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雑文置き場

【5・6月漫画ベスト】初期の名前『異形の確信』、ほそやゆきの 『夏・ユートピアノ』 、水谷フーカ『リライアンス 1 』など、17作品

色々あって、5・6月に読んで面白かった本をご紹介!

新作、旧作にこだわらず面白い漫画を紹介していきます。

 

 

 

新刊のコーナー

 

水谷フーカ『リライアンス 1 』

一年間のブランクを経て同じクラスで再会した志木葵を意識する同級生・橘さんの視点で描く「14歳の恋」からスピンアウトした葵ちゃんと灰島先生の「その後」の物語。「気になる」は恋の始まり? な第1巻。

 

これは作者の前作14歳の恋からスピンアウト作品である。しかし、そんなことは知ったこっちゃねえ。なんなら14歳の恋も完読したいのだが、私はまだ少しも読めていない。それでも勇気をもって言わせてもらおう。『リライアンス 』は独立した傑作百合漫画である

私の個人的な百合に対するテーゼがある。「百合カップルがお互いにお互いを想う感情の重さは、二人の間で不均等であればあるほどいい」というものだ。簡単に言えば、片思いが至高であるということだ。

その点で、本作は100点満点だ。主人公の橘さんは、同じクラスの志木さんのことを知らず知らずのうちに意識してしまっている。志木さんが自分の知らないところで人間関係を作っている一方で、自分は志木さんから名前すら覚えてもらっていないのだ。橘さんは気も狂わんばかりに懊悩するのである。それでいいんだよ。百合はそれでいいんだ。

 

 

 

田島列島『みちかとまり(1)』

“竹やぶに生えてた子供を神様にするか
人間にするか決めるのは最初に見つけた人間なんだよ”

8歳の夏、まりが竹やぶで出会った
不思議な少女みちか。

他の人とは違うルールで
生きるように見えるみちかは、
まりの同級生でいじめっ子の石崎から
とても大事なものを奪ってしまう。

責任を感じるまりはみちかに誘われ
言葉で理解できる世界の外側へ
足を踏み入れる──。

 

正直に言って、私にとって田島列島は苦手な作家だった。

不倫とか宗教とか、生々しい現実の問題を、シュールでシニカルなギャグを交えながら乗り越えていく少年少女の出会いを描く作風は、面白いのはわかるけれども、どこか他人事のような気がしながら読んでいた。

しかし、今作は今までの田島列島とは違う。これは、王道のジュブナイル和風ダークファンタジーだ。今後に期待する。

 

 

 

福田宏 『ロックは淑女の嗜みでして 1』

お嬢様たちが織りなす音楽は…ロック!?全国のお嬢様が集う女学園にて、窮屈な生活を強いられている鈴ノ宮りりさは、旧校舎から聞こえてくる音に引き寄せられて…?華麗でお淑やかな少女たちが、美しく火花を散らしてシャウトする!!「常住戦陣!!ムシブギョー」作者が描く、お嬢様×ロック青春譚!!

 

福田宏は、藤田和日郎に師事し、からくりサーカスの5代目チーフアシスタントを務め、『週刊少年サンデー』にて常住戦陣!!ムシブギョーを連載し、アニメ化もされた漫画家である。

「外連味のあるキャラクター造形」「勢いを優先した激しいアクションシーン」「遠近感を極度に強調した大胆な構図」「喜びや怒り、狂気まで深みのある表情の描き分け」など、師から受け継いだ技術を元にアクション漫画の舞台で活躍していた作家である。

しかし、その才能と技能は音楽漫画でより大きく開花した。聴衆どころか、同じバンドメンバーすらも屈服させるような激しいロックサウンド、自分の生きざまを証明するような荒々しい演奏方法を表現することは、週刊漫画でアクションバトル漫画を連載していた作者でなければ表現できなかった新境地である。

 

 

 

ほそやゆきの 『夏・ユートピアノ』 

ピアノの調律の家業を継ぐため実家に戻った新(あらた)。彼女はそこで他人との交わりを拒否するかのような生き方をしている饗子(きょうこ)と出会う。響子は国際的なピアニストの娘だった。未熟な二人がピアノを通して少しずつ交流を深めていく。近づいては離れ、一瞬の理解と寄り添いに喜びを感じつつ、二人は自分の人生を生きていく。他に四季賞2021春のコンテスト四季大賞受賞作で、発表時に大きな話題を呼んだ読み切り『あさがくる』も収録。

 

伝説のテレビドラマ『四季・ユートピアノ』に影響を受けたというだけあって、二人の少女の人生が重なっていく様子を静謐で誌的な筆致で描いていいく。

特に弱視のピアニスト「響子」の心情描写には抜かりがない。「響子」が見ている弱視の世界に、作者はその恐るべき鋭利な洞察力と感情移入をもってして、自己同一化することに成功している。そして、そのような感覚的真実はリアルに画面に写し取ることができても、ピアノの調律師を目指す「新」との関係性、一種の友情については会話や言葉を極端に排し、二人の心の距離は、ピアノを通して縮まっていくように描かれている。他人に音を届けるということがいかに特別なことなのか、この漫画には一瞬のきらめきがある。本作をただのガール・ミーツ・ガールの物語だと思ってもらっては困るのだ。

 

 

 

久慈 光久 『鋼鐵の薔薇 2巻』

赤い薔薇のランカスターと白い薔薇のヨークが争う戦闘群像活劇、第2巻!

傭兵隊長のジャック・ケイドが大軍を率いてロンドンへ侵攻。国王ヘンリー6世は逃亡した。その後、ロンドン占領を果たしたジャック・ケイド軍の懐へ、ブラッドは単身潜入する。史実”ジャック・ケイドの乱”を背景に、ロンドン奪還作戦が描かれる! アクション満載の第2巻!

 

薔薇戦争の時代を題材にした歴史アクション漫画である。近年で言えば、アニメ化もされた『薔薇王の葬列』と同時代が描いている。そのはずなのだが、それにしては一読すると、どうしてこうも違うのかと思ってしまう。優雅さなど欠片もない作品なのだ。しかし、そこが本作の最大の魅力となっている。

中世ヨーロッパを舞台に、甲冑を着た騎士たちの戦いは優雅さからは程遠く、鉄と鉄がぶつかりあう金属音と、鎧の隙間から沁みだしてくる血と汗の臭いが、漫画を支配している。さらには、奇妙な妖術使いも戦いに参戦してきて、これはさながら、ヨーロッパ版の山田風太郎忍法帖シリーズ」ではないだろうか。

 

 

 

日々曜『スカライティ(2)』

儚く優しい、ひとりぼっちディストピア紀行
ディストピアに遺された人の営み。
それはきっと、美しい──
終わってしまった世界をひとり歩くロボット。
アルスの目的は生き残った
人間の未練を断ち切り"殺す"こと。
出会いと別れを繰り返し、人を知る。
ひとりぼっちのディストピア紀行、変化の第2集。

 

第二集から魅力的な新キャラが登場し、アルスの旅の同行者となる。処刑人のタソである。彼女は、父親が働けなくなったために、幼くして処刑人の仕事を引き継ぐこととなり、多くの罪人を処刑した経験がトラウマになっている。明らかに、人間を"殺した"ことが未練となっているタソは、人間の未練を断ち切り"殺す"アルスと「対」になる存在として設計されている。物語に深みが増した第二集、続きに期待である。

 

 

 

奥田亜紀子『ぷらせぼくらぶ 新装版』

中学2年生の岡ちゃんは、当たり前に大人になっていく周りの変化についていけない。取り残されたような寂しい気持ちと、友達を理解したいのにできない苦しさ。
幼馴染で親友のあの子と、前みたいに笑いあうことはもうできないのかもしれない。

思い出したくないことと、何度も思い出したいこと、全部が詰まった青春群像の傑作。10年振り復刊。
描き下ろし読切「夕子の思い出」38P収録!

 

小学館アフタヌーン」とも言われた「月刊IKKI」から刊行された大傑作青春偶像劇の復刊。これが誰でも読めるようになったのは大変な意義がある。

描き下ろし読切「夕子の思い出」も、学校生活の中で押し込めていた思春期の気持ちを解放する、非常に爽やかで切ない短編作品になっている。マストバイ。

 

 

 

ひの 宙子『最果てのセレナード(1) 』

業界話題の才能・ひの宙子による、天才ピアノ少女と母殺しの激情サスペンス!
北海道の田舎町。ピアノ教室の家に暮らす中学生・律と、その教室に通うことになった転校生の小夜。あるピアノコンクールをきっかけに2人は仲を深めていく中で、小夜は律に、母親を殺したいと告げた。時は経ち、十年後。律は東京の週刊誌編集部で慌ただしい日々を過ごしていたその頃、地元北海道では白骨遺体が発見されて騒ぎになっていた――。
十年前の記憶と十年もの空白。その時の長さなど無視するかのように、いま確実に、物語は動き出す。

 

ひの宙子作品において、決定的な瞬間は決して描かれない。なぜなら、ひの宙子が描く物語は、すべて傍観者の物語であるからだ。

本作においても、母殺しがテーマとなる作品にも関わらず、母親が子供を虐待している場面や、本当に母親を殺害してしまった瞬間はあえて描かれないのである。主人公・律は、徹底的に傍観者として描かれる。作者は「やがて明日に至る蝉」「グッド・バイ・プロミネンス」でも同様の手法を駆使していたわけだが、今までと本作が決定的に違うのは初の長編作品だということだ。長く続く作品の中で、登場人物は成長し変わっていくしかない。律は、いつまで傍観者でいられるだろうか。

 

 

 

ともつか 治臣『令和のダラさん 2 』

生者には危険な異界へと足を踏み入れたきょうだい。その目的は…
怨霊・ダラさんちでお泊り会!!!
ほかにもお祭りやボドゲにプラモづくりetc イベントたくさん!ダラさんとたくさん思い出作っちゃおう(?)

「わし、一応祟り神なんじゃが!?」

「日常」は「呪い」を癒すことができるのか。

本作では、禁足地に侵入してしまった姉弟が、そこで上半身が巫女姿の女で、下半身が大蛇の姿をしている怪異*1と遭遇したことをきっかけに、その怪異・ダラさんとの交流を深めていく内容になっている。

本作が、フォークロアから生まれた怪異を人外萌えキャラとして消費する最近の潮流(八尺様など)から生まれた作品であることは明らかだが、怪異譚と日常ギャグが全くの半々で詰め込まれているところに特異性がある。

作者が成年向け漫画を手掛けていたことで培った手腕から生み出された「ダラさん」というキャラクターは、蛇顔の大女を非常にセクシーでありつつ可愛げのあるものとして描くことに成功している。それゆえに、この漫画はキャラクターが立っている日常ギャグ漫画として十分な魅力を持っているのだ。

また一方では、元ネタである「姦姦蛇螺」をなぞった濃厚な怪異譚が作中で再現される。「洒落怖」の中でも特に禍々しい縁起を持つ「姦姦蛇螺」のエピソードをそのまま伝奇ホラー漫画のような筆致で作者は描いていく。交互に繰り返されるホラーとギャグの世界は、水と油のように決してなじまない。しかし、なじまないからこそ、良いのかもしれない。現代のギャグパートと過去のホラーパートの温度差が激しいければ激しいほど、お互いのパートの魅力を高めていく。サウナと水風呂の交代浴のように。

 

 

我妻ひかり『パコちゃん 1 』

三十路間近のフリーター・パコちゃん。サービス精神旺盛でセックスが大好き。だけど、実は繊細で寂しがり屋。その上、ちょっと不健康。そんな月並みメンヘラ女子が、愛を求めて右往左往。前途多難のセキララ恋愛事情――。

 

月並みメンヘラ女子とは……? 

世の中には、社会不適合者というか、どうしようもないダメ人間の恋愛事情を描いた漫画がたくさん存在している。本作の主人公「月並みメンヘラ女子」のパコちゃんも、負けず劣らずかなりのダメ人間であり、恋多き女性ということになる。

あだ名が「パコちゃん」な時点で「月並み」メンヘラ女子は無理があるだろ、というツッコミは野暮と言うものだが、彼女の恋愛事情もあだ名と同じぐらい滅茶苦茶なのだ。

まず、彼女は妻子ある中年男性と不倫している。そして、コンビニ店員の若者から告白されて即ベッドイン。しかし、なぜか彼氏に振られてしまったので、女性用風俗を呼んだり、昔の不倫相手に会いに行ったり、性病を感染させまくったり……恋愛事情の枠を飛び越えて、主人公は次々とはた迷惑なメンヘラムーブをかまし続ける。

これだけやれば、不快な恋愛漫画の主人公第一位の栄光に輝いてもおかしくない「パコちゃん」ですが、なぜか彼女のことを嫌いになり切れない自分がいる。不快指数の高い女性キャラクターではあるのだが、不思議と彼女の爛れた生活をずっと見ていたいような気もするのだ。

 

 

 

 

WEB漫画のコーナー

【WEB連載】有賀『ウツパン ー消えてしまいたくて、たまらないー』

ある日、目が覚めると28時間が経っていた。布団から起き上がれなくなったウツパンは、やがて「死にたい」気持ちに振り回されるようになる…。「死」への葛藤をリアルに描くコミックエッセイ!!

 

うつ病エッセイマンガは、本質的にアンコントローラブル(制御不可能)なものである。なぜなら、うつ病という病そのものが人間個人でコントロールできるものではないからだ。

そのために、うつ病エッセイマンガは二つの形式をとる。一つは第三者の介入によるコントロールされた形式(うつヌケ うつトンネルを抜けた人たちなど)、もう一つは当事者による生の苦しみを記録したアンコントローラブルな形式(『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』など)である。

しかして、本作は両方の性質を併せ持つのだ。「洗練された構成」と「生の苦しみの描写」、その二つが両立している。これは、新しいうつ病エッセイマンガの潮流になるかもしれない。

 

kuragebunch.com

 

 

【WEB連載】「脳外科医 竹田くん」

「逆スーパードクターK」とも呼ばれた衝撃の漫画。

何よりも作中で起こる喜劇のような悲劇の数々が、おおむね創作ではなく、実際に起こったことだというのが何よりも恐ろしい漫画である。

ここで関係ない話を一つ。「竹田くん」を読みながら同時に『悪役令嬢の中の人~断罪された転生者のため嘘つきヒロインに復讐いたします~』を読んでいたのだが、様々な出来事に似ているところがあり、少しびっくりした。

例えば、こうだ……

・新しく病院(学園)にやってきた竹田(星の乙女)は、当初こそ歓迎されるが、自己中心的な性格のせいで様々な失敗を起こす

・竹田(星の乙女)は自分の失敗を、古荒医師(エミ)の仕業だと逆恨みして、逆に、古荒医師(エミ)を失墜させる策謀を巡らせるようになる

・ついに、竹田(星の乙女)はわざと階段から足を滑らせ、古荒医師(エミ)によってつき落されたと主張する。部下に暴力をふるったとして古荒医師(エミ)は、病院(学園)での立場が危うくなる。

序盤の物語展開は、かなり相似形をなしているのがわかるのはないだろうか。

勘違いしないでほしい。別に、私は二作品に何か影響関係があると言いたいわけでない。そうではなくて、両作品ともに閉鎖的な世界の中での権力闘争を描いているうちに自然と似てきているのがおもしろいと思ったのだ。あるいは、近年、悪役令嬢ものが流行っていることにも納得がいく現象ではないだろうか、悪役令嬢ものは現実社会のカリカチュアとして受け入れられているのだろう。

 

dr-takeda.hatenablog.com

 

 

【WEB短編】身『マイペース春』

家主様と家来たちが暮らす館にジンジャーボーイの死体が!

安寧な暮らしの裏に、いったいどんな大事件が起こっているのだ!!!

なにかのきっかけで読んだ短編ウェブ漫画でしたが、読んで衝撃をうけました。残酷への傾斜、メランコリックな情緒、死への感受性、これは最高のゴシック漫画ですね。

 

www.pixiv.net

 

 

【WEB短編】初期の名前『異形の確信』

誘拐されたあの日から私の人生は滅茶苦茶だった

私の中身は入れ替えられたのだ

これは『確信』である

過去に誘拐された経験を持つ少女は、自分の『中身』が何か異質なものに入れ替えられてしまったと『確信』していた。彼女は、その『確信』を誰にも話せず、普通の人間を装って生活していたが、自分と全く同じ経験をしたという先輩と出会い……

 

MGP(マガジングランプリ)で奨励賞を受賞した傑作ホラー短編。作者の「初期の名前」とは、2018年ごろからTwitterコミティアを中心に活躍している漫画家である。より詳しく語りたいところだが、歴代の初期の名前作品について語ろうとすると膨大な文字数を費やすことになるので、今回は極力本作の魅力に関連するものに絞って語りたい。

私見では、初期の名前作品に頻出するテーマとして、「身体に対する違和感」「世界に対する不信」があると思う。例えば、初期にバズった作品である『完全な球体』においては、身体の不可逆的な変化が世界崩壊へのシームレスにつながっていく作品である。これらの作品群も十分に面白いものではあるが、唐突な展開や奇矯な設定を連発する作風は一部の読者を置き去りにするものであり、少年漫画誌の主催する漫画賞を受賞するようなものではなかった。しかし、本作においては、それが作者本人か編集者の手によるものかはわからないけれど、少年漫画誌に載せられるものとして見事なコントロールが達成されている。

 

manga-no.com

 

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特集:ギリギリで生きている人間のコーナー

【WEB短編】原作:四谷啓太郎 / 作画:mmk『涼風会長の憂なる日々』

優美な立ち居振る舞いの涼風すずか。 優秀で周囲の信頼が厚い涼風すずか。 憂慮すべき秘密を抱えた涼風すずか。 綴られる、そんな彼女のとある物語。

 

優美で清楚な生徒会長が実は「痛風」だったら、この漫画はその設定だけで勝利している漫画だ。ギャクが面白いのは勿論だが、短編漫画として起承転結がしっかりしているところもポイントが高い。四谷啓太郎先生は、ギリギリで生きている人間をギャグに落とし込むことが非常にうまい。洒落にならない終わってる人間も、ギャグ漫画の中でなら生き生きと活躍できるのだ。

そこで、悪魔のメムメムちゃん』の53話を見てみよう。ここでは、普段は優しい独身中年男性の先生が、毎日をギリギリの心情で働いていること、その頭の中で考えていることを実行に移してしまうと犯罪者になってしまう瀬戸際で耐えていることがギャグテイストで描かれている。しかし、これがギャグ漫画でなかったら……その問いに対する答えは別の漫画が示してくれている。

 

kuragebunch.com

 

shonenjumpplus.com

 

 

【WEB短編】岡田索雲『アンチマン』

父親を介護しながら食品会社に勤務する溝口。彼は、日常で蓄積した鬱憤を“ある方法”で発散していた……。『ようきなやつら』の岡田索雲が描く、アンチの哀歌。

 

四谷啓太郎が「ギリギリで生きている人間」をギャグに昇華している一方で、岡田索雲は「ギリギリで生きている人間」を使ってどれだけ不快な話を作れるのか実験しているかのようだ。

本作の主人公は、父親の介護をしつつ真面目に働いている無害そうな中年男性である。しかし、その内心には、他者への攻撃的な悪意と邪心が、特に女性に対する歪んだ欲望と攻撃性が秘められているのであった。

岡田索雲は、以前にも似たキャラクターを創作している。それは「忍耐サトリくん」に登場する先生である。一見まじめで生徒にも真摯に接してくれる先生が、その内心では下品で暴力的な罵詈雑言で頭がいっぱいになっており、心の声が聞こえるサトリくんは先生の心の闇を知って絶望する……というのがあらすじだ。文字にしてみると、先生は薄気味悪いキャラにしか見せないが、その先生の容姿が『女の園の星』の星先生に似せて描くことで、ギリギリシュールギャグとして成立している。星先生じゃなかったら、この漫画は成立しなかった。もし見た目がその辺にいる平均的な中年男性教師であったなら、「忍耐サトリくん」はギャグではなく、サイコスリラーになっていただろう。そう「アンチマン」は純粋なサイコスリラーになってしまった。

外面と内心の均衡が大き崩れてしまった人間が狂気に陥っていく様を、岡田索雲は繰り返し描いている。きっとこれからも、生涯のモチーフとして挑戦し続けてくれるだろう。アンチマンに救いが来る日はあるのか。それとも、ここに描かれていることが救いだとでも言うのだろうか。

 

comic-action.com

 

 

 

今月のお見送り

嶋水えけ『ポラリスは消えない 3巻』

「貴方は私の永遠のアイドル」死んだアイドル・但馬ソラを忘れさせないためソラに扮して、芸能界に飛び込んだミズウミ。自分への称賛も、歓声も全部いらない。欲しいのはソラだけ――。燃えるように苛烈な旅路の果てに少女が辿り着いた"永遠"とは――?「好き」を忘れた全ての人に捧ぐ永遠不滅のアイドルジュブナイル、完結!!

 

ミズウミが、死んだアイドルである但馬ソラにこだわる理由が明かされる最終巻。今までの物語を追ってきた読者にとって、非常に納得感がありつつ意外性もある真相が明かされる。正直に言って、中盤のアイドル事務所に入ってからの展開は停滞していたが、終わりよければすべてよし、心に残る最終巻だったと思う。

 

 

 

 

*1:「洒落怖」から発生した「姦姦蛇螺」をモデルにしている