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雑文置き場

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』練習問題:第8章

第8章:視点人物の切り替え

 

 

問一:声の切り替え


 ヨネコは、兄の後ろを歩きたくなくて別の道を選んだ。墓石の列は、不規則な並びをしていた。市営ではなく町内会が管理している墓地は、およそ計画性のない区画割りがなされていた。彼女の身体よりも大きい墓石もあれば、思わず蹴飛ばしてしまいそうなほどの控えめなものもある。その形も一般的な角柱型のものもあれば、西洋風のもの、自然石をそのまま用いたものもあった。そのように、良く言えば個性を尊重して、悪く言えば行き当たりばったりに作られたものだから、墓石の間を縫うように走る通路も巨大な迷路のように複雑な様相を呈していた。

 イサムは、妹のヨネコがいきなり別の道を選んだので驚いた。彼から見て並走するように別の道を歩む妹の横顔は前だけを向いていた。たしかに、蜘蛛の巣よりも入り組んでいる通路は、一つの墓にたどり着くのにも複数通りの道がある。だから、全員が同じ道を通っていかなければいけない道理はなかった。しかし、結局のところ、妹が別の道を選んだのは他人と歩調を合わせるのが気に喰わないからなのだと、イサムにはわかっていた。
 その時、彼が手に持っていた花束から、百合の花が一輪こぼれ落ちた。イサムはしゃがんで拾おうとしたが、それでこの墓地はずいぶんと雑草が生えていることに気がついた。町内会が管理しているので手入れが行き届かないのは仕方がないのだが、このように荒れた土地に幼くして亡くなった弟が埋まっているのだと思うと、少し哀れにも思えた。

 ヨネコの視界の端には兄の姿が映っていた。墓石と墓石の間からとぎれとぎれに見えるものだから、その姿はどこか古いフィルムの映画のように現実感を欠いていた。それもそうなのだ。所詮、兄とは亡くなった弟の墓参りでもないと会うこともないのだから、ほとんど他人のようなものであった。ふと、先ほどまで視界の端でちらついていた兄の姿が見えなくなった。彼女があわてて周りを見渡してもどこにも見当たらない。弟のように兄までも消えてしまったようで、ヨネコは急に不安になった。彼女は通路でもない墓地の敷地を踏み越えて、兄が先ほどまでいたはずの隣の通路に移った。そこには、ちょうど墓石の影になる位置で、彼女の兄がしゃがみこんで何か考え事をしている姿があった。

 イサムが感傷に浸っていると、目の前に誰かが飛び込んできた。それは妹のヨネコだった。わざわざ他家の墓の敷地を踏み越えて、隣の通路からこちらへ移動してきたらしかった。なんて無作法で罰あたりか、叱りつけてやるところだったが、妹の顔は少し泣きそうだったので、イサムは何も言えなかった。


問二:薄氷


 以前よりも広くなっているような気がする兄の背中が本当にうっとおしくて、ヨネコはあえて別の道を選んだ。墓石の列は、不規則な並びをしていた。市営ではなく町内会が管理している墓地は、およそ計画性のない区画割りがなされていた。彼女の身体よりも大きい墓石もあれば、思わず蹴飛ばしてしまいそうなほどの控えめなものもある。その形も一般的な角柱型のものもあれば、西洋風のもの、自然石をそのまま用いたものもあった。そのように、良く言えば個性を尊重して、悪く言えば行き当たりばったりに作られたものだから、墓石の間を縫うように走る通路も巨大な迷路のように複雑な様相を呈していた。さっきまで後ろをついてきていた足音が消えて突然真横に移動したことに、イサムは気がついていた。彼が横をみると、妹のヨネコの姿が墓石と墓石の間に見えた。こちらに一言かけたり振り向くこともしないのかと、イサムは深いため息をついた。たしかに、蜘蛛の巣よりも入り組んでいる通路は、一つの墓にたどり着くのにも複数通りの道がある。だから、全員が同じ道を通っていかなければいけない道理はなかった。しかし、結局のところ、妹が別の道を選んだのは他人と歩調を合わせるのが気に喰わないからなのだと、イサムにはわかっていたのだ。
 その時、彼が手に持っていた花束から、百合の花が一輪こぼれ落ちた。イサムはしゃがんで拾おうとしたが、それでこの墓地はずいぶんと雑草が生えていることに気がついた。町内会が管理しているので手入れが行き届かないのは仕方がないのだが、このように荒れた土地に幼くして亡くなった弟が埋まっているのだと思うと、彼には少し哀れにも思えた。視界の端でも目障りだと、ヨネコは思っていた。所詮、兄とは亡くなった弟の墓参りでもないと会うこともないのだから、ほとんど他人のようなものであった。すぐに追い抜いて視界の端にも映らないようにしようと思った。そこで、ヨネコは、追い越すためにも兄の姿を確認しようとしたのだけれど、その姿が見えなくなっていた。彼女はあわてて周りを見渡した。弟のように兄までも消えてしまったようで急に不安になった。彼女は通路でもない墓地の敷地を踏み越えて、兄が先ほどまでいたはずの隣の通路に移った。そこでちょうどイサムは感傷に浸っていた。突然、ザッと玉砂利を踏み蹴る音が目の前でして、彼は思わず顔をあげた。そこにいたのはヨネコだった。わざわざ他家の墓の敷地を踏み越えて、隣の通路からこちらへ移動してきたらしかった。なんて無作法で罰あたりか、叱りつけてやるところだったが、妹の顔は少し泣きそうだったので、イサムは何も言えなかった。