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雑文置き場

【2021年度版】すごかった漫画(全35作品)

はじめに

・2021年(1~12月)に刊行された漫画が対象です。

・長編or短編、完結or継続など、大枠で分類分けしています。

・大枠分類の中の並びは、個人的な順位付けになっています。基本的に上に掲載されているものの方がオススメ度が高いです。

 

 

 

今年1巻が刊行された継続作品18選

タヤマ碧『ガールクラッシュ』

ガールクラッシュ(女子が憧れるかっこいい女子)を目標とする百瀬天花は、K-POPにかぶれる恵梨杏と出会ったことで、K-POPアイドルになるため一歩を踏み出す。

まず主人公が”潔くかっこよく生きていこう”の理念を体現しており好感を抱かざるを得ない。『絢爛たるグランドセーヌ』や『ブルーピリオド』など、若者が芸術の世界に身一つで飛び込んでのしあがっていく系漫画の新たな傑作。

 

大石まさる『うみそらかぜに花』

海辺の田舎町を舞台に、天文部所属で星が好きなカナメと、小柄でとにかく元気なアミ、少年少女の日常を描いた青春漫画。

一つの町を舞台に、恋模様やSF(すこし不思議)が描かれる。系統としては『それでも町は廻っている』あたりかな。大石まさるの漫画が面白いなんて今更いう必要もないのだが、その漫画表現力は前人未到の域に入っていると思う。私は、本作をはじめて読んだ時にモノクロなのに色が入っていると錯覚したほどである。

 

熊倉献『ブランクスペース』

女子高生の狛江ショーコは、同級生の片桐スイが不思議な力を持っていることを知る。二人の少女の出会いをきっかけに物語は思いがけない方向へ動き出す。

少女の中にある孤独が、漫画的想像力をもって世界に復讐する。思春期の少女が抱える孤独を、今最も痛切に描いている漫画だと思う。優しい漫画が読みたい。

 

ふみふみこ『僕たちのリアリティショー』

製菓工場で働く柳は、女優の卵で幼なじみのいちかと再開する。しかし、いちかは恋愛リアリティショーに出演中で突然の死を迎えてしまう。彼女の死の謎を調べる柳だったが…。

「時間をさかのぼって謎を探る」「男女の精神が入れ替わってしまう」「恋愛リアリティショーという時事ネタ」という複数のギミックを組み込んだサスペンス。かなり複雑な話なのに、するりと読めて構成力のうまさを感じる。今年のふみふみこは『ふつうのおんなのこにもどりたい』も刊行したが、こちらも当たり前に面白い。

 

 

三原和人『ワールドイズダンシング』

世阿弥こと鬼夜叉は、父親である観阿弥の一座に所属しながらも舞いの本質をつかみかねていた。世阿弥は、様々な人との出会いにより、舞いの「よさ」を発見していく。

この作者は、何かの求道者、また道を究める過程で破滅していく人を描くことに強く惹かれているのだと思う。前作『はじめアルゴニズム』は現代劇であったがために、道から外れてしまった求道者の末路のようなものが中途半端になってしまっていた。しかし、本作は舞台が中世なので、道に外れた人間は容赦なく死ぬ。それが気持ちいい。

 

森とんかつ『スイカ

怪奇現象やが絶えない丑光高等学校を舞台に、この学校に赴任してきた教師と、謎の小学生・物部スイカが巻き起こすホラーギャグ。

個性的な絵柄とシュールギャグ。突然変異的な作品としかいいようがない。今年出たギャグ漫画だと、山本アヒル『ガールズドーン!』もよかった。

 

深山はな『来陽と青梅』

中学1年生の鮫川淳は、幼馴染と付き合っている。しかし、偶然出会った女子高生の圭と意気投合していくうちに、恋心が芽生え始める。

同性愛のカミングアウトをテーマにしたものは、近年特に数多いが(今年であれば、ミナモトガズキ『怪獣になったゲイ』とか)、付き合っている彼氏がいるところからはじまるのが物語を重層的にしている。今年最も恋心の機微が描かれていた漫画だと思う。

 

的野アンジ『僕が死ぬだけの百物語』

今年はホラー漫画豊作の年であった。本作は、まさに漫画で百物語をやろうという趣旨のものである。百物語は各話の品質にばらつきのあることが多いが、これに限ってはすべて高水準な怪談であり、その恐怖の種類も多彩である。この水準で百話完走できたら歴史的傑作になるだろう。

ゴトウユキコ『フォビア』はよく知っているはずの人間が、急に知らない人間になってしまったような恐怖をうまく捉えている。超常現象よりも所謂ヒトコワに特化した内容であり、その点でゴトウユキコとのシナジーが高い。

 

オガワサラ『推しが辞めた』

男性アイドルのミクを推しているみやびは、デリヘル嬢をやって貢ぐお金を稼いでいた。ある日突然脱退したミク、その謎を彼女は追い始める。

アイドルをファンの視点から描いた作品はいくつかあるが、本作が白眉なのは、そのために心も体もすり減らしていく女性の姿をギャグとして処理するでもなく深刻になりすぎるでもない絶妙なバランス感覚である。

 

意志強ナツ子『るなしい』

火神の子として生きる高校生、るなは「自己実現」を謳った信者ビジネスを行っている。ある日、クラスの人気者ケンショーに助けられた彼女は恋をしてしまう。

簡単に恋をしてしまったりする思春期少女と、火神の子として信者ビジネスの教祖的存在、この二つをシームレスに行き来する奇妙な自意識をとらえるのがうまい。儀式シーンなどはチープであるのに本物感があり、魔術的な漫画である。

 

白井もも吉『偽物協会』

そこは、「本物(ふつう)」の枠からはみ出てしまった「偽物」たちの集う場所。不安になると体が毛布になる女の子・綿子、彼女もこの協会に流れ着いたのだが…。

脱毛したいサボテン、鳥になりたい石ころなど、珍妙な偽物たちとのドタバタコメディー。しかし、「普通」に生きることができないものへの賛歌となっている。気持ちのいい漫画である。

 

水凪トリ『しあわせは食べて寝て待て』

免疫系の病気を持っている麦巻さとこは、フルタイムの就業が出来なくなり週4日のパートで暮らしていくことになる。さとこは家賃を抑えるために団地への引っ越しすることを決意する。

若い女性が心機一転して新生活をはじめる様子を描いた漫画は、名前がないけれどジャンルとして確立されているように感じる。近年では『凪のお暇』などがヒットしたが、どうしても等身大の生活を描いているようにみえて、話を盛っているところがある。本作の特徴は、話を盛っているところがほとんどないことだろう。生活の貧しさがリアル。あと、今年は女性の新生活ものとして、真造圭伍『ひらやすみ』も面白かった。

 

高木ユーナ『群舞のペア碁』

男女ペアの2人VS2人で行い、対局中は会話禁止の「ペア碁」。プロ棋士を目指しているが極度のあがり症で勝ち切れない男子高校生・群舞(ぐんぶ)が、幼馴染で群舞のストーカー・のぞみと共に、この実在の協議「ペア碁」に取り組んでいく。

まず「ペア碁」という謎の競技に目を付けた時点で面白い。ついで、碁をやっていて全然楽しくなさそうだし、棋士たちの治安がすごく悪い。日本ペア碁協会が監修についているのに、こんなに碁の業界が荒れている感じで描いてしまって大丈夫なんだろうかと変な心配をしてしまう。将棋界(『龍と苺』『永世乙女の戦い方』)も治安悪いしな。

 

ムネヘロ『ムシ・コミュニケーター』

虫と意思疎通できる少女が、虫たちの生と死を見つめていく。

異常な価値観の漫画。あまりにも死の匂いが強く漂っている。

 

夜の羊雲『夢想のまち』

「雲ヶ浦」という海の見える街に、一人の少女・楠まよわが引っ越してきた。彼女を中心に、不思議な街で綴られる、眩しくて仄暗い日々の記録。

明確なプロットを説明しろと言われると難しい漫画である。とにかく「幽玄」な世界観の漫画としか言いようがない。今年のファンタジーの労作としては、るん太『異刻メモワール』もあげる。

 

ずいの , 系山冏『税金で買った本』

ヤンキーの石平は、図書館で働く早瀬丸と白井に10年前借りた本を返却していないことを指摘される。その出来事から石平は図書館で働くことになる。

お仕事漫画ではあるが、お仕事を描くというよりも、図書館という場を結節点にして多様な人間の人生が交差していく漫画である。本屋のお仕事漫画では、「本のトリビアルな知識の自慢」「本を読むことの尊さ」みたいなものが前面にでていることが多くて、押しつけがましいと感じることもあるのだが、図書館に来る人たちはそれほど読書に対して意識が高くないので気軽に読める。

 

いとまん『ドキュンサーガ』

剣と魔法の時代、王都ザイダーマに住む男・モッコスは持って生まれた圧倒的な力で暴虐の限りを尽くしていた。モッコスは、ある日国王の命により魔王討伐に向かう。

よくあるはじまりから、魔王と呼ばれる人物の叙事詩になっていくところが面白い。

 

有咲めいか『人質たちのシェアハウス』

PTSD強迫性障害、グレーゾーン、場面緘黙などの症状を持つ人間が集まるシェアハウス・エンカウンター。多様な個と共生するためのルールはただ一つ、“嫌なことは伝える”こと。

要は、何らかの精神的な症状を持つ人たちを集めたリアリティーショーのような内容であり、こういった内容を軽々に漫画にしていいのかと疑問を感じるが、そういうところを含めて今後注目したい気がする。

 

 

今年完結した作品5選

日日ねるこ『のんちゃんとアカリ』

女子高生の上野アカリは、引越した洋館で“呪いの人形” のんちゃんに出会う。呪いの人形と、真っ直ぐな少女のガール・ミーツ・ガール。

呪いの人形に対して物怖じせず友達になろうとする少女ということで、完全に出オチな物語なんですが、今年でた百合漫画の中で最も美しいひと夏が描かれている。

 

横山旬『午後9時15分の演劇論』

自称天才演出家・古謝(こしゃ)タダオキは、某有名美術大学・表現学部・舞台コース(夜間学部)に通っている。制作発表会に向けて個性的な学生たちと演劇を作り上げていく。

何が面白くて、どうすれば面白くなるのか、最後まで全く何もわからないまま物語は終わる。様々な創作者ワナビフィクションがあふれている昨今であるが、”創作”という行為の本質をとらえた作品である。

 

背川昇『海辺のキュー』

中学生の千穂は立ち寄った海岸で、謎の生物・キューと出会う。人の悪い感情を食べ、治癒してしまうキューを気に入った千穂は、自分の部屋でこっそり飼い始めるが…。

背川昇版デビルマン。しかし、人間のダメな部分も許せるようになる、そんな気持のいいラストだった。

 

山口貴由衛府の七忍』

七人の怨身忍者、ついに集結す! 敵は海底移動城塞・竜宮城を支配する、浦島太郎と乙姫。七忍の戦鬼たちよ、超常の忍法を駆使して、鬼を滅しようとする刃と戦い、まつろわぬ民の牙となれ!

うん…。少なくとも、エクゾスカル零が残した負債はすべて返済して余りある最終巻だったと思う。次回作では、鬼狩りに全生涯を費やす桃太郎と金太郎を救ってやってくれ。

 

河原シノ『君の筆を折りたい』

佐竹昭仁はSNSでイラストを描くのが趣味の高校生。ある日、自分のイラストがバズって喜んでいたところ、創作者仲間から【あなたの筆を折りたい】というメッセージが届いたが…。

表面的にはすごく爽やかな青春恋愛漫画のようなルックなんだけれど、実際にやってることはSNS中傷攻撃という陰湿なギャップがギャグ漫画のような面白さを出している。創作者の自己顕示欲をネタにした漫画としては、瀬崎ナギサ『みどりの星と屑』もよい出汁がでていた。世の中には、創作者仲間が醜く争っていることからしかでない旨味がある。

 

 

 

全1巻長編漫画5編

しおやてるこ『変と乱』

高校3年の冬。大学の推薦入学を勝ち取った涼子はカースト最上段にいた莉子とのうわべだけの友情を断ち切ることを決める。

スクールカースト漫画は、どれだけ残酷な内容が描けるかというところで覇を競っているが、あまりにもエスカレートすると現実感がなくなってしまう。本作は、ギリギリのところでリアリティーを保ちながら最悪なことしか起こらない。

 

切畑水葉『阪急タイムマシン』

編み物が好きな野仲さんの悩みは親しい友人がいないこと。そんな彼女は、通勤中に大好きだった幼馴染のサトウさんと再会するのだが…。

阪急のローカル漫画っぽい題名だが、さにあらず普遍的な人間関係を描いた作品である。結局過去を変えることはできないが、過去を贖うことはできるはずだという祈りの物語だ。

 

谷口菜津子『教室の片隅で青春がはじまる』

有名になりたい吉田まりもは、なぜかいつも空回りしてしまう。スクールカースト上位集団からも馬鹿にされているのだが…。

今年の全1巻漫画は、スクールカーストものが熱い。主人公のまりもは本当に平凡な人間なんだけど、そういう人間が周りの人間を知らず知らずのうちに救っていく。連作短編としての完成度が図抜けて高い。

 

板垣巴留『ボタボタ』

主人公・氷刈真子は、極度の潔癖症で、汚いものに触れると鼻血が出るという特異体質を持つ。
そんな彼女が愛を求め、男を求める。

そういう読み方をするのはよくないことだと思うのではあるが、本作を読むと納得感がすごくて、生の映画をみているような。

 

ネルノダイスキ『いえめぐり』

不動産屋を訪れた主人公。探している物件は、部屋数多め・静か・駅から徒歩30分以内。ごく普通の部屋を探しているはずが、紹介される物件はなぜだか奇妙なものばかり。

極度に抽象化されたキャラクター、緻密でどこかグロテスクな背景、サイケデリックでファナティックなプロット。今までは同人で活躍されてきた著者であるが、まさに集大成的な作品で大満足だった。

 

 

短編集4選

売野機子売野機子短篇劇場』

売野機子が面白いなんて今更強調する必要はないし、内容もコミティアで出していたものが多いのだけれど、それにしたって、現役作家でこれだけの静謐な筆致と喪失感を抱えた物語を描ける漫画家はいないよ。

 

速水螺旋人『ワルプルギス実行委員実行する』

速水螺旋人が面白いなんて今更強調する必要はないのだけれど、それにしたって、ジャンル横断的な奔放な語り口と、おもちゃ箱的な楽しさで言えば、群を抜いているのだからランクインせざるを得ない。

 

あきやまえんま『さよならじゃねーよ、ばか。』

百合は、カップル間で想いの熱量に差があれば差があるほど、特別な滋養がある。「オタクのことが気になるギャル」「漫画家のことが気になるOL」ぐらいに歯がゆい人間関係でないと満足できない。

 

齋藤なずな『初期傑作短編集 ダリア』

昭和61年度前期ビックコミック賞入選作である「ダリア」をはじめた著者の単行本未収録作品を集めた短編集。

収録作のほとんどが子供の視点を通して、大人の男女の愛憎を覗き見るというものであり、読み味に時代に古びないところがある。構成力に並々ならぬものがあり、短編作家としての齋藤なずなが堪能できる。

 

 

その他(ネット連載&海外コミック&復刊)3選

たばよう『おなかがへったらきみをたべよう』

ある時、少女は夢を見た。餓えた少年と仔マンモの夢を。

少年と犬ものの不朽の名作。いつ単行本化されるんでしょうか。

mangacross.jp

 

アラン・ムーア『ネオノミコン』

人間をチューリップ型に切り裂く異様な殺人事件、古い教会を改築したクラブに蔓延する謎の白粉、頻発する怪事件を解決すべくFBI捜査官メリルとゴードンはマサチューセッツ州セイラムのオカルトショップに向かう。

クトゥルー神話をメタフィクショナルに破壊する意欲作。頼むから全四部作を必ず出してくれ。

 

風忍『地上最強の男 竜』

地上最強の男。いかなる相手も0.2秒で殺す、空手の達人、雷音竜。

今更取り上げるまでもない伝説的コミックだが、日本でアラン・ムーアに対抗できる魔術的パワーを持っている漫画家は風忍だけ。