんは、とある高校の用務員さん。背は高め。仕事熱心。缶コーヒーが好き。そして、丁度いい距離感で私たちと話をしてくれる。

今、“自分は大人だ”と思い込んでいる人に苦しめられている。
今、自分がどんな大人になったらいいのか迷っている。

ちょっとでもそう思っていたら、ぜひ伏見さんに会いに来てください。ホッとしたり、気づきがあるかもしれませんよ。

悩める少年少女に対してちょうどいい距離感で接してくれる用務員の伏見さん、彼女の魅力が本作最大の見どころ……というわけでは必ずしもない。もちろん伏見さんが魅力的なキャラクターであることは間違いないのだが、本作の本当の見どころは思い悩む少年少女サイドにある。彼らがさらされる悩みの原因は、往々にして周囲の大人たちにある。つまり、大人たちが子供にぶつけるデリカシーを欠いた発言の数々がもう凄まじいのだ。世の中には、「こんなことを言われたら嫌だな」という最悪な瞬間を、まるで宝石を拾い集めいるようにして作られた作品というものがある。(第167回芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』もそんな感じだった。)初読の楽しみを奪わないよう、ここではどんなノンデリ発言がでてくるのかは言わないけれど、ぜひ自分の目で堪能してほしい作品だ。

 

 

 

紫のあ『この恋を星には願わない 1』

それぞれの「好き」が交錯する、美しく淡いラブストーリー

幼い頃からいつも一緒に過ごしてきた冬葵と瑛莉と京。
これまでずっと友達としての関係を続けてきたが、冬葵は瑛莉に対して友達以上の感情を抱いていた。

そんなある日、3人は久々に遊園地に遊びにいくのだが、そこで冬葵は自身の恋が叶わぬものであると知ってしまい――

 

女友達に対して同性愛的な感情を抱いている主人公・冬葵が、自分の気持ちを打ち明けることができずに思い悩む姿を繊細なタッチで描いた作品。そこだけを抜き出せば、わりあいよくあるタイプのラブスト―リーなのだが、本作の白眉は冬葵が恋する女友達・瑛莉の存在にある。何と言っても、この瑛莉、主人公に対して恋愛感情はないくせに、めちゃくちゃ重い女なのである。四六時中、主人公にベタベタと付きまとい、少しでも隠し事をされていると不機嫌になるのだ。半端な恋人よりも束縛が強い。

「百合カップルがお互いにお互いを想う感情の重さは、二人の間で不均等であればあるほどいい」と前月の記事では言ったが、今作は例外的な作品になるかもしれない。冬葵と瑛莉は、確かに同程度の激重感情を向けあっている。しかし、お互いの感情のベクトルは全く違う方向を向いているのだ。その倒錯した激重感情が、独特な緊張感を作品に与えている。

 

 

 

モモヤマハト『最果てに惑う(1) 』

「7年前、俺は人を殺した」
妹・由里を自殺へ追いやった男を殺した和久一馬は、7年の服役を終え出所した。
時を経てもなお、男を殺したあの瞬間が脳裏をよぎる。--目の前にいた、あの一人娘のことも。
罪の意識に苛まれ、自らの死をもって償うことを決意する一馬。
刑務所まで迎えに来た母と二人、由里の墓へ向かうと、どこか見覚えのある少女が現れて…。
殺人犯×被害者の娘の数奇な運命を描くヒューマン・サスペンス、開幕。

 

殺人犯の主人公・一馬が刑期を終えて実家に帰ってきたら、なぜか母親と被害者の娘・椎花が仲良くしていて、母親は気付いていないようだが、椎花はいったい何が目的なのだろう……というサスペンス。話は動き出したばかりなので、サスペンスとして評価を下すことはまだできない。しかし、椎花のキャラが非常によかったので今後の注目作として上げておく。とにかく、この作者はミステリアスな少女を描かせると新人離れして上手いのだ。そこで作者の過去を調べてみると、快楽天やCOMIC LOでキャリアのある作家だということがわかった。さもありなん。

 

 

 

平井大橋『ダイヤモンドの功罪 1 』

「オレは野球だったんだ!」 運動の才に恵まれた綾瀬川次郎は何をしても孤高の存在。自分のせいで負ける人がいる、自分のせいで夢をあきらめる人がいる。その孤独に悩む中、“楽しい”がモットーの弱小・少年野球チーム「バンビーズ」を見つける。みんなで楽しく、野球を謳歌する綾瀬川だったが…。

あなたは、天才がその才能ゆえに壊れていく作品は好きですか? ……そうですか。では、天才の周りにいる人間が壊れていく作品は? ええ、そうですよね。どちらにも違った良さがありますよね。でも、この作品なら両方味わえます! 天才本人も、その周りにいる人間も、どんどん壊れていきます。しかも、誰も悪意を抱いていないのに、みんなが良かれと思って行動しているだけなのに、なんてすばらしい作品なんだ!

 

 

 

あみだむく『ラプソディ・イン・レッド 2』

ピアノ演奏に想いをのせ、母親と心通わすことができた寅雄は、音楽の道に進むことを決意する。その剥き出しの才能が変人ピアニスト・兎山の琴線に触れ、エリート音大生・瑠音とコンペで対決することに!しかし、瑠音はとある理由で寅雄を激しく敵視していて――?不器用でも口下手でも、ピアノでなら人と繋がれる!熱情が胸を揺さぶるクラシック青春譚!

髪を白く染めて、腕に気合の入ったタトゥーを彫り、バリバリにスーツを着こなす音大教員の兎山が登場したことで、物語にアクセルがかかったようだ。セクシーな男性キャラが出てくる漫画は読んでいて楽しい。

 

 

 

東河 みそ『琥珀の貴女』

「今日、この仕事(セックス)が終わったら死のうと思う――」

「女の価値は何?」

『chandelier(シャンデリア)』
レズビアン風俗嬢の“里香”は、最期の仕事でAV女優の幸枝に抱かれる。
「“リカ”を抱く練習」と触れてくる手は、切ない優しさに満ちていて……。

『水際』
70歳の天才画家の志寿子にヌードモデルを依頼された32歳の英理子。
消えゆく若さに怯える彼女を、皺深い手はどのように描くのか……。

SNSで話題の4作を全ページ加筆修正の上、合計84Pの描きおろし2作を加えた、6つの大人の百合作品集。

一つの短編ごとに一つの百合カップルに焦点を当てて描いているのだが、その関係性がある一点においてがらりと反転する瞬間を仕込んでいる。一筋縄ではいかない百合短編集である。作者は、もともと少女漫画やレディコミの分野で活躍していたようなので、女性のキャラクター造形が妙に生々しいところもいい味になっている。

 

 

横山旬 『まみちゃん(1)』 

人気絶頂のまま突如失踪した女優・馬越聖が寂れた街で出会ったのは心温まるおふくろの味だった…。店主のまみちゃんとの出会いが聖の人生を大きく変える!?凹凸コンビの海街食堂人情譚!

この作品を読んでいると、美味しい料理を作ることに何の意味があるのかと考え込んでしまう。なぜかって、本作に登場する凄腕料理人たちはそろいもそろって人生が上手くいっていないからだ。料理の腕はすごいのに、流行ってない食堂をやっていたり、ホームレスになっていたりする。料理が上手いからといって、人生が上手くいくわけではない。当たり前のことだが、その当たり前に向き合うのが横山旬の作家性なのかもしれない。

 

 

 

 

WEB漫画のコーナー

【WEB短編】穴守ソウ(ダム穴)『きみと見た世界が、』

彼氏いない歴=年齢のOL・アヤカは、ある日自宅のマンションのごみ捨て場で恋愛用アンドロイドを拾う。
愛する人たちを馬鹿にしていたアヤカだったが、アンドロイドに「タマ」という名前を付け一緒に生活を送るうちに次第に心惹かれていく。
もっと彼に近づきたい――。
そう思えば思うほど、タマがアンドロイドであることがもどかしくなって…。

SHODENSHA COMICSの読切デジタル誌『FEEL FREE』が新創刊された。新進気鋭の作家たちが名を連ねるWEB雑誌であり、今後に注目が必要だ。

そこで掲載されていた作品の中から一つ、本作を取り上げる。いわゆるセクサロイドをネタにした短編で、アイデアとしてはそれほど新しいものではないはずなのに、圧倒的に新鮮な読み味がある。この作者、心理描写の独特さにおいて、現在の漫画界で異質な存在になりつつある。

 

 

 

【WEB連載】茶んた『サチ録~サチの黙示録~』

悪魔と天使がある人間を審査し、その結果で人類の命運を決める「人間審判」。対象に選ばれたのは、稀代のクソガキ小学生・上野サチ(6歳)だった…!人類の未来をかけた、悪魔と天使と人間のヘンテコ同居生活が今始まる!

特に何もいうことがない。ちょうどいいギャグ漫画。ちょうどよすぎるがために何も感想が出てこない。

 

shonenjumpplus.com

 

 

 

特集:白井もも吉は、何者なのか?

個人的な注目作家・白井もも吉について、その作家業の全貌を振り返る特集コーナー。

 

白井もも吉は、読み切り作家なのか?

白井もも吉は、読み切り作家として、ちばてつや賞作家として、コミティア作家として、女子高生作家として、その漫画家活動の多くが「偽物」というモチーフに関わりが深い、特筆すべき人物である。

まず、ここ最近の彼女は、読み切り作家である。ここ数年で、様々な媒体に質量ともに充実した読み切り作品を次々と発表している。初めて「となりのヤングジャンプ」に掲載された『もっとヒーローになりたい』は、ジャンプで流行りのヒーローものの要素を盛り込みつつも、主人公をヒーローではなく、そこにヒーローの影武者、つまりヒーローの「偽物」を持ってくる。作者の個性がいかんなく活かされた読み切りだ。

 

tonarinoyj.jp

 

サンデー系の紙面でも多くの作品を発表している。床に寝る行為を通して先生と生徒の不思議な絆が生まれる瞬間を描いた『床に寝る』。作者と同姓同名の登場人物・白井もも吉が孤独に耐えかねて人間のペットを飼い始める『人間のペットを飼いたい』は、作者得意の百合的なオチが素晴らしい作品だ。そして、なんといっても作者の変態性がいかんなく発揮された奇想読み切り『極小ビキニ催眠ラボ』にとどめを刺す。

 

www.sunday-webry.com

 

白井もも吉は、ちばてつや賞作家なのか?

意外かもしれないが、白井もも吉は、ちばてつや賞作家なのだ。

2017年後期・第72回ちばてつや賞一般部門の奨励賞を『猫の夢』という作品で受賞している。猫の女の子を主人公にしたゆるいファンタジー作品は、同人作品の『にゃん年にゃー組 』などの作品にも受け継がれている。

 

comic-days.com

 

白井もも吉は、コミティア作家なのか?

次に、白井もも吉はコミティア作家である。ナンセンスなユーモアを基調にしながら、抒情的なメルヘンやラブストーリーを数々発表している。

世界を旅する文学少女と縫い針と蒲鉾の奇妙な出会いを描いた『たびぢ』、気温45度の猛暑の中を海水浴に行こうとする夫婦を描いた『夏の引力』、看護婦に甲斐甲斐しく世話される殺人鬼、ネコミミを切除手術したネコミミ少女、潰れたティッシュの謎、など、不思議なショートショートショートショートメディスン』、ポッキーが年々太くなっていることに気が付いたギャル二人の会話劇『ギャルとギャル』、面白い会話ができない女が、髪型だけでも面白い人間になろうと髪を伸ばし続ける『毛の長い生き方』、蜘蛛と椅子の間に生まれた8本脚の椅子が自分の存在証明を求める『8本脚の椅子』『すばらしいわたしのスイッチ』だけ入手できず未読。

コミティア作品の中から一作ご紹介。

『原付二台、ヤギ二匹、三輪車一台を持った女』

恋をしたことがない女が、原付二台、ヤギ二匹、三輪車一台を所有している女と恋に落ちる様を描いた。シュールな状況を描きながら、洗練された筆致によって、洒落たラブストーリーになっている。現在もBOOTHにて購入可能。

 

booth.pm

 

 

白井もも吉は、女子高生作家なのか?

実は、白井もも吉は、女子高生作家だった。

女子高生の時に、初投稿作『弁当びより』を投稿し、『しょうゆプリン』週刊少年マガジン第86回新人漫画賞奨励賞を受賞。フェレット未飼育日記』で商業デビュー。『みつあみこ』で初連載を経験している。

女子高生で商業誌に連載経験ありというだけで恐ろしく早熟な天才作家という他ないが、本当に驚くべきことは、ナンセンスなユーモアセンスや叙情的な百合展開など、この時点ですでに作家性と言えるものが完成されていることだろう。

ちなみに、フェレットを飼いたい妹が、自分の空想を膨らませて姉にプレゼンを行うフェレット未飼育日記』が個人的ベスト。

 

 

 

白井もも吉は、偽物なのか?

さて、いよいよ本特集も終わりを迎えようとしている。現在の白井もも吉にとって代表作である『偽物協会』について語ろう。

本作は、「本物(ふつう)」の枠からはみ出てしまった「偽物」たちの集う場所である「偽物協会」を舞台にした連作である。脱毛したいサボテン、鳥になりたい石ころ、人の耳を嫌うイヤフォンなどなど、ナンセンスな世界観も作者の味として注目に値するが、何よりも「偽物」をテーマとしたところに注目したい。思えば、デビュー作フェレット未飼育日記』から、最新作『もっとヒーローになりたい』まで、「本物ではない(偽物)」ということが作者の一貫したモチーフであることに気づく。自分が「本物ではない(偽物)」という欠落こそが、作者の創作を突き動かすものになっているのだ。だからこそ、『偽物協会』は「本物」になろうとする物語ではなく、「偽物」であることを受け入れていく物語になっている。自分が「偽物」であることを受け入れていくのは難しい。白井もも吉は、例外的にそれを可能にしている漫画家なのだ。

 

 

 

 

今月のお見送り

額縁あいこ『リトルホーン~異世界勇者と村娘~(2)』

「狭き大陸」を恐怖に陥れた『魔王』が、異世界から来た勇者のチート技によって倒された。勇者に憧れる村娘のルカとリトルは、魔物に襲われたところを勇者ご一行に助けてもらう。村人が勇者を称え歓迎する中、勇者の取った行動がルカとリトルの未来を激変させ、異世界冒険バトルの扉が開くーー!

 

血と臓腑に塗れた狂気の異世界冒険譚、不満足なれど大団円!

粗製乱造される異世界転生ものにおいて、本作は非常にユニークな視点を持ち込んで成功している。それは、「神様から異能を与えられた転生者たちは、はたして異世界で正気を保ち続けることができるのだろうか」ということだ。もちろん答えは「否」である。この作品における転生者たちは、すべからく自分たちの能力に溺れて正気を失っていくことになる。

本作が素晴らしさは、転生者が正気を失うまでの道のりを丁寧に描いていることにある。転生者たちがどうやって狂気に陥り、勇者という名の化け物になってしまったのか雄弁に語っている。その語り口は、ファナティックで魅力的だ。

しかし、この作品はあえなく打ち切りになってしまった。本作は決して二巻で打ち切りになっていいような作品ではなったが、なってしまったものは仕方がない。私たちにできることは、この狂気の異世界冒険譚が存在したことを忘れないでおくことだけだ。

 

 

【5・6月漫画ベスト】初期の名前『異形の確信』、ほそやゆきの 『夏・ユートピアノ』 、水谷フーカ『リライアンス 1 』など、17作品

色々あって、5・6月に読んで面白かった本をご紹介!

新作、旧作にこだわらず面白い漫画を紹介していきます。

 

 

 

新刊のコーナー

 

水谷フーカ『リライアンス 1 』

一年間のブランクを経て同じクラスで再会した志木葵を意識する同級生・橘さんの視点で描く「14歳の恋」からスピンアウトした葵ちゃんと灰島先生の「その後」の物語。「気になる」は恋の始まり? な第1巻。

 

これは作者の前作14歳の恋からスピンアウト作品である。しかし、そんなことは知ったこっちゃねえ。なんなら14歳の恋も完読したいのだが、私はまだ少しも読めていない。それでも勇気をもって言わせてもらおう。『リライアンス 』は独立した傑作百合漫画である

私の個人的な百合に対するテーゼがある。「百合カップルがお互いにお互いを想う感情の重さは、二人の間で不均等であればあるほどいい」というものだ。簡単に言えば、片思いが至高であるということだ。

その点で、本作は100点満点だ。主人公の橘さんは、同じクラスの志木さんのことを知らず知らずのうちに意識してしまっている。志木さんが自分の知らないところで人間関係を作っている一方で、自分は志木さんから名前すら覚えてもらっていないのだ。橘さんは気も狂わんばかりに懊悩するのである。それでいいんだよ。百合はそれでいいんだ。

 

 

 

田島列島『みちかとまり(1)』

“竹やぶに生えてた子供を神様にするか
人間にするか決めるのは最初に見つけた人間なんだよ”

8歳の夏、まりが竹やぶで出会った
不思議な少女みちか。

他の人とは違うルールで
生きるように見えるみちかは、
まりの同級生でいじめっ子の石崎から
とても大事なものを奪ってしまう。

責任を感じるまりはみちかに誘われ
言葉で理解できる世界の外側へ
足を踏み入れる──。

 

正直に言って、私にとって田島列島は苦手な作家だった。

不倫とか宗教とか、生々しい現実の問題を、シュールでシニカルなギャグを交えながら乗り越えていく少年少女の出会いを描く作風は、面白いのはわかるけれども、どこか他人事のような気がしながら読んでいた。

しかし、今作は今までの田島列島とは違う。これは、王道のジュブナイル和風ダークファンタジーだ。今後に期待する。

 

 

 

福田宏 『ロックは淑女の嗜みでして 1』

お嬢様たちが織りなす音楽は…ロック!?全国のお嬢様が集う女学園にて、窮屈な生活を強いられている鈴ノ宮りりさは、旧校舎から聞こえてくる音に引き寄せられて…?華麗でお淑やかな少女たちが、美しく火花を散らしてシャウトする!!「常住戦陣!!ムシブギョー」作者が描く、お嬢様×ロック青春譚!!

 

福田宏は、藤田和日郎に師事し、からくりサーカスの5代目チーフアシスタントを務め、『週刊少年サンデー』にて常住戦陣!!ムシブギョーを連載し、アニメ化もされた漫画家である。

「外連味のあるキャラクター造形」「勢いを優先した激しいアクションシーン」「遠近感を極度に強調した大胆な構図」「喜びや怒り、狂気まで深みのある表情の描き分け」など、師から受け継いだ技術を元にアクション漫画の舞台で活躍していた作家である。

しかし、その才能と技能は音楽漫画でより大きく開花した。聴衆どころか、同じバンドメンバーすらも屈服させるような激しいロックサウンド、自分の生きざまを証明するような荒々しい演奏方法を表現することは、週刊漫画でアクションバトル漫画を連載していた作者でなければ表現できなかった新境地である。

 

 

 

ほそやゆきの 『夏・ユートピアノ』 

ピアノの調律の家業を継ぐため実家に戻った新(あらた)。彼女はそこで他人との交わりを拒否するかのような生き方をしている饗子(きょうこ)と出会う。響子は国際的なピアニストの娘だった。未熟な二人がピアノを通して少しずつ交流を深めていく。近づいては離れ、一瞬の理解と寄り添いに喜びを感じつつ、二人は自分の人生を生きていく。他に四季賞2021春のコンテスト四季大賞受賞作で、発表時に大きな話題を呼んだ読み切り『あさがくる』も収録。

 

伝説のテレビドラマ『四季・ユートピアノ』に影響を受けたというだけあって、二人の少女の人生が重なっていく様子を静謐で誌的な筆致で描いていいく。

特に弱視のピアニスト「響子」の心情描写には抜かりがない。「響子」が見ている弱視の世界に、作者はその恐るべき鋭利な洞察力と感情移入をもってして、自己同一化することに成功している。そして、そのような感覚的真実はリアルに画面に写し取ることができても、ピアノの調律師を目指す「新」との関係性、一種の友情については会話や言葉を極端に排し、二人の心の距離は、ピアノを通して縮まっていくように描かれている。他人に音を届けるということがいかに特別なことなのか、この漫画には一瞬のきらめきがある。本作をただのガール・ミーツ・ガールの物語だと思ってもらっては困るのだ。

 

 

 

久慈 光久 『鋼鐵の薔薇 2巻』

赤い薔薇のランカスターと白い薔薇のヨークが争う戦闘群像活劇、第2巻!

傭兵隊長のジャック・ケイドが大軍を率いてロンドンへ侵攻。国王ヘンリー6世は逃亡した。その後、ロンドン占領を果たしたジャック・ケイド軍の懐へ、ブラッドは単身潜入する。史実”ジャック・ケイドの乱”を背景に、ロンドン奪還作戦が描かれる! アクション満載の第2巻!

 

薔薇戦争の時代を題材にした歴史アクション漫画である。近年で言えば、アニメ化もされた『薔薇王の葬列』と同時代が描いている。そのはずなのだが、それにしては一読すると、どうしてこうも違うのかと思ってしまう。優雅さなど欠片もない作品なのだ。しかし、そこが本作の最大の魅力となっている。

中世ヨーロッパを舞台に、甲冑を着た騎士たちの戦いは優雅さからは程遠く、鉄と鉄がぶつかりあう金属音と、鎧の隙間から沁みだしてくる血と汗の臭いが、漫画を支配している。さらには、奇妙な妖術使いも戦いに参戦してきて、これはさながら、ヨーロッパ版の山田風太郎忍法帖シリーズ」ではないだろうか。

 

 

 

日々曜『スカライティ(2)』

儚く優しい、ひとりぼっちディストピア紀行
ディストピアに遺された人の営み。
それはきっと、美しい──
終わってしまった世界をひとり歩くロボット。
アルスの目的は生き残った
人間の未練を断ち切り"殺す"こと。
出会いと別れを繰り返し、人を知る。
ひとりぼっちのディストピア紀行、変化の第2集。

 

第二集から魅力的な新キャラが登場し、アルスの旅の同行者となる。処刑人のタソである。彼女は、父親が働けなくなったために、幼くして処刑人の仕事を引き継ぐこととなり、多くの罪人を処刑した経験がトラウマになっている。明らかに、人間を"殺した"ことが未練となっているタソは、人間の未練を断ち切り"殺す"アルスと「対」になる存在として設計されている。物語に深みが増した第二集、続きに期待である。

 

 

 

奥田亜紀子『ぷらせぼくらぶ 新装版』

中学2年生の岡ちゃんは、当たり前に大人になっていく周りの変化についていけない。取り残されたような寂しい気持ちと、友達を理解したいのにできない苦しさ。
幼馴染で親友のあの子と、前みたいに笑いあうことはもうできないのかもしれない。

思い出したくないことと、何度も思い出したいこと、全部が詰まった青春群像の傑作。10年振り復刊。
描き下ろし読切「夕子の思い出」38P収録!

 

小学館アフタヌーン」とも言われた「月刊IKKI」から刊行された大傑作青春偶像劇の復刊。これが誰でも読めるようになったのは大変な意義がある。

描き下ろし読切「夕子の思い出」も、学校生活の中で押し込めていた思春期の気持ちを解放する、非常に爽やかで切ない短編作品になっている。マストバイ。

 

 

 

ひの 宙子『最果てのセレナード(1) 』

業界話題の才能・ひの宙子による、天才ピアノ少女と母殺しの激情サスペンス!
北海道の田舎町。ピアノ教室の家に暮らす中学生・律と、その教室に通うことになった転校生の小夜。あるピアノコンクールをきっかけに2人は仲を深めていく中で、小夜は律に、母親を殺したいと告げた。時は経ち、十年後。律は東京の週刊誌編集部で慌ただしい日々を過ごしていたその頃、地元北海道では白骨遺体が発見されて騒ぎになっていた――。
十年前の記憶と十年もの空白。その時の長さなど無視するかのように、いま確実に、物語は動き出す。

 

ひの宙子作品において、決定的な瞬間は決して描かれない。なぜなら、ひの宙子が描く物語は、すべて傍観者の物語であるからだ。

本作においても、母殺しがテーマとなる作品にも関わらず、母親が子供を虐待している場面や、本当に母親を殺害してしまった瞬間はあえて描かれないのである。主人公・律は、徹底的に傍観者として描かれる。作者は「やがて明日に至る蝉」「グッド・バイ・プロミネンス」でも同様の手法を駆使していたわけだが、今までと本作が決定的に違うのは初の長編作品だということだ。長く続く作品の中で、登場人物は成長し変わっていくしかない。律は、いつまで傍観者でいられるだろうか。

 

 

 

ともつか 治臣『令和のダラさん 2 』

生者には危険な異界へと足を踏み入れたきょうだい。その目的は…
怨霊・ダラさんちでお泊り会!!!
ほかにもお祭りやボドゲにプラモづくりetc イベントたくさん!ダラさんとたくさん思い出作っちゃおう(?)

「わし、一応祟り神なんじゃが!?」

「日常」は「呪い」を癒すことができるのか。

本作では、禁足地に侵入してしまった姉弟が、そこで上半身が巫女姿の女で、下半身が大蛇の姿をしている怪異*1と遭遇したことをきっかけに、その怪異・ダラさんとの交流を深めていく内容になっている。

本作が、フォークロアから生まれた怪異を人外萌えキャラとして消費する最近の潮流(八尺様など)から生まれた作品であることは明らかだが、怪異譚と日常ギャグが全くの半々で詰め込まれているところに特異性がある。

作者が成年向け漫画を手掛けていたことで培った手腕から生み出された「ダラさん」というキャラクターは、蛇顔の大女を非常にセクシーでありつつ可愛げのあるものとして描くことに成功している。それゆえに、この漫画はキャラクターが立っている日常ギャグ漫画として十分な魅力を持っているのだ。

また一方では、元ネタである「姦姦蛇螺」をなぞった濃厚な怪異譚が作中で再現される。「洒落怖」の中でも特に禍々しい縁起を持つ「姦姦蛇螺」のエピソードをそのまま伝奇ホラー漫画のような筆致で作者は描いていく。交互に繰り返されるホラーとギャグの世界は、水と油のように決してなじまない。しかし、なじまないからこそ、良いのかもしれない。現代のギャグパートと過去のホラーパートの温度差が激しいければ激しいほど、お互いのパートの魅力を高めていく。サウナと水風呂の交代浴のように。

 

 

我妻ひかり『パコちゃん 1 』

三十路間近のフリーター・パコちゃん。サービス精神旺盛でセックスが大好き。だけど、実は繊細で寂しがり屋。その上、ちょっと不健康。そんな月並みメンヘラ女子が、愛を求めて右往左往。前途多難のセキララ恋愛事情――。

 

月並みメンヘラ女子とは……? 

世の中には、社会不適合者というか、どうしようもないダメ人間の恋愛事情を描いた漫画がたくさん存在している。本作の主人公「月並みメンヘラ女子」のパコちゃんも、負けず劣らずかなりのダメ人間であり、恋多き女性ということになる。

あだ名が「パコちゃん」な時点で「月並み」メンヘラ女子は無理があるだろ、というツッコミは野暮と言うものだが、彼女の恋愛事情もあだ名と同じぐらい滅茶苦茶なのだ。

まず、彼女は妻子ある中年男性と不倫している。そして、コンビニ店員の若者から告白されて即ベッドイン。しかし、なぜか彼氏に振られてしまったので、女性用風俗を呼んだり、昔の不倫相手に会いに行ったり、性病を感染させまくったり……恋愛事情の枠を飛び越えて、主人公は次々とはた迷惑なメンヘラムーブをかまし続ける。

これだけやれば、不快な恋愛漫画の主人公第一位の栄光に輝いてもおかしくない「パコちゃん」ですが、なぜか彼女のことを嫌いになり切れない自分がいる。不快指数の高い女性キャラクターではあるのだが、不思議と彼女の爛れた生活をずっと見ていたいような気もするのだ。

 

 

 

 

WEB漫画のコーナー

【WEB連載】有賀『ウツパン ー消えてしまいたくて、たまらないー』

ある日、目が覚めると28時間が経っていた。布団から起き上がれなくなったウツパンは、やがて「死にたい」気持ちに振り回されるようになる…。「死」への葛藤をリアルに描くコミックエッセイ!!

 

うつ病エッセイマンガは、本質的にアンコントローラブル(制御不可能)なものである。なぜなら、うつ病という病そのものが人間個人でコントロールできるものではないからだ。

そのために、うつ病エッセイマンガは二つの形式をとる。一つは第三者の介入によるコントロールされた形式(うつヌケ うつトンネルを抜けた人たちなど)、もう一つは当事者による生の苦しみを記録したアンコントローラブルな形式(『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』など)である。

しかして、本作は両方の性質を併せ持つのだ。「洗練された構成」と「生の苦しみの描写」、その二つが両立している。これは、新しいうつ病エッセイマンガの潮流になるかもしれない。

 

kuragebunch.com

 

 

【WEB連載】「脳外科医 竹田くん」

「逆スーパードクターK」とも呼ばれた衝撃の漫画。

何よりも作中で起こる喜劇のような悲劇の数々が、おおむね創作ではなく、実際に起こったことだというのが何よりも恐ろしい漫画である。

ここで関係ない話を一つ。「竹田くん」を読みながら同時に『悪役令嬢の中の人~断罪された転生者のため嘘つきヒロインに復讐いたします~』を読んでいたのだが、様々な出来事に似ているところがあり、少しびっくりした。

例えば、こうだ……

・新しく病院(学園)にやってきた竹田(星の乙女)は、当初こそ歓迎されるが、自己中心的な性格のせいで様々な失敗を起こす

・竹田(星の乙女)は自分の失敗を、古荒医師(エミ)の仕業だと逆恨みして、逆に、古荒医師(エミ)を失墜させる策謀を巡らせるようになる

・ついに、竹田(星の乙女)はわざと階段から足を滑らせ、古荒医師(エミ)によってつき落されたと主張する。部下に暴力をふるったとして古荒医師(エミ)は、病院(学園)での立場が危うくなる。

序盤の物語展開は、かなり相似形をなしているのがわかるのはないだろうか。

勘違いしないでほしい。別に、私は二作品に何か影響関係があると言いたいわけでない。そうではなくて、両作品ともに閉鎖的な世界の中での権力闘争を描いているうちに自然と似てきているのがおもしろいと思ったのだ。あるいは、近年、悪役令嬢ものが流行っていることにも納得がいく現象ではないだろうか、悪役令嬢ものは現実社会のカリカチュアとして受け入れられているのだろう。

 

dr-takeda.hatenablog.com

 

 

【WEB短編】身『マイペース春』

家主様と家来たちが暮らす館にジンジャーボーイの死体が!

安寧な暮らしの裏に、いったいどんな大事件が起こっているのだ!!!

なにかのきっかけで読んだ短編ウェブ漫画でしたが、読んで衝撃をうけました。残酷への傾斜、メランコリックな情緒、死への感受性、これは最高のゴシック漫画ですね。

 

www.pixiv.net

 

 

【WEB短編】初期の名前『異形の確信』

誘拐されたあの日から私の人生は滅茶苦茶だった

私の中身は入れ替えられたのだ

これは『確信』である

過去に誘拐された経験を持つ少女は、自分の『中身』が何か異質なものに入れ替えられてしまったと『確信』していた。彼女は、その『確信』を誰にも話せず、普通の人間を装って生活していたが、自分と全く同じ経験をしたという先輩と出会い……

 

MGP(マガジングランプリ)で奨励賞を受賞した傑作ホラー短編。作者の「初期の名前」とは、2018年ごろからTwitterコミティアを中心に活躍している漫画家である。より詳しく語りたいところだが、歴代の初期の名前作品について語ろうとすると膨大な文字数を費やすことになるので、今回は極力本作の魅力に関連するものに絞って語りたい。

私見では、初期の名前作品に頻出するテーマとして、「身体に対する違和感」「世界に対する不信」があると思う。例えば、初期にバズった作品である『完全な球体』においては、身体の不可逆的な変化が世界崩壊へのシームレスにつながっていく作品である。これらの作品群も十分に面白いものではあるが、唐突な展開や奇矯な設定を連発する作風は一部の読者を置き去りにするものであり、少年漫画誌の主催する漫画賞を受賞するようなものではなかった。しかし、本作においては、それが作者本人か編集者の手によるものかはわからないけれど、少年漫画誌に載せられるものとして見事なコントロールが達成されている。

 

manga-no.com

 

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特集:ギリギリで生きている人間のコーナー

【WEB短編】原作:四谷啓太郎 / 作画:mmk『涼風会長の憂なる日々』

優美な立ち居振る舞いの涼風すずか。 優秀で周囲の信頼が厚い涼風すずか。 憂慮すべき秘密を抱えた涼風すずか。 綴られる、そんな彼女のとある物語。

 

優美で清楚な生徒会長が実は「痛風」だったら、この漫画はその設定だけで勝利している漫画だ。ギャクが面白いのは勿論だが、短編漫画として起承転結がしっかりしているところもポイントが高い。四谷啓太郎先生は、ギリギリで生きている人間をギャグに落とし込むことが非常にうまい。洒落にならない終わってる人間も、ギャグ漫画の中でなら生き生きと活躍できるのだ。

そこで、悪魔のメムメムちゃん』の53話を見てみよう。ここでは、普段は優しい独身中年男性の先生が、毎日をギリギリの心情で働いていること、その頭の中で考えていることを実行に移してしまうと犯罪者になってしまう瀬戸際で耐えていることがギャグテイストで描かれている。しかし、これがギャグ漫画でなかったら……その問いに対する答えは別の漫画が示してくれている。

 

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【WEB短編】岡田索雲『アンチマン』

父親を介護しながら食品会社に勤務する溝口。彼は、日常で蓄積した鬱憤を“ある方法”で発散していた……。『ようきなやつら』の岡田索雲が描く、アンチの哀歌。

 

四谷啓太郎が「ギリギリで生きている人間」をギャグに昇華している一方で、岡田索雲は「ギリギリで生きている人間」を使ってどれだけ不快な話を作れるのか実験しているかのようだ。

本作の主人公は、父親の介護をしつつ真面目に働いている無害そうな中年男性である。しかし、その内心には、他者への攻撃的な悪意と邪心が、特に女性に対する歪んだ欲望と攻撃性が秘められているのであった。

岡田索雲は、以前にも似たキャラクターを創作している。それは「忍耐サトリくん」に登場する先生である。一見まじめで生徒にも真摯に接してくれる先生が、その内心では下品で暴力的な罵詈雑言で頭がいっぱいになっており、心の声が聞こえるサトリくんは先生の心の闇を知って絶望する……というのがあらすじだ。文字にしてみると、先生は薄気味悪いキャラにしか見せないが、その先生の容姿が『女の園の星』の星先生に似せて描くことで、ギリギリシュールギャグとして成立している。星先生じゃなかったら、この漫画は成立しなかった。もし見た目がその辺にいる平均的な中年男性教師であったなら、「忍耐サトリくん」はギャグではなく、サイコスリラーになっていただろう。そう「アンチマン」は純粋なサイコスリラーになってしまった。

外面と内心の均衡が大き崩れてしまった人間が狂気に陥っていく様を、岡田索雲は繰り返し描いている。きっとこれからも、生涯のモチーフとして挑戦し続けてくれるだろう。アンチマンに救いが来る日はあるのか。それとも、ここに描かれていることが救いだとでも言うのだろうか。

 

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今月のお見送り

嶋水えけ『ポラリスは消えない 3巻』

「貴方は私の永遠のアイドル」死んだアイドル・但馬ソラを忘れさせないためソラに扮して、芸能界に飛び込んだミズウミ。自分への称賛も、歓声も全部いらない。欲しいのはソラだけ――。燃えるように苛烈な旅路の果てに少女が辿り着いた"永遠"とは――?「好き」を忘れた全ての人に捧ぐ永遠不滅のアイドルジュブナイル、完結!!

 

ミズウミが、死んだアイドルである但馬ソラにこだわる理由が明かされる最終巻。今までの物語を追ってきた読者にとって、非常に納得感がありつつ意外性もある真相が明かされる。正直に言って、中盤のアイドル事務所に入ってからの展開は停滞していたが、終わりよければすべてよし、心に残る最終巻だったと思う。

 

 

 

 

*1:「洒落怖」から発生した「姦姦蛇螺」をモデルにしている

【4月漫画ベスト】川村拓『嘘の子供 1巻』、大武政夫『女子高生除霊師アカネ! 1』など、10作品

今月は憂鬱病で書くのが少し遅れました。

タイトルとか、記事のスタイルを先月から少し変えています。

新作か旧作かにかかわらず、その月に読んだものの中から面白かった漫画を紹介してききます。

 

 

 

 

 

偽家族のなんてことない日常 ――川村拓『嘘の子供 1巻』

幼くして亡くした子供が、そのままの姿で現れたら?それがもしも、化け狸の仕業だったら?再会じゃない。本物じゃない。だけどそれでも――すがりたい。その嘘は、優しくて、悲しい。「事情を知らない転校生がグイグイくる。」の川村拓が贈る、心ゆさぶるヒューマンドラマ。

子供を亡くした若い夫婦が、自分たちの子供に化けた狸と生活をはじめるお話です。描き方を変えればホラーにすることもできる設定ですが、作者独自の優しい視点でほのぼのとした話に仕上げています。幸せな生活が「嘘」であるとわかりきっているだけに、何も起こらない日常が切なく胸に迫る作品です。

 

 

 

 

少女漫画的成長も、少年漫画的成長も受け入れられない ――文野 紋『ミューズの真髄 3』

とにかく私は、今の“私”の方が“私”らしくて好きなんです。

今の自分は“アップデートされている”と信じてやまない美優。
自分の価値観を信じ、自分の審美眼は正しいと思い、芸大受験に臨む。
一方、気持ちがどんどん冷めていく鍋島は……。

美術の神様に焦がれ、魅せられた美優の“真髄”とは。

人生リセット・ストーリー、最終巻。

作者のあとがきによると、「少女漫画的テンプレと少年漫画的テンプレのフラグを両方立てて、それでも何ひとつ上手くできない主人公を描きたい」というコンセプトがあったらしいですが、その狙いは達成されています。まさに、世の中のほとんどの人間は、”少女漫画的”にも”少年漫画的”にも生きることができるわけではなくて、つまり、これは私たちの物語なのです。

 

 

 

 

少年を閉じ込める迷宮は、どこまでも深くて ――峰浪りょう『少年のアビス 12』

黒瀬令児(くろせれいじ)は、家族、教師、幼馴染、アイドル、小説家、そしてこの町。そのすべてに縛られながら“ただ”生きていた。夕子と野添の過去を知った令児。黒瀬家の秘密を知ってしまった柴沢。東京とあの町で――…。少年の生きることに希望はあるのか。この先に光はあるのか。“今”を映し出すワールドエンド・ボーイミーツガール、第十二章――。

表紙に大きく描かれている熱帯魚・ベタの仲間には、ラビリンスフィッシュという別名がありますが、この作品自体にもラビリンス(迷路)のような印象を読者に抱かせます。

ベタの仲間は普通の魚と違って、エラ呼吸だけでなく、空気呼吸をするためのラビリンス器官を持っていることからそう呼ばれているわけです。それは、本当に迷路のような形をした器官で、簡易的に肺のような機能を果たします。ベタは体の中にラビリンス(迷路)を隠しているわけですが、本作の主人公・黒瀬令児も自分の中にある血のつながりという迷路と向き合っているようです。しかし、この迷路の出口は見つかりそうにありません。

 

 

 

 

家から立ち上がる、それぞれの生活 ――井田 千秋『家が好きな人』

「自分の家が、一番好き。」
今日も今日という日が紡がれる。
楽しかった日も、そうじゃない日も
いつでもここはあたたかく包み込んでくれる。
日常に散らばるたくさんの小さな幸せ。

漫画を描くときには、キャラクターがいて、そのあとにキャラクターが暮らしている場所が作られるのが普通だと思います。

この漫画はその逆です。どんな間取りの部屋で、どんな家具や雑貨を置いて、どんな服を着て、どんな朝食を食べているか、それを描いているうちに、その家で暮らす人間のキャラクターが立ち上がってくる、そんな漫画になっています。

 

 

 

 

死ぬまでの家、それでも私たちのお家 ――齋藤なずな『ぼっち死の館』

老いを生き、描く76歳作家の「純」漫画!

舞台は高度経済成長期に建てられた団地。現在そこにはひとり身の老人たちがいつか訪れる孤独死、「ぼっち死」を待ちながら猫たちと暮らしている。
そんな彼女らが明日迎える現実は、どんな物語なのかーーー

自らも団地に暮らす76歳の著者が描く、私たち全員の未来にして、圧倒的現在。
『夕暮れへ』にて日本漫画家協会賞優秀賞、文化庁メディア芸術祭マンガ部門収集賞を受賞した齋藤なずな、渾身の最新作。

ぼっち死、つまり孤独死、を控えた高齢者ばかりが暮らす団地を舞台にした連作短編集です。墓石のように等間隔に並んだ団地で暮らす高齢者たちの姿は、死の気配を漂わせながらも、不思議と生き生きとしています。ややもすれば〈老人〉という属性の中で画一化され描かれがちな人々を、一人の人間として鮮やかに蘇らせる描写力に、ただただ感心させられます。

 

 

 

 

ケッチャムは、僕たちのヒーローだ ーーなぎと『なぎと短編集 隣の家の女装男子

WEBではラフで公開された短編コミックをすべて描き直し、
完全版として生まれ変わった、なぎと先生の初短編集!

WEB版を読んだ人が気になる「最後の一歩」を描いた各話の後日談や、
完全新規の描き下ろし短編も収録。

心を抉る表情に、人の深さを知る――。

主人公の少年は、同級生の女装男子が自ら進んで女装しているのではなく、実は親からの虐待で無理やり女装させられているということを知ります。少年は女装男子を助けたいと思いますが、何もできずに日々は流れていき……。

以上が表題作のあらすじとなりますが、タイトルから察せられる通り、ジャック・ケッチャムによる小説『隣の家の少女』を規範として作られた作品になります。つまり、壊されていく人間を助けられず見ていることしかできない少年の話です。しかも、嫌な後味をより強調する(ある意味で気の利いた)ラストも用意されており、非常に完成度の高い作品です。

 

 

 

 

見ていて気持ちのいい守銭奴 ーー大武政夫『女子高生除霊師アカネ! 1』

東雲茜はちょっぴり金に汚いものの、どこにでもいる普通の女子高生。のはずが、愛人と蒸発した父親に預金を持ち逃げされたことをきっかけに、生活費を稼ぐため父親の跡を継ぎ、除霊師として活動することに! 父親直伝の怪しいテクで、今日も霊を祓いまくる! 当然 霊なんて見えない

金を稼ぐため家業の霊媒師業に精を出す女子高生を描いたギャグ漫画です。主人公のやっていることは、ただの霊感詐欺なのですが、なぜか非常に好感が持てるキャラになっています。生き方に潔さと格好良さのあるクズを描かせると、大武先生の右に出るものはいなさそうです。

 

 

 

 

メンタルの弱い元天才少女 ーー辻島もと『天才魔女の魔力枯れ(1)』

1mmでも図に乗った事がある元天才の君へ

1万年に1人の天才魔女“ナユ”の魔力が枯れた!?

天才ゆえに許されてきたあれやこれのツケが、
今ブーメランのように突き刺さっていく…

そんなナユが助けを求めたのは、
自分のことが大好きな教え子の小麦くん。

だいぶ痛いけどなんだか放って置けない
奇妙な2人の共同生活が始まった!

Twitterで万バズを記録した、
元天才魔女による因果応報ブーメランラブコメディー!

物語は、調子に乗っていた天才魔女の少女が、魔力を失って周りに頼らないと生きていけなくなることからはじまります。そう言うと、特定の性癖に刺さる罪深い作品のように聞こえてしまいますが、表情がコロコロ変わる少女と一緒に暮らしてたら楽しいだろうなという素朴な願望を描いた作品になっています。

元天才魔女の少女が、今まではネガティブな感情を魔法で消していたので、魔力がなくなると不安に苛まれて一人で夜眠ることすらできない、というシーンが好きなのでピックアップしました。

 

 

 

 

時代の流行りから生まれた美しい徒花 ーー鶴淵 けんじ 『meth・e・meth 完全版』

ある日、ごく普通の柚木九太(ゆずき・きゅうた)は、「宣誓術」によって動く人形ーー誓文人形(オートスクロール)に襲われた。
病院で目が覚ますと、「誓文」で動く心臓を移植され、「誓文人間」になってしまっていた!

科学とともにゴーレム技術が発達した現代を舞台に、
「人を人たらしめるものは何か」を問うジュブナイルファンタジー

古代倭国ファンタジー『峠鬼』で熱狂を呼んでいる新鋭・鶴淵けんじの初期連載作。
入手困難となっていた幻の名作が、装いを新たに完全版として再登場!

『峠鬼』で活躍中の作者が、実は過去に『きららフォワード』で連載していたと聞かされればチェックせざるを得ません。

古代日本を舞台にしたファンタジーで才気を爆発させている作者でありますが、本作は現代日本を舞台にしたダークファンタジーになっています。作者自身が、当時は『魔法少女まどか☆マギカ』の影響で、可愛い絵柄でハードな内容の作劇が流行っていたと述懐していることは大変興味深い証言です。時代が求めるものと作者の才能が、ミスマッチを起こしたがゆえに生まれた作品として、ぎこちない愛おしさを感じる作品です。

 

 

 

 

奇想ホラーの新たな担い手――岬かいり『虹色のこいびと』

「温度」が見える少年・勘太と火星人のピコ。恋人を探しに来たというピコに、勘太はだんだんと惹かれていくが…3000万PVを突破した『笑顔の世界』の岬かいりが贈る、新感覚ラブストーリー!

温度がサーモグラフィーのように見える少年のところに、目には見えない透明の宇宙人が訪ねてきたら……。

突拍子もない急展開から、甘々のラブストーリーかとおもっていたら、狂気に飲まれている男のサイコホラーになったり、二転三転する展開が魅力的な作品です。

作者は、もともとちゃおホラーで活躍されていた作家になります。私はそのころからのファンなので、ジャンプで新しい『アウターゾーン』的作品の担い手として活躍されることを期待しています!

 

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読者の脳を破壊すな華沢寛治【新人漫画家レビュー】

 

『這い寄るな金星』を読んだことで、

この作家は将来、

”読者の脳を破壊する系漫画家”として大成するという確信を得たので、

華沢寛治の商業作の全レビューをやっていきたいと思います!

 

同人もいくつかあるみたいですが、

そっちまで調べだすと調べだすときりがないので今回はやってません。

 

 

 

 

華沢寛治 『這い寄るな金星(1)』

期待の新星が描く、禁断の姉妹激重感情!

大学生の寺田芹果は今、インカレで知り合った男を“あざとく”籠絡しようとしていた。何が彼女を駆り立てるのか?そこには「ある女」に対する積年の復讐心が...!?

寝取られたら寝取り返す!?  新星・華沢寛治が描く禁断の姉妹バトル、開幕!

これは今年の年間ベストにも絡んでくるレベルの作品だと思います。

親同士が再婚してできた血のつながっていない姉妹による、どっろどろの愛憎劇です。お互いに相手の人生をめちゃくちゃにしてやりたいと思うようになる過程が丁寧に描かれているのが良いですね。特に、お姉ちゃんの「人間として壊れてる感」が最高です。

 

 

 

華沢寛治『さいれんとさいれん』

誰にも選ばれない私が、気になる人は…

好きな男から都合のいい女として遊ばれてしまっている主人公が、アルバイト先の個別指導塾で出会った先輩の女性講師に惹かれていく百合ものです。

あまり良い言葉ではないと思いますが、いわゆる「セフレ止まり」の女性が主人公になっており、自分が大切にされていないことに薄々気が付いていても、その立場から抜け出せない心情がよく描かれています。しかも、百合的な関係性がその閉塞感に穴を開ける展開で、後味もすっきりしています。

 

 

 

華沢寛治『眠たい浅瀬』

選ばれた私だけが知る、キスから始まるもの。

キスした時点で、終わるもの。

地味な女子高生の主人公が、ある日、クラスでも派手で人気者の女子から呼び出されて突然キスをされてしまいます。それからも度々呼び出されてキスを強要されているうちに、相手のことが好きになっていってしまう主人公でしたが……という展開のお話です。

主人公が知らず知らずのうちに、泥沼な恋愛闘争の中に堕ちこんでいく姿が味わい深い作品です。恋愛感情なんて知らなかった主人公が、ヤバい女にめちゃくちゃにされていく展開がいいです。傑作です。

 

 

 

華沢寛治『晴レとさかなで飯を食う』

後ろから見ればきっと、普通の「家族」。

想い続けてきた大学時代の先輩が、急に家を訪ねてきて、妻が亡くなって困っているので自分が仕事に行っている間だけ娘を預かってほしいと頼まれるが……という話です。

疑似家族的なお話で、作者の中では新味のある話なんですが、正直に言って物足りない作品ですね。ただ、ある種の喪失によってしかつながれない人間関係というのは、作者にとっても生涯のモチーフなのだとは思いますから、読む価値はあると思います。

 

 

 

華沢寛治『蒼く濃くなるスターライト』

【第80回ちばてつや賞ヤング部門 優秀新人賞】どちらを選ぶのが正解かなんて、わかってるはずなのにーー。クズな彼氏と真面目な同級生との恋心に揺れる、メンヘラビッチのイタ恋ストーリー

クズな彼氏から日常的に暴力を振るわれている主人公が、いつもそばにいてくれる真面目な同級生に対して淡い恋心を抱くけれども、今の彼氏から離れることができなくて……という鬱青春ものです。

真面目な同級生の視点から描けば、『隣の家の少女』みたいな話になりますが、暴力を振るわれている少女の視点で描いているところが面白いです。

選評を読んでいると、ちばてつや先生も脳を破壊されったぽいですね。

 

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華沢寛治『さくらの森の満開の下』

あの日私は、姉を失ったーー。憎悪に燃える女子高生による強姦殺人犯への復讐劇。ヤングマガジン第461回月間賞 佳作&TOP賞作品!

強姦殺人犯に姉を殺された主人公は、心に傷を抱えながらも必死に生きていた。一方で、姉のことを忘れたように夜の街で遊び歩く、姉の友人だった先輩。そんな先輩に嫌悪感を抱く主人公だったが……というお話。

傷ついた心を抱えた主人公が、ある意味では自分以上に傷ついていた人間を目の前にした時の衝撃がすさまじいです。姉の喪失によってつながるシスターフッドとして、よくできています。

 

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3月に読んで面白かった漫画

新作か旧作かにかかわらず、その月に読んだものの中から面白かった漫画を紹介していこうと思います。

 

 

 

 

有馬慎太郎『地球から来たエイリアン(3)』

星を救うミッション。この星の生き物は、地球の常識じゃ測れない。

各部署研修も後半戦。惑星開発省の新人・朝野みどりが出会ったのは、「不老不死の生物」や「一日で餓死する生物」!!
最後の研修先で待ちうけていたのは、大規模汚染を防ぐという難関課題。
頼れる先輩たちとともに、この星の未来を守る過去最大のミッションに取り組む!!
惑星開発お役所コメディ、万感の最終巻!!

惑星開発ののために現地の動物調査に奮闘する新人女性を描いた本作。その面白さは空想上の珍奇な動物の生態を描写することにあったわけだが、最終巻では人間と動物の関係性により深く切り込んでいる。具体的には、動物実験経済動物など、動物が好きな人間であればあるほど簡単に割り切ることができない問題を果敢に扱っており読み応えがある。もう少し続けてほしいテーマだったので、終わってしまったのは寂しい。

 

 

 

田口 囁一『ふたりエスケープ: 4』

〆切に追われる漫画家の「後輩」は、どうにか心をパッと明るくしたい。頼れる相棒の「先輩」(無職)とともに、ときどき担当編集も巻き込みながら今日も全力で現実から逃避する!

〆切に追われる漫画家が居候無職の先輩と仕事から現実逃避する様子を面白おかしく描いたコメディである本作。その最終巻において、ついに連載を打ち切られた漫画家が自分たちの生活をネタにして、作中で『ふたりエスケープ』を新しく連載し始めるという、究極の自家発電展開、合わせ鏡のような無限百合地獄に手を出してしまった。百合はどうして永遠という檻に閉じ込められてしまうのだろうか。

 

 

 

usagi『地元最高!(2)』

みんなの地元は中立地点の公園を境に東地区と西地区に分かれていた。猫とバールをこよなく愛する紅麗亞さんが仕切る東地区。そして、シャブ中キチガイメンヘラヤクザのしづかさんが仕切る西地区。刑務所に入っていたしづかさんが出所することで、東西地域にきな臭い雰囲気が漂い始め、究極のドラッグ「バルーン」が地元民に蔓延していく……。紅麗亞さんとしづかさんが激突する第2巻だよ☆

正直に言って、第1巻の時点では本作をあまり評価していなかった。それは、本作が田舎の半グレに属する下っ端の人間にまつわるあるあるネタを戯画化して描いたものにしか見えなかったからだ。この内容なら、元半グレのユーチューバーチャンネルでも視聴しているのと何が違うのだろうかと思ったわけだ。

しかし、第2巻では反社会組織同士の抗争がテーマとなったことでドラマ性がぐんと増した。そうしてメインプロットが盛り上がることで、その間に挟まる単発話のクオリティも引き上げられているようだ。特に第35話「プリクラ」は良い。こうした暴力がなくても残酷な話が描けるからこそ、暴力を描いたときにより引き立つというものだろう。

 

 

 

意志強ナツ子『るなしい(3)』

ケンショーを「客」として見ようと努めてきたるなだったが、初めての淡い恋心には勝てなかった。
恋をしたことで、火神からの罰を受けたるな。そしてある日突然学校をやめた。
果たしてるなの行方は。そしてスバルとケンショーのその後の人生は。
物語は、10年後からまた始まる。

信者ビジネス「火神の医学」のシステムがつまびらかにされる第三巻。統一教会幸福の科学などが現実にまで浸食してきている昨今の日本において、カルト宗教はフィクションにおいても人気の題材である。そうしてカルト宗教フィクションが氾濫している現状であっても、本作が力強さを失わないのは、「持続可能なカルト宗教」とでも言うべき堅実さにあるのではないだろうか。フィクションにおけるカルト宗教は、すぐに人を殺しがちだが、本作の「火神の医学」はずっと穏当な活動を続けている。火神の子るなは、霊言のような奇跡を起こさず、ろうそくの火を揺らすだけだし、信者に破産するまで献金させたりせず、少額の信者ビジネスで成り立っている。本作で描かれているカルト宗教は、現実の世界にやってきたとしても持続可能で、社会ともに発展していけるのではないだろうかと思わせる。だからこそ、本当に恐ろしくグロテスクだ。

 

 

 

米代恭『往生際の意味を知れ!(7)』 

7年前にフラれて失踪した元カノ・日下部日和と再会し、
徐々に絆を深めていると思っていた市松海路。
しかし日和の叔母・美智の死後、
日和は再び市松の前から姿を消した。

過去を暴くべく山形に至った市松、
純白の雪景色で繰り広げられる骨肉の争いの行く末は!?

一つのクライマックスに向かいはじめた第七巻。改めて米代恭先生の異常性をしみじみと噛みしめる最新刊だった。なんといっても、妊婦になった日和が、この巻だけで二回も殴られたことに衝撃を受けた。普通の漫画家だったら、一巻の中で一回妊婦を殴ることはできても二回目は殴れないだろう。暴力はエスカレートするものだが、米代恭先生はあの手この手で「嫌な暴力」をお出ししてくる才能に満ち溢れている。

 

 

むちゃハム 『この百合はフィクションです 1 』

アイドルグループ<ぱらいそ☆伝説>のメンバー、伊達沙愛良と直江めぐむは見た目も中身も正反対ながら仲が良い“だてなお”コンビとして人気急上昇中。しかしオタが惹かれる“だてなお”は、気の弱い伊達を計算高い直江が支配下に置き、全てを主導することで作られた完全捏造百合商売だった――!!何とか直江の支配から逃れ、百合営業を辞めようともくろむ伊達だが道は険しく…?駆け出しアイドル×百合営業コメディ★

百合営業をやめたい主人公が、あの手この手で百合カップリングの好感度を下げようとするのだが、結局失敗しちゃって逆に好感度が上がるという同じ展開を延々と繰り返しているコメディ漫画である。漫画史に残る傑作じゃないけど、作者自身がわちゃわちゃしながら楽しく描いてくる雰囲気が伝わってくる。コメディ漫画はそれが一番大事。

 

 

 

木村恭子「一緒に起きてる」

お待たせ♡♡ キョンキョン待望の完全新作!!
身体が足りないくらいの痛みも 声にならない泣き声も
いつかキラキラ光って誰かのもとへ届くから。

中学二年生の川瀬天は、家族旅行で交通事故に巻き込まれて自分だけが生き残り、天涯孤独の身の上になってしまう。これから暮らす場所が決まるまでの間は、一時保護所に入所することになるのだが……というお話。

まずは、一時保護所という特殊な環境における少女たちの暮らしを非常に生々しくリアルに描いていることに度肝を抜かれる。そして、そのような厳しい現実の中で育まれる少女たちの連帯に強い感動がある。あまりよくない行いだが雑に例えると、少女漫画版『カッコーの巣の上で』だと思った。

 

 

 

龍村景一『副読本 ムラサキのおクスリ』

作者の修士論文をベースに尽くされた短編集『ムラサキのおクスリ』の解説漫画である。この一連の作品群とその活動が評価されて、東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻の首席作品に選ばれたそうな。

アカデミックな部分はよくわからないが、短編集の副読本/解説本として単純に面白く、作品ついて深く理解するには必読の内容となっている。というか、私の頭が鈍すぎるせいで、『ムラサキのおクスリ』というタイトルが「Red pill and blue pill」というミームが元になっていることにすら、この副読本を読むまでは気づけなかった。つまり、自分の人生を変えてしまう厳しい現実(赤いクスリ)か、今まで通りの自分にとって都合のいい幻想(青いクスリ)か、そのどちらを選ぶかという局面において宙づりになっている状況を、「(中間色である)紫のクスリ」という風に表現しているわけだ。そいった気の利いた発見が色々とある漫画なので読んでみてはいかが。