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雑文置き場

【7月漫画ベスト】小野寺こころ『スクールバック(1)』、額縁あいこ『リトルホーン~異世界勇者と村娘~(2)』、『【特集】白井もも吉は、何者なのか?』など、10作品+1特集

7月に読んだ漫画の中で面白かったものを紹介していきます。

 

 

 

新刊のコーナー

小野寺こころ『スクールバック(1)』

こんな大人、身近にいてほしい――

伏見(ふしみ)さんは、とある高校の用務員さん。背は高め。仕事熱心。缶コーヒーが好き。そして、丁度いい距離感で私たちと話をしてくれる。

今、“自分は大人だ”と思い込んでいる人に苦しめられている。
今、自分がどんな大人になったらいいのか迷っている。

ちょっとでもそう思っていたら、ぜひ伏見さんに会いに来てください。ホッとしたり、気づきがあるかもしれませんよ。

悩める少年少女に対してちょうどいい距離感で接してくれる用務員の伏見さん、彼女の魅力が本作最大の見どころ……というわけでは必ずしもない。もちろん伏見さんが魅力的なキャラクターであることは間違いないのだが、本作の本当の見どころは思い悩む少年少女サイドにある。彼らがさらされる悩みの原因は、往々にして周囲の大人たちにある。つまり、大人たちが子供にぶつけるデリカシーを欠いた発言の数々がもう凄まじいのだ。世の中には、「こんなことを言われたら嫌だな」という最悪な瞬間を、まるで宝石を拾い集めいるようにして作られた作品というものがある。(第167回芥川賞受賞作『おいしいごはんが食べられますように』もそんな感じだった。)初読の楽しみを奪わないよう、ここではどんなノンデリ発言がでてくるのかは言わないけれど、ぜひ自分の目で堪能してほしい作品だ。

 

 

 

紫のあ『この恋を星には願わない 1』

それぞれの「好き」が交錯する、美しく淡いラブストーリー

幼い頃からいつも一緒に過ごしてきた冬葵と瑛莉と京。
これまでずっと友達としての関係を続けてきたが、冬葵は瑛莉に対して友達以上の感情を抱いていた。

そんなある日、3人は久々に遊園地に遊びにいくのだが、そこで冬葵は自身の恋が叶わぬものであると知ってしまい――

 

女友達に対して同性愛的な感情を抱いている主人公・冬葵が、自分の気持ちを打ち明けることができずに思い悩む姿を繊細なタッチで描いた作品。そこだけを抜き出せば、わりあいよくあるタイプのラブスト―リーなのだが、本作の白眉は冬葵が恋する女友達・瑛莉の存在にある。何と言っても、この瑛莉、主人公に対して恋愛感情はないくせに、めちゃくちゃ重い女なのである。四六時中、主人公にベタベタと付きまとい、少しでも隠し事をされていると不機嫌になるのだ。半端な恋人よりも束縛が強い。

「百合カップルがお互いにお互いを想う感情の重さは、二人の間で不均等であればあるほどいい」と前月の記事では言ったが、今作は例外的な作品になるかもしれない。冬葵と瑛莉は、確かに同程度の激重感情を向けあっている。しかし、お互いの感情のベクトルは全く違う方向を向いているのだ。その倒錯した激重感情が、独特な緊張感を作品に与えている。

 

 

 

モモヤマハト『最果てに惑う(1) 』

「7年前、俺は人を殺した」
妹・由里を自殺へ追いやった男を殺した和久一馬は、7年の服役を終え出所した。
時を経てもなお、男を殺したあの瞬間が脳裏をよぎる。--目の前にいた、あの一人娘のことも。
罪の意識に苛まれ、自らの死をもって償うことを決意する一馬。
刑務所まで迎えに来た母と二人、由里の墓へ向かうと、どこか見覚えのある少女が現れて…。
殺人犯×被害者の娘の数奇な運命を描くヒューマン・サスペンス、開幕。

 

殺人犯の主人公・一馬が刑期を終えて実家に帰ってきたら、なぜか母親と被害者の娘・椎花が仲良くしていて、母親は気付いていないようだが、椎花はいったい何が目的なのだろう……というサスペンス。話は動き出したばかりなので、サスペンスとして評価を下すことはまだできない。しかし、椎花のキャラが非常によかったので今後の注目作として上げておく。とにかく、この作者はミステリアスな少女を描かせると新人離れして上手いのだ。そこで作者の過去を調べてみると、快楽天やCOMIC LOでキャリアのある作家だということがわかった。さもありなん。

 

 

 

平井大橋『ダイヤモンドの功罪 1 』

「オレは野球だったんだ!」 運動の才に恵まれた綾瀬川次郎は何をしても孤高の存在。自分のせいで負ける人がいる、自分のせいで夢をあきらめる人がいる。その孤独に悩む中、“楽しい”がモットーの弱小・少年野球チーム「バンビーズ」を見つける。みんなで楽しく、野球を謳歌する綾瀬川だったが…。

あなたは、天才がその才能ゆえに壊れていく作品は好きですか? ……そうですか。では、天才の周りにいる人間が壊れていく作品は? ええ、そうですよね。どちらにも違った良さがありますよね。でも、この作品なら両方味わえます! 天才本人も、その周りにいる人間も、どんどん壊れていきます。しかも、誰も悪意を抱いていないのに、みんなが良かれと思って行動しているだけなのに、なんてすばらしい作品なんだ!

 

 

 

あみだむく『ラプソディ・イン・レッド 2』

ピアノ演奏に想いをのせ、母親と心通わすことができた寅雄は、音楽の道に進むことを決意する。その剥き出しの才能が変人ピアニスト・兎山の琴線に触れ、エリート音大生・瑠音とコンペで対決することに!しかし、瑠音はとある理由で寅雄を激しく敵視していて――?不器用でも口下手でも、ピアノでなら人と繋がれる!熱情が胸を揺さぶるクラシック青春譚!

髪を白く染めて、腕に気合の入ったタトゥーを彫り、バリバリにスーツを着こなす音大教員の兎山が登場したことで、物語にアクセルがかかったようだ。セクシーな男性キャラが出てくる漫画は読んでいて楽しい。

 

 

 

東河 みそ『琥珀の貴女』

「今日、この仕事(セックス)が終わったら死のうと思う――」

「女の価値は何?」

『chandelier(シャンデリア)』
レズビアン風俗嬢の“里香”は、最期の仕事でAV女優の幸枝に抱かれる。
「“リカ”を抱く練習」と触れてくる手は、切ない優しさに満ちていて……。

『水際』
70歳の天才画家の志寿子にヌードモデルを依頼された32歳の英理子。
消えゆく若さに怯える彼女を、皺深い手はどのように描くのか……。

SNSで話題の4作を全ページ加筆修正の上、合計84Pの描きおろし2作を加えた、6つの大人の百合作品集。

一つの短編ごとに一つの百合カップルに焦点を当てて描いているのだが、その関係性がある一点においてがらりと反転する瞬間を仕込んでいる。一筋縄ではいかない百合短編集である。作者は、もともと少女漫画やレディコミの分野で活躍していたようなので、女性のキャラクター造形が妙に生々しいところもいい味になっている。

 

 

横山旬 『まみちゃん(1)』 

人気絶頂のまま突如失踪した女優・馬越聖が寂れた街で出会ったのは心温まるおふくろの味だった…。店主のまみちゃんとの出会いが聖の人生を大きく変える!?凹凸コンビの海街食堂人情譚!

この作品を読んでいると、美味しい料理を作ることに何の意味があるのかと考え込んでしまう。なぜかって、本作に登場する凄腕料理人たちはそろいもそろって人生が上手くいっていないからだ。料理の腕はすごいのに、流行ってない食堂をやっていたり、ホームレスになっていたりする。料理が上手いからといって、人生が上手くいくわけではない。当たり前のことだが、その当たり前に向き合うのが横山旬の作家性なのかもしれない。

 

 

 

 

WEB漫画のコーナー

【WEB短編】穴守ソウ(ダム穴)『きみと見た世界が、』

彼氏いない歴=年齢のOL・アヤカは、ある日自宅のマンションのごみ捨て場で恋愛用アンドロイドを拾う。
愛する人たちを馬鹿にしていたアヤカだったが、アンドロイドに「タマ」という名前を付け一緒に生活を送るうちに次第に心惹かれていく。
もっと彼に近づきたい――。
そう思えば思うほど、タマがアンドロイドであることがもどかしくなって…。

SHODENSHA COMICSの読切デジタル誌『FEEL FREE』が新創刊された。新進気鋭の作家たちが名を連ねるWEB雑誌であり、今後に注目が必要だ。

そこで掲載されていた作品の中から一つ、本作を取り上げる。いわゆるセクサロイドをネタにした短編で、アイデアとしてはそれほど新しいものではないはずなのに、圧倒的に新鮮な読み味がある。この作者、心理描写の独特さにおいて、現在の漫画界で異質な存在になりつつある。

 

 

 

【WEB連載】茶んた『サチ録~サチの黙示録~』

悪魔と天使がある人間を審査し、その結果で人類の命運を決める「人間審判」。対象に選ばれたのは、稀代のクソガキ小学生・上野サチ(6歳)だった…!人類の未来をかけた、悪魔と天使と人間のヘンテコ同居生活が今始まる!

特に何もいうことがない。ちょうどいいギャグ漫画。ちょうどよすぎるがために何も感想が出てこない。

 

shonenjumpplus.com

 

 

 

特集:白井もも吉は、何者なのか?

個人的な注目作家・白井もも吉について、その作家業の全貌を振り返る特集コーナー。

 

白井もも吉は、読み切り作家なのか?

白井もも吉は、読み切り作家として、ちばてつや賞作家として、コミティア作家として、女子高生作家として、その漫画家活動の多くが「偽物」というモチーフに関わりが深い、特筆すべき人物である。

まず、ここ最近の彼女は、読み切り作家である。ここ数年で、様々な媒体に質量ともに充実した読み切り作品を次々と発表している。初めて「となりのヤングジャンプ」に掲載された『もっとヒーローになりたい』は、ジャンプで流行りのヒーローものの要素を盛り込みつつも、主人公をヒーローではなく、そこにヒーローの影武者、つまりヒーローの「偽物」を持ってくる。作者の個性がいかんなく活かされた読み切りだ。

 

tonarinoyj.jp

 

サンデー系の紙面でも多くの作品を発表している。床に寝る行為を通して先生と生徒の不思議な絆が生まれる瞬間を描いた『床に寝る』。作者と同姓同名の登場人物・白井もも吉が孤独に耐えかねて人間のペットを飼い始める『人間のペットを飼いたい』は、作者得意の百合的なオチが素晴らしい作品だ。そして、なんといっても作者の変態性がいかんなく発揮された奇想読み切り『極小ビキニ催眠ラボ』にとどめを刺す。

 

www.sunday-webry.com

 

白井もも吉は、ちばてつや賞作家なのか?

意外かもしれないが、白井もも吉は、ちばてつや賞作家なのだ。

2017年後期・第72回ちばてつや賞一般部門の奨励賞を『猫の夢』という作品で受賞している。猫の女の子を主人公にしたゆるいファンタジー作品は、同人作品の『にゃん年にゃー組 』などの作品にも受け継がれている。

 

comic-days.com

 

白井もも吉は、コミティア作家なのか?

次に、白井もも吉はコミティア作家である。ナンセンスなユーモアを基調にしながら、抒情的なメルヘンやラブストーリーを数々発表している。

世界を旅する文学少女と縫い針と蒲鉾の奇妙な出会いを描いた『たびぢ』、気温45度の猛暑の中を海水浴に行こうとする夫婦を描いた『夏の引力』、看護婦に甲斐甲斐しく世話される殺人鬼、ネコミミを切除手術したネコミミ少女、潰れたティッシュの謎、など、不思議なショートショートショートショートメディスン』、ポッキーが年々太くなっていることに気が付いたギャル二人の会話劇『ギャルとギャル』、面白い会話ができない女が、髪型だけでも面白い人間になろうと髪を伸ばし続ける『毛の長い生き方』、蜘蛛と椅子の間に生まれた8本脚の椅子が自分の存在証明を求める『8本脚の椅子』『すばらしいわたしのスイッチ』だけ入手できず未読。

コミティア作品の中から一作ご紹介。

『原付二台、ヤギ二匹、三輪車一台を持った女』

恋をしたことがない女が、原付二台、ヤギ二匹、三輪車一台を所有している女と恋に落ちる様を描いた。シュールな状況を描きながら、洗練された筆致によって、洒落たラブストーリーになっている。現在もBOOTHにて購入可能。

 

booth.pm

 

 

白井もも吉は、女子高生作家なのか?

実は、白井もも吉は、女子高生作家だった。

女子高生の時に、初投稿作『弁当びより』を投稿し、『しょうゆプリン』週刊少年マガジン第86回新人漫画賞奨励賞を受賞。フェレット未飼育日記』で商業デビュー。『みつあみこ』で初連載を経験している。

女子高生で商業誌に連載経験ありというだけで恐ろしく早熟な天才作家という他ないが、本当に驚くべきことは、ナンセンスなユーモアセンスや叙情的な百合展開など、この時点ですでに作家性と言えるものが完成されていることだろう。

ちなみに、フェレットを飼いたい妹が、自分の空想を膨らませて姉にプレゼンを行うフェレット未飼育日記』が個人的ベスト。

 

 

 

白井もも吉は、偽物なのか?

さて、いよいよ本特集も終わりを迎えようとしている。現在の白井もも吉にとって代表作である『偽物協会』について語ろう。

本作は、「本物(ふつう)」の枠からはみ出てしまった「偽物」たちの集う場所である「偽物協会」を舞台にした連作である。脱毛したいサボテン、鳥になりたい石ころ、人の耳を嫌うイヤフォンなどなど、ナンセンスな世界観も作者の味として注目に値するが、何よりも「偽物」をテーマとしたところに注目したい。思えば、デビュー作フェレット未飼育日記』から、最新作『もっとヒーローになりたい』まで、「本物ではない(偽物)」ということが作者の一貫したモチーフであることに気づく。自分が「本物ではない(偽物)」という欠落こそが、作者の創作を突き動かすものになっているのだ。だからこそ、『偽物協会』は「本物」になろうとする物語ではなく、「偽物」であることを受け入れていく物語になっている。自分が「偽物」であることを受け入れていくのは難しい。白井もも吉は、例外的にそれを可能にしている漫画家なのだ。

 

 

 

 

今月のお見送り

額縁あいこ『リトルホーン~異世界勇者と村娘~(2)』

「狭き大陸」を恐怖に陥れた『魔王』が、異世界から来た勇者のチート技によって倒された。勇者に憧れる村娘のルカとリトルは、魔物に襲われたところを勇者ご一行に助けてもらう。村人が勇者を称え歓迎する中、勇者の取った行動がルカとリトルの未来を激変させ、異世界冒険バトルの扉が開くーー!

 

血と臓腑に塗れた狂気の異世界冒険譚、不満足なれど大団円!

粗製乱造される異世界転生ものにおいて、本作は非常にユニークな視点を持ち込んで成功している。それは、「神様から異能を与えられた転生者たちは、はたして異世界で正気を保ち続けることができるのだろうか」ということだ。もちろん答えは「否」である。この作品における転生者たちは、すべからく自分たちの能力に溺れて正気を失っていくことになる。

本作が素晴らしさは、転生者が正気を失うまでの道のりを丁寧に描いていることにある。転生者たちがどうやって狂気に陥り、勇者という名の化け物になってしまったのか雄弁に語っている。その語り口は、ファナティックで魅力的だ。

しかし、この作品はあえなく打ち切りになってしまった。本作は決して二巻で打ち切りになっていいような作品ではなったが、なってしまったものは仕方がない。私たちにできることは、この狂気の異世界冒険譚が存在したことを忘れないでおくことだけだ。