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雑文置き場

【感想】『 夜になっても遊びつづけろ』

 ネタバレですが、私は「九鬼ひとみ」というペンネームで同人誌でちらほら書いてたりします。大学でミス研に所属していた時から、つまりは10年近く使っているペンネームなのですが、いつの間にか同姓同名のソシャゲキャラが作られていました。ペンネームを変えるかどうか悩み中です。絶対に変えたくないというほど愛着があるわけでもないですが、こんな理由で変えるのもなんだか癪ですし……。

 閑話休題

 ありがたいことに、「よふかし百合」をテーマにした同人誌に参加させてもらったので感想を記しておくことにしました。

 

 

織戸久貴「綺麗なものを閉じ込めて、あの湖に沈めたの」(扉イラスト:ななめの)

 夏休みの終わりに偶然出会った不登校のクラスメイト。彼女は猫の死体をフードデリバリーのバッグに詰めて、埋める場所を探していた。候補地が見つからず困っていた彼女に、わたしは思いつきを述べてみる。「埋めるのは難しいけど、沈めるのは案外簡単なんじゃないかな」“死体を埋める百合”にさよならを告げる、たった一度きりのまよなかの水葬。本格百合ミステリの新たなる冒険。

 

 正直に言うと、本当に本格百合ミステリなんて可能なのか疑っていた。うっかりすると、百合とミステリが一緒の箱に入っているだけのバラバラな作品、つまり登場人物のキャラ属性が百合であるだけのミステリになりそうだ。その点、本作は二人の対話そのものが「百合」と「ミステリ」どちらのジャンルに対しても貢献している造りになっている。織戸さんは「よふかし百合」の言い出しっぺなだけあって、ちゃんと百合と本格ミステリのうまい付き合い方を考えていたんですねえ。

 

 

鷲羽巧「夜になっても走りつづけろ」(扉イラスト:ななめの)

巨大企業に食らい尽くされ荒廃したアメリカを、「あたし」は「あんた」と車で駆ける。何のために? 何を目指して? 「あんた」が眠っているあいだに拾った少女について喋りはじめた「あたし」は、やがてふたりの来し方と行く末をも問いかけて――。夢を見なくとも走りつづける、終末のロード・ナラティヴ。

 

 「よふかし百合」というテーマを与えられて、こういう話がでてくるとは全く予想していなかった。自分では絶対に書けない物語を他人にいきなり見せられると憧れるしかない。登場人物の「苦痛」に裏付けられた「ドリーム(百合)」と、移動に駆り立てられる人生の「ロード」、最高! 百合をロード・ナラティブとして語りなおすことに可能性しか感じないですね。

 


孔田多紀「餃子の焼き方。」(扉イラスト:孔田多紀)

「犯罪オリンピック」が未然に防がれた20××年。あらゆる殺人事件が消失し、探偵人口が極端に減少した世界で、元探偵少女雨恋真雪は晩食に餃子を焼くことを決意する。ところが、なかなかうまく焼けない。なぜなのか? そうだ、あの人に聞いてみよう……。ドゥーム・メタル度1%のJDCトリビュート。

 

 探偵の推理には本来、ただの惨たらしい死をファンタジックに彩る力があるはずなんだけど、「犯罪オリンピック」が防がれた「日常の謎」的世界ではむしろ探偵の無力さが際立ち、推理の後に残るどうしようもない現実というのを浮き彫りにしてしまう。その暗くて重い世界が百合的関係性によって癒しに転換する瞬間がどこかにあって、これがドゥーム・メタル的世界観なんだろうな。いや、よくわかってないんですけど。

 

 

笹帽子「終夜活動」(扉イラスト:ななめの)

奇妙な交通事故現場から保護された少女は、〈終夜機構〉にとらわれた。あなたは異常な存在に魅入られている、異常を正さなければならないと説く物理学者に対し、少女が自分だけの天使と共に出す答えは。脳に直接ささやく、バイノーラル・ニューウィアード・百合小説、イヤホン/ヘッドホン必須。

 

 ASMRを小説でやるというアイデアにとどまることなく、そのアイデアを最大限に生かせる舞台設定を考えたことに驚嘆。意外なオチもあり、ユーモアもペーソスもある。設定もしっかりしたものがありそうで、続きが気になりますね。エンタメとして完成度が高いってのはこういうことなのかと思いました。

 

 

鈴木りつ「夜はさらなり」(漫画)

曜変天目とは宋代、建窯という窯で作られたとされる茶碗。暗い釉薬の上に現れる斑点を星の煌めきに見立てて”曜”の字が当てられた。近年その再現の研究報告が多く報告されるようになり、また2019年には現存する国宝三点それぞれの展示が全国各地で開催され注目を集めた。それから3年──とある大学のサークル棟。あの星の煌めきを再現するため、今日も窯に火が入る…… 

 

 陶芸をすることで長々とした前置きがなくても夜更かしする理由になっているのが、「その手があったか」と思いました。そして、その夜の闇の中を流れるゆったりとした百合的時間(輝き)が具象化したものとしての曜変天目をみて、二度目の「その手があったか」がきました。無駄なところがない。

 

 

九鬼ひとみ「新井さん、散歩をする」(扉イラスト:矢部嵩

私の忘れられない思い出である、壊れた幼馴染の新井さん。欠けた前歯と血に染まったハサミ。夜の廃工場と姉妹団の足跡。大学を卒業して就職した私は、大人になった彼女と再会する。私たちは同棲することになったが、新井さんの様子はどこかおかしくて……。何か大きな流れに、私たちは押し流されて変わってしまうのだろうか。
正統にしてキッチュな、ニューロティック百合ホラー。

 

 なぜイラストが矢部先生なのかと言うと、私が「百合小説を書いたので読んでください~」って送りつける程度の厚顔無恥さを備えた人間だったというだけのことです。先生には、重ねて感謝を。

 自作解説は野暮なので、執筆中に摂取して特に影響があったように思う作品を列挙しておきます。

 

江國香織「緑の猫」

スティーヴン・ミルハウザー「夜の姉妹団」

ローラン・トポール『幻の下宿人 』

チャールズ・バクスター「ステンドグラス」

・マリアーナ・エンリケス「学年末」

吉田知子「猫闇」

・浄土るる「神の沈黙」

・TVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』

・TVアニメ『R.O.D -THE TV-

・映画『鬼婆』

 

 

紙月真魚「君の手に花火が透ける」(扉イラスト:ななめの)

彼女は思い出す。海から現れ出る砂の小道と、その先にある名前を知らない小さな島を。謎だらけの少女との出会いを。重なる逢瀬を。夏祭りの花火を。ちょっぴり苦くてファンタジックな、回想の小旅行へご案内します。

 

 まず難しいテーマに挑んだ作者の勇気がすごい。一種のタイム・スリップを含んだ百合なのだけれど、時空を移動する側ではなく、移動してきた人を迎え入れる側に視点を据えたところが慧眼としか言いようがない。先行例では『ジェニーの肖像』なんかがあるけれど、人との出会いというものの取返しのつかなさを表現することに効果をあげていまずね。(←アナロジーで語るのはダメって、ル・グウィンも言ってたよ!)

 

 

murashit「できるかな」(扉イラスト:ななめの)

「できるかな」は、2021年に発表された小説である。
「先輩」と「後輩」が身近にあるものを使って、電子書籍に目を通す読者に、工作の楽しさを教える。作品の基本的な流れは、“退屈したり遊びたがっている先輩のために後輩が思い付くまま即興のように世界を製作し、中盤はそれで楽しくごっこ遊びを行い、クライマックスでは——

 

 百合創世記。収録作の中でも一番噛めば噛むほどおいしい作品かもしれない。「できるかな」という言葉自体が、「思いやりある問いかけ」にも「攻撃的な挑発」にも読めるけれど、この小説の構造もそういった多様な読みを許容しているように思う。読み終わってからあらすじを読むと二度おいしいところもいいですね。

 

 

谷林守「彼女の身体はとても冷たい」(扉イラスト:ななめの)

夜の公園、不思議な関係、密会、思い出、白い鰐、逃げ出したもの、目立つ髪、予備校、終電、冷たい手、深夜の逢瀬、ミルクティー、じめじめした日、ディープキス、綺麗な黒髪、彼女の噂、二十四時間、心の距離、ありふれた夏、雨上がりの夜、自分の気持ち、盲信、嫉妬、寂しい部屋、幼少の記憶、はじめてのこと、興味のない関係性、ひとりのベンチ、お盆明けの追想録。

 

 「よふかし百合」というテーマに対して真っ向勝負な話。夜という空間を、彼女という存在を、最初の頁をめくった時から感じたし、精神的な絆にとどまらず肉体的なつながりに踏み込んでいて圧倒された。また、時系列をシャッフルすることに何か仕掛けがあるわけじゃなくて、二人の特別な時間に集約していくようになっているのが素直にグッときました。

 

 

千葉集「芋よりほかにふかすものもなし」(扉イラスト:ななめの)

究極のよふかし芋 vs 至高のいしやき芋ーー眠らない亀岡の夜を賭けた、不滅の芋売りたち【イモータルズ】の暗闘が幕を開ける……。 9万市民を恐怖の底に叩き込んだ 真夜中の惨劇! 見せる 生のよふかし 芋が焼けるまで 突き狂う女・女・芋 焼き急ぎ 食べ急ぐ 若き芋売り 芋が決定する暴力地図 よふかし百合を芋で描く 深夜のアニメ観賞会 乞う、ご期待!

 

 執筆途中でプロットを聞いた時には、コアラとキリンの睡眠時間が正反対であることから組み立てていて、それじゃあすれ違いのままで一生百合に発展しないんじゃ……と思っていたら、「よふかし芋」という鎹(かすがい)が二人の絆をつなげてくれたようですね。芋がつなぐ愛の果てを見ることができました。

 

 

 

まとめ:「よふかし百合」という言葉の解釈が意外とわかれて面白いですね。あと、感想を書くなら、せめてお盆前に書くべきなんじゃないかと反省しました。